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切れない糸

生。
名前は伏せますが、雰囲気でお読みいただければ。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

久しぶりの仕事で懐かしささえ感じるスタジオで、
TVショーのお約束なんてすっかり忘れたままどうにか収録を終えて
長い廊下を通り過ぎようとした時だった。
楽屋入り口に差し込まれている出演者の名前を見て、思わず足を止めた。

―今、いるんだ

そのまま引き寄せられるようにドアの前へ立ち、
ドアノブへ伸ばしかけた手でずれてもいない眼鏡を押し上げる。

…何やってんだ俺。

自分でもどうしたいのか分らなくなって立ち尽くす。

会って、何を言う。
ごめん、と謝る?
それとも普通に話す?
…どうやって話してたんだっけ、今まで。

コンビであるという見えない糸が切れてしまったら
何の繋がりも、会う口実も、
漫才中にアドリブをぶち込まれ笑いを堪える俺をあいつが呼ぶ事も
…もう二度と、無いのだろうか。
番組のタイトルと、コンビ名の無いあいつの名前だけが書かれた紙きれを
ぼんやり見つめる。

家で一人テレビを眺め、しばしば映る一応まだ相方の姿を見ても
おもしれえなと無気力に笑っていたのに、
今はどうしてか途方もない大きな穴があいた気がして、居た堪れなくなった。

その時、
遠くから足音が聞こえてきてはっとする。

誰か来る。
廊下の角に人影を見つけ、反射的にドアの前から飛び退くと、
背中を向けて早歩きで立ち去る。
別に悪い事をしていた訳ではない筈だが、
分相応でない自尊心が、誰かに見られる事を許さなかった。

逃げるように自分の楽屋へ戻り、一息ついた
その瞬間。
後ろで突然ガチャリというドアの開く音がしてびくっと肩が跳ねる。

ノックぐらいしろやと内心舌うちし「はい、」と振り向いて…固まった。

「どしたの」

随分と長い間耳にしていなかった気がする―画面越しでないその声は
呆気にとられる俺に反し幾分と落ち着いている。
色々な感情で綯い交ぜになり
たっぷり3秒は声の主をまじまじと見つめ、漸く我に返る。

「…っ…どしたのってそれこっちの台詞だろうよ、急に入って来て…!」
びっくりするじゃん、と一気にまくし立てる。
「俺に用があったんじゃないの?さっき楽屋の前にいたでしょ」
「え…」

さっきのお前だったのかよ。しかもしっかり見られてるし。

「丁度入れ違いになったみたいだから、追いかけてきたんだけど?」
淡々と至極正論を語るあいつの前で、
ただただ劣勢の俺は目が合わせられない。
返す言葉が見当たらず、また一ミリもずれてない眼鏡を押し上げた。

「……なんでもない…」
「え?」
何とか絞り出したその苦しい返事に口元を緩ませ聞き返される。
「なんでもない、ごめん」
「…え?」
「…―!なんでもないっつってんの!」
「……え?」
「っあーもう…!なんっ……ー…ただ会いたかっただけだよ!!」

勢いのまま声を荒げてから、
息を弾ませたまま今自分が言った事を心の中で反復する。
こんな女々しい台詞が口を滑らせて出てしまったのは
先程からどうも感傷的になっている所為か
後悔してももう遅い。

何も聞き返してこない目の前の顔を恐る恐る窺うと、
いつもの飄々とした様子でじっと俺を見つめている。
沈黙が痛い。
何か言えよと喉まで出かかった所でその口が開く。

「知ってる」

「…え?」
今度は俺が聞き返す。

「知ってるよ」

素は真面目なあいつの、テレビ向けじゃない笑顔でそう言われる。
いつまでも素直になれない自分は、
どんな顔をしていいか分らないまま眉間に皺を寄せた。

「変わんないね」
「…何が」
「俺も変わってないよ、 」

――さん。

ああ、ずるい。

そうやって真っ直ぐに、俺の名前を呼んで
こちらの気持ちなどお見通しと言わんばかりに欲しい言葉をくれる。
だからどうしようもなく溺れていくのだ。
思わず鼻がつーんと熱くなり、
誤魔化すようにパツパツの胸板をグーパンした。

そうだよ。
お前の隣にいると最高にうるさくてムカついて振り回されて…
もうずっと、20年前から、これからも、
俺は離れたくないんだよ。

力無く殴った右手首が、不意にグイと掴まれる。
「っな……」
一瞬のうちに引き寄せられ開いた手の平に、
小さな音をたてて唇が触れた。

「…!!」
「じゃあ、俺もう行かなきゃいけないけど、
 その仕事で今日は終わりだから」
こっちが驚く間もなく、あいつは何事も無かったように
さっさと出て行こうとして、くるりと振り返った。
「また後で」

嵐が去って静まりかえった楽屋で
茫然と突っ立ったまま、手の平を見やる。
あいつの触れた所がまだ熱い。
そこに込められた意味を思い一人赤面する。

また後でという声が、心地良く響いていた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
ありがとうございました。

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