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果てなき世界へ(Y4)

 「それは引っ掛けたんやなく、逆に引っ掛けられたんやね」
 と、後で真実に言われた。
 実際にその通りだと私も思ったのだが、最終的に「(所謂やらしい意味で)モノにした」という手応えを感じたのは、多分、私の方だと思うので、やっぱり、最終的に引っ掛けたのは私の方だと思うことにしている。
 政治活動も芸能活動も、一人でも多くの人と知りあい、繋がりを保つことが最も大切なのは同じだ。玲はこれからメジャーデビューを目指すインディーズで、働きながら音楽活動をしているということで、積極的にこちらの活動に関わることは多くの意味で難しそうだった。しかし逆に、自分のライブがある時には必ず私に告知してくれるようになり、そして私も、都合の許す限り必ず顔を揃えるようになった。
 京都市役所前駅の地下街「ゼスト御池」で、初めてMilk Chocolate.のステージを観た時は驚いた。私はどちらかというと仕事一筋で、あまりそういう軟派な、じゃない、粋(すい)なことがわからない男なので、彼らの写真を見た真実の言葉を借りているのだが、「アングラなメタル系ロックバンドやってそうな風貌に見える」二人の若者が、それはそれはやさしい、心に染み入るようなアコースティックギターの弾き語りを聴かせてくれたのだから。
 そうか、髪の毛を金色や茶色に染めて、ブーツを履いて、自動車整備工のような繋ぎを着ているとそういう風に言われるのか。覚えておこう。
 玲の相方は正道という。玲より一歳年上の男で、見た目は玲よりややイカつい感じなのだが、豪放磊落というタイプではなく、寧ろ、軽快で陽気な玲に対し、比較的寡黙で朴訥な雰囲気の青年に見えた。本人のブログによると、「普段言葉では言えない事や、話せない事、話さない事を歌詞として、それをmelodyに載せて、『歌』にして歌ってい」るらしい。
 ちなみにMilk Chocolate.というユニット名は、「甘ったるい」玲と、「苦み走った」正道のキャラクターから名付けたとか。玲が「甘ったるい」のはともかく、正道が「苦み走っ」ているとは私はあまり思わない。どっちかというと玲の方がタチ悪そ(ry飽くまで玲と比べれば、という基準だろう。
 苦み走ってるといえば、バーベキューの時使うような折り畳み式の椅子を幾つか並べただけの急拵えの客席に、でかい図体を窮屈そうに縮めて一人で座っている黒スーツ緋ネクタイの男の方がよっぽど違和感があるなあ、と私はぼんやり考えている。どこかの音楽プロデューサーのようにでも見えればいいんだが。他に座っているのは中高生など若い女性のグループばかりで、後は通りすがりのカップルや年長者が足を止めて遠巻きにしているくらいだ。
 「皆さん、ありがとうっ!Milk Chocolate.でしたーっ!」
 玲の威勢のいい掛け声に合わせて、二人がジャカジャカジャカと力強くギターを掻き鳴らし、三十分のライブは幕となった。今日中に同じステージを後もう二回、やるらしい。
 私は立ち上がって、早くも物販コーナーで女子高生相手に愛想を振り撒いている、商魂逞しい金髪の若者の方に歩いて行った。
 「吉國くん」
 とちょっと控えめに、よそ行きの声をかけてみた。CDにサインを貰っていた制服の女の子が、怖々私を見上げた。
 「ああ、どうもこんにちは。来てくれはって嬉しいです」
 玲は笑顔になって、こっちにやって来た正道の方を振り向いた。
 「正やん、ほら、亀岡の路上で、選挙の時」
 正道はすぐに心得て、
 「あ、ああ。相方から聞いてます。よう来てくれはりました。ありがとうございます」
 内心、二人の間でどういうやり取りがあったのだろう、とものすごく気になったのだが、そこはおくびにも出さずに、
 「うん、よかった。楽しかったわ、ありがとう」
 と微笑んで、財布を取り出した。
 年老いた母と二人暮らしの園部町の自宅に戻り、「果てなき世界へ」という一曲だけが入った手作りのCDをかけてみた。
 真実に言わせれば、「曲調はいいけど、歌詞が凡庸で抽象的に過ぎる」「今の歌謡曲はだいたいそう。心情ばっかりでストーリー性がなくて、具体的な状況がわからない」とか辛辣なコメントを浴びることは間違いないが、私はいいと思った。夢と、希望と、人間性への信頼。風に乗り、翼を広げてこの大空を飛翔したいという、切ないまでの憧れ。
 そして、この苦しみに満ちた世界を変えたいという、大いなる意志と、渇望。
 それは歴史上、全ての求道者が己が人生を擲って願ったことであり、悩んだことなのだ。ゴータマ・シッダールタも。達磨大師も。親鸞上人も。ナザレのイエスも。使徒パウロも。マルティン・ルターも。イマヌエル・カントも。フリードリッヒ・ニーチェも。
 カール・マルクスも。

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