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果てなき世界へ(Y2)

 玲に出会ったのは、2012年の年末、野田佳彦総理が解散を命じた総選挙の時だった。投開票日まで後二日に迫ったラスト・フライデー、私は何人かの青年党員や支持者を率いて、午後七時から二時間の予定で、亀岡駅頭の街宣に立っていた。衆議院小選挙区京都四区に含まれる、この京都府口丹地域の中心街である。
 とても寒い夜で、ビラを持つ手がかじかんだ。風も強く、並べたプラスターが何度も吹き飛ばされ、その度立て直しに走らなければならなかった。
 「あんま反応よくないっすねえ。やっぱ橋下と『維新の会』が人気あるからでしょうかね」
 と、大学生の川東が、足早に通り過ぎて行く会社帰りの勤め人の群れを見ながら、苦々しく言った。さっきも見知らぬ若いOLから、「甘えるんじゃないわよ!」と、石礫のような標準語の捨て台詞を投げつけられたばかりだ。
 「今に始まったことやない。こんな活動、嫌われる為にやっとるようなもんや」
 川東が私のこういう部分をあまりよく思っていないことは知りつつ、いつもの毒を吐いた時、ふと違和感を覚えて耳を澄ました。違和感の正体はすぐにわかった。この寒い中、(人のことは言えないが)もの好きなことに、誰かがギターを弾きながら歌っているのだ。そのハスキーな歌声は、駅舎の反対側から聞こえてくるようだった。
 「川東、ここの指揮は任せた」
 一言言い置いてその場を離れ、そちらに向かったのは、特別ピンとくるものがあってのことではない。街宣の時、特に選挙期間中は、一人でも多くの市民と対話をすることが目的の一つでもあるのだ。そこから支持、更には入党に繋がることもある。あんまりこういう言い方はしたくないが、要するにナンパもキャッチセールスも宗教の勧誘も同じである。
 確かに弾いていた。駅舎の壁際に座り、一人の若者が、どうやらオリジナルらしいバラード風の恋の歌を口ずさみ、時々器用にブルースハープを吹いていた。誰一人聴く者もないのに。
 「こんばんは。君、ギターが上手やなあ」
 と私は突然、彼の前に立った。
 「ああ、こんばんは」
 歌いやめて彼は、鋭い眼差しで金髪の陰から私を見上げた。瞬間、彼が血潮滴る金属バットを振り上げて、ゲラゲラ笑い転げながら、足元で呻いているホームレスの老人に最後の一撃を喰らわせる場面を容易に想像した。
 「怪しい者なんだけどね」
 負けじと微笑んでみせた。誰に、何に負けじとしたのだろうか。
 「は、はあ、怪しい者なんですか」
 と彼は目を白黒させた。ヤンキーと呼ばれる風俗の若者独特の抑揚のある話し方だが、さっきの印象と打って変わって、何となく、いいヤツじゃないか?という気がした。
 「選挙権ありますか?」
 と、さりげなく尋ねた。彼はどちらかというと、後で知った実際の年齢よりもあどけなく見え、まだティーンエイジャーかも知れないと思ったのだ。
 「はい、あります」
 と、彼は礼儀正しく頷いた。女の子とセックスしたことありますか?と訊かれた時も、同じようにクールに答えるに違いない。
 ただ、男となるとどうだろうか。

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