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見えない空

今年の鯛画 兄×白羽織の人
☆ネタバレがあるので嫌な人は決して見ないでください!
感想BBSのアドバイスに従い、規制回避のために毎日2レスずつ
使わせていただこうと思います。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

その音を聞いた時、角間は盲いた目に一瞬、鮮やかな色が甦ったような気がした。
「風鈴、か?」
「じぇ~音色だったから買ってきた。じぇ~でしょ?」
そう言って弥恵は少々乱暴に風鈴をゆすった。
リンリンとけたたましく鳴るその音には風雅も余韻も何もあったものではないと角間は苦笑を漏らした。
「珍しくお前がんだな風流な物買ってぎた思ったけんじょ、やっぱりお前だな」
「そんなに珍しいべか?」
弥恵がふくれっ面をしているのが見えるようで、角間は少し微笑った。
角間には弥恵の気持ちは分かっていた。
目で涼をとることのできない自分にせめて音ででも、という気遣いだろう、と。
京の夏は江戸の夏とも故郷の会津の夏とも違っていた。
どこも暑くないわけではなかったが、盆地特有の上から蓋をされて蒸されているような京の夏はまた格別の暑さだった。
まだ初夏だというのに、じわりと汗がにじんでくる。
だから覚馬のために出初めたばかりの風鈴を弥恵は見繕ってきたのだ。
「弥恵」
「え?」
「ありがとなんし」
「あんつぁま…」
やっぱり笑顔になった弥恵が見えるようで、角間はまた少し微笑んだ。

弥恵が去り、一人になった部屋で耳をすましてみるが、風が無いのか、吊るされているはずの風鈴は音を立てていなかった。
風鈴と聞くと、角間には忘れられない思い出があった。
江戸で蕭山の学問所にいた頃、まだ将之助に出会ったばかりの頃の事だ。
将之助はまさに風鈴のように涼やかな男だったと思う。
そんな将之助が土産に風鈴を買ってきたことがあった。
将之助が買ってきた物は弥恵が買ってきただろう、青銅製の余韻のある音の物ではなく、
色ガラスの美しい『チン!チン!』と軽やかな音を立てる物だったが。

「綺麗でしょう?つい買ってしまいました」
遠い日の初夏の夕暮れ、座敷で書き物をしていた角間の元に風鈴を下げて嬉しそうにしている将之助がやってきた。
女子供みたいだと思い、角間は少し苦笑して将之助を見上げた。
「あれ?水菓子か水密の方が良かったって顔してますね」
将之助は角間の呆れ顔にも臆することなく、いつもと同じひょうひょうとした態度で静かに笑っていた。
「そっだらことはねぇけんど」
「本当ですか?信用できないなぁ。合津の人は質実剛健が徹底されてますからね。無駄な物はお嫌いなんじゃないですか?」
「…確かにそういうところもあっかもな。だけんじょ、俺は嫌いではねぇ」
将之助は意を得たりといった風ににっこりと微笑んだ。

「わたしも角間さんのそういう所嫌いじゃないですよ。でも、一見無駄に思える物の中に本当は必要な物があることもある気がしませんか?」
そう言いながら将之助は開け放たれている板戸越しに手を伸ばし、手の中の物を吊るしはじめた。
なんだか禅問答みたいだったなと思っていると、風が吹いて、チンチンという軽やかな音色が聞こえた。
「なかなか良い風が出て来ましたね。今夜は涼しくなりそうかな」
そう言いながら戸外を見詰める将之助の後姿を角間はぼんやりと見つめていた。
初夏の夕暮れの淡い光に将之助の白い羽織が映えて、綺麗だと思った。
「綺麗な物を見ると手に入れたくなったり、触れてみたくなることってありませんか?」
突然振り向きざまに将之助にそう聞かれて、角間ははっと我に返ると、なんとなく将之助から目線をそらした。
「さ、さぁ…」
「桜の季節に桜を手折ったことないですか?わたしはついそうして、叱られたことがありました」
「俺にはあんまりそう言う情緒はながったから」
「本当に?」
角間は一度合わせた視線を再び将之助からそらして、落ち着くために一度ごくりと喉を鳴らした。
「あ、ああ、本当だ」
「角間さん」
将之助が名前を呼ぶから、仕方なく角間は一瞬の間をおいて将之助の方にゆっくりと向いた。

その瞬間、将之助に軽く袖口を引かれた。
何をするつもりだと思う暇さえなく、気が付けば角間の顔の間近に将之助の顔があって、唇が一瞬触れ合った。
「…すみません、どうしても触れたくなって」
悪戯をした子供みたいな顔でそう言って、将之助は角間の袖から手を離そうとした。
角間は気が付けば離れていく将之助の手を掴んでいた。
「角間さ・・・」
そのまま将之助を引き寄せて、今度は角間は自分から将之助の唇に自分のそれを重ねた。
深く分け入ると、将之助はそれに応えてきた。
こんな衝動は無駄な物だ、とどこかで冷静に思っている自分がいた。
何の実も結びはしない、世の中の役にも立たない、それに実は一つ将之助とこうなるのに危惧していることがあった。
でもその時の角間には、その人生には、必要な感情に思えた。
それに何より、この衝動にあらがえない自分がいた。
将之助の着物を乱していく手間がやたらまどろっこしく感じられた。

乱してみればいつもきちんとした身なりをしている将之助との落差が歴然としていて、それがまた角間の情欲を煽った。
ついでに髪を結わえている紐もほどいれやれば、汗ばんだ将之助の頬にしどけない様子で髪が乱れ落ちた。
下帯を取り去ったところに顔をうずめれば、将之助の耐え切れず漏れたような上ずった声が聞こえた。
普段はこんな欲など知りませんとでもいうような取り澄ました顔をしている将之助の欲に上気した顔を、角間は時折満足げに見やった。
「か、角間さん、もう…」
切羽詰まった様子で腰を引こうとするのを逃がさず、角間は口内に将之助の欲を受けた。
それを嚥下して、さらに欲を吐きだしたばかりで敏感になっている将之助の菊に舌を這わした。
「あ・・・!」
将之助は口元を手の平で抑えて、声を殺していた。
将之助のそこは本来男を受け入れるべきところではない。
だが、将之助は角間にそれを許しているのだ。
それを思うと、将之助がひとしお愛おしくなってくる。
「河﨑さんが、好きだ」
一度菊を責めるのを止めて、将之助の目を見詰めてそう言えば、
将之助は呆けたような焦点の定まらない目に少しだけ理性の光を宿らせて角間を見詰め返した後、はらはらと泣いた。
「な、なじょした!?」
「なんでもないです!続けてください!!」
今度は口だけでなく顔全体を手のひらで覆って、将之助は絞り出すような声で言った。
角間としても最早ここで止められる状態ではなかったので、将之助の言葉に甘えるように愛撫を再開し、夢中で将之助の中に己の熱を埋めた。

抱き合った熱がようやく引いた頃には、辺りはもう夜の気配を帯びていた。
将之助が言った通り、涼しい夜になりそうだった。
しきりに尚之助が買ってきた風鈴が音を立てていた。
さっきまでは全然耳に入らなかったなと思い、角間は苦笑してそれを見やった。
将之助はゆっくりと起き上がると、脱がされた物をやはりゆっくりと着付け始めた。
角間はいつもの通りの将之助に戻っていく様をぼんやりと眺めていたが、不意に思い立って将之助が髪を束ねようとしていた手を止めさせた。
「角間さん?」
「俺がやる」
櫛を取って来て、将之助の髪を綺麗に梳き、紐で結わえる。
いや、結わえようとするのだがこれがなかなかうまくいかなかった。
将之助はそんな角間を鏡越しに見て忍び笑いを漏らしていた。
そんな将之助の様子を見て、角間も何故かおかしくなって笑った。
「上手ぐいかねな」
「角間さん不器用だから」
「俺は不器用か?」
「不器用ですよ」
そうしてまた二人で笑った。

「河﨑さん」
しばらくして改まった雰囲気で声をかけると、将之助もその気配を察したのか、顔から先程までの笑みを消した。
「なんですか?」
「…今さら、こんなことをしておいてなんだけんじょ、一つ聞いておきたいことがあって…」
「はい」
「河﨑さんと、蕭山先生はその…何か…」
角間にしては珍しく歯切れの悪い言い方だったが、聡い将之助にはすぐに角間のいいたいことが理解できた。
「蕭山先生とは何もないですよ。師匠の情人を寝取ったと思ってたんですか?」
「・・・」
誰だって疑うだろうと角間は思っていた。
蕭山の側にはいつも小姓のように将之助が付き従っていて、師を徹底的にまで下へ置かない態度は尋常ならざる関係を思わせた。
将之助に対する懸念はそこにあって、角間をもって将之助に一歩を踏み出させぬ要因になっていた。
「ただとてもご尊敬申し上げているだけですよ。それに…」
「それに?」
「先生は私より虎次郎さんの方が好きなんじゃないかな?」
「虎次郎さん…?」
角間の頭の中に狂気に似た情熱を持った虎次郎の顔が浮かんだ。
将之助がいつもは静かな海なら虎次郎は燃えさかる炎のような男だった。
なるほど、蕭山なら将之助より自分に似た性質の虎次郎を選ぶだろうと角間は得心した。

それから勉学の合間に角間は将之助と度々情を通じた。
いや、今思えば情交の合間に勉学に励んでいたのか、とさえ思える。
閉塾となって将之助と別れて江戸から会津に戻る時に、将之助に貰った風鈴は大事に持って帰った。
しかし今はもうどこにもない。
将之助自身さえも。
あの時情を通じなければ将之助を一人さびしく死なせることはなかったのだろうか、と思う事はあるが、
きっと何度あの時に戻れたとしてもやはり自分は将之助を抱くだろうと思っていた。
妻の事も愛しく思わなかったわけではないが、自分で選んで、抗いきれぬ衝動に身を任せたのはただの一度きりだった。
恋をしたのは一度きりだった。
視力を無くしてから、不思議なことに目を閉じると物が色鮮やかに見える気がしていた。
故郷の山の緑、空の蒼、幼い弥恵や三朗の笑顔、将之助の白い羽織。
そんな美しい物ばかりが見えて、でも目を開けると目の前には何もないのだ。

風が無く、弥恵が買ってきた風鈴はちっとも鳴らなかった。
その時、不意に人の気配を感じて角間はぐっと気配の方に神経を集中させた。
最近は目の代わりに皮膚がその役目を果たすようになっていた。
風の流れや空気の微妙な変化で自分の周りに何があるのか、誰なのかをある程度予想できた。
弥恵はもういない。
それにこの気配は弥恵ではない。
でも角間はその気配が誰のものか良く知っていた。
「…将さん?」
信じられない思いで呟いてみるが、当然、返事はなかった。
しかし何故か風もないのに風鈴がひときわ甲高く『リン!』と鳴った。
「将さん!」
もう一度声をかけてみるもやはり返事はなく、捉えていた気配も消え失せた。
その代わりひどく冷たい一陣の風が、一瞬、角間の頬を撫でて行った。
「将さん、今度は一緒に帰ろう。会津に。二度と一人にはさせねぇ」
それでもずっと言いたかったことを呟いて、角間は見えない空を見上げた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

割り振り間違いで9で終わりでした。
色々申し訳なく…。
長々とすみませんでした。


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