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乱れそめにし

・半生、お$台操作選で信条→←夢炉伊
・前作「絶えなば絶えね」の続き、BL色は薄めですが両片思いの二人です

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

 あなたと離れ、割り切れない思いを胸の内に秘めながら、私は仕事に追われていた。
 そんな時、地方県警本部への一年間の赴任が決まった。丁度いいと思った。あなたと物理的に離れることで、今度こそこの恋に蹴りをつけられる……そのはずだったのに。

「訓告……?」
「ああ。捜査中、上の許可なしに勝手に動いたとさ。全く、何を考えてるんだか」
 赴任が明け、私の次のポストは警視庁捜査一課の管理官に決まった。……あなたの後任として。久しぶりに本庁に戻った私は、同期から信じがたい話を耳にした。
 これまで目立ったミスもなく、東大や京大卒の同期に遜色ないキャリアを積んできたあなた。その経歴に、傷が付いた。その意味が分からないあなたではないだろう?
「……所轄の刑事にお気に入りが出来たらしい。訓告を喰らったのもそいつと一緒に無茶したせいだ。警視庁(ここ)に呼ぼうとするくらいの熱の入れようだよ。……ますますもって“そっち”の疑惑あり、だな」
 そう言ってけらけらと笑うこの男が、私は好きではなかった。あまり同じ大学出身と思いたくない。しかし、こちらが聞いてもいないことまでぺらぺらと喋ってくれるため、情報を得るにはもってこいの人物だった。
 ……何も知らないくせに。そう思いながら、私の中に熔けた鉛のようなどろりとした感情が生まれる。所轄の刑事……? 一体どこのどいつだ。

 調べはすぐについた。“元”・湾岸署捜査員の青嶋俊作巡査部長――くだんの刑事は刑事でなくなっていた。あなたが訓告を受けたのに対し、青嶋は別の署に異動になった上、交番勤務に当たっていたらしい。
 今は異動先の署で警備課に属しているようだが、何にせよ、刑事でないことに変わりはない。私は胸を撫で下ろした。もし私がこの署に出向いて仕事をすることになっても、上の命令を無視して単独行動を取るような問題児を指揮下に置かなくて済むのだから――断じてそれ以外の理由で調べたのではない。そう、自分で自分に言い聞かせた。

 あなたとは、引き継ぎのために本庁で数度、話をする機会があった。久々にあなたと会えることになり、内心嬉しさを感じてしまったのは事実だ。つくづく業が深いと思う。しかし、私も仕事に私情を挟むほど馬鹿ではない。部下や関係者が同席していたこともあり、引き継ぎは極めて事務的に行われた。
 そうして数件の事件を問題なく解決した後、本庁の廊下を歩いていると、
「……新條」
 どこか遠慮がちに、後ろから掛けられた声。振り向かなくても誰のものかは分かる。
「榁井さん……」
 年の瀬でイベントなども多い時期だ。警備部のあなたもさぞや忙しいだろう。この人との個人的な付き合いは一切断たなければ――私は努めて冷静に……いっそ冷たく言い放った。
「……何か御用でも?」
「仕事の話だ。五分も取らせない」
 私の意図を汲んだのか、あなたはそう言った。お互い、たまたま部下を連れていなかった。私たちは廊下の隅で足を止めて、立ち話をする。
「仕事は順調らしいな」
「……ええ」
 後任の私を気に掛けてくれている、などと浮かれてはいけない。ふ、とあなたが微笑んだ。……あなたの顔から目を逸らす。
「もしお前が湾岸署に行くことがあったら……面白い男がいる。青嶋と言ってな。優秀な刑事だよ」
 心に暗い感情が渦巻いた。
「……噂で聞きました。あなたが所轄の刑事と仲良しごっこをして、訓告処分を喰らったと。確か、その男は湾岸署から別の署に回されたはずでは?」
「本当ならとっくに元の署に戻っているはずが、手違いがあったようでな。改めて辞令を出すよう、私から働きかけておいたところだ」
 それほどまでにそいつに目を懸けているのか。あなたを他人に盗られたようにも、あなたに裏切られたようにも思えて、芽生えた感情がどす黒さを増す。……どちらの気持ちを抱く権利も、私にはないというのに。
「馴れ合いは感心しませんね。私たちと所轄の捜査員とは違います」
「……違わない。私たちは同じ警察官だ」
「そんなのは綺麗ごとです……あなただって本当は分かっているはずでしょう」
 正義漢らしいあなたの考えそうなことではあるが、現実はそう甘くない。あなたは重々承知しているものと思っていた……少々、失望した。これ以上、あなたの話を聞いていたくなかった。
「話がそれだけなら、そろそろおいとまします。……一応、忠告はしましたよ、榁井さん。ご自分の立場をよく考えて、賢く行動なさることですね」
 返事も聞かず、私はさっさとあなたに背を向けた。あなたがどうなろうと私には何の関係もないはずなのに、つい説教じみたことを言ってしまった。
 あんな世迷い言をほざく男に、お前は惚れたのか? ほら、早く見限ってしまえ。……頭の中に響いた声にうなずけるほど、私は強くなかった。

 皮肉なことに、その翌日に早速台場の湾岸署管内で殺人事件が発生した。特捜本部が立つということで、私はその夕方には湾岸署へと出発したのだった。

※※※

 それから一週間ほど後――私は本庁内のひと気のない場所を見計らって、あなたを捕まえていた。
「榁井さん。今日の夜、時間は取れますか」
「……大丈夫だが……」
 あなたに私から話しかけるのはかなり久しぶりのことだ。あなたは驚いた様子だった。
「二人で話が出来る場所を知りませんか……官舎の私たちの部屋以外で。先日の湾岸署内立てこもり事件について、ご意見を伺いたい」

※※※

 捜査会議で私に資料を渡した男が問題の青嶋だと、一目で分かった。その軽薄そうな顔は、奴のことを調べた際に写真で見ていたからだ。奴は幸い刑事課には配属されず、他の部署をたらい回しにされているという。
 私はほくそ笑んだ。私たち上の人間にとって使いづらいというだけならまだしも、仲間内でも手を焼く存在とは……あなたの言う“優秀”というのも、存外大したことはない。

 あなたの後任ということで、私まで上下関係の別を気にしない人間だと思われては捜査に支障が出る。私はここで殊更に居丈高な態度を取り、敢えてあなたを悪し様に評しもした。
 さぞ署の面々に嫌われたことだろうが、気にする必要はない。……この間行った署など、管理官を榁井さんに戻して欲しい、などという戯れ言が陰でまかり通っていたらしい。そんな低レベルな感情で本庁の決めた人事を語られてはたまったものではない。特定の人間がいつまでも管理官止まりでいていいはずがないではないか……これだから現場しか知らない人間は困るのだ。
 ……管理官になったばかりなのに加え、どこへ行くにも前任のあなたの影がちらついて、私の冷静さを殺いでいた。

 そうして捜査を進めていく中、ふいにあなたが湾岸署に立ち寄った。
 私に捜査の参考になる資料を届けに来たというあなたに、内心素直に喜んでしまいそうになる。……馬鹿か私は。あなたはどうせそれだけのために来たのではないのだろう?
「……警備局の課長がどうしてわざわざここまで?」
「……近くまで来た」
「青嶋のことが心配で?」
 私の掛けた揺さぶりに、あなたは面白いように反応した。……なるほど、やはり私への用事は単なるついでという訳だ。
「彼は捜査本部に入れてません。……私はあなたのように甘くはない。組織捜査の邪魔になる者は、徹底的に排除します」
「組織捜査? お前が実現したいのは階級差別の徹底だろう」
「……それが上に立つ者の仕事です。私たちは理想の実現なんか求めちゃいけない。今いるポストで求められることを実現すればいいんです。……何故青嶋を戻したんです? あなたは無駄なことにばかり力を注いでいる」
 部下や所轄の捜査員たちの前だったこともあり、いつも以上に虚勢を張ったと思う。
 その後、例によって奴を誉めそやすあなたの言葉を、私は苦い思いで聞いた。軽く経歴を調べはしたものの、まだたったの一度しか顔を合わせていない男に対して、私は憎悪にすら近い感情……激しい嫉妬心を感じはじめていた。仕事に私情を挟むのは、馬鹿のすることではなかったのか? ……いや、奴を捜査の現場に入れないのは捜査中に勝手な行動を取ったという前歴を問題ありと判断したためだが、それにしても何故こんなにも。“彼女”の存在には、こんな思いを抱くことなどなかったではないか……
 ここへ来てミスをすることは許されない。私はあなたや奴のことを思考の外に追いやり、目の前の仕事に集中することにした。

 ……結論から言って、その試みは失敗したと言わざるを得ないだろう。警察署内での人質立てこもり事件という前代未聞の大失態……それが何とか終息を迎えた後、再びまみえた青嶋刑事にみっともない捨て台詞を吐いて表面を取り繕った私だったが、あれほど肝を冷やしたのは初めてだ。
 正直なところ、あまり思い出したくはない出来事だった。

※※※

「……どういうことですか、榁井さん」
 個室の座敷とは言え、壁の向こうからはひっきりなしに笑い声や乾杯の音頭が響いてくる。こんな居酒屋に入ったのは何年ぶりのことだろうか……このくらいうるさければ話を聞かれる心配もない、とあなたは言うが、限度というものがある。
 あなたは周りの雑音が耳に入らないかのように、敬虔な修行僧を思わせるいつもの表情でビールを飲んでいた。
「どう、とは?」
「事件の後処理を決める場に、榁井さんも呼ばれたそうですね」
「参考程度に意見を聞かれただけだ」
「そこで湾岸署をかばう発言をしたと聞いています。事情聴取中の男を研修中の捜査員に任せてその場を離れたのは、青嶋の責任でしょう」
 あなたはやれやれという調子で話しだした。
「……研修中とは言え、眞下君も一人の警察官だ。それに、あの署は事件の発生件数の割に人員が不足している。空き地署なんて揶揄されてはいるが、湾岸署周辺も徐々に開発が進んでいるからな。その旨を伝えて増員を進言したんだ」
 あなたの言うことには、きちんと筋が通っている……初めてあなたに出会った日から、変わりなく。
「……青嶋がそんなに気に入らないか?」
 当たり前だろう。あなたの経歴に汚点を残した男なのだ。
「……与えられた業務をこなさずに独自に事件を追って、結果被疑者を挙げても誉めるに値しません。秩序の乱れた組織に、国の秩序が守れますか」
 コップに少しだけ残っていたビールを一気に飲み干す。酒が入り、私の舌は普段より滑らかになっていた。
「私たちは特に選ばれ、この警察組織の中枢を担うことを嘱望されている身です。現場の人間は、私たちの方針に従っていればいい」
「それは歪んだ選民思想だ、新條。ノンキャリアの警察官だって、選ばれて採用されているだろう」
 あなたはどこか面白がるような言い方をする。年下の言うことと思って、軽く見ているのか。
「……自分たちは選ばれた人間だという意識を持つことの、何がいけないんです?」
 話が長くなると踏んだのだろう、あなたは自分の分のビールを飲んでしまうと、店員にビール瓶の追加を頼んだ。私は構わずに続ける。
「警察官の不祥事は後を絶ちません……収賄や横領ならまだましな方だ。窃盗に傷害に強制わいせつ、挙げ句の果てに放火や殺人といった重大犯罪に手を染める者までいる。
 本来市民を守るべき警察官が市民を害するなどということはあってはならないのです。そんな行為に走る警察官はほとんどの場合ノンキャリアだ。何故か? ……自分たちが国の治安維持のために選ばれた人間だという自覚が、足りていないからに他ならない!」
 ……酔って熱くなりすぎたようだ。私は少々気恥ずかしくなり、あなたが私のコップへ注いでくれたビールに口をつけた。
「っく……ははは……」
 あなたがこらえきれなくなったというように笑いだした。私は憮然とする。
「……何がおかしいんですか」
「すまん……お前は変わらんと思ってな……」
 あなたはどうにか笑いを収め、息を整えた。……ほんの少し前まで、あなたがこんな顔を見せるのは私にだけだと、密やかな優越感にひたっていた。今のあなたは……あの男にも、そんな表情を見せているのだろうか。
「出世や権力欲に取り付かれたキャリアと同じように見えて、そんなことを言う。昔からそうだったな、お前は……何だか、懐かしくなった」
「……国のことを考えるのが、国家公務員の仕事でしょう。出世を目指すのも、上層部にいれば理想を実現できる可能性が高まるからです。キャリアとはそういう性質であるべきものだ。もちろん、あなたも……」
 そう、あなたは分かっているはずなのに。
「榁井さん……言ったでしょう、私たちは理想の実現なんか求めてはいけないと。そんなことは上に行ってから考えればいい。今の私たちがすべきなのは、上から求められる仕事をこなして一日でも早く出世することです。
 大体、所轄の捜査員は所詮下っ端だ。さっき言ったような犯罪行為までは行かなくても、仕事に対してまるでやる気がなかったり、私たちに反発することで憂さ晴らしをしたりする刑事がごまんといます。榁井さんだって、そんな人間に困らされたことの一度や二度、あるんじゃありませんか」
 私たちと現場の捜査員とは、そもそも採用された目的もするべき仕事も違うのだ。……所轄の刑事なんて、あなたと付き合うには相応しくないのに。
「……確かに、そんな捜査員もいるな。俺も、現場の人間と自分は違うと思っていたことがあった。だが、あいつは……本気で市民のことを思って仕事に臨んでる。青嶋に会って、俺は現場の捜査員を信じていたいと思ったんだ……
 上に行くまで自分の信念を殺してただ命令通りに仕事をするのは、確かに出世への早道だろう。だがな……そうして忙殺されているうちに、いつしか理想を忘れて、出世そのものが目的に化けてしまうんじゃないのか? 俺は、そんなキャリアにはなりたくない」
 愛しい人の関心が別の男に向いている。尊敬する人が道を誤ろうとしている……これに、心を掻き乱されない人間がいるだろうか……? あなたに対する醜い恋情と純粋な敬慕の念とが胸の中で焦げ付いて、苦しさでどうにかなってしまいそうだった。
 上層部はキャリアのあなたが現場と密な関係になることを望まないだろう。ただでさえ、あなたは東大閥でない分出世が遅れているのだ。現に、三期下の私があなたのすぐ後に同じポストに就いている。このままでは……私はそう遠くないうちに、あなたを追い越してしまう。
 しかしあなたの決意が固いのをこの目で見て、私はこれ以上反論する術を持たなかった。私が黙っていると、あなたは私にテーブルの上に残った料理を勧めながら言った。
「丁度良かった。私も、今回の事件についてお前に話したいことがあった」
 話? 私の対応がまずかったと説教でもする気なのだろうか。
「……猟銃を持った犯人の前に出て、拳銃を突き付けたらしいな」
 箸でつまんだ刺身を、危うく取り落とすところだった。
「どうしてそれを……」
「青嶋と電話した時に聞いた」
 奴め、余計なことを。
「何でそんな危険な真似をした? それこそ、キャリアらしくない振る舞いだろう」
「……あの場の責任者は私です」
「お前が担当していたのは殺人事件だ。人質立てこもり事件じゃない。そう何でも一人でしょい込もうとするな」
 諭されるように言われて、悔しさと同時にどこか嬉しさも感じてしまう。あなたと距離を置く前――私が酔ってくどくどと青いことを語るのを、あなたはよくこうして聞いてくれていた。
「犯人に殺されていたかも知れないんだぞ……話を聞いた時は少し青くなった。それに事態が無事収まったからいいようなものの、怪我人でも出ていればお前が処分を受けていた可能性が高い。……上に行きたいんだろう?」
 結局、私の処分は非公式の厳重注意。……表面的には、私の経歴に何の傷も付かなかったことになる。理由は簡単、東大閥の上司たちがこぞって私をかばったからだ。
 上司の一人にお父上は元気か、と問われて(父も東大法学部卒である)、私は反吐が出る思いだった。親の七光りが嫌でここへ来たはずが、やはり父の威光は私の意思とは関係なしに付きまとうものらしい。そういう身内同士のもたれ合いは、あなたの一番嫌うところではないか……
「……私がどうなろうと、榁井さんには関係ないでしょ」
 あなたはむっとしたように声を荒げた。
「関係なくは……!」
 はたと何かに気付いたあなたは、一瞬目を泳がせて言い直す。
「……関係なくは、ないだろうが……」
 沈黙。周囲からは、相も変わらず聞こえてくる上品とは言いがたい歓声。テーブルの上には、焼き鳥や枝豆や刺身の盛り合わせ、国内メーカーの瓶ビールといったいかにも居酒屋的なメニューの数々。そこに、三十路もとうに過ぎた男が二人。……なのに今、何だか妙な空気が漂わなかったか。
 あなたが私の身を案じてくれていたことに、年甲斐もなく顔がかあっと熱くなる。あなたは、気まずそうに焼き鳥の串を口に運んだ。
 ……優しいあなたのことだ。一度限りとは言え体の関係を持った私に、必要以上の情を感じてしまったのだろう。それだけだ。
 私たちは暫時、黙ってテーブルの上の食べ物を片付けるのに専念した。

 店を出た帰り道。戻る先は同じ官舎だ。並んで歩いていると、あなたがぽつりと言った。
「……久々にお前と話せて良かったと思ってる。また、飲みに連れてってやる」
 店を決めたのはあなただが、そもそも話がしたいと言いだしたのは私である。……全く、そうやってすぐ先輩ぶるんだから。
「……勘違いしないでください。今日私たちが会ったのはあくまで仕事のためですよ、榁井さん」
「……そうだった」
 つっけんどんな私の言葉に、あなたは苦笑した。官舎に着く。別れ際、あっさりと部屋に帰ろうとするあなたに、私は未練がましく言った。
「……今度は」
 あなたが振り返る。
「今度は私が、店を選びます。……あなたの趣味は当てにならない」
「……悪趣味で悪かったな」

 部屋に戻った私は、ソファーに倒れ込んだ。酔い過ぎた訳ではない……今しがた別れたばかりのあなたに、たまらなく会いたかった。甘い睦事とは程遠いさっきの会話が、酷く恋しかった。
 ……無理だ。あなたを忘れるなんて……あなたを愛することをやめるなんて。
 あなたがこのまま出世から遠ざかるのを、見てみぬふりをするという選択もある。しかし、私はあなたに上に行ってもらいたいのだ。そしてあなたを阻む者が無くなった遠い未来に……あなたと共に、この腐った組織の病巣にメスを入れることが出来たなら。……そんな、叶うかどうかも分からない夢を見ていた。
 何故“彼女”の時とは違って青嶋のことがこんなに気にかかるのか……やっと分かった。“彼女”は所詮過去の人だと、今あなたの側にいるのは自分だと、私は高をくくっていたのだ。だが……奴の存在は、現在において身近に差し迫った脅威だった。……本当に、私という人間はなんて醜いのだろうか。
 青嶋と関わることがあなたの身にとってプラスになるというなら、私の感情はあなたを誰かに盗られたくないというただの子供じみた独占欲に過ぎない。私は大人しく涙を飲もう。そのくらいの分別はある。
 今のところ、上層部はあなたと青嶋との関係を危険視するまでには至っていないらしいが。もしこの先そんな動きがあったとしたら……その時は、私が。
 誰に頼まれた訳でもない。これは私一人の我が儘だ。こんなことを考えていると知ったら、あなたは余計なことをするなと怒るだろうか。それとも……仕方のない奴だと、笑ってくれるだろうか。

※※※

「……君がいる所にはいつも問題が発生するな」
「管理官からの伝言です。あなたは無駄なことに力を注いでるって」
 湾岸署の人質立てこもり事件が解決した直後、私は青嶋と電話をしていた。この男のことを、始めは新條よろしく厄介な奴だと思ったものだ。
 組織には組織なりの規律がある。例えそれが自分の正義感に照らし合わせた時に納得のいかないものだったとしても――その規律に従うことに、いつの間にか慣れてしまっていた。
 だが、青嶋はあくまでそんな理不尽に立ち向かった。彼に出会って、私は忘れかけていたものを思い出したのだ。純粋に人を救いたいと思う心――それは、本来警察という組織が持っているべき性質だった。
 所轄と本庁、キャリアとノンキャリアの壁が捜査の妨げになっている……自分の考えがこの組織において“危険思想”であることは重々自覚していた。だが、一度自分の警察官としての理想を、信念を取り戻した以上、それを曲げることはしたくなかった。
「榁井さん。俺たちだけは、無駄だと思っても信じたことやりましょう」
「……ああ……正しいと思うことを」
 新條が私の出世を危ぶんでいることは分かっている。しかし、警察官としての……人としての正義感を捨ててまで勝ち得た出世に価値があるとは、今の私には思えない。
「ええ。戻してくれて、ありがとうございました」
「……無駄なことをした」
 こうして軽口を叩けるような気の置けない友人というものを、警察の中で得られるとは思っていなかった。
 同期の一倉との仲は悪くないが、仕事をする上ではあくまでライバル関係だ。あの男は、普段は親しげに話し掛けてきておきながら仕事上では平気で人を蹴落とすような、油断のならないところがある。……いや、実際にそんな目に遭った訳ではないが。
 それに新條は――
「……そう言えば、あの新條さんて新しい管理官! 何とかならないんすか?」
「……あいつがまだ何か言ったか」
 新條には所轄を見下す傾向がある。所轄の捜査員は必ずしも品行方正な人間ばかりとは言えないから、潔癖なあいつにはそれが許せないのだと思う。
 キャリアにも不正を働く者はいるのだし、今の私は、出来うる限り現場の刑事を信じていたいと思っていた。
 それにしても新條は、一緒に捜査をする刑事たちと必要以上に摩擦を生じさせるほど愚かな奴ではなかったはずだが……
「言ったというか、もう大変だったんすから……新條さん、『この事件は私が処理する』って、犯人の前に出て拳銃向けちゃったんです。犯人はライフル持ってるのに!」
「……何?」
 新條は上に必要な報告をしなかった。怠慢ではない。自分の監督下でそんな事件の発生を許したことで、責任問題になるのを恐れたのだ。私も、管理官になったばかりの頃はその重責に潰されそうになったものだった。一言注意しておこうかと思っていたが、まさかそんな危険なことまでやらかしていたとは。
「……犯人を刺激したら死人が出るかも知れなかったんです。SATが来てなかったら、真っ先に撃たれてたのは新條さんですよ? 何であんな無茶するかなあ……」
「分かった。私から何とか言っておこう。……あれであいつも管理官になったばかりだ。何かと苦労も多い。今回は許してやってくれ」
 今回の事件は、一概に誰か一人が悪いという性質のものではないと考えていた。所轄署の人員配置、特殊部隊を出動させる手続きの煩雑さ……警察組織全体で取り組むべき問題が山ほどある。
 ……その前に、新條が死んでいたかも知れなかったことの方に反応してしまった私は、警察官失格だろうか? すすんで新條に抱かれてしまったあの夜から――いや、それよりも前から、新條の存在は私の中で単なる後輩以上のものになっていた。あれからあいつと距離を置いたことを間違いだとは思っていない。それでも……心の中にぽっかりと穴が空いたような気がしているのを、認めない訳にはいかなかった。
「榁井さん、新條さんと仲いいんですか? なんか、意外っすね……新條さん、榁井さんを馬鹿にしてるみたいだって聞いたから」
 青嶋が驚いたように言った。今私が言ったことに、そう判断できる要素があったろうか……相変わらず目ざとい奴だ。
「新條は私の後任だからな……話をする機会も多いんだ。私が東北大出なのをあいつが良く思っていないのは知ってる……だが、新條はまだましな方だ」
 初めて新條に会った時、あいつは私が東北大に進学したことをなじった。警察で再会してからも、新條はたびたび大学のことについて苦言を漏らしたものだった。
(あなたが東大出身でさえあれば、もっと早く出世できるのに……)
 率直に言って大きなお世話だったが、新條なりに私の心配をしているのが分かったから怒りはしなかった。
 私を露骨に蔑んで相手にもしなかったり、口では大学の違いなど気にしないと言いながら陰で私を笑っている連中に比べれば、新條など可愛いものだった。
 ……会いたい。ついこの間、ようやく地方勤務から戻った新條と事務的な場でしか話せなかったことに耐えきれず、廊下で声を掛けた。話題は何でも良かった。その時ですら、たまらなく懐かしさが込み上げてきたのだ。
 以前は、新條と濃密に関わり過ぎたと思う。だが……あくまでも後輩としてなら、あいつと良い関係を保って悪いことはないはずだった。
「そうっすか……じゃ、よろしくお願いしますね」
「ああ。……課長と代わってくれ」
 青嶋も、私の立場の難しさを分かってくれている。私にとって新條よりもずっと厄介な存在がいくらでもいるということを、彼なりに理解したのだろう。
 さて、早速湾岸署の人員配置について刑事課長の意見を聞かなければ。私はいったん新條のことを頭の片隅にしまった。

※※※

「榁井さん。今日の夜、時間は取れますか」
 事件解決の数日後のことだ。あいつの方から私に話し掛けてくることなど想像もしていなかった。あいつにどう話を切り出そうか迷っていたが、手間が省けた。
「……大丈夫だが……」
「二人で話が出来る場所を知りませんか……官舎の私たちの部屋以外で。先日の湾岸署内立てこもり事件について、ご意見を伺いたい」

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

スレの方にも書いたのですが、自サイトを作ることに決めましたので
この作品とこれまでの作品はサイトの方に再録させていただき、
続きもそちらにアップすることにします。これまで大変ありがとうございました。

  • 続きが読みたいー! -- かに? 2018-01-28 (日) 19:07:21
  • この気持ちをどうしたらいいのおー!! -- かに? 2018-01-28 (日) 19:07:54

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