Top/69-18

葦のかりねの

・お$台走査選で、信条→夢炉伊
・前作「岩にせかるる」と同じ設定の話で、二人の出会い編です
・前作以上に二人の過去を捏造しまくってます、某大やK察の描写は適当です

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース !

 体がだるい……いくら食欲がないとは言え、まる一日近く何も食べていなければ、
さすがに辛いものがあった。もう部屋の中に食べ物らしいものは残っていない。
体力が少しでも回復すれば外に出て食料の調達も出来ようが、
今の状態ではしばらくここを抜け出せそうになかった。
窓からは陽光が射し込んでいる。普段なら仕事をしている時間だ。
 こんなことをしている場合ではないのに――私はベッドの中で歯噛みした。

 警察大学校と所轄での約一年間の研修を終えて、本庁での勤務が始まってから二ヶ月。
私は不覚にも季節外れの風邪を引き、金、土と二日間官舎の自室で寝込んでいた。
風邪など市販の薬を飲んで一日寝れば治ると思っていたのに、この有り様はどうだ。
幸い明日は休みだ。いくら何でも月曜日までには良くなるだろう……
私は大人しく布団をかぶり、眠りに就くことにした。

 目が覚めると、明かりを付けていない部屋の中はすっかり暗くなっていた。
今、何時だ……時計を見ようと何とか身を起こし、ベッド脇の
ランプスタンドの紐を引っ張ったところで、チャイムが鳴った。
宅配便か? 私が実家を出て官舎で暮らすようになってからも、
母親は私宛にこまごまとした生活雑貨と食品を送ってくる。
いつもは少々鬱陶しく感じるものだが、この状況ではありがたい。
私は軽く顔を洗って髪を整え、玄関のドアを開けた――と。
「榁井さん……?」
 普段からあまり会いたいと思わない人物がそこにいた。こんな時には特にだ。

「……二日も休んでると聞いて、心配になって様子を見に来た。大丈夫か?」
 ……全く、見かけによらずお節介な人だ、あなたは。仕事を終えて
そのまま来たのだろう。もう汗をかく季節なのに、あなたは律儀にもスーツを着ていた。
寝間着のままの自分が、恥ずかしくなる。
「……わざわざ来ていただかなくても。平気ですよ、子供じゃないんですから」
「君のところの池上課長にも頼まれてな。君は優秀だから、あまり休まれると困る、と」
「何故課の違うあなたに?」
「官舎の部屋が近いからだろう。……君とは何かと縁があるらしいな」
 私はどきりとした。やはりあなたはあの日のことを覚えているのか……?
警視庁で私が配属されたのは、何の因果かあなたが働く隣の課。
官舎の部屋も、あなたの部屋のすぐ上の階だった。
実は私が本庁で働き始める前にも二度、私たちは顔を合わせている。
しかし、断じてそれ以上の関係はない。仕事中や帰宅途中に偶然見かけることはあっても、
個人的な付き合いはしていないし、ましてこんな風に部屋を訪ねる仲ではないのだ。
「本当に大丈夫……ですから……お帰りになって結構ですよ」
 こうしている間にも、熱と空腹感で倒れそうだ。早く休ませてほしい。
しかし、あなたは私の様子から尋常でないものを感じ取ったらしい。
「……最後に食事をしたのはいつだ?」
 嘘を吐こうにも、頭が働いてくれなかった。
「……昨日の夕方です。買い置きの惣菜が切れて」
「それじゃあ治るものも治らないだろう……」
「……」
 そんなことは分かっている。だからどうしろと言うのだ。
「……君は布団で休んでろ。何か食べ物を持ってくる。ドアの鍵は開けておいてくれ」
「余計なお世話です……」
「いいな?」
 ……うなずくしかない。実際、もう抵抗する力などない程に体が弱っていた。
あなたを見送ると、何故だか物寂しい気がした。……病気で人恋しくなっているだけだろう。
ベッドに戻り、私はあなたに初めて出会った日のことを思い出していた。

※※※

 あれは、大学一年の初冬だった。受講している講義の担当教授が、
他大のゼミと自分のゼミで合同の模擬裁判を行うことになったから
興味のある者は見学に来ないかと、講義の終わりに告知したのだ。
後学のためにと思い、私は参加を決めた。……折しも失恋して間もなかった私は、
以前より一層勉強に打ち込むようになっていた。そして模擬裁判当日。
他大というのは東北大のことであり、そこにあなたがいた、という訳である。
(……以上で、弁護側の陳述を終わります)
 ……何故、これ程の人物が東大(うち)に来ないのだ。
当日を迎えるまで、私は正直他大というものをバカにしきっていた。
東大は文字通りこの国の最高学府であり、他大とは一線を画している。
上級学校で学ぼうというなら、ここを目指さない手はないだろう。
教授陣も設備も一流揃い、その恩恵を受ける学生たちもまた然り。
所詮その他の人間は、この門をくぐることを許されなかった存在なのだと――
 だが、あなたの弁論は実に理路整然とした実戦的なもので、
決してうちの学生に引けをとっていなかった。
ぴんと背筋を伸ばした姿や真摯な顔つきも、目を引いた。
 模擬裁判が終わり、昼休憩の時間になった。私は一緒に見学していた学友と
理由を付けて別れ、学生食堂で誰かを探していた。構内には売店もある。
学校の外にだって食事を提供するところはあるというのに。何をしているのだ、私は……
窓際のカウンター席に、ぽつんと一人で定食を食べているあなたを見つけた。
同じゼミの仲間とは、食べないのだろうか。私は自分の分の昼食を調達してから
あなたの横に立ち、少し逡巡した後に思いきって声を掛けた。
(……お食事中に失礼します。さっきの模擬裁判を見学していた者です。
東亰大学文科一類一年の、新條と言います)
 ……何をしているのだ、私は。

 「ケンタロウ」という自分の名前が、どこか子供っぽくて好きでなかった。
小学生の頃など、よく同級生たちに「ケンちゃんケンちゃん」とからかわれたものだ。
もう少しすっきりとした響きの名前が良かったと思う。そう、例えば――
(……東北大四年の、榁井慎次です)
 模擬裁判の冒頭でもそう自己紹介していたし、配られた進行表にもその名があった。
(ご一緒しても?)
(……どうぞ)
(敬語は使わなくていいですよ。僕の方が年下なんですから)
 当時から、あなたは断るということが苦手な人だった。
こんな調子で、後々苦労しないだろうか。他人事ながら少々心配になった。
あなたの隣の席でしばらく黙って食事をした後、私は話し始めた。
 先程のあなたの陳述は、架空の事件の要点を押さえた見事なものだった、と。
あれなら今すぐ法廷に出ても通用するだろう、とも言った。
 とにかく、あの時の私はいつもの皮肉や嫌みを忘れていた――
意識的に、控えたのかも知れない。携帯電話もインターネットも普及していない時代だ。
恐らくあなたと話すことはもうないだろうと考えていた。
嫌な男に出会ったという記憶を、あなたに植え付けたくはなかったのだ。
こんなことを感じる時点で、私はあなたに魅かれていたのだろう。
(……さぞ優秀な弁護士になられるでしょうね、あなたは。
卒業した後、何かの機会にお会いすることがあったらよろしくお願いしますよ)
(いや……私は、来年警察庁に入庁することが決まってるんだ)
 嘘だろう、と私は目を見開いた。警察キャリアと言えば、そのほとんどが
東大や京大出身者で占められているのだ。他の国立大や私大からも合格するにはするが、
毎年若干名だと聞いている。その希少な人物が、目の前にいるなんて。
それに、あなたは確かに正義感が強いタイプには見えたが、一般的なイメージとは
裏腹に色々汚い内情を抱えているという警察組織に向いているとは思えなかった。
(……ご存じなんですか、あそこがどういうところか)
(だからこそ、だ)
 そう言い切るあなたの瞳は、どこまでも澄んでいた。

 私は先程の思い――どうしてこれ程の人材がうちに来ないのか――をますます強くした。
この大学には、何故こんなところにいるのかと思うような学生が少なからず存在する。
すなわち、東大に入ることが人生の目標であり、入った以上はもう何も
する必要はないと考えているような、愚か極まりない連中である。
 日本で最高の学習環境を手に入れたからこそ、それを有効に活用するべきではないか。
大学でろくに勉強しなかった輩がまかり間違って中央省庁や大企業などに
就職してしまおうものなら、この国の政治や経済は……いや、この辺りで止めておこう。
 私は大きな世話と分かっていながらも、不機嫌を隠せなかった。
(……国家公務員の一種を目指しているなら、どうして東大に来なかったんです)
 私が突然態度を変えた理由を図りかねたのだろう。あなたは一瞬戸惑った表情を見せた。
(……東北からでも上に行けるってことを、証明してみせたいと思ってる)
(つまりあなたは、自分が必ず上に行けると? 大した自信ですね)
 ああ、やってしまった――しかしあなたは眉一つ動かさない。
(……行く。行ってやるさ。そう思って努力していれば、必ず実現する)
 ……私の完敗だった。沈黙した私をよそに、あなたは腕時計に目をやる。
(そろそろ時間だ。……君は何を目指してるんだ?)
(……まだ、考えているところです)
 何を言っているのだろう、私は。父と同じ検察官になるのが夢ではなかったのか?
(そうか。よく悩んで決めたらいい。……またどこかで会おう)
 他大学の人に先輩面されるいわれはない、と言う間もなく、あなたは去っていった。
私はあなたが立ち去った跡を呆然と見つめながら、思いを馳せた。
――あなたは警察という場で、一体どんな仕事をするのだろう。

 私が警察庁を目指すと言いだした時、現役の検察官である父は少し驚いただけだった。
殴られることも覚悟して打ち明けた私は、少々拍子抜けした。日々の仕事を
立派にこなす父のことはもちろん尊敬していたが、同時に畏怖してもいたのだ。

 父に説明を求められ、私は用意していた答えを話した。
今の警察組織の問題点を大学の講義で学んで危機感を持ったこと。
送検されてきた被疑者を糾弾するのではなく、実際に犯罪を
予防し、取り締まる機関に携わりたいのだということ。
父と同じ道を進むことで親の七光りのように思われたくないと考えていること……
 全て嘘はなかった。自分の進路に百パーセントの自信を持っていれば、
いくらあなたに出会ったからと言ってそれを曲げることはなかったはずだ。
本当は、迷っていた――あなたは私がそれに気付くきっかけを作ったにすぎない。
しかし私に新しい道を示したのは、間違いなくあなただった。それは認めよう。

 またあなたを見かけたのは、国家公務員試験の説明会会場でだった。
実際の面接などを担当するのは当然もっと年配の職員だが、
説明会では試験を受ける学生にも親しみやすいようにと、若手の職員も加わった
質疑応答の時間が設けられていたのだ。その場にあなたがいるのを見た時、
私は血の気が引く思いだった――ちょっと考えてみれば分かることだ。
 短い時間とは言え会って話をした私を、あなたは忘れていないと思う。
(私があなたを追ってきたのではと、気味悪がられるのではないか……?)
そう思うと気が気でなく、挙手して質問する方が採用に有利だとは思いながらも
それが出来なかった。幸いあなたは、私がその場にいることに気付かなかったようだ。

 ……あなたに対する思いが、純粋な尊敬だったなら。
私はこんなことを考えはしなかっただろう。こんなことで悩むのは、他に
後ろ暗い“何か”があるからだ。例えば――あの日、少し困った表情をしたあなたに
嗜虐心を刺激され、「もっとそんな顔が見てみたい」と思ってしまったことだとか。

 私は、あなたのことは忘れて試験対策に没頭した。入庁を果たした後も、
それこそ北海道から沖縄まで異動の絶えない職場である。
あなたに接する機会はそうそうないだろうと思っていたのだが。

※※※

 ――額にひんやりとした、あなたの手のひらがあてがわれていた。
「!?」
「……悪い、起こしたか」
 驚いて身じろぎした私に、あなたはすまなそうに言った。
そんな顔をしてほしくないような、してほしいような、複雑な気分だった。
「まだ熱があるな。あの激務だ、知らないうちに無理をしたんだろう」
 私の額から手を離して、まるで何でもないことのように言う。
誰にでもそんなことをするのか、あなたは……? かえって熱が上がった気がする。
上着とネクタイを取ってYシャツ姿になっているのも、目の毒だった。
 時計を見ると、あなたがこの部屋に来てから一時間以上が経っている。
「……遅かったじゃ、ないですか…」
 発した声がかすれている。この言い方では、まるであなたを待ちわびていたみたいだ。
「粥を作っていた。食器を勝手に借りたが、食べられそうか?」
 食事はほぼ外食で済ませているため、部屋の中には最低限の食器しかない。
自分でも存在を忘れていた陶器製の小さなボウルに盛られていたのは、
昔風邪を引いた時に母もよく作ってくれた卵粥。添えられたスプーンを手にする。
「ありがとうございます」
 あなたはどこかびっくりした顔をした。失敬な、と思いつつ、
あなたの新しい表情が見られたと胸を高鳴らせる自分がいた。
「……私にだって、礼の一つくらい言えますよ」
「意外だな」
 ふと緩めた表情が微笑んだようにも見えて、私の心はまたさざめいた。
やはりそんな風に見えていたのか。私はずっとあなたを避けていたから、無理もないが。
「……大学時代、一度お会いしました。ご記憶にありますか」
 私は、逃げていた問題に取り組むことにした。
「ああ、覚えてる。……君の方こそ、忘れてたんじゃないのか」
 そんな訳がないだろう。
「……私がここに入庁したのは、私なりの考えがあってのことです。
別にあなたを追いかけてきた訳じゃない。覚えておいてください」
 他人の影響で簡単に一生の仕事を決めるような男だと、あなたには特に思われたくなかった。

「……そうか」
 私の言葉を信じたのかどうか、あなたはそれだけを言った。
口数の少ないあなたは、何を考えているのか分かりづらい。
……あなたに近づけば、私の中の隠された想いを悟られるかもしれなかった。
それでも、この感情には逆らえそうにない……あなたのことが、もっと知りたい。
卵粥をすすりながら、これからは、あなたときちんと向き合わなければと考える。
私が粥を数度口に運んだのを見ると、残りは台所の鍋に多目に入っているから
また腹が空いたら食べろと、あなたは言い残して帰っていった。
 ――翌朝。食べ物を口にしたせいか、まだ熱っぽいものの、随分と体調が良かった。
私はキッチンのコンロに置かれた鍋の中の粥を温めようとした。
「あ……」
 うちに鍋と言える物は小さなフライパンしかない。すると、この両手鍋は。

 すっかり全快した次の月曜日に、私は洗った鍋とワインの瓶を手にあなたの部屋の前にいた。
玄関に出てきた二度目に見るYシャツ姿のあなたに、ほんの少しだけ
胸躍らせてしまった自分には気付かないふりをして。
「……鍋をお返ししに来ました」
「ああ、通りで見当たらない訳だ。お前の部屋にあったんだったな」
 ……少し前の自分なら、人に向かってお前とはなんだと言い返したかもしれないが。
あなたとの距離が縮まったようなのが嬉しくて、指摘はしなかった。
「これだけではなんだと思いましてね……いいワインが手に入ったんです。
よろしければ、飲みませんか」
 私はその実あなたのために買い求めたワインの瓶を、紙袋から出してみせた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
駄目だこの信条…早く何とかしないと
現行専スレ24も自分です…勢い余って長文カキコするくらいなら
最初から棚に投下すればよかった、お恥ずかしい。長々と失礼しました。

2013.2.24 自サイトに再録させていただきます。 by作者


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