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ウサギ

生 ショウギのキシ  ナ力ムラ夕イチ六段×HUB三冠
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース 

「―――ですから、えぇ、勿論、世の中には休まないウサギも存在するわけです」

はい。良く分かります。

「でも、まぁ、そうですね、もともとカメよりも圧倒的に早いウサギ、えぇ、もし、このウサギが全く休まないで進んで行ったとしたら、どうなりますか?」

それは、やっぱり、カメとの差がどんどん広がっていきますよね。

「あ、あ、そうです、そうです、えぇ、そうなりますね」

それから、カメだけじゃなくて、きっと周りのどんなものも追い越して、一人でずっとずっと先に行ってしまうんじゃないですか?

「そうですねぇ、えぇ、えぇ、そういうことも考えられますね」

気が付いたら周りに誰もいなくなって、一人ぼっちになってて。
それでも休まない…休めないから、何時までも一人のままになっちゃうんじゃないですかね。

「えぇ、まぁ、そうかもしれないですねぇ、えぇ」

…あの、それって、ご自分のことなんじゃないですか?

「え?…あぁ、いやぁー、…そうですか?」

僕は、そう思いますが。

「まぁ、そう、ですかねぇ…」

珍しく歯切れ悪くポツリと言って、最近短く切り揃えたらしい髪をガシガシと掻き回す。
尊敬して止まない憧れの棋士が、すぐ目の前で、少し困ったように笑みを浮かべてみせた。
そうすると、途端に周りの空気がふわりと和らいだ気がした。
伏せられた長い長い睫毛が、眼鏡越しからでも良く見える。
こんな風に近くで、しかも真正面からマジマジと顔を見れるチャンスなんて、対局の時くらいだ。
ってことは、去年のOH座戦の挑決以来か。我ながら情けない話だけど。
ただ、一つだけどうしても腑に落ちないことが。
白髪混じりのグレーがかった髪の毛を突き抜けて、フルフルと震えてる、白く柔らかそうな毛に覆われた、この物体は一体何なのか。
なぜ、憧れの棋士の頭から、ウサギの両耳が生えているのか。
ここを咎めるべきか否か、次の一手を考えているところで、急に話題を変えるかのように憧れの棋士が口を開いた。

「―――ウサギと言えば、まぁ、あのぉ、寂しいと死んでしまう、なんて言われてますね」

…あ、あぁ!そ、そうですね。なんか俗説らしいですけど、良くそんな風に言われますよね。

「じゃあ、まぁ、私もそうなのかな?」

唇に人差し指を当てるいつものポーズで、こくん、と小首を傾げてこちらを見る。
同じように、こくん、と傾げるフワフワした二つの耳。
しかも、お互いの背格好の関係で、完全に上目遣いだ。…あぁ、それ、僕にとっては反則です…。

「…だったら、」

唇に当てられていた長い指が、今度は舞うような仕草で僕のネクタイを上から下にすうっとなぞった。
そして、鳩尾辺りでピタリと止まると、棋界随一とも言われる白くほっそりとした指先をグリグリと押し付けてくる。
その途端、身体の奥底から湧き上がってきたゾクリとする感覚。
僕の邪な気持ちを知ってか知らずか、憧れの棋士はニッコリと微笑んだ。

「寂しくないように、してくれますか?―――仲邑さん」

――――。
――――ヘンな夢を見た。思いっ切り、ヘンな夢を。
意識がハッキリしてきて、ようやく自分がベットの中で目を覚ましたことを知る。
カーテンを引いた窓は、そろそろ白んできたらしい外の明かりを映して、ぼうっと煙ったように見えた。
枕元には、最近発売されたばかりの憧れの棋士のムック本。
もう何回も読んだけど、また読み返している内に寝入ってしまったんだろう。
あ、それでか。

Q)自分を動物に例えると?
A)ウサギ
Q)好きな動物、飼ってみたい動物
A)ウサギ

「100の質問」ってコーナーの答えに、同じ単語が2回も出てきたもんだから、それで頭に残ってしまったんだ。
決して、「ウサギだって……可愛い」なんて思いながら寝落ちしたせいじゃない。
あーぁ、そろそろ起きて準備しよう。来月には、今季の順位戦最後の対局が控えてる。
年明けから調子を崩して昇級争いに絡めなくなって、ようやく手に入れた憧れの棋士との対局でも満足に指せなかったこの一年。
盤を挟んであの人の前に座ることさえ、今の自分の実力じゃまだ片手で数える程しか許されちゃいない。
それでも今は、少しずつでも、ちょっとずつでも、順位を上げていくしか道はないんだ。
そうやって出来るだけ早く追いついて、あの人に少しでも楽しんでもらえるように。
そんな資格と実力を、とにかく早く手に入れなくちゃいけない。
じゃないと、あの人がずっと一人ぼっちのままだ。寂しいままだ。
だから、だからどうか、待っていて下さい。
あと少しだけ、きっと、追い付いてみせますから。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
最近、作品を沢山読めて有難いです

  • ウサギいいですね。がんばれナカムラ君!貴方様の御作品も素敵です。 -- 名無し? 2013-02-16 (土) 07:55:09
  • 萌えました‥ -- 2015-03-29 (日) 20:49:01
  • まざまざと想像できました。特に人差し指のくだりは最高です。 -- 2017-08-22 (火) 02:19:22

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