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夜、深し

生 ラクGO家 合点×焦点(灰)

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

控えめな力で肩を揺すられ、居心地の良い行きつけのバーの片隅で連れを放置し居眠りをしていた
現状に気付く。重い瞼を持ち上げると、呆れ半分心配半分で顔を覗き込まれた。
「眠いなら、帰って寝れば?」
表情は呆れ顔。でも眼鏡の向こうの眼は心配そう。とてもじゃないが五十過ぎには見えない童顔と
柔らかい声に反した、意地っ張りで口の悪い、けれど妙な所で情に篤い翔太故の絶妙なブレンドだ。
そんな翔太からの至極ご尤もな意見に頷けない理由が士の輔にはあった。
目の前のグラスの氷は溶けかかっていて、ウィスキーは随分と薄くなっていそうだった。
構わずに唇を湿らせると、ため息混じりに理由を告げる。
「それがなぁ、帰って布団に入ると、不思議な程寝られないんだよ」
「あぁ、あんた不眠症のきらいあるもんな」
褥を共にする事もある仲なので、翔太も士の輔の寝つきの悪さや眠りが浅い事も知っている。
日常生活でも相当酔っ払ってばったり眠ればまだしも、そうでなければ枕元のスタンドは
点けたまま、落語を聴きながらでなければ眠れず、しかもサゲの手前で一旦起きてしまうのだから
職業病もいい所だ。刺激があると脳は休まないので、質の良い睡眠の為には暗闇と無音が必要だというのは

自分が
長年司会を務める番組でも紹介した内容である。身体に良くないのも自覚していた。
「困りもんだよね、それ」
「本当だ」
「そういう時こそ、あんたの番組の優秀なスタッフさん達に何か考えて貰えばいいのに、
っていう俺の提案はガッテンしてもらえねぇの?」
「俺が司会をやってるだけで、俺の番組じゃねぇっちゅうの。大体、俺があの番組で
特集した事やってんの、お前は見たことあんのかよ」
「威張って言える台詞じゃないじゃん。その上喫煙だの不眠だの、つくづくスタッフ泣かせだよね。
悪癖だった煙草止めたのは、医者に落語か煙草かどっちか選べって言われた位に咽喉が
悪くなった所為だったもんなぁ」

「そこまで追い詰められなきゃ止められなかった、というのが俺の意志の弱さだってのは
自覚してるから突っ込むなよ」
「士のさんちのお師匠さんに言わせたら、逆だったけどな」
「禁煙は意志の弱ぇ奴がやるもんだ、か?」
喉を絞りながら人差し指を軽く降って家元の真似をした士の輔に、翔太は毎度似てるのか
微妙だと失礼にもけらけらと笑った。
「お前がやる俺の真似よりは似てるよ」
「俺も似てると思うけどなぁ…………。んで、どうすんのさ」
「んー?」
「帰って寝る? もうちょっと飲む?」
どうすると問われ、これも気遣ってくれているからだと分かる。身体の事を考えれば、
そろそろ帰って休むの一択だが、まだ離れがたい気持ちもあった。
だから、甘えた軽口のつもりだった。
「眠いけど、一人だと寝られないだろうから一緒に寝てよ」
何言ってんだよ馬鹿。そんだけ酔ってるならとっとと帰って寝ろよ。
そんな言葉が飛んでくるのを承知で告げたお願いに、翔太はきっちり三秒間士の輔の顔を
見つめてから肩を竦めた。
「いいよ」
「……へ?」
「いいよ、って言ってんの。添い寝くらいしてやるよ」
思いもよらない返事ではあったけれど、折角のチャンスを不意にするつもりはなく、
慌てて士の輔は確認する。
「いいの?」
「いいって言うの三回目だけど。大体自分から誘っといてなんだよ」
「いや、そんな素直にオッケーして貰えるとは」
「添い寝だけだよ」
「充分です」
釘を刺されて今度は士の輔が肩を竦めた。けれど充分と言った気持ちに嘘はない。
こんなに豪華な抱き枕は他にいないのだから。

***

電気を消した室内には、歌う様に紡がれる落語のCDではなく、必要もないのに潜められた
声だけが真夜中のしんと冷えた空気を揺らしている。
「いいよ、寝ちゃっても」
「それじゃーダメじゃん。添い寝の意味がないもん」
「いいんだって。これで充分」
宣言の通り添い寝だけの二人は、あの後すぐに店を出て翔太の家へと場所を移した。
と言っても飲み直しではなく、眠る為にだけれど。交代でシャワーを浴びて、寝間着を借りて、
翔太が敷いてくれた客用の布団に二人で入った。疲れとアルコールの所為で、ただでさえ怪しい
翔太の滑舌はさらにたどたどしいものになっている。
腕の中に、翔太がいる。寝間着の浴衣の薄い生地越しの体温は同じくらいの高さだったけれど、
じんわりと染み込んでくるみたいだった。
「ちゃんと、目、閉じてる?」
「閉じてる閉じてる。翔ちゃんが寝たら、つられて寝られるんじゃないかなぁ」
「うそだー」
先刻から飽きもせずにこんな会話を繰り返している。眠い癖に士の輔が寝るまで堪えようと
している翔太の律義さがいとおしい。
「ホントだって。今、結構眠いもん」
少し嘘だった。ほんの少し眠気はあるものの、眠れる程ではない。けれどそれを告げれば、
きっと翔太は限界まで起きていようと頑張ってくれてしまう。
「だから、先に行って待ってて」
「待ってる?」
「夢の入り口で。すぐ追いかけるから」
「……ばかだ、このひと」
出来るだけ気障な口調で言ってやったら、眠い癖に毒舌は健在な翔太は絞り出すみたいに
薄ら寒い台詞を吐いてみた士の輔に対する感想を述べた後、とうとう眠気に負けてしまったらしい。
暗闇の中耳を澄ませて次の言葉を待ってみたが、返ってくるのは微かな寝息だけだった。
「おやすみも言わずに、それかよ」
小さな声で独りごちる。くくっと喉の奥で笑いながら、士の輔は翔太の額に唇で触れた。

本当にこれだけで充分なのだと、翔太は分かってくれていただろうか。
全く不埒な気持ちがない訳でもないし、惚れた相手が腕の中にいる状態にこれっぽっちも
疼くものがない訳はない。それでも穏やかでいられるのは、気持ちを満たして貰っているからだ。
寄り添って眠る距離を許されている事も、心を受け止めて貰える事も。
どうして翔太がそうしてくれるのか。それは二人の間に、長い間ずっと恋があるからだ。
年齢は違っても、入門順が物を言うこの世界では同期。落語に対する愛情も、高座に向かう姿勢も、
尊敬し刺激し合える稀有な相手。どこでどう上滑りして恋になったのかは説明出来ないけれど、
同じ気持ちを翔太も抱いてくれていた。だから二人こうやって一緒にいる。
ふと気が付けば、この所とんとなかった穏やかな眠りが士の輔を包み込もうとしていた。
本音を言えばこのまま一人、一番近い所に翔太を感じながら暗闇をそっと覗き込んでいても
構わなかった。けれど有言実行なのだろう。翔太の体温と寝息が導いてくれる。
惜しむ気持ちは裏切りだろうか。自分を存分に甘やかしてくれる恋人への。
もう回転が鈍くなった思考で考えかけて、やめる。眠りに落ちるその淵で考えるならば、
翔太自身の方がいい。夢は脳が記憶を整理するから見るのだと聞いた事がある。
士の輔は夢を覚えていない眠り方をするけれど、常にない穏やかな眠りの中でなら
見られるかも知れない。出来る事なら、いとしい腕の中の相手を。
すぅっと波が引くみたいに、士の輔の意識が眠りに吸い込まれる。
明けの烏が鳴くまでの薄い闇が包む部屋の中には二人分の静かな寝息。
夢の入り口で翔太が待ってくれているかは、士の輔だけが知っていた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
4が連投規制にかかってしまい、ご迷惑をおかけしました。
投下代行してくださった方、ありがとうございます。

  • ヤバい、胸の奥がキュンキュンして、余計眠れないわ〜上質なお話をありがとうございます。 -- 通りすがりの………? 2012-12-09 (日) 04:52:15
  • このシリーズが大好きです!これからも期待してます! -- 2013-02-21 (木) 16:05:30

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