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夕陽とイクラとガーネット

イ寺sentai 十→殿←金 1/9~9/9
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

あるすっきりと晴れた日の午後。
川沿いにある遊歩道で、源太はいつものように屋台を開いていた。
昨日、一昨日はどんよりとした曇り空が続いており、空模様を気にしながらの商売だったが
今日の頭上は青くぴかぴかと光るようでその心配はなさそうだった。
遊歩道にも気持ちよさそうに散歩やジョギングをしている人たちの姿がちらほらしている。
しかし、時間は昼もだいぶ下がったところであり
彼らが客としてやってきてくれるのは望めそうもなかった。
一旦昼時を過ぎてしまえば、次に客が来るのはおおむね夕方を過ぎてからだ。
源太は、のんびりと鼻歌を歌いながら調理器具の手入れを始めた。

『おっと、親分。誰かこっちに来やすぜ。お客さんじゃねえでやすかい』
「お?そうか、珍しいな~こんな時間に」

手元に視線を落としていた源太に、軒先にぶら下がっていた大御用が声をかけた。
彼にはこちらに向かってくるという人物が見えているようだったが、
源太の立っている位置からは暖簾が邪魔をしてその人を認めることができない。
しかしほどなく、その人物は無造作に屋台の暖簾をくぐった。

「おい。何か握ってくれ」
「へい、らっしゃ………っってえ、えええ!!?」

その男を見て、源太は素っ頓狂な声をあげて手に持っていた下ろし金を取り落した。
目の前にいるのは、乱れたざんばら髪に無精髭、あちこちのほつれた生成りの上掛け、
骨と髑髏をつなぎ合わせた首飾り……あのはぐれ外道だった。

「おっお前、ミシュラン!!じゃねえ、十臓!?何しに来やがった!!」
「寿司を食いに来た」
「はぁア!?」
『親分親分、一体どうしたんでい。こちらのニイさんが何か?』
「おまっ……あっそうか、直接見たことはねえんだったか」

事態を呑み込めていない様子の大御用に、
源太はかくかくしかじかと目の前の男について早口に説明した。
この男に助けられたことも確かにあるが、基本的には辛酸を舐めさせられたことの方が多い。
タケルなどは幾度も大怪我を負わされているのだ。

『ええっ!?こいつがあのはぐれ外道ですかい!?』
「そ~~なんだよ、前なんか毒飲まされて動けないタケちゃんをさらってだな、あんなことやこんなことを…」
「おい」

そのまま話し込みそうになった二人に、十蔵は割って入った。

「寿司を食わせるのか、食わせないのか、どっちだ」
「そ、そんなこと言ってもだなあ。お前は敵だろ?」
「今は寿司を食いに来ただけだ。あれじゃ足らん」

十蔵が言ったのは、以前寺の近くの山道で邂逅した時の話だった。
鋭い眼光と物々しい立ち居振る舞いをした人間姿の十蔵を、
源太は間抜けにもミシュランの審査員と勘違いし寿司を振る舞ったのだ。
しかしその途中で寺が外道に襲われたため、結局十蔵が口に入れることができたのは二貫のみとなった。

「お前の寿司は気に入った。お前も、食わせると言ったろう」
「うぅ、そりゃ言ったけどさぁ……って…今なんつった??」
『お、親分の寿司を気に入ったって!?あのふっつーの寿司を!』
「普通は余計だ!!」

驚いて声をあげた大御用の頭をパカンとはたいて、源太は思い切り十蔵に振り向いた。
なんとか敵に対しての厳しい表情を保とうとしているが、キラキラと輝く目は隠せていない。

「し、仕方ねえな!侍に二言はねえ、握ってやるから好きなだけ食ってけ!
 そんかわり変なマネしたらただじゃおかねえからな!」
「心配するな。俺が望むのは奴だけだ……」

十蔵は、目の前にいる源太にも聞こえないほどの小さな小さな声で、
今や彼の唯一となった若い侍の名を口にした。
これまで何度か交えた剣の中で、源太も、彼がだまし討ちのような卑怯な真似を好まないことは知っている。
承諾を口にしてから、肩の力を抜いた。
大御用はハラハラしながら彼らのやりとりを見ていたが、
口を挟むべきでないと思ったのかいつになく大人しくしている。

「んじゃ、何にする?」

持ち前の人懐こさで、にかっ、と笑ってネタを並べたガラスケースの中を示す。
スツールに腰かけた十蔵はその中を食い入るように見つめた。

「………これはなんだ?」

視線はそのうちのひとつで止まった。
もの珍しそうに覗き込んでいるのは、きらきらと光を反射する大粒のイクラだ。
今朝河岸から仕入れた筋子を自家製の出汁醤油に付け込んでおいたもので、
寿司はもちろん丼ものにしても美味しいだろう。

「なにって、イクラだけど。これにすっか?」

言うが早いか、源太は返事も聞かずにイクラの容器をケースから取り出した。
軽く握った酢飯の周りに海苔を巻き付け、その上にたっぷりと赤いイクラを盛る。

「へいお待ち!」

あっという間もなく、たん、と目の前に出されたイクラの軍艦巻きに、十蔵は目を丸くした。
しかし、十蔵が驚くのも無理はない。
彼が人間として生きていた江戸の時代には、
軍艦巻きもなければイクラを食べる習慣もなかった。
もっと言うならば、当時の寿司は現代のものよりもかなり大ぶりであり、
今のように一口で食べることはとても出来ないサイズだった。
それが現在のようなネタと酢飯のバランスが取れた形状になり、
また電気の普及によって、煮たり漬けたり酢をきつくしたり…といった防腐のための処理をすることなく
いつでも新鮮な生の魚介をネタとして扱うことができるようになった。

外道に落ちてより二百年、人間の食べ物をほとんど口にすることがなかった十蔵が
源太の寿司を気に入ってしまったのはこういった事情が多分に物を言っていた。
当然源太はそんなことには気が付いていない。
人間には知らない方が幸せなこともあるという良い例である。

「お前、イクラ見たことねーの?まぁいいからパクっといってみなって!うめぇから!」

単に昔の人間だからイクラを知らないのだろうと思っている源太にグイグイと促されて、
十蔵は戸惑いながらも手づかみで軍艦巻きを口に入れた。
厚みのある唇にひとつ米粒をつけて、モグモグと黙って咀嚼する。

「……うまいな」
「だあぁろぉ!?やっぱお前分かる奴だねー!!」

最初の警戒はどこへやら、すっかり気をよくした源太は
破願してカウンター越しにばしばしとはぐれ外道の肩を叩いた。

「さっ、次は何握ろうか?今日のオススメはなー……」

~~~

しばらくの後。
太陽は西に傾き、いつの間にか茜色が辺りを染めていた。

「ふう」

熱い茶をすすり、ひとつ息をついた十蔵はいかにも満足げな様子で
夕陽の映る川面を眺めた。

「すっかり馳走になったな」
「お、おう……。…つーかさ、外道って胃袋まで外道なんだな……」
『おやぶ~ん……』

茶を飲む十蔵と肩を落とした源太の間にあるケースは
あろうことか、ほとんど空になってしまっていた。
その上では大御用が所在無げにぷらぷらと揺れている。

「悪いな、寿司屋。金はないが……」

言いながら、十蔵は自分の懐から何かを取り出す。
そしてうなだれている源太の前へ無造作に転がしてみせた。

「へ?なんだこれ」

目の前に転がってきたそれを、源太は一瞬大きな飴玉か何かかと思った。
しかしそれにしては表面がごつごつしており妙に質感が重い。
拾い上げてみると、それは石だった。
500円玉をふた周りも上回るような大きさの暗い赤色の石が、源太の手のひらにあった。

「昔、山で拾ったものだ。何かの足しにはなるだろう」
「足しって…これ……」

源太は石のことなど全く詳しくないが、今手のひらにあるものは
単に石と呼ぶのもはばかられるような深く美しい色をしている。
全体的にはほとんど黒に近いような暗さだが、
屋台に差し込んでくる夕陽を、ある面では吸い込み、ある面では反射して赤く輝いている。
まるで石の中から何かが立ち上ってくるような色だ。
それに加えてこの大きさである。
宝飾店に並べられているもののように研磨されて透き通っているわけではないが
それと同等なほど、あるいはそれ以上に高価なものではないのかと源太は首を振った。

「おい、これって宝石じゃねえのか?こんな高そーなもの受け取れねぇって!」
「俺が持っていても役に立たないものだ」
「んな事言ったってよぉ」
「……お前がいらんのなら、奴に…シバ、タケルに渡せ」
「はぁあ!?」

今度こそ訳が分からなくなって、源太は十蔵を問い詰めようとした。
しかしそれを遮るようにして半人半妖の男は口を開く。

「いずれウラマサが直れば、俺はまた奴に相まみえる。その証だ。それまで腕を磨いていろ」
「おいっ、ちょ、待てって!!」

慌てて呼び止める源太に構わず、十蔵は立ち上がると暖簾をくぐる。
そして、くぐった後にはもうその姿はどこにもなかった。
どこかの隙間から三途の川に帰ったのだろう。

「なんなんだよ、あいつ……」

冷たさを増してきた夕暮れの風に吹かれて、源太は石を手にしたまま途方に暮れるしかなかった。

~~~

「………っていうわけでさ。さんざっぱら食ったあげくコレ置いて消えちまった。
 そんで、いらねーならタケちゃんに渡せって」

いつもの座敷には、いつものように六人と彦馬が座っている。
源太は事の次第を説明すると、タケルの前にコトリとその石を置いて見せた。

「わあ、これキレイやなぁ~」
「ほんと。柘榴石っていうのかしら?」

先に反応したのは女の子二人で、無邪気に石の美しさを褒めている。
しかしその後から水の侍は苦々しく源太を睨みつけた。

「本当にどうしようもないなお前は!外道にホイホイ寿司など振る舞うんじゃない!
 ましてやこんなものを持ち帰って……呪でもかけられていたらどうするつもりだ。
 殿に何かあってからは遅いのだぞ!」
「いや、俺もそれは考えたって!だから文字力使って色々調べてみたけどさ、何もなさそうだったから」
「ふむ…。確かに、外道の力がこもっていればそもそもこの結界の中に持ち込むことは出来ん」

慌てて弁解する源太の前で、彦馬も不本意そうではあるがしぶしぶと頷く。
その横ではタケルがもの珍しそうに石を拾い上げたところだった。

「へえ……物知りだな、マコ。そんな石があるのか」

黒く闇を抱いたような石をタケルは天井の照明に透かしてみた。
すると石は光を通し、本来持つ真紅の色で一層鮮やかに輝いて見える。
角度によって微妙に光加減が変わり、
天然石ならではの様々な表情を見せるその石にマコとコトハもまた歓声を上げた。

「すっげえなこれ。カットしたらどのくらいになるんだ?」
「何だか、タケルが持ってると様になるわねー。ただの宝石じゃ釣り合わないだろうけど……」
「ほんまやわ。殿様、よう似合うてはりますよ」

はしゃいでいる二人とチアキの言葉にタケルは石を下して苦笑する。
確かにこの石は美しいが、成人男性を捕まえて似合うも似合わないもないだろう。
そんな風に考える彼にはマコが言った「釣り合わない」という言葉の意味も分からないのに違いなかった。
芥子粒ほどに小さくなるまで研磨されカットされたそんじょそこらの宝石では、
タケルの持つ輝きには釣り合わない。
この石ほどの存在感があって初めて、彼の手の中に存在する資格がある。

「源太。これはお前が寿司の代金にもらったんだろう。
 ならお前の好きなようにしたらいい」
「お、おう……」

タケルが差し出したその石を、源太はいやに歯切れ悪く受け取った。

本当は、さっきまでこれはタケルにあげるつもりでいたのだ。
あのはぐれ外道の言うとおりにするのは何となく癪だったが、
それが一番いいように思えたからだ。
しかし、さっき石を光に透かしていたタケルを見て気が変わった。
マコの言うように……あまりにもそれが、似合いすぎていた。
おそらく、気の遠くなるほど長い年月を風雨に磨かれて過ごし、ある日十蔵の手の中に入ったこの石。
一見しただけでは黒く冷たい印象だが、先程のように光を当てると驚くほど様々な表情を見せる。
それでいて中心の部分は静かに沈黙を守ったままで
まるで大切な何かをじっと抱き込んでいるようにも見える……
その石が、まるでタケルそのものと言っても構わないほど彼と似通っていることに気付いてしまったのだ。
これをタケルに渡せと言った十蔵の意図を、遅まきながら源太は実感していた。
気付いてしまった以上、これをタケルの手元に置いておくのは何とも腹立たしい。

「た、タケちゃんがいらねーんなら俺がもらっとくよ。うん」
「そうだ、それがいい。そんな得体の知れぬものを殿のお傍に置けるか!
 お前ならば何があろうと構わないしな」
「んだとぉ!?」
「り、流さん源さん、ケンカしたらあかんで?」
「なーなー、じゃあどうすんだそれ。
 どっかアクセ系のショップとかに持ち込んだら何か作ってくれるかもよ」
「でも、このままでも充分きれいじゃない?加工しちゃうと逆に勿体ないわよ」

そのままいつものようにふざけ合いながら、
源太は心中でぎゅっと拳を握るような思いだった。

(ちくしょう、あの外道……俺のタケちゃんに秋波送るような真似しやがって!)

しかも自分はまんまとそのダシにされたのだ。
寿司をうまいと言ってあれだけ食べてくれたのはうれしかったが、やはりそれとこれとは話が別だ。
腹の奥からふつふつと、怒りと、それに似た悔しさが湧き上がってくる。

(見てろ……次は俺が、タケちゃんにあっと言わせるようなすげえプレゼントしてやるっ!!)

その決意が、明らかにズレていることを指摘してくれる人間は誰もいなかった。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
十蔵にケーキとかカツ丼とか色々食わせてみたい。

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助かりました(代行者より)


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