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結晶

半生です。「溶解人間部無」スレッドに投下した
359・379が元ネタです。
「軍服・出征」という設定は375さんの設定です。
辛味はありませんが、棗×部無です。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

3人の妖怪たちが、名前のない男に初めて出会う前の話。

妖怪たちは、港とレンガ造りの建物がある街にいた。
生まれた場所から少し離れた、大きな街だった。

その街には、洋装の人間たちがほかの場所よりたくさんいた。
和服の人間が多い村落地帯だと、洋装の妖怪たちは目立つ。
洋装の人間が多い街なら村落ほど目立たずに済む、という理由で
妖怪たちはその街が少し気に入った。

ねぐらを探して歩き回っているうちに、部無の発達した聴覚が
何かが水に落ちる音と女の悲鳴を捉えた。
3人が急いで(妖怪たちが急げばほんの数秒だ)
水音の聞こえたあたりに向かうと、小さな川のほとりで
おろおろと泣き叫ぶ女と、川に落ちてもがきながら
流されていく小さな子どもを見つけた。

状況を把握した部無はすぐ川に入り、軽々と子供を救い上げた。
部羅と部路は取り乱す女をなだめて落ち着かせた。
部無は泣きじゃくる子供を抱いたまま、
部羅と部路とともに女を家まで送った。

道すがら話を聞くと、子供と女は親子で川に遊びにきて
女が草摘みをしているうちに子供から目を離してしまったそうだ。
お礼がしたいからどうぞあがってください、と引き止められて
3人はこわごわと、めったに入ることのない人間の家に招かれた。

家の庭では、くるくるとはねた癖っ毛の壮年の男が
小さな畑の草むしりをしていた。
男は息子がびしょ濡れの洋装の男にびしょ濡れで抱かれていることに驚き、
妻から事情を聞いて部無の手を取り、人懐こい目で何度も礼を言った。
申し訳ありませんでした、とうなだれる妻にも
助かったのだから大丈夫、あまり気を落とすなと優しく語りかけた。

言葉少なにぽつぽつと、棗と名乗った男に聞かれたことに返しているうちに
部無たちがこの街に来たばかりで住居を探していることを知った男が
ではうちの離れに住んではどうでしょう、と持ちかけてきた。
棗の両親が住んでいた場所だがもう世を去り、使う人もいないので
ぼろ家ですがお礼替わりに使ってください、とまっすぐに笑う棗とその妻の目に
部無はこれまで出会った人間たちとは少し違う、暖かい想いを感じた。

しばらくその街で暮らすうちに、妖怪たちは棗が職業軍人であることを知った。
「守りたいんですよ、大好きな人たちや街、この国をね」
俺の力は弱くて小さいものですが、少しでもお国の役に立てれば、
と照れたように笑いながら頭をかく棗に、部無は少し驚いた。
時々街で見る軍人たちは、威張って肩を怒らせて歩き、
女や子供や街の人にも横柄な態度で接している。
威張りたいから軍人になったような男たちと、
軍人という仕事を選んだ動機が根本から違う棗の中には
軍人が持つ虚勢とは違う、人間が持つ本物の強さがあった。

ある日、畑仕事を手伝っていた部路が突然出てきた蛇に驚き、
棗の前で妖怪の姿に戻ってしまった。
棗は驚いてぺたんと座り込んだが、怯えた目で棗を見る部路の姿を見て
ゆっくりと息を整えると、妖怪のままの堅い部路の手を取り
「大丈夫、これは毒がない蛇だから大丈夫だよ」といつもの声で語りかけた。

正体がばれてはここにいることはできない、と出ていこうとした妖怪たちに
棗はいかないで、ここにいてください、と語りかけた。
「少し気がついていたんです、あなたたちが普通の人たちとは違うって。
とても力が強いし、何かを隠しているようにも見えた。
でも、あなたたちはとても心が綺麗で、嘘がないようにも感じていました。
だから、もしかしたら山から街に降りてきた神さまなのかもしれない、って
そう思っていました」
あなたたちに俺たち家族から離れて欲しくない、
人でも怪物でも神様でもなんだっていい、俺はあなたたちが好きなんです、
と棗はすこし顔を赤らめて言ってくれた。

部無たちはより一層、棗の家族や街の人たちのために働いた。
人間が持て余す重い荷を運び、困っている人間がいれば助けて歩いた。
少しでも、人たちの役に立ちたかった。
棗のような人間になりたくて、棗のように人たちを守りたくて。

長くはここで暮らせないことは分かっていた。
自分たちは年を取らない。
大人である自分たちはまだしも、育たない子供である部路は
歳を重ねるうちに人間ではないことが周囲に分かってしまう。
いつかはここを離れなければならない、棗のそばを…
そう思いながら、その間だけでも彼の、人たちの役に立ちたかった。
しかし、別れの日は思いがけなく、棗側の事情から訪れた。

満月の夜に部無を夜の散歩に誘った棗は
「大陸への出征が決まったのです」と、部無に話した。
北の大国との戦争が苛烈さを増し、もしかしたら
そのまま家族のもとに帰れなくなるかもしれない、と
棗は少し寂しそうな目をしながら部無に語りかけた。
激しく動揺する部無に棗は言った。
「あなたに二つだけ、お願いをしてもいいでしょうか」

「俺は…俺たちはあなたにお願いをされるのがとても嬉しいのです。
あなたの…人たちの役に立ちたいのです」
懸命に波立つ心を抑えながら、部無は夏目の真剣な目に向かい合った。

「一つは、妻と子供たちのことなのです。俺が出征したあと、
陰ながら家族を見守ってやってくれませんか」
妖怪たちとともに長くは暮らせないことは棗にも分かっていた。
だから、陰ながらでもいいから残していく人たちを守って欲しい、
と、棗はベムに未来を託した。
「約束します…きっと、守ります…あなたの大切な人たちを…」

本当は、危険な戦地に棗をひとりで行かせたくなかった。
自分も彼を守るために、人知れず戦地に一緒に赴きたかった。
棗の家族のためだけではない、自分が棗のそばにいたかったのだ。
勘のいい棗に思いを見透かされそうで、部無は少しうつむいた。

棗はうつむいた部無から少し目をそらして天にかかる月を仰いだ。
もう一つの願いは、とても部無と目を合わせては口に出せない。

「もう一つの願いは…怒らないで聞いてくれますか?
女々しい願いなのですが…あなたの髪の毛を
少しだけわけて欲しいのです…
家族の髪と一緒に守り袋にいれて、持って行きたくて…」
部無は驚き、思わず棗の姿を見た。
月に目を向けて、自分の指を弄びながらそうつぶやく棗の耳が
月光でもそれと分かるほど真っ赤に染まっている。

「こんなことをいきなり言い出してごめんなさい。
部無さんの髪の毛がとても綺麗で…
初めて見た時からずっとそう思っていました。
あなたの綺麗な心と同じに、とても綺麗だと。
あなたの心を少しだけ、征く俺に分けてください」

「…俺も二つだけお願いしてもいいですか…
俺にも、あなたの髪の毛を少しだけ分けてください。
あなたの心と同じ、柔らかくて暖かそうな髪の毛に
ずっと触れたいと思っていたのは、俺の方なのです」

上を向いていた棗の視線と、俯いていた部無の視線が
月明かりの中で柔らかく絡み合った。
暖かな眼と透き通った眼が、互いの瞳に映った姿を見つめる。
棗は部無の黒いラシャの帽子を、部無の頭からそっと外し、
髪を束ねている紐を解くと、肩に広がって銀色に輝く部無の髪を指でそっと梳き始めた。
人ならざるものの証である額の小さな角も、棗の指が優しく撫でていく。
おずおずと、部無の細くて白い指が棗の髪に絡まり、
頭の形や耳の形を己の指に覚え込ませるように、棗の癖っ毛を梳いていく。
二人は指に残った互いの髪の毛を、大切な宝物、互いの思いの結晶のように
懐紙に包んでポケットにしまい込んだ。

まるで儀式のような髪の毛の交換を終えたあとも
棗の手は部無の銀の髪を慈しむように、部無の頭を撫でていた。

「もう一つのお願いってなんですか?」
頭を撫でられながら、部無は棗のささやくような問いかけに答えた。
「…生きて戻ってください…あなたが大切に思う人たちのところに…」

軍人は戦って死ぬことで国を守る、そう棗が思っていることを
部無も分かってはいた。それでも生きて戻って欲しかった。
卑怯な手段でも無様に逃げるのでもいい、生きて戻って欲しかった。
人ではない自分を、こんなにも優しく撫でてくれるただひとりの人間の命を
無残に冷たい雪原の上で散らせたくはなかった。

「…約束はできません…でも、もし俺が戦地で果てても
心はずっと一緒にいたいです…家族と、あなたの心と一緒に…」

部無の綺麗な瞳が涙で潤むのを、いとおしい思いで棗は見つめ、
抱き寄せてしまいたい衝動を懸命に抑えた。
そうしてしまったら、俺はこの綺麗な人を手元から離したくなくなる。
この一夜だけでなく、全てを捨てて命が果てるまで
ずっと部無を離せなくなることがわかっていたから。

部無もまた、棗の胸に身を寄せたい衝動を必死で押し殺していた。
そうしてしまったら、俺はこの優しい人から離れられなくなる。
この一夜だけでなく、棗との約束も守らず
ずっと棗のそばにいたくなることがわかっていたから。

部無の髪から手を離し、棗は部無に微笑みかけた。
「明日、写真館で家族と写真を撮るのです。
あなたたちも一緒に写ってくれませんか?」
部無はこくりと頷き、棗が手渡してくれた帽子をかぶって
夏目と肩を並べて家路への道を歩き出した。

数日後、棗は戦地にむけて旅立っていった。

妖怪たちは夏目の妻と子供たちが、今の街より少し北の街にある
妻の両親の家に住居を移すのを見届けて、自分たちも
北の街のすこし山に入った土地にねぐらを移した。
棗とともに暮らした土地の人たちが、成長しない部路に
少しづつ不審を感じ始めていたのだ。

ずっと、ずっと棗の帰りを待つつもりだった。
優しい人の愛する家族を守りながら。
大好きな人がそうしていたように、人たちを守りながら。

でも…

100年近い時が、この国と妖怪たちに流れていった。
妖怪たちは、優しかった軍人の棗の記憶を失ってしまっていた。

「本家の土蔵からこんな昔の写真が出てきたよ、
このご先祖様なんかあんたそっくり」と母親に渡されたセピア色の写真を
刑事の棗は何気なく手にとった。

そして軍服姿で直立不動の、自分によく似た癖っ毛の男とその家族、
そして、現在の棗の家のピアノの上に家族写真と共に飾ってある姿と
かわらない姿で緊張して写っている3人の妖怪たちの姿を認め、
その写真を握りしめんばかりにしてぼろぼろと涙を流した。

「我が末代までの契を結びし得難き友と写す」
裏に墨書でそう書かれた古い写真を棗の手から取り戻し、
「なんだろうねこの子は、いきなり泣き出して」
と、棗の母は笑った。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

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