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無題

しゃちほこ王求団 すったもんだあったけど…

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

───聞いてないです。だから何も話す事はありません。

苦手チームに勝ち試合だというのに、裏に引き上げる皆の顔は堅いものだった。
仕方ない。
だって、あんなの、僕らだって聞いてない。
…聞いてないよ。

試合後、ロッカールームへと続く白々と明るい通路の先を見詰め、僕はいつもより重く感じる頭を数度振った。
『デリケートな問題だから、ね』
医師黒さんも寝耳に水だったのだろう、ひっきりなしに鳴る携帯を片手に慌ただしく事務所へと戻って行った。
いつもより多い記者、不穏な空気は試合前のお客さんたちからも痛いほど感じられた。
ベンチでも、いつもは屈託なくちょっかいを出す若手選手たちも、
”聞きたいけど、聞けない”
そんな雰囲気でどこか上の空だった。
それでも試合になればいつものように、いや、今日に至ってはいつも以上に鬼気迫るものを漂わせていた。

───ほんと、どうなるんだろう。
自分はしがない王求団所属の益子ットであり、トップ人事に四の五の言える身分じゃないのは分っている。
───分ってるけど。
やりきれない焦燥感を持て余し、控室に直行する気分にもなれない。
───みんなどうしてるんだろう。
すぐにバットで小突いてくる若手外野手、いつも礼儀正しく話しかけてくる兄弟、豪快な構い方をしてくる新入りのベテラン…彼らの方がきっと、もっと複雑な気持ちに違いない。

自分などが踏み込んではいけないのだ、と僕は廊下の先の微かなざわめきから逃れるように、そちらに背を向けた。

「あ、度荒」

びくぅっと大袈裟な身振りで振り返ると、二遊間コンビの片割れがロッカールームから飛び出してくるところだった。

(な、何でしょう)
平素はあまり絡みのない人の呼び立てに、僕は自分が何か失態を犯したのだろうかと立ち竦む。
彼はそんな僕のリアクションには反応せず腕を掴むと
「あいつ、見なかった?」
とだけ息せききって尋ねた。
(はい?)
小首を傾げた僕に
「だから、盛野。見なかった?」
野王求選手にしては細い粗木さんだけど、握力はやっぱりスポーツ選手のそれで、ちょっと痛いなぁなどと的外れな感想を抱いていると、
「…どうせ分りやすく落ち込んでいるんだろ」
粗木さんの後から出てきた井場田さんが渋い顔で言った。
「参ったなぁ、緊急ミーティングあるからってコーチが…」
ユニ姿のまま、首にタオルをかけただけの粗木さんが後頭部をガシガシと掻く。
いつもは手早く風呂や着替えを終えた選手は食事に出かけたり、家庭のある者たちはいそいそと自宅へ帰るのだが、今日は流石にそうではないらしい。
否定の意をふるふると首を振る事で示すと、粗木さんは深く溜息をついた。
「選手会長がいないんじゃまずいだろ、しょうがない、適当に取り繕うから、度荒探してきて」
一番小柄なくせに(いやこれは関係ないか)、命令に慣れた口調の井場田さんはそう言うと、さっさと踵を返してしまう。
(えっ、僕ですか?!)
人差し指で己を差し、いやいやいやと掌を顔の前で激しく振ってみせるのだが、
「頼むよ」
真剣な表情の粗木さんの頼みには弱い。

分りました、と若干勢いの押し切られた感で頷くと、青いスパイクの爪先に力を込めて駆ける。

…行くところなんて、一つしかない。

本当はあの二人だって知ってるはずなのだ。
だってもう10年来の同僚じゃないか。

───何で今なんですか。何でメディアの発表で知らされなきゃなんないんですか。
───何で直接言ってくれないんですか。

たぶん、彼も同じ事を思ってる、同じ事を聞きたいと思ってる。
…あの人の口から、直接。

感得室へとつながる廊下は、立ち入り禁止令でも出ているのか信じられない位に静かだ。
試合後の相変わらず、短くそっけないコメント以外はシャットアウトしているのだろう。
節電で薄暗い空間で、どんより薄暗い空気をまとった彼は、確かに井場田さんの指摘通り、”とても分りやすい落ち込み方”をしていた。
具体的には感得室のドアの脇の壁に寄り掛かり、しゃがんでいたのだ。

ぺたぺた、と僕の足音に気付いた彼は据わった目付きでこちらを一瞥すると
「…あっちいけ」
と、にべもない。
しかしあの二人に頼まれた以上、いや、僕本人が「ハイそうですか」と引き下がる気はなかった。
ぺたぺた、また数歩近付く。
普通に並ぶと桁違いの体格の彼を見下ろすと、丸い後頭部にくるりと小さな旋毛が子供のように感じる。
顔を上げぬままの彼をしばらく見下ろしていたが、耳が当たらない分の間隔をおいて、僕も彼に倣って壁に背を当てて腰を下ろした。
美しい体育座りで正面を向いたまま、沈黙だけが僕たちの間を漂う。
「…粗木さんに言われたんだろ」
正解ですパチパチパチと青い掌を叩いたら、伸ばした腕で耳を思いっきり捩じられた。
(痛い痛い、頭もげる!)
「ほんと、お前むかつくわ…」
その腕を振り払い、僕は丁寧に耳毛を梳くと、再び体育座りのままじっと向かいの壁を見詰めていた。

…本当は、僕も聞きたかった。

『俺とお前で、チイム度荒だな』
飄々とした顔のまま、そう囁いてくれた時。
『新しいユニ、買ってもらいな』
すりきれた僕のズボンを引っ張りながら、そう言ってくれた時。

バク転前でおなかがシクシク痛んでも、失敗続きで胃がキリキリ痛んでも、その言葉を思い出すと、ほんわりと痛みが緩んだ。
見ていてくれた、気付いてくれた、その事がどれ程嬉しかったか。

(知らないでしょう、あなたが僕とベンチの皆との距離を近づけてくれた事)

隣の彼が執拗に股間を狙っては悪ガキのように笑い転げる、そんなそんなじゃれ合う機会も少なくなり、若い選手たちが悪い先輩の薫陶を受けたのか、試合前にちょっかいを出してくる、そんな光景が当たり前になったのは、一緒の時間を重ねてきたからなのに。
そして、あの人は知らないまま、さっさと僕らを置き去りにしてしまうのだ。
ずっと一緒にいるなんてのは、この世界では無理だ、それは分ってる。
戦力外、トレート゛、FA…僕が預かり知らぬ事情でみんなは去って行く。
ふと、王求団の都合で、王求団界を去っていったマスコットを思う。
彼はどんな気持ちで王求団場を後にしたんだろう。

膝の上に重ねた手首の1994のリストバンドを弄っていると、隣の彼がすっくと立ち上がった。
慌てて顔を上げると、脇目も振らず、元の道を大股に歩き出そうとする。
立ち上がり反射的に彼の腕を掴んだ。すぐに容赦なく振りほどかれる。が、再び両手で、渾身の力を込めて取り縋った。
「離せよ!」
思いっきり鼻を叩かれ、仰け反りそうになるのを自慢の胸筋で堪え、引き止めた彼の腕をしっかと胸に抱え込む。
「離せっつってんだろ、このキモコアラ!」
僕の弱点、首の付け根をぎりぎりと押し合いへし合う抗争を展開していると、

「…さっきからごちゃごちゃうるせーなぁ、お前ら」

ドアが唐突に開かれ、こちらもまだユニ姿の感得が顔を覗かせた。

取っ組み合いの体勢のまま凍りついた僕たちは、感得の冷静な視線で一撫でされると、さながら喧嘩をたしなめられた学生のように、そろそろとその腕を解く。
「試合は終わっただろ、さっさと帰れ」
しおらしく並んだ僕らにそう言い置き、再び室内に戻ろうとする感得にかぶせるように、盛野さんが口を開いた。

「…何で、言ってくれなかったんですか」
「あ?」

一瞬にして空気が張り詰める。
僕は口元を手で多い、右に左にと二人の顔を往復させた。
そのたびに白い耳毛がふわふわと舞い、無音の空間にその耳毛が落下する微かな音さえ聞こえる気がする。
「…何でいちいちお前らに言わなきゃいけないの」
床を見詰めたままの盛野さんの顔が凍り付くのが分った。
(そんな言い方はあんまりで…って痛ぁ!)
前に出ようとした僕は脛を蹴られ、痛みに悶絶して蹲る。
蹲り、それでも顔だけは上げて感得に一言言おうとすると、下を向いたままの盛野さんの表情が見えた。
…それは、泣き出す寸前のものだった。
ドラマチックな逆転劇でのお立ち台でも、感極まって涙ぐむ事など少ない彼が、涙を浮かべて唇を噛み締めていた。

───うん、分ってるんだ。
僕らだって、伊達に長年この世界に身を置いている訳じゃない。
本当の理由なんて、知らされない事の方が多いんだ。
ただ、悔しかった。
知らないところで、知らないうちに、話が進んでしまっているのが、悔しかったんだ。

彼の大きな目にじんわり浮かんだ涙は、堪え切れずにぽつりぽつりと僕の目の前の床に落ちる。
リストバンドで拭いもせず、黙って項垂れた彼は、ただの野王求小僧にしか見えなかった。

(僕も泣き顔になれたら良かったのに)

彼にナメくさった笑顔と酷評された表情を見せてしまうのが辛くなり、僕は止めどなく落ちる水滴だけをひたすら見詰めていた。

「…ほんと似てるんだなぁお前ら」

ちょこんと頭上に乗った僕の帽子を軽く叩く感触に、僕ははっと面を上げる。
感得の顔が、僕の視線の位置にあってびっくりした。
ぽんぽんぽん、と数度青い帽子をあやすように撫でられる。
「眉毛か、この下がり眉が似てるのか」
僕のチャームポイントの太い眉を指先で辿り、なぁ、と振り仰いだ先の盛野さんは、ようやく腕で目元を乱暴に擦り、
「似てないです」
とやけにきっぱり言い捨てた。

「いや、良く見ると確かに似てるわ、この口か?」
愛らしいと評判のほっぺたを小突かれるのには堪らず、僕はふるふると巨大な頭を振ってその攻撃を逃れた。
勢い余って尻餅をついてしまったが、その姿すら感得に笑われる。
そして腕を掴まれ、感得と一緒に立ち上がると、いつもの目線の高さの盛野さんが擦り過ぎのせいだけでなく赤くなった眼でじろりと僕を睨みつけていた。
すかさず二の腕をさすり体をくねらせて、怖いわぁ、のジェスチャーをすると、
「こいつ、ガキなんだからあんまりからかってやるなよ」
そう言って今度は盛野さんの頭をぽんぽんぽん、と軽く叩いた。
僕にしたように、ぐずる子供を宥めるように。
感得よりも高い位置にある盛野さんの頭は、ちょっと猫背気味な彼の姿勢のため、実は簡単に叩きやすい高さにあるのだ。
最近髪の毛を切った彼の頭は丸さが強調されて、多分、掌にフィットしやすいのだろう。
最初に叩いた手と逆の手でも、監督は頭を軽く叩く。
「あの燕にはお前からよろしく言っといてくれよ」
僕に向かって付け足すと、これで仕上げとばかりにくしゃりと乱暴に撫でた。

僕は精一杯の笑顔を作る必要のない、この顔にちょっとだけ感謝する。
いつまでも子供みたいな盛野さんと違って、この僕は参冠王に涙なんか見せられないからね。

腰に手を宛て胸を聳やかした僕の大きな耳には、ト゛ームにこだまする歓声が聞こえていた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

  • 泣いた。八年間のことは、ずっと忘れません。 -- 2011-11-22 (火) 22:50:34
  • 切ない…。今更ながら、お疲れ様でした。 -- 2012-05-29 (火) 00:05:42

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