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はじめての 前編

昨年のタイガーリョマ伝です。
ヤンデレお馬鹿弟子⇒堅物優等生師匠で。
ずいぶん前に本スレであったネタなのですが、今だに妄想が止まらず
ついにネタを拝借させていただくことにしました。
あの時の姐さん、お借りします、そして妄想のネタをありがとうございましたw
尚、訛りは物凄く適当でお送りしますので間違いが有ったらすみませんです。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

二人の男たちに着いていくと城の庭に通された。
庭と言うにはあまりに狭く、家の裏とでも言った方が相応しいような場所だったけれど、
岡田伊蔵に正しい名称は分からない。無知だから知らないだけなのだろう。
ぽかんとしているとその場にひれ伏すように促され、伊蔵は慌てて膝を着いた。
伊蔵は下士で足軽なのだからお殿様のお城で頭を上げていてはいけないのだろう。
土佐に生まれた者としてそんなことくらいなら分かっている。
けれど、伊蔵には先ほどから分からない事が有った。
(足軽のわしがお城へ入ってもええのじゃろうか)
この土佐に於いて上士と下士との身分差は強大だ。
白札である彼の師ならばまだ登城の機会もあるのかもしれないが、
足軽である伊蔵はお城と己は無縁なのだと思っていた。
師はお城に対してそしてそこに住まうお殿様に対して崇拝に近い情を抱いており、
弟子たちにも殿様を崇まうことこそが武士のあるべき姿なのだと説いていたけれど、
伊蔵が敬うことが出来るのは雲の上の殿よりも目の前の師であり、
だからお城に対してはなんの興味も感慨も抱いたことは無かったのだ。
―――先ほど、お城からの迎えが来るまでは。
それは正式なお迎えと言うよりは人目を憚るような様子だったから、
きっと知らぬ間になにやら大変な過ちを犯して己は処罰されるのであろうと思ったのだが
捕縛されるでもなく庭に連れて来られ、今こうして地べたで額づいている。
何度考えても訳が分からず、伊蔵は本当に困っていた。

「来たか。面を上げや」
振ってきた声に身をすくめる。
聞いたことが無い声だったけれどお城に居るくらいだからお偉い方に違いないだろう。
もう一度促されてそろりと顔を上げると、何やら立派な身なりの人物が縁側から見下ろしていた。
部屋の左右には上士と思しき武士が数人おり、奥の布団には誰か伏せっているようだ。
病だろうか。治せと言うのだろうか。頭の悪い伊蔵に出来るわけもないのだけれど。
(どういてわしが)
こんなお偉そうな人たちに囲まれればならないのだろう。
まさか伊蔵が足軽だからといつものようにいたぶる為に呼び出したわけではあるまい―――と思うのだが。
伊蔵はおどおどと立派な人物を見上げた。
「ほう。おんしが岡田伊蔵か」
それは伊蔵にと言うよりは他の誰かに聞かせるかのような響きを伴っていた。
「い、ぞ……?」
知らないモノばかりに囲まれて小さくなっていた伊蔵の耳に、唯一聞いたことのある声が飛び込んだ。
伊蔵は身を起こした。伊蔵がその声を聞き間違えるはずがない。
「先……生?」
「どういて……おまんが此処へ」
「話通り岡田は頑是ない童のような目をしておる、―――のう武知」
奥の布団でよろりと起き上がったのは彼の師、武知半平太だった。

「どういたながですか先生ッ」
駆け寄ろうと座敷に上ろうとして取り押さえられる。
己の身分を思いだして慌てて座りなおしながら伊蔵は武知に目を注いだ。
部屋の奥で半身を起した武知は明らかに何時もと様相が違っている。
解れた襟足の髪。緩んだ襟元。乱れた裾。
あれだけ折り目正しく礼儀に厚く、謹厳実直を生真面目で塗り固めたような武知に何が起きたと言うのだろう。
「大殿様、伊蔵がなんぞご無礼を」
「弟子が気にかかるか武知?安心せい、咎める為に来させたのではないわ」
膝を正して問うた武知を振り返らず、大殿は伊蔵を見て笑う。
「ただ―――代わりは居らぬかと思うてのう」
「それは」
武知が顔をこわばらせてふらりと立ち上がる。
その顔色は酷く悪く、伊蔵は目の前の大殿よりも奥に居る師が気にかかった。
「岡田伊蔵」
大殿に名を呼ばれ、伊蔵は慌てて目を向ける。武知の様子ばかり気にしているのが気に障ったのだろうか。
「おんしは武知の一番弟子じゃと言うのは誠か」
「わしが?」
信じられない言葉に、伊蔵は喜びを通り越して唖然とした。

平井周二郎でもなく。坂本涼真でもなく。
最下層の足軽で。皆より年下で。頭の回転も学も無い。只、剣が少しばかり上手いだけの伊蔵が。
『あの』武知半平太の一番弟子―――だと言ったのか。
大殿様が伊蔵の事などを知るはずがなかった。
ならば。
武知が話したのだ。岡田伊蔵が己の一番の弟子なのだと、武知半平太が大殿様に申し上げたのだ。
伊蔵が武知に嘘をついた事が無いように、武知が大殿様に嘘をつくはずがない。
くらくらと目眩がした。これは現のことだろうか。
「もし誠であるならば、師の代わりを務め助けるのも一番弟子の為すべきこととわしは思うちょるが」
大殿様の言葉に伊蔵は身を震わせる。
この岡田伊蔵が、武知を助ける事が出来る?この出来の悪い伊蔵があの武知を?しかも一番弟子として?
なんと甘美な言の葉であることか。
まさに彼の願望そのものだった。武知の右腕となる己を何度夢想したことだろう。
「ま……誠ですき、わしは武知先生の一番の」
「伊蔵!」
伊蔵が言い募ると、何故か武知が悲鳴染みた声を上げ大殿様はにやりと笑った。

「お―――お待ちを大殿様ッ」
武知が大殿様に駆け寄り裾に取り縋った。見たことのない武知の取り乱す姿に、伊蔵は目を見張る。
「下がれ武知、おまんにはもう用など無いわッ」
「待ってつかあさい、待ってつかあさい大殿様、どうか、どうかお待ちを」
「黙れッ」
縋りつく武知を、大殿様が蹴倒した。
反射的に刀の柄に手をやった伊蔵は、今いる処が何処であるかを思い出してなんとか思い留まる。
城で殿に向かって抜刀すれば罰せられるのは多分伊蔵だけではないであろうし、
なによりもそんなことをしてしまえばもはや伊蔵は武士であるとは言えない。
武士で無くなってしまうのは嫌だった。
農民と変わらぬ生活を送り蔑まれる事の多い中で、僅かでも矜持を保ってこられたのは武士であったからだ。
貧しくとも身分が低くとも頭が悪くとも、武知の弟子になることが出来たのは武士であったからだ。
そして武知は武士らしく在れという言葉で伊蔵の進むべき道を照らしだし、だから彼は武士らしく在ろうと努力をした。
そんな伊蔵を武知はとても褒めてくれた。とても嬉しかった。
武士であることは伊蔵と武知を繋ぐ数少ない絆だったのだ。
「おまんが使えのぉなったから岡田を使うだけぜよ」
「わ、わしはまだ使えますきッ」
冷たく言い放つ大殿様の前に武知は廻り込み必死で頭を下げる。伊蔵には武知の背中しか見えなくなった。とても小さかった。
武知の背中がこんなに潰れそうに見えたことはない。何時だって凛々しく頼もしかった。伊蔵はなんだか悲しくなった。
武知と大殿様の言っていることの意味はよく分からない。伊蔵が武知を助けるという話は何処かへ行ってしまったようだ。
けれど、大殿様がなにかを伊蔵にしようとしていて武知はそれを庇ってくれているのであろうという推測は出来た。

(ほがなこと、してくれのうて良いやがき)
だってその背中は消えそうだ。
だってその身体はふらふらだ。
そんな武知の陰に隠れて自分だけ逃れたいと、どうして伊蔵が思えるだろう。
話の内容は全く掴めないけれど、一つだけは伊蔵にも分かっていた。……伊蔵の存在が、武知を苦しめている。
「伊蔵はまだ若輩ですき、どうかどうかご容赦を……わしが、この武知が、どがなお望みでも―――」
「応えると?」
武知が一層深く額づくと、大殿様は目を細めた。屈みこみ武知の肩に手を置く。
「おまんの胸の内はよう分かった」
「ご温情に御礼申し上げますき、大殿様」
安堵の為か、武知の背中の緊張が解けた。それを見て伊蔵もなんとなく嬉しくなった。武知が喜べば伊蔵だって喜ぶのだ。
その武知に大殿様はにやりと笑う。
「ならばおまんが岡田とせい」
「―――は?」
武知半平太の間の抜けた声というものを、伊蔵は初めて耳にした。
「そ、それは」
「気ぃが進まんがか?」
大殿様は武知の前から立ち上がり、伊蔵に近づいてきた。急に大殿様と目が合い、伊蔵は身を縮める。
「そうか、武知は下がってええぜよ。岡田、近う来ぃや」
「お―――お待ちをッ」
武知が再び大殿様の前に回り込む。大殿様の姿がまた見えなくなった。武知の背中はもう、伊蔵の眼前だ。
傲然と無言で見下ろす大殿様を前に、武知は僅かに逡巡した。
しばし言い淀んで、やがて膝を正すときちりと叩頭する。
「……大殿様のお手を煩わす事は出来やせんがです。……わしが、致しますき」
「おまんがそう言うならば―――是非に及ばんのう」
深く嘆息した武知をよそに、大殿様が口の端を吊り上げるのが伊蔵には見えた。

大殿様は武知の前から立ち上がり、部屋の隅に坐した。
その傍に居る上士たちは下卑た笑いで武知を見ている。伊蔵は気が立つ思いだった。
頭脳も剣術も人柄も武知に遠く及ばぬような輩が、何故あんな目で武知を見ているのだろう。
否、考えるまでも無い。ここが土佐で、あそこに座っているのは上士で、武知が下士だからだ。
ただそれだけであいつらは全てが許されるのだ。
(たった、一言でええやがき)
一言で良い。武知が不快を示してくれれば伊蔵は飛び出せる。
抜刀は流石に出来まいが、二三人殴り倒すことくらいは出来よう。
勿論下士の身でそれをしてお咎めが無いわけもない。
それでもあの目をあの笑いを止めさせることができるのならば、例えその後に待っているのがどんな事であっても耐えられる。
しかし武知は上士には目もくれなかった。
大殿様が眼前から立ち去ると、平伏からゆるりと身を起こしてしばし天井を仰ぐ。
「先生、お身体は大丈夫ですろうか」
消えてしまいそうな武知に不安になり、伊蔵は声を掛けた。
その声にびくりと身を震わせた武知は気重げに振り返り、やがて伊蔵の姿を認めるとゆるゆると微笑んだ。
「伊蔵、こちらへ上がりや」
「けんど、先生」
伊蔵は武知の呼びかけに躊躇した。
足軽がお城へ上がってもよいと言うことにも戸惑いが有るし、なによりもこの薄汚い恰好である。
乱れているとはいえ武知はとても整った服装をしていたし、大殿様や上士が身にまとっているのは明らかに絹だった。
それなのに、襤褸を纏うているに等しい伊蔵が上がり込んでも良いものなのだろうか。
己の着物を見まわしていた伊蔵に武知は優しく笑った。
「お許しは頂いちょるぜよ、安心しいや」
武知がそう言うならば伊蔵に迷う理由は無い。縁に上がり、畳に二歩ほど入って武知の正面に正座した。
間近で見る武知の顔色はやはり悪く、伊蔵は不安を募らせた。
笑顔なのにどこか辛そうに見える事もそれを煽りたてている。
それでも武知が口を開いたので伊蔵は言葉を待った。

武知は何故かそこで言い淀み目を落としていたが、やがてとても真剣に伊蔵の眼を覗き込んできた。
「伊蔵、おまん、女子と契りを交わした事は」
「……有りますき」
いきなりの話に少し困惑したけれど、伊蔵は素直に頷いた。
皆が言うほどには伊蔵は幼くは無いのだ。
「そうか」
武知は少し顔を綻ばせた。伊蔵の返答に僅かに安堵したようだった。
どうやら武知の問いに対する正しい答えを出す事が出来たらしい。伊蔵は嬉しくなった。
「ならば今、情が通じた女子は居るちやな」
「それは居りませんき」
伊蔵に恋人などいない。
だからそう答えたのだが、武知は何故かうろたえた顔になった。
うろうろと眼を彷徨わせて、何を思いついたのか急に顔を上げると伊蔵の肩を掴む。
「じゃったら、じゃったらせめて―――誰ぞ想う者は」
それならば、たった今。
距離二尺ほどの目の前に。
だから、こくりと頷いた。
ほりゃあ良かった、という小さな呟きが聞こえた。
救われたような顔をしている武知に己の成功を見て、伊蔵は胸を撫で下ろした。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

もう全文出来ているので前後篇のつもりで投下を始めたんですが、
以前よりはるかに一回当たりの投下できる量が少ないんですね……
全中後篇か全四回になってしまうかもしれません。
読み違えてしまい申し訳ありません。さるにもひっかかるし……

連投になってしまうので続きは一週間空けます。

  • これは素晴らしい…!楽しみにしております。 -- 匿名? 2011-09-12 (月) 12:41:26

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