夜空
更新日: 2011-06-24 (金) 10:42:52
オリジナル投下させてください。元兵士の話
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
こんな形で再会することになるとは思わなかった。
アルは病室で天井を見つめたままベッドに横たわっている。シーツの片側がつぶれているのは、右腕がなくなっているからだ。
そばに行こうとしても足が動かない。それを見て彼の母親はお願い、と言った。
「あの子は右腕と同時に心まで吹き飛ばされてしまったんです。これが一時的なものか、ずっとこのままなのかは分からないと言われて」
右腕以外に身体に損傷はないらしいが、外部に対しての反応が全くないのだという。
ただ点滴をして、ベッドの上で生きているだけのような状態。
退役した友人にはこんな風に何かしら心の病を患っている奴が何人もいる。
そういう自分だって、しばらくは薬を飲まなきゃ眠れなかった。
外から聞こえるクラクションの音が、人の大声が、振動が僕を戦場に戻してしまう。神経が研ぎすまされ、嫌な汗が出た。
もしかしたら彼は今も心の中で戦場にいるのかもしれない。
「お友達の姿を見れば、何かしらの反応が出るかもと思って、何人もの人に来ていただいているのですが」
母親はうつむいた。声が震えている。
「話しかけてやってください。お願い、アルを戻して」
彼女は廊下に出て行く。耐え切れないのだろう。そばにいるのに、何もしてやれないことに。
でも彼はあなたを愛しています。
「戻ったら、お袋の作ったマフィンが食べたい。甘いものあまり好きじゃないのに、そんなことばかり考えてるんだ」
彼はいつもあなたの話ばかり。笑顔でマフィンを焼く姿を想像して、いつか会ってみたいと思っていたけれど。
ベッドの横に座って、彼の顔に手をかざして振ってみた。目が動いていない。
髪はすっきりと刈られ、髭も剃られている。
僕の知っているアルはいつも無精髭で、ヘルメットからバサバサになった金髪がはみ出していた。
顔は大抵迷彩塗料が塗られていたし、日焼けもしていたから、今の彼は別人みたいだ。
残っている方の手に触れた。暖かい。確実に生きているのに、君はどこへ行ってしまったんだい。
彼の手を顔に押し当てたまま泣くしかなかった。
「会いたかった。聞こえてないかもしれないけど」
そう言って、僕はとりとめもないことを話すことにした。
兵役で初めて配属先に着いたとき、僕は戦地にいるという何ともいえない恐怖感と緊張でピリピリしていた。
見張り役は常にベテランと新人という組み合わせになっていて、僕はアルと組むことになった。
挨拶に行くと、彼は衛生兵に腕の手当をしてもらっている。青ざめている僕を見て大笑いされた。
「いやいや、撃たれたとかじゃなくて、遊んでてそこの丘からずり落ちちまってね。擦り傷」
ここはそんなに危険な場所ではないらしい。お前はラッキーだよと言った後、あ、俺もか、と笑った。
そんな風にいつも彼は笑顔で、僕を安心させてくれた。
同じ時期に入った奴は酷い先輩と組んだらしく、ほとんど小間使いみたいになってると嘆いていたっけ。
どちらにせよ、新人というものはからかって遊ばれる。要は暇つぶし用の新しいおもちゃが来たみたいなものだ。
シャワー中に水を止められたり、食事を盗まれたり、川に突き落とされたりと、子供じみた行為ばかり。
しかしここは戦場で、そんな最中にも別の部隊の応援に行った兵士が死体になって戻ってきたりする。爆撃もある。
それはあまりにも今までの生活と違っていて、僕を混乱させ、精神的にまいらせた。
深夜、彼と基地の端で見張りの仕事をしていたとき、爆撃音が聞こえてきた。身体が震える。
「大丈夫だよ。遠い。ここには来ない」
横で仰向けになり、煙草をふかしながら夜空を眺めていたアルは、そう言って僕をなだめた。
「分かってます。その、まだ身体が慣れてなくて。無意識に」
「半年もすりゃ慣れる。慣れる、じゃないな。麻痺するんだ」
彼は何人もの兵士の死を見ている。
「目の前で仲間の体が吹き飛んでも何とも思わなくなる。急いで後ろにずり下がりながら、自分が怪我してないか確かめるくらいで」
怪我かと思ったら誰かの血しぶきがついただけなんてこともあった、とジョークかのように話す。
「震えてるってのは、まだ人間的な感覚が残ってるってことさ」
彼は、僕を引き寄せて背中をさすった。肌の温もりが気持ちを落ち着かせてくれる。
今度は安心したせいで涙が出てきた。張りつめていたものが一気にほどけたように。
「なんだよ、お前忙しい奴。大丈夫だから」
彼はクスクスと笑っていたが、僕は恥ずかしさとおかしな安堵感でいつまでも泣いていた。
アルは色々話してくれた。
生まれてすぐに父親が死んでしまったこと。姉が結婚して遠くに住んでいて、今家にいるのは母親一人だけだということ。
まだ会ったことのない甥っ子が最近歩き始めたこと。思い浮かぶのはキッチンに立って料理をしている母親の後ろ姿ばかりだということ。
マザコンだ、と言うと
「そうだよ、悪いか。こんな殺伐としたところにいりゃあ、誰でも母親が恋しくなるさ」
と頭をつつかれた。
ここは中継地点のようなもので、直接攻撃が起きるなんてことはあまりないので気が緩んでいたのかもしれない。
夜中にいきなり銃撃戦が始まったことがある。
僕は後方で弾補充をした。寝ていたところを叩き起こされたので、とにかく教えられたことを正確にこなすことに必死になっていた。
向こうが偵察に来たところ、こちらの見張りに見つかって交戦状態になったらしい。人数的にも圧勝でほどなく治まった。
放心状態になって座り込んでいると、救護班! と叫ぶ声がした。手伝おうと声の方向に行くと誰かが倒れている。
そいつは腹が血でびしょ濡れになっていて、口から血を少し吐いたきり動かなくなった。
今夜の当番だった。
同期で入った奴だった。
最悪なのはその次の日の夜間の見張りが自分たちだったこと。
僕は無言のままうつぶせに銃を構え、ずっと正面を睨み続けていた。アルは相変わらず仰向けになって鼻歌を歌ったりしている。
時折ちょっかいを出すものの、僕が相手にしないのでつまらなそうに舌打ちをした。
「昨日の今日なんだから、むしろ何もないと思うけどねえ」
麻痺してる。
「俺が?」
首を振る。そうじゃない。
「死んだ奴、僕と同期なんです。あの大量の血を見たとき、悲しいとか悔しいとかよりも、恐怖心でいっぱいになった」
恐怖心があるならまだいいさ、と呟くと、彼は体を起こして僕の肩に触れた。
「お前ガチガチだな。恐いからって、これじゃ敵が来たって撃てやしない。もっと力抜かないと」
と言った途端、脇に手を入れて僕をくすぐった。
笑ってしまいつつも体から離れようと彼の胸を押した。ずっと同じ体勢で構えていたせいで、肘から下がしびれて力が入らない。
諦めて仰向けになった。吸い込まれそうな夜空が広がる。
「……死ぬの、恐くないですか?」
「生きるので精一杯でね。こんな場所じゃ、いちいち考えてらんない。おまえのその感情が羨ましいよ」
そう言うと僕の頭を引き寄せて撫でた。耳元から聞こえてくる彼の息づかいが心地いい。
ここの夜はあまりにも暗く、星がよく見える。今夜は特に静かで、自分がどこにいるのか分からなくなる。
生きていることさえも。
「僕、生きてますよね?」
そんな馬鹿げた質問に答えるように、彼は強く抱きしめてくれた。大丈夫だと言われている気がした。
熱を持った身体が僕を覆う。服に滑り込んだアルの手が背骨をなぞる。
気がつくと僕は彼にしがみついていた。
彼の指先に、彼の唇に、舌に身体が反応する。
蒸し暑くて、二人とも汗だくだったけれど離れたくなかった。久しぶりの柔らかい感触。人肌が恋しかった。
何度も声が出そうになって、その度に自分の指を強く噛んだ。血がにじむ。生きてる。
多分アルも同じことを考えていたに違いない。人間的な感情があるってことを、確かめたかったんだ。
やがて彼は別の部隊に配置が決まり、そこを離れ、僕らは別々になった。
ずっと、生きてくれてればいいと思っていた。会いたくてどうしようもなかった。
僕は病室で、できるだけ楽しかったことを話した。
アルがふざけて僕の耳に花を挿して飾ったり、こっそり二人で川に水浴びに行ったこと、寝ている上官の顔に落書きしたこととか。
でもベッドで寝ている姿を見たくなくて目を瞑っていた。
ふと、顔に押し当てていた彼の手が動いた気がして、目を開く。天井を見つめたままの目から涙がつたっている。
「アル?」
反応はないけれど、確かに左手が動いている。微かに横に、手を振るように。
彼の手を頭に乗せてみた。気のせいじゃない。アルは僕の頭を撫でている。
僕は慌てて彼の母親を呼んだ。
声が聞きたい。片手でいいから抱きしめて欲しい。笑顔の彼に会いたいから。また二人で星が見たいから。
だから、絶対にアルを戦場からこっちに戻してみせる。
そんなことを言うと、もっと力抜かないとって笑われるんだろうな。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
ありがとうございました!特にどこの戦争とかは考えてません。
- 萌えた!! -- 2011-06-23 (木) 23:37:33
- 素晴らしい… -- 2011-06-24 (金) 10:42:52
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