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紫陽花

殺し屋さんの不良少年と不良中年で、年下視点の父の日ネタ。
劇中のあんなことやこんなことが片付いて、事務所を構え直した設定です。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
 岩西の事務所に向かう途中、アジサイが目に留まって、花屋の前で無意識のうちに立
ち止まった。青、青紫、赤紫と微妙に違う色のアジサイの中央で、赤と青をちょうど同
じくらい混ぜたような紫の花と、青と黄色をちょうど同じくらい混ぜたような緑の葉が
輝いていて、無性に腹が立った。ムカつく理由は分かってる。岩西の目と髪の色だから
だ。普段はあいつの性格をそのまま映したみたいに暗く冷たい色をしているのに、光を
受けると淡く柔らかい色になる、紫色の目と緑色の髪。くそ、イライラする!
「お好きなんですか?」
「誰が! あんな奴大っ嫌いだ!」
 背後からふわりと耳に届いた甘ったるい声に、反射的に怒鳴って振り返ると、俺より
少し年上くらいの、背の低い茶髪の女が、驚いた顔で俺を凝視していた。エプロンを付
けているから、多分、花屋の店員だ。しまった、と思う。この女は、俺がアジサイを好
きかどうか聞いてるのに、とんちんかんなことを口走っちまった。とっさの言い訳が思
いつかねぇ俺が固まっていると、女はにっこりと微笑んだ。
「そっか、大っ嫌いなんですね。分かる分かる。私もすっごい仲悪いんですよ。もう、
中年の男性って、何でみんなああなんでしょうね?」
 どうやら俺は、自分では気付かずに、何か独り言を呟いていたらしい。そんなのビョ
ーキじゃねぇか。何もかもあのカマキリのせいだ、ちくしょう。
「あいつに比べたら、そいつは百万倍マシな人間だと思うぜ?」
「そうかなぁ」
 そうだよ、だからその上司で我慢しとけよ。心の中でそう言って、事務所に向かう足
を再び動かそうとすると、女はアジサイを見下ろしながら、俺に話し掛けてきた。
「紫陽花ってね、こんなに綺麗な花なのに、花言葉は結構辛辣なんですよ。辛抱強い、
浮気、高慢、無情、冷淡――まあ、愛情や家族を象徴する花でもあるんですけどね」
 俺もアジサイを見下ろす。
「……ふーん」
 人間が勝手にその花の意味を決め付けるなんて、イカれてるとしか思えない。
「おひとつ、いかがですか? 驚くと思いますよ。驚いた顔、見たくありません?」
 わざとじゃないのかもしれねぇけど、人に媚びるような笑顔がうっとうしい。バカな
男なら、喜んで買うんだろうな。水商売でもやれば、結構金稼げるんじゃねぇの?
「別に。あんな奴に物をくれてやるなんて、想像しただけで反吐が出る」
 俺は買わねぇ、という意味を込めて女の横顔を睨んでやったが、アジサイをじっと見
つめている女は気付かない。
「あげなくてもいいんですよ。あなたが花束を持ってるところを見るだけで、自然と顔
に締りが無くなりますから。喜んでいるところを、鼻で笑ってやればいいんですよ。家
に飾りたくて、自分のために買って来ただけだ、何勘違いしてるんだって。あんなにじ
っと見つめてたってことは、アジサイはお好きなんでしょう?」
 面倒臭い。周りに人が居なければ、とっくに顔を殴っていたと思う。しかし、仕事に
必死になるのは、生きるために必死になるのは当たり前だ。買えばこの女からすぐに解
放される。だから、仕方無く買ってやることにした。
 事務所のドアを開けて、岩西が踏ん反り返っているデスクに向かう。
「遅ぇぞクソガキ! 大人をどれだけ待たせるんだ。ジャック・クリスピン曰く――」
 花束なんて似合わねぇもんを持ってる俺を見た岩西は、眼鏡のレンズの奥の鋭い目を
見開いて、ぽかんと口を開けた後、顔をにやつかせた。
「ひひっ。何だ? その花束は。爆弾でも入ってんじゃねぇだろうな」
 驚いた顔も、締りの無ぇ顔も、バカみたいでケッサクだ。俺は鼻で笑ってやった。目
的を達成したあとは、もう女の言葉に従う必要は無い。俺は俺のやりたいようにやる。
「花屋の店員にムリヤリ買わされた。俺は要らねぇから、事務所にでも飾っとけ」
 俺は花束を岩西のデスクに置いた。岩西は意味ありげに俺を見上げて、くつくつと喉
を鳴らして、小刻みに肩を震わせている。何かが変だ。何だよ? 何なんだよ岩西? 
「ひっひっひっ……はははははははは!」
 今度は、俺が目を見開いて、ぽかんと口を開けるはめになった。岩西は、そりゃあも
う可笑しそうに、楽しそうに、文字通り腹を抱えてけたけたと大爆笑している。こいつ、
このまま革椅子から落ちるか、革椅子ごと引っくり返るんじゃねぇだろうか。あ、まさ
にこれに当てはまる四文字熟語があったような……何だっけ。ホークフ……ホーフクゼ
ットー?
「……ひーっ……死ぬ……腹痛い……!」
 ああ、そうだな。本当に笑い死にそうだよ、お前。低い声が変に裏返って、目には涙
が浮かんでいた。涙に濡れた紫から、雨に濡れたアジサイを連想する。あんな神秘的な
もんと、この人でなしが繋がっていいはずがないのに。
「何なんだよ岩西! 花買って来たくらいで、そこまで笑わなくたっていいだろ!」
 俺が叫ぶように言うと、岩西は眼鏡を外して涙を指で拭った。そして、にやにやしな
がら俺の顔を見る。
「蝉。さてはお前、今日が何の日か知らねぇだろ?」
「ああ?」
 俺だって、祝日くらいは何となく覚えてる。けど、俺の記憶の中のカレンダーには何
も書いちゃいない。六月に祝日は無い。今日はただの日曜日だ。間違いねぇ。
「騙そうったってそうはいかねぇよ。六月に祝日は無いぜ?」
 岩西は眼鏡を掛け直すと、今度は真面目な顔をして俺を見た。
「父の日だよ」
「チチの日?」
 岩西はまたにやにやと笑う。
「おっと、おっぱいの日じゃねぇぞ。今日はな、オトーサンの日だ。ここの近くの花屋
で買ったんなら、ポスターが貼ってあったろ? 六月の第三日曜日、日頃の感謝の気持
ちを込めて、大切な人に花を贈りませんか――ってな」
 ポスターなんか見てないけど、思い出しちまった。五月の日曜日に、母の日ってのが
あったはずだ。そういえば、あの花屋、妙に客が多かったような。あの女が言った「中
年の男性」って、もしかして。つーことは、多分、嘘じゃ、ない?
「そうかそうか、お前は俺のことを父親みてぇだと思ってたのか。知らなかったなァ、
蝉。くくっ……」
「違っ……俺が買ったのは、そのっ、綺麗だと思って、自分で鑑賞しようと……」
 熱い。顔が熱い。もうマジ訳分かんねぇ。
「ほー、『綺麗だと思って』買ったのか。『花屋の店員にムリヤリ買わされた』んじゃ
なかったんだな。『自分で鑑賞しようと』……ねぇ。『俺は要らねぇから、事務所にで
も飾っとけ』って言ったのは、どこのどいつだったっけか?」
 そうだよ、それを言ったのはお前んとこの俺だよ。何も言い返せねぇ。
「ありがとうな、息子よ。お父さんは涙が出るくらい嬉しいぜ。ひひひ」
「気色悪ぃこと言うな! 殺すぞ!」
「ごめんな、先月のこどもの日は何も用意しなくてさ。来年もお前が生きてたら、ちゃ
んと用意するから。くっ……ははははは! マジで傑作だぜ、こりゃ! バカだなー!」
 岩西は、またホーフクゼットーし始めた。
「笑うな、笑うな、笑うなーっ!」
 岩西も花屋の店員も半殺しにしてやりたいけど、笑ってる岩西が、まるで、人を殺し
たことの無い普通の男みたいに見えるのは、ほんのちょっとだけ面白いから、二人とも
特別に許してやるよ。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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