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愛人論

270が戻って来るまで小休憩投下

半生 木目棒の小右っぽい右さん独り言話

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース

不眠をわずらっているのは、カフェインの摂りすぎが原因なのでは――。

昔、元妻に半分本気で指摘されたことだが、右.京の紅茶好きは確かに一種の中毒めいたものがあった。
日中はもちろん、就寝前にも必ず喉を温めてからでないとベッドへ向かう気になれない。
どんなに疲弊している日でも、いや、疲弊している日こそ、紅茶をいれる時間帯だけは無心になれるのだった。

つるの細い薬缶でお湯を沸かしながら、ブランデーのボトルを用意する。
カモミールやラベンダーの絵柄の箱の上で手を彷徨わせてから、右.京は一瞬考え込んで、冷蔵庫をあけた。
陳列しているパックやボトルの中から、低温殺菌の牛乳パックを持ち上げて軽く振ると、右.京は納得した様子で一人頷いた。
それから、ハーブティーの類をしまって、ダージリンの缶を取り出す。
薬缶を見れば、すでに細い首からは女の溜息のような蒸気が立ち上り始めていた。

「さて……」
呟いて、右.京は隣のガラス棚へと目を転じた。ずらりと並ぶのは、白や青、時には濃翠の色合いをした、ティーセットの数々だった。
薫に言わせるところの「緊張して飲んだ気にならない」高級品である。
右.京は毎夜、こうして好きなカップを選ぶ時のわずかなときめきを、ことのほか愛していた。
「どれにしましょうかねぇ」
独り言が自然と弾んでしまうのも、一人暮らしの気楽さがあるからだ。
右.京は絵柄の濃い物から無地に近い一品までをぐるりと流め、しばしの思案を楽しんだ後に、右手前に澄ました顔で陳列されているスミレ柄のティーカップを持ち上げた。
カチャリと陶器の触れ合う繊細な音がする。その瞬間、ふいに奥にしまいこんでいた一つのカップに、目が留まった。

目の醒めるような蒼の縁取りに、細やかな金のアラベスク模様をあしらった、ひときわ豪奢なカップだった。
黄と赤のバラが絡み合った絵柄の持ち手には、内側に、ご丁寧に右.京の名前が彫ってある。
『物には罪がないでしょ、これでも苦労して選んできたんだから』
すとんと耳に蘇ってきた声に、右.京は眉をしかめた。

もう何年も前の話だ。
イギリス旅行の土産に奥方へ贈るというので、しぶしぶ知っている店をいくつか紹介した。
その結果、送られてきた小包の中身がこのティーカップとソーサーだった。
すぐさま送り返そうとした右.京のもとに、見計らったようにかけてきた電話口で小.野田はしれっと言い放った。

『まぁいいじゃないですか。そのうち使いに行くから、ゆめゆめ捨てたりなんかしないよ
うにね』

いけしゃあしゃあと勝手なことを言う小.野田の声を聴いたのは、それが最後だった。
それからしばらくは電話もかかってきていたようだが、取り合わないまま、そのうちに日
が過ぎ、年が過ぎていった。

色々な物を捨てて生きてきた。
伴侶も、部下も、出世も、男の残した短い悪夢のような蜜月も。
ただ、こればかりは結局、捨てるに捨てられないまま、今に至っている。
正直、最近は存在さえ忘れかけていた。
このまま、変わらぬ年月が埃のように重なっていくものだとばかり――。

右.京は少し考え込んだ後、手にしていた方を元に戻して、奥から冷え切ったそのティーカップを取り出した。
久しぶりに目にするが、やはり悔しいほどに惚れ惚れする出来栄えだった。
細い絵筆で繊細に描かれた金彩の美しい模様が、淹れたての紅茶の湯気にぼんやりと浮かび上がって、芳醇な香りと共に心まで癒してくれる一品だった。
小.野田が苦心したというのは多分本当だろう。
この食器を手掛けた職人は右.京の知る限りでは、えらく気難しい老人で、彼の魂の芸術品であるカップに名前を彫るなどという蛮行を許すわけがないのだった。
それを、わざわざ。

『うちにも同じのがあるからね……』

あれだって、しらじらしい話である。
職人が二つとして同じものを作らないことを、紹介した右.京が知らない筈がない。
小.野田の台詞は、たんに妻と同じものを愛人に贈るという俗っぽい話を、右.京に連想させたいがための嘘に違いなかった。
事実あの時問題になりえるとしたら、同じティーカップであるかどうかより、そこに彫られたネームの方が遥かに火種になりえた。
それを見越しての小.野田の手回しだったのだろう。実際、右.京はカップを送り返せなかった。
どこまでも強引な男なのだ。

右.京は薄っすらと笑って、カップをくるりと回した。
ためつすがめつ、悪戯に手の中で温める。

「物には罪がない、ですか……」

つくづく嫌な言い方をする。
それではまるで、どこかには「罪」があるようではないか――。

右.京は溜息をつくと、キッチンへと身をひるがえした。
冷えた薬缶に手を伸ばし、もう一度沸かすためにコンロをひねる。
ぼうっと青い火が立ち上って、物憂げに更けていく宵をうす暗く照らしあげていった。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

すみません、分割に失敗したりPC投稿失敗したりハチャメチャでした
ありがとうございました

  • しっとりと萌えました! -- 永井? 2011-04-28 (木) 23:33:30
  • はぁ…萌え(*ノ▽ノ) -- らな? 2013-10-31 (木) 22:17:48

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