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ギャグマンガ日和 曽良×松尾芭蕉 「初七日」

ギ/ャ/グ/マ/ン/ガ/日/和 弟子×師匠です
死にネタなのでご注意ください

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

甘い香りがして目が覚めた。

そこは見たこともないほど広い広い花畑で、
色とりどりの花が咲き乱れていた。
「うわーどこだここ…ハウステンボス?」
呟きながらあたりを見回す。無意識のうちに、あの子の姿を探す。
そして思い出す。ああそうか、ここへはひとりで来たんだっけ。

「三途の川の手前ですよ、芭蕉さん」

驚いて振り返ると、そこにはさっきまでいなかったはずの弟子がいた。

「うわっ! 曽良くん何で!?」
「血の池で溺れる芭蕉さんとか、針のむしろでぶっ刺される芭蕉さんとか、
いろいろ見たいものがあったので……」
「なんで師匠が地獄に落ちるの前提で話するんだよ!
天下の俳聖だぞ! 極楽行きに決まってるだろこのバカ弟子!!」
「死人のくせにうるさいです芭蕉さん」
「だつえばっ!」
生前と変わらぬチョップの重さを保ちやがってチクショー…
鬼弟子に聞えないように呟きながらふらふらと立ち上がる。

「いい眺めですね」
「うん…私もあんまりきれいなんで驚いちゃったよ」
「いえ、芭蕉さんが無様に倒れ伏す様が」
「えええ…!? 久しぶりに会ったっていうのに相変わらず弟子がひどい…」
大事に鞄に下げて連れてきたマーフィー君を抱きしめながらめそめそと芭蕉は嘆く。
そして目を伏せたまま唇を噛んだ。

「…大体いくら私を心の底から尊敬してやまないからって
こんなとこまで追いかけてくるなんてバカだよ」
「微塵も尊敬はしていませんが、
芭蕉さんがひとりで旅なんて出来るわけがないですから。ほら」
曽良は懐から取り出したものを芭蕉に手渡す。
「何これ?」
「三途の川の渡し賃ですよ」
「あっ…」
「やっぱり持ってきてなかったんですね。
こんな汚い人形は文字通り後生大事に持ってきたくせにバカジジイが…」
「やめてー! 私の友達ひっぱらんといて! 中身出ちゃう!
だって道中のお金の管理なんて私やったことないんだもん!」
「渡し賃がないと衣服を剥ぎ取られるそうですからね。
芭蕉さんを僕以外の人間が全裸にするのは許せません」
「めずらしくちょっと優しいと思ったらやっぱりそんな理由!?」
「あと女性が三途の川を渡るときは処女を捧げた男が背負って渡るしきたりだそうです。
さあ芭蕉さん僕の背中におぶさって早く!」
「弟子が顔色ひとつ変えずにすごいこと言ってる!!
松尾死んだ後までこんな辱めが待ち構えてるとは思わなかったよ!」
「生きている間に受けた辱めとどちらが悦いですか」
「もういや!!」
顔を覆ってうずくまったところを蹴り飛ばされ、芭蕉は花畑の中を勢いよく転がる。

「バカやってないでさっさと行きますよ、芭蕉さん」
倒れこんでいる芭蕉を腕組みで見下ろし、
自分で蹴っておきながら曽良は早く立ち上がるよう促した。
「師匠に対してこの仕打ち…
まあ君は明らかに地獄行きだろうけどさ……」
呼吸を整えながら、芭蕉は仰向けに寝転がる。

「……それでも早すぎるよ。君はまだ一緒に来るべきじゃない」

その言葉に、曽良は何も答えようとしない。
弟子がどんな表情を浮かべているのか見るのが怖くて、芭蕉は目を閉じた。

「――芭蕉さん」
ゆっくりと足音が近付く。
咲き乱れる花を踏みしめながら、曽良が芭蕉に歩み寄る。
それはまるで自らの命を投げ打って芭蕉を追ってきた曽良をそのまま表しているようで、
芭蕉はひどく胸が痛んだ。
この子の人生はまだまだ、この花のように美しく続いていくはずだったのに。
バカな弟子だな、君はまったく。
だけど師匠の私にまでバカがうつっちゃったんじゃないだろうか、
少しだけ嬉しいんだ、君が来てくれたことが。

(そ…それにしても……
怖い! 生前受けた数々の仕打ちのせいでこんな場面ですら弟子の足音が妙に怖い!)
死んでなお殺られる!と身を硬くした芭蕉の腕を、
曽良の手がそっと掴んだ。

「置いていかないでください」

まるで迷い子のような、頼りなげな響き。
かつて何度も旅の途中で芭蕉自身が曽良の背中に投げつけた言葉を、
聞いたこともない声で曽良が呟いた。

驚いて思わず目を開けると、そこにいるのはやはりいつも通りの無表情な曽良だった。
(…ええ!? 何今の!? 聞き間違い?)
「そ、曽良くん、今なんて……ウボァッ!?」
掴んだ手がみるみるうちに力を増していく。
「痛い痛い痛い曽良くん腕痛い! ミシミシいってる!!」
「僕も行きます」
「ついて来ちゃだめ…!
ギャアアアア私のすばらしい上腕筋の全ての力をもってしても全然払いのけられない…!
何これ!? 万力!?」
「僕も行きます」
「壊死しちゃう! 死んでるのに壊死しちゃうから離して曽良くん! 曽良さま!!
そして帰って……!」
「僕も行きます」
「もう本当に帰れこの鬼弟子ィィィ……!!」

――ぼんやりと、見慣れた天井が視界に浮かび上がってきた。

地面に縫い付けられているかのように体が重い。
喉の奥が乾きすぎて、ひきつれるように痛んだ。
「……ちっ…」
おかしな夢を見たものだ。
「――僕を追い返すなんて何様のつもりですか……」
ぼんやりとひとりごちながら、目をこする。

戸を開ければ外は馬鹿馬鹿しいほどに良い天気だった。
花の盛りを迎えた椿が鮮やかに咲き誇っている。
澄み切って高い秋の空は、あの人のどこまでも無邪気な笑い顔を連想させた。
引き裂かれるような胸の痛み無しであの笑顔を思い出せたのは、
きっと彼が死んでから初めてのことだ。

(やっぱり僕が追い縋るなんて似合わない。こんなに急がなくともいつかは行く道だ)
旅のお供を頼まれたあの日だって、そういえば曽良は芭蕉を随分と待たせたのだ。

(せいぜい泣きながら僕を待っているといい。
僕はこっちでゆっくりしてから行くことにしましたよ、芭蕉さん)

右腕の包帯が緩んでいるのに気づいて、曽良は結び直そうと体を起こした。
手のひらをひらいて、ふとその手をとめる。
懐かしい人の香りがそこから立ち上ったような気がした。

「……かすかに老臭がする」
かつて傍らにいたその人に聞かせるように、曽良はそっと呟いた。
口元がかすかに緩んでいることには、曽良自身気づいていない。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

  • 二人のやりとりに笑って、ちょっと切なくなって、寂しくもほのぼのしました -- 2011-07-07 (木) 22:25:56
  • すごく良かったです。 -- ちょこ? 2011-12-30 (金) 16:11:43
  • こういう系好きです -- 2012-01-21 (土) 11:42:35
  • すごく良かった……!! -- 2012-11-16 (金) 01:25:36

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