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容疑者Xの献身 湯川×石神 「加速る(さきばしる)」

>>54
ナイスリカバーとチューンナップ、いつも本当にありがとうございます。

勢いで投下させていただきます。
半生、要義社Xの検診(映画版)の物理×数学です。
事件がきっかけじゃなく二人が再会してたら…という設定です。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「君は…」
「なんだい?」
「いや、なんでもない」
「言いかけてやめるなんて君らしくないな」
くすりと目を細めて笑った石上に、油川は返す言葉がなかった。
日頃から非論理的なことは受け付けないというのが口癖なのに、さっき出かかった言葉ときたらこうだ。
(君はまるで数学の花園にいる妖精のようだ)
どうだ。この非論理的な空想、いや妄想の情けないことといったら。
(ありえない)
さすがの油川でも、常であればこんな類の発言をする人間――例えば度々大学を尋ねてきては空想や妄想を論じる女刑事など――にはっきりとそう答えるだろう。

17年ぶりに再会しても、石上は石上のままだった。
数学を愛し、時には数式の波に溺れ、時にはそれを操り、それと対話する。
油川は物理に常に一歩も二歩も引いた目で対峙しているつもりであり、それが正しい学者としてのあり方だと思っている。
それに対し、石上は数学に己の全身全霊を預けてしまう。だが石上に限ってはそれを愚かなこととは思えない。
何故なら数式と戯れている彼の姿は完璧なまでに無垢であり、
(それゆえにとても、美しい)
そう思う。
油川の口から花園だの妖精だのという妄言が飛び出そうになるくらいに、だ。
恋は人を詩人にさせる、とは誰が言った言葉だろう。
(恥ずかしくて蕁麻疹が出そうだ)
油川は薩摩切子の猪口の中身を勢いよくあおった。

現在石上が住んでいるアパートの場所が知れてから、油川は足しげくそこへ通うようになった。
石上の部屋は典型的な男のやもめ暮らしの様相をしていたが、何故だか居心地がよかった。
畳敷きの部屋に簡素な家具、書棚には数学関連の本やレポートが並び、それ以外には生活に必要最低限のものしか置いてない。
彼には必要のないものだからだ。
デスクにはパソコンと、やはり数学の書籍がうずたかく積まれている。その脇にはちょこんと、電動の鉛筆削り器が置かれていた。
学生時代にふと、油川は石上に質問したことがある。
「君は何故シャープペンシルを使わないんだ?」
書くたびに芯が丸まり、何度も削らねばならないのは面倒じゃないのか、と。
「僕こそ、なぜシャープペンシルが重宝されるのかわからない」
という答えが返ってきた。シャープペンシルの芯はいつなくなるかもわからない。
ノックした回数をいちいち数えていれば予測することはできるだろうが、それこそ面倒だ。
書けるのか書けないのか、鉛筆はそれが一目瞭然じゃないか。
そう言うと石上はがりがりと後ろ頭を掻きながら、また数式に目を落とした。
部屋で鉛筆削り器が動く音を聞くと、油川はそんなことを思い出す。

石上の部屋に顔を出すたびに油川はなんらかの手土産を持ち、石上はそれを見て無邪気に嬉しそうな顔をした。
土産はたいがい酒やその肴であったが、今日はちょっとした酒器も持ち込んだ。
「君が気に入るかと思って持ってきた」
そのガラス細工を手に取った石上は
「規則性のあるものは嫌いじゃない」
そう言って目元を緩ませた。
一対の猪口と徳利で、赤や青のガラスに順序良く鋭い切れ込み模様の入った、スタンダードなものだ。
人はそれを見て、綺麗だ、美しいという。その色の鮮やかさ、細工の見事さ、丁寧さに。
しかし石上は人とはまるで違う視点から物を見ているのだ。

「ふ…ぁっ…!」
薄暗がりの中で、石上の身体が触れられて大きくビクッと震えた。
この世でただ一人、天才と呼べる男の考えていることは油川にも及びのつかないことがある。
いやむしろ自分自身の行動に及びがつかず、今でも戸惑ったままだ。
シュンシュンと、石油ストーブの上のヤカンが控えめに音を立てる。壁の薄い部屋だが不思議と冬でも寒さは感じない。
こうして二人、ベッドで身体を重ねているせい――という訳ではないはずだが。

初めはただ、手を伸ばしただけだった。
猛然と数式の証明に取り組んでいた石上が、ふとデスクチェアから立ち上がり、代わりに隣にあったパイプベッドに腰掛けた。
酒よりも何よりも石上を喜ばせるのは、数学の難問だった。油川はそれを手に入れるために
うーんと背伸びをするその姿を、油川は隣の部屋から目を細めて見ていた。
背を丸めデスクに向かう石上の後ろ姿を肴に、油川は愉快な酒を飲むことができる。とても快適な空間だった。
「どうした、もう終わったのか?」
「いや…もうちょっとかかりそうだよ…久しぶりに手ごたえを感じるんだ」
そう呟いた石上の顔は本当に幸福そうだった。そこは深夜の安アパートの一室であるはずなのに、
彼の周りだけは柔らかい陽光に包まれているかのように見えた。
まるで何かの小動物と会話するかのように、天井をぼんやりと見つめながら愛しそうな顔で微笑む石上の身体は、
浮世にあっても心は別の世界で遊んでいるのだろう。
(どこかへ飛んでいきそうだ)
全く、非論理的な話だ。重力や大気の条件を変えず、人間の身体を宙に浮かばせることなどできないのに。
元々、油川と石上は共鳴しあう部分がある。向いている方向も同じだ。
(しかし僕らはお互い全く別のエレメントに存在している)
と油川は思っている。17年前からどんなに親しくなろうとしても、その透明な壁は突き破れない。
相手の表情や向いている方向も見えているが、どちらかがどちらかの世界へ行くことはできないのだ。
石上に限っては、こちらの世界へ来ることなど考えたりもしないだろう。
(こんなにももどかしいことがあるだろうか?)

油川は物言わず立ち上がり、ベッドのそばまで行った。石上を見下ろす。石上もまた、油川を見上げた。
油川はおもむろに石上の左手首を取った。そしてそのままベッドに縫い付け身体を引き倒し、流れに任せてその上から覆いかぶさった。
石上も抵抗などせず、ただベッドにぱたりと背中から倒れた。
「な…なに?」
石上の物言いは大学生だった17年前と同じように聞こえた。
こんなことを本人に言ったらどう思われるかわからないが、少し幼さを残したような舌足らずの話し方。
目を見開いて、下からじっと油川を見つめている。その薄く開いた唇に油川は自分のそれをそっと寄せ、触れる手前で呟いた。
「僕は、酔ってはいない」
その言葉を聞いても、身体の下にいる男はなんの反応もしなかった。
でも唇が触れる段になってようやく石上から、えっ?と小さな声が漏れ、同時にその身体がビクッと跳ねた。

「…っ…ぁっ…!」
耳の裏に柔らかく唇を落とすと、石上から引き攣れたような声が漏れた。
石上の、アイロンもかけていない洗いざらしの白いコットンシャツ。
そのボタンをするすると外していく油川の顔は何食わぬ顔をしているように見えるが、その目には慈愛の色が浮かんでいた。
鉄面皮の油川も、石上には何故か出来得る限り柔らかく、優しく接したくなる。
開いた襟元にそっと鼻先を埋めると、石上は恥ずかしそうに身を竦ませた。
「…っ…」
泣き声のような吐息に、嫌だっただろうか?と石上の顔を覗き込んだ油川は、目を見開いた。
石上はまっすぐに油川を見ていた。その目は――難問に取り組んでいるときと同じように――透き通っていて、涙で潤んでいた。
それは丸っきり子供のようにあどけなく、油川の胸を締め付けた。
このとき、石上の目は確かに油川を捕らえ、油川もまた、確かに石上の目の奥からその心の中を捕らえていた。
(透明な壁は、本当に存在していたのだろうか?)
17年前から感じていた、越えられない何かの存在を疑うくらいに、石上は近くにいた。
いや、彼は初めからずっと、そこにいたのかもしれない。
ただこの瞬間、自分は確かに石上と同じ世界にいるのだと、少なくとも油川はそう感じた。
再会するずっと前から心に溜めてきた感情が溢れ出し、油川は石上に熱く口付けた。

「き、君は、何故、黙ってるんだ?」
何度か言おうとして何度も失敗し、暗がりの中であまり役に立たないはずの眼鏡を
おぼつかない手つきで掛けることに気を傾けながら、ようやく尋ねることができた。
自分から押し倒しておいて訊くことではないが、油川はそうせずにはいられなかった。
石上は黙っているどころか、ろくな抵抗もしなかったように思う。
油川の手が恥ずかしい部分に及ぶとさすがに身体が逃げを打とうとしたが、それも容易く封じられるようなものだった。
「君は、意味のないことはしないだろう?」
石上はそう答え、油川の身体の下で驚くほど穏やかに微笑んだ。
(なぜだ)
石上がいわゆるセクシャルマイノリティであるという話は聞いたことがなかったし、
なにより自分がそうであるという話も生まれてこのかた聞いたことがないし、
自分がこんなにも感情にのみ任せた行動に出てしまうなど、決してありえない。
油川にしてみれば全てが腑に落ちない。
それゆえ、油川が石上にした行為の意味を問われても、それに答えるのは今の油川には難しいことだった。
全ての現象には必ず理由がある。
(それをiなどという、訳のわからないもので片付けるつもりはないが)
ひょっとして石上は何もわかってないのだろうか?何も感じてないのだろうか?
「いしが…」
「いや、それよりも僕が黙っていることに意味がある、と言ったほうがいいかな」
白いシャツに埋もれながら、ぼんやりと下から油川を眺める石上の表情は解け、柔らかい。
「…君に、この意味がわかるかい?」
そう言って石上はふわりと笑ったが、この瞬間、油川には実にたくさんの問題の解を求める義務が課された。
(さっぱりわからない)
何故シングルのパイプベッドに、裸同然の姿の男が二人、重なり合っているのか。
いや重なり合っているだけでなく、もっと色々な行為も行ったわけだが、
行った上で何故石上がこうして平静(この平静という定義も曖昧であるが)でいるのか。
「ふむ」

ここはひとつ、基本に帰ろう。
(わからなければ仮説を立て、実験で実証していくしかあるまい)
現象は目で見て確認できるのだ。これほど明らかなことはない。
油川は不敵に愛用のフチなし眼鏡をひとつ、指でずり上げた。
しかし油川がどのような仮説を立てようが、実証は既に済んでしまっているのだが、残念ながら今の油川は混乱していた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
ありがとうございました。ナンバリングミスすみません。
天才同士のセクロスはどんなものか想像ができないのですが、
将棋みたいに全部頭の中だけで完結しそうなイメージでゲソ

  • 禿げるほど萌えました…… -- 2011-01-15 (土) 01:30:00
  • 続編希望です>< -- 2011-03-18 (金) 22:26:01

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