Night is still young.
更新日: 2011-02-04 (金) 08:21:31
海外旅行中に化け物に会う話。オリジナルですが、最近の写真集とか昔の映画とかが軽くネタ元です。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
卒業旅行はパリにした。
別にヨーロッパならどこでもよかったけど、親父のツテで偶然アパルトマンが、
10日ほど安く借りられることになったから。とにかく面倒なことは勘弁で、気安い友達と、男二人旅だった。
パリはクールだ。女の子が超オシャレで、街は、遠目から見たらどこを切り取っても映画の背景みたい。
男達は想像してたよりも厳つくて背も高くなくて、服のセンスはいいけどそれほど負けそうな気もしなかった。
そんな気分も悪くなかった。
お決まりで美術館行ったり、カフェ行ったり、息してるだけで自分が変わってゆく感じ。やっぱ海外旅行ってすげえ。
でも、気楽で最高だと思ってたのに、実は二人って単位は意外と難しくて、俺は5日目の夜に、友達と口論をした。
むかっ腹を立ててアパルトマンを一人で飛び出した時は、もうとっぷりと日が暮れていた。
やばいと気付いたのは、うっかり細い道に入り込んでしまった時だ。
シンと静まった夜の乾いた空気の中に、自分のブーツの踵の音だけがカツーンカツーンと石畳に響く。
それがあんまり大きくて、俺は思わず立ち止まって一度深呼吸をした。
10メートルくらい先はもう完璧な闇で、ホラー映画で言えば、そこには絶対化け物が潜んでいる筈だった。
引き返そうとした。でもアパルトマンに帰るのは嫌だった。
悔しいから、もう少しどっかで時間をつぶそうと踵を返して一歩踏み出した時。
うう、ううう……
後ろから低い唸り声が聞こえてくる。
振り返った。マジで、何かいる。目を凝らすと、闇の中に黒い固まりがうずくまっている。
近づいちゃいけない。理性では分かっているのに、どうしてもそれが何なのか確かめたくて、
俺はビクビクしながら声のする方に歩いていった。
少しずつ、黒い固まりの輪郭がはっきりしてくる。カーゴパンツのポケットに手を突っ込むと、
俺はデジカメを引っぱり出して電源を入れた。
ポッと、小さな光が液晶画面からにじみ出して、周囲をほんのりと照らす。
予想はしてたけどその固まりは当然人間で、肩くらいまで伸ばした柔らかそうな明るい金髪が、
黒いコートの先に、ぼーっと浮かんでいる。体の大きさからするとどうも男だ。
「だ、だいじょぶですか?」
コートの肩に触ってみた。すごくしなやかで暖かくて、いかにも高そうだ。
「アレ ロアン」
「え?」
しまった、ここパリじゃん。日本語で大丈夫かって聞く俺はどんだけ間抜けなんだろうか。
固まりは、よろよろと立ち上がった。やっぱり男だ。俺よりずいぶん背が高い。
見上げると、真っ青な両の瞳がギラギラと燃えている。
フランスの男はゴツくて冴えないとか馬鹿にしてたことを土下座して謝りたくなるほど、
薄明かりの中の彼は、まるで黒い包装紙で包まれた大きな白い花束みたいにきれいだった。
一瞬、俺は口をポカンと開けてフリーズしてたと思う。
彼は眉を歪めて、デジカメをジッと見つめた。まずい、無断で写真を撮ったと思われたかな。
俺は焦って電源をオフにした。薄暗がりがまた闇に戻る。
と、俺は後頭部を大きな掌でがっちりと鷲掴みにされた。彼の顔がぬっと近づく、気配がする。
えっ、こいつ、ゲイ? そりゃきれいだけど、俺そっちの方は……いや、どうなんだろう。
頭の中を、役に立たない考えがグルグルと渦を巻く。そうか、これでキスされたりするのかな。
心臓が口から飛び出しそうになって目を閉じたら、急に首筋に鋭い痛みを感じて体が熱くなった。
驚いて目を開ける。叫ぼうとするのに、体から力がどんどん抜けていって声が出ない。
そのうち、夜だというのに目の前にパッと光が走って真っ白になった。
このまま死ぬんならそれも悪くないな、気持ちいいや。意識を失う直前、俺は多分そんなことを考えていた。
気がつくと、俺は柔らかいベッドの上に寝かされていた。
首筋に手をやると、ぽつりぽつりと二つの穴が空いている。さっきのことは夢じゃなかったんだ。
肘をついて、恐る恐る上半身を起こしてみる。首を回すと、ベッドの周りに下がったレースのカーテンが目に入った。
ええと、これ何て名前だっけ。そうだ天蓋だ。
自分の着ているペラペラのコットンシャツがひどく不釣り合いな気がして、俺は心細くなった。
頭が痛い。体が重い。どうやら死にはしなかったみたいだけど、一体どこに寝かされているのか見当もつかない。
そのうちに、カーテンの隙間から、さっきの男が入って来て枕の横に立った。
白い、大きなリボンのあるテレンと重そうなブラウスを着ていて、それが無駄に豪華なこのベッドにひどく似合ってる。
彼はこっちに顔を近づけると、またフランス語でモゴモゴと呟いた。だから分かんないっつの。
俺がボーッとしていると、彼はしばらく手を顎に置いて考え込んで、そして突然ハッとした気がついた様子で、
ゆっくりと言葉を切りながら俺にこう話しかけた。
「私の言葉が、分かるか?」
今度は英語だった。これなら何とか分かる。俺は首を縦に振った。
「よかった、気分はどうだ」
「すげえ喉乾いた」
「何?」
「かわいた、のど」
水を取ってくるつもりだろうか、天蓋の外へ行こうとする彼の腕を、俺はギュッと握った。
彼は、肩まである金髪を一つに束ねていた。剥き出しになった白い首筋の、どこに咬みつけば血が溢れてくるのか、
不思議なことに俺には手にとる様に分かった。
──吸いたい──。
俺はありったけの力を込めて彼の腕を引く。体勢を崩して彼が俺の上に倒れかかる。
目の前に彼の首筋が落ちてきて、俺は見つけたスイートスポットにがぶりと咬みつこうとした。
ところが彼の動きは俊敏で、素早く離れると俺の頬を平手で打った。
痛い。それに、なんだか息が上がって体がバラバラになりそうだ。
ゼイゼイと呼吸をしていたら、彼はベッドの脇に跪き、俺の両手を優しく握った。
「だめだ。吸えば、お前はもう元に戻れない」
ふざけんなよ。こんなにしたの、あんたじゃないのか? よく分かんないけどさ。
喉は乾いたし、体は怠いし、情けなくて泣きそうになる。彼は握っていた俺の手を離すと、
右の掌を開いてこっちに向けた。
「ここを、指の先で触れ」
意味分かんない。でも迷っている余裕はなかった。言われたとおり、人差し指の先を彼の掌の真ん中に当ててみる。
すると、一体どんなトリックなんだろう、そこから何か暖かいものがワッと流れ込んできて、
恐ろしい程の速さで俺の体は満たされていった。
気を失った時と同じくらい気持ちが良くて、俺はうっとりして目をつぶった。
ここはどこなんだろうとか、友達が心配してるだろうとか、気にしなくちゃいけないことが沢山あるはずなのに、
圧倒的に幸せで他の事がちっとも考えられなかった。
「もう、いいか?」
彼が苦しそうに呻くまで、俺は指先の暖かな感覚をひたすら楽しんでいた。
気がつくと、彼は白い顔を一層青白くして、辛そうにゼイゼイと肩で息をしている。
その時俺は初めて気がついた。指先から流れてきた暖かいものが、彼の、RPGで言えばライフみたいなものなんだと。
そして俺は血の代わりにそれを、指先からズルズルと吸っていたんだと。
急いで指を離そうとすると、その瞬間、ライフと一緒に彼の感情が、一気に溢れ出て俺に覆い被さってくる。
真っ黒な絶望と、深い深い後悔。
「……なんだこれ」
「精気を吸っていると、感情も一緒に、互いに混じる」
「あ」
「許してくれ」
さっきは、飢えのあまり、迂闊にも俺の血を吸ってしまったと、彼は悲しそうな顔をした。
そして、今なら少し休めば、きちんと元に戻るだろうと言った。
「途中で止めたのだが、こんなことに」
「なんで最後まで、吸わなかった?」
「私が獲物にするのは、死にたがっている人間だけだ」
死にたがっている人間が、そんなに都合良く見つかるのかと聞いたら、普段は別に苦労はしないのだと彼は笑う。
確かにあのまま死ねるなら、ずいぶんと楽なもんじゃないか。
彼はポツポツと語り出した。時々英語が分からなくなって、紙に書いてもらったりしながら、俺は彼の話を聞いた。
彼はルイという名前で、200才を軽く超えていること。
化け物にされてしまった時は、アメリカの南部に住んでいたらしいこと。今は一人でここに住んでいるということ。
不思議なことに、俺はルイの言う事を素直に信じられたし、ルイの事が少しも怖くなかった。
ただ、さっき覗いてしまった絶望と後悔を思い出すと、切なくて胸が締め付けられそうになった。
「一つ教えてくれ」
「なに?」
ルイは立ち上がると、ベッドサイドのテーブルの上にある、俺のデジカメを取り上げて持って来た。
「これは、何か」
「デジタルカメラ。知らないの?」
「カメラ? この小さな物が?」
ルイは目を大きく開けた。そういえば、この部屋の明かりは、多分全部蝋燭だ。
電気を使うものには、あんまり縁がない生活なのかも知れない。
俺は、ルイからデジカメを受け取って電源を入れる。ポーンと間抜けな音がして、
液晶画面にまたぽっと小さな光が灯った。よかった、まだバッテリー切れてないや。
この5日の間に撮った風景が目に飛び込んできて、何だかすごく懐かしくて泣きたい気分になってきた。
「ほら、ここを押すと、次の写真」
ルイは本気で驚いたみたいで、恐ろしげにデジカメを持つとスイッチをカシャカシャと押して、
写真を変えながら、ほーっとため息をついた。
「昼間のパリだな。夜と随分違う」
嬉しそうにしていた彼は、ふと指を止めた。
「これは、どうした?」
手元を覗き込むと、小さい画面の中で照れくさそうに笑っている俺がいる。
「……ああ、これ。この日、友達と、カメラ交換した。それで、お互いに相手を撮った」
考えてみれば、なんてガキ臭くて馬鹿なことしたんだろう。別にカメラを交換しなくったって、
後からデータを交換すればすむ話なのに。
だけどそれは俺の方から言い出したことで、その時は、それがとても特別で楽しいことに思えたから。
そういえば、撮りっぱなしで、自分がどんな風にフレームに納まっているのかまだゆっくり見てもいなかった。
ルイと一緒に液晶を覗く。
歯を磨く俺。部屋で調子こいて逆立ちしてる俺。カフェで緊張しながら何か注文してる俺。
コインランドリーであくびして寝っ転がってる俺。地下鉄の路線図を指差してる俺。
全部、小さくて、細くて、すごく不安定な俺。
「楽しそうだ。お前は、綺麗だな」
ルイが呟く。きれいだとか言われても皮肉にしか聞こえなくて、むっとしていると、彼はニコリと微笑んだ。
「お前は綺麗だ。生きている。太陽の下で生きるものは、全て美しい」
最後の写真は、バスタブの中だった。突然風呂場に入って来るから威嚇したつもりだったのに、
バスタブの縁から半分覗く俺の目は、まるで段ボールの中の捨てられた猫じゃないか。
俺は彼の手からデジカメを取ると、スイッチを切ってまたテーブルの上に置いた。
「ルイ」
「何だ」
「もし、一人に飽きてたら、俺を連れてってもいいよ」
「……何がそんなに寂しいんだ」
「え?」
「言っただろう、精気を移す時は、感情も一緒に混じる。お前の寂しい気持ちがどこから来るのか、私には分からない。
あんな風に、日の光の下で、明るく笑うお前が」
すうっと冷たい風が入り込んで来て、蝋燭の明かりを揺らす。ルイは天蓋を出ると、窓をバタンと閉めた。
翻ったビロードのカーテンの隙間から一瞬見えた外は、まだ真っ暗な闇の中だ。
俺にだって分からない。
少し前に会ったばかりの、しかも自分の血を吸った化け物に縋って、俺はどうしようというのだろう。
「今何時?」
「三時を回ったところだ」
「遅いな。疲れた、俺寝る」
「夜は、まだ若いのに」
「本当についていくから」
「考えておこう」
ルイは枕元の蝋燭を消した。ああそうか、夜は若いって、それ宵の口って意味だな、きっと。
そう気付く頃には、もう考えるのも面倒なほど眠たくなって、後はずるずると沈み込む様に、
俺は意識を無くしていった。
次に目を覚ました時には、もう天蓋も蝋燭も無くなっていた。
見慣れた天井に、ちょっと湿ったみたいな安っぽいベッドの匂い。あれ、なんだ帰ってきちゃったのか。
寝返りを打つと、バタバタと足音が近づいてきて、目の前に友達のアップが迫ってくる。
「おまえ、ふざけんなよなっ!」
あ、なんか真剣に怒ってる。
「今朝になってまだ帰ってこなかったら、マジで警察呼ぶとこだったぞっ!」
「ごめん」
「一体何やってたんだよ」
「うーん……色々と説明が難しい……」
「なんだそれ」
横の椅子にドシンと腰掛けると、フンと大きく鼻息を鳴らしてヤツは腕を組んだ。
あれ? 追求しないんだ。それでおしまい?
ヤツは難しそうな顔をして天井を睨みつけると、モゴモゴと呟いた。
「あのさ、俺、ちょっとこれから出掛けてくるから」
「そう」
「……彼女、来てるから」
「え?」
「さっき電話があったんだ。友達と、近くのカフェにいるって。いきなりでさ、俺もすっげえ驚いたけどな」
ああ、それでか。それで昨日の晩の俺の冒険なんかは、わりとどうでもいいわけね。分っかりやすいやつ。
そうか、凄いな彼女。ここまで追いかけてきたのか。きっと今頃、時差ボケですげえ眠いだろうな、好きなんだなあ。
──俺は、一体ここで何やってんだろ。
ヤツは俺に視線を戻した。睨みつける目が、みるみるうちに不安気に曇っていく。
「お前はさ、まだ超早いとかボケてんじゃないのかとか、茶化してからかうけど、俺は本気で彼女と結婚したい。
いくらお前でも、こればっかりは譲れないから」
そんなの、最初から分かってる。
「な、ちょっと手、貸して」
「は?」
俺はヤツの手首を掴んで引き寄せると、無理矢理掌を開かせて、その真ん中に、震える指を押し当てた。
意識を失う瞬間に、きっとヤツは俺の心の中を読むだろう。そして、夜までそのまま眠り続けて、
諦めた彼女は友達に慰められながらホテルに帰るだろう。
ヤツが目を覚ましたら、その時は、俺。
「……なにやってんだよ」
ヤツが、途方に暮れた様子で聞いた。
おかしい、何も起きない。俺は冷たい指先を、緊張して固まるヤツの掌に、ただひたすら擦り付ける。
なのに、擦っても擦っても、俺の指先は冷たいままだ。俺は、昨日の晩の力をすっかり無くしてしまっていた。
「あーあ」
観念して、俺はブランケットの上にバタンと腕を落とした。
「なんなんだよ、これ」
「タたなくなる呪い」
「てめ、このやろっ!」
「じょーだんだっつの。ほれ、早く行け。彼女待ってるぞ」
「おう。一人で大丈夫か?」
「平気」
「なんか食いたいものある? 買ってこようか?」
「んじゃ、卵かけご飯」
「ムチャ言ってんなよっ! 腹壊すだろっ」
どすどすとドアまで歩いてノブに手をかけたヤツは、振り返って気まずそうにに俺にこう言った。
「な、今日の夕飯だけど、彼女と友達と4人になってもかまわないかな?」
「いいよ、別に」
「そうか」
ヤツの顔が、パアっと輝く。
俺は、この姿をルイに見せたいと思った。彼はきっと、美しいと言ってため息をつくに違いない。
遠ざかる足音を聞きながら、俺はまた寝返りを打った。体の向きを変えた拍子に、目からぽろりと涙が落ちた。
結婚の話を聞いて部屋を飛び出してから、折角今まで我慢してきたのに、一旦出てしまうともう止まらない。
嗚咽を漏らしながら、俺は考えている。なあルイ、これが宵の口なら、この先夜はどれだけ長いんだろう。
どうして俺を連れていってくれなかったんだ。
首筋に触る。二つの穴は、もう跡形もなく消えてしまっていた。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
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