落語家 談春×志らく/圓楽×歌丸(+志の輔×昇太) 「白い吐息が消えぬ間に」
更新日: 2016-02-23 (火) 06:38:31
生 ラクGO家 煙草に関するオムニバス
めだか(赤)×らくだ(雨)/焦点・紫緑(+合点×焦点(灰))
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
【めだか×らくだ】
吐く息が白く濁ってまた空気に溶ける。その白さは何となく煙草を連想させた。
一日に何十本も吸う訳ではないけれど、欲しくなる瞬間は一日の内に何度もあった。
煙草の害はよぉく知っているけれど、人通りも耐えた午前二時。これくらいは大目に見て貰えないだろうか。
誰にだろう。空の上からこっちを覗き見しているかも知れない、悪趣味な人にだろうか。
隣を歩く三つ歳嵩の弟弟子をちらりと盗み見る。
「ちょっと待て」
「どうしたの?」
「煙草吸わせろ。もうちょっと行ったら、歩き煙草禁止区域だったろ」
「よくそんなの覚えてるね、兄さん」
ただでさえ丸い目をさらにまん丸に近付けた志らくに、そんなのマナーだろと言い返しながらコートのポケットに
入れておいた煙草を取り出して咥えると火を点ける。オイルの残りが少ないライターは、中々火を灯さなかったけれど、
三度目で小さな炎が立ち上がりほっとした。此処まできて吸えなかったら怒るよ、俺。
あんたにマナーを語られたくはないという最もなご意見を無視しながら大きく吸い込んだら、軽い筈の煙草なのに
やけに咽喉に沁みた。
「兄さん、携帯灰皿持ってんの?」
「持ってるよ」
「似合わねぇな。でも貸してね」
言いながら士ラクも煙草を取り出して、一本唇に挟んでから、ぱたぱたとコートのポケットを叩く。
どうも探し物はないらしく、視線が此方を向いた。
「ライターも貸して下さい」
「いいけど」
点くのかなぁと思いながらも手渡してやると、士ラクも何度かカチカチと音を立てて奮闘する。けれどライターは
先程その役目を終了していたのか、今度は火を灯す事はなかった。
否、もうちょっとやってれば点いたのかも知れないけれど。
早々に諦めた士ラクは仕方が無いという風に言った。
「火、貰うよ」
煙草を咥えたまま、顔が近付く。思わず息を止める。煙草の先が触れ合う。乾燥した葉っぱにじりりと火が燃え移る。
昔かけていたものよりも随分と洒落た黒縁眼鏡のレンズの向こうの、士ラクの伏せた睫毛が街灯の下小さく影を
落としているのが見えた。
近付いた時と同じ唐突さで距離が離れる。ちゃんと火は点いたらしい。常にない近さに一瞬固まった自分が何となく
悔しかったけれど、顔には出さずに鷹揚に構える。バレてんのかも知れないけど。こいつの事だし。
「ありがとうございます」
「お前が勝手に盗ってたんじゃねぇか」
「貰うよって言ったよ、わたしは」
「うんって言ってないだろ、俺は。盗人だけだけしいな」
「だから一言入れたって言ってるだろ。もう耄碌して耳聞こえなくなってきたの? わたしより年下なのに」
「うるせぇ、たかだが三つだろうが。この歳になりゃ関係ないだろ」
「はいはい、そうだね。あんたが生意気なのは一生変わらないんだろうし。あーあ、出会った頃は見た目だけは
線の細い可愛い兄さんだったのに、今じゃブタさんだし、時の流れは残酷だね」
「お前だってそうだろ。女共から『カワイー』なんて言われて調子に乗ってた癖に、しゃらくせぇ」
言い合いにもならない、ただの言葉のじゃれ合い。普段の俺と士ラクならもっと辛辣で周りが引く位に
言い合うけれど、それも喧嘩でもなんでもなくて、ただのスキンシップの一環。
あれを目の当たりにして俺達が仲が悪いと思う人も居るらしいが、そんなのは見る目がないだけだ。
べたべた馴れ合うつもりは毛頭ない。これが俺と士ラクの距離。他人様には測れなくて当たり前だ。
立ち話は煙草一本分。言葉にして確認しなくても、多分こいつもそう思っている。
禁煙者の肩身はどんどん狭くなり、増税は財布を圧迫する。しかも咽喉を使う商売の俺達が揃いも揃って煙草を
呑んでいるのは褒められたものではないだろう。あれだけ稼いでいるんだから増税の所為ではないだろうけど、
士の輔兄さんだって禁煙をするご時勢だ。けれどうちの師匠や、士の輔兄さんを見ていれば、煙草が噺家にとって
害のあるものだとは到底思えない。師匠曰く、禁煙なんて意志の弱い奴がやる事だそうだから。
士ラクの吐いた煙が風邪に流される。俺のも同じで、流れて消える寸前の煙はどちらが吐いたものか分からない。
「人から火ぃ盗んだ煙草、上手い?」
「人から火ぃ貰った煙草、上手いですよ」
しれっとした顔で言い返す士ラクに妙に安心してしまうのはどうしてだろう。
後半分程度になった煙草の先が息を吸う度に赤く燃えるのを惜しむ気持ちが少し湧く。だから気付かれない程度に、
ゆっくりと残りの半分を灰にした。
***
【紫緑】
長年の習慣は中々抜けないもので、長年深く付き合ってきた煙草と縁を切ってもうすぐ一年になるというのに、
まだ何となく手が勝手にが箱を捜してしまう瞬間がある。
収録の合間の小休止。楽屋の机の上を滑った指先が無意識に捜していたものではなく、まだほんのりとした暖かさを残した
湯呑みに触れた時、唄丸ははっと顔を上げた。
そして、目が合う。
揶揄う風な、それでいて微笑ましく細められている様な、そんな柔らかい視線。
「……何時から見てたんだい」
「そりゃもう、ずっとですよ。俺が師匠から目を離す事がある訳ないじゃないですか」
「あんたが目を離せないのは、どこぞの美女じゃないんですかね」
「たい平じゃあるまいし、言掛かりですよ」
間髪入れずに飛んできた『それこそ言掛かりですよ!』の声を宴樂は無視し、唄丸は分かっているからと目線だけで返す。
たい平だって本気で怒っている訳ではないので、それで十分だ。
唄丸が無視をするのは、樂ちゃんの病気がまた始まったねと肩を竦めている固有三と公樂の面白がっている視線。
もう慣れっ子だ。
「こんなに何時も師匠に熱い視線を注いでいるのに、そんな疑いを持たれちゃうなんてまだまだ足りないんですかねぇ」
「そういう軽口はよしなさいよ」
「本気なんですけどね」
「余計に悪いよ」
「まぁまぁ、そう照れずに。口ではなんと仰っていても、師匠のお気持ちはちゃんと分かっていますから」
何処までもポジティブシンキングで笑顔を見せる宴樂に、唄丸は呆れて嘆息する。
分かり易く好意を向けてくれるのは嬉しいし、年の離れたこの友人を大切に想う気持ちは負けてはいないという自負もある。
そうでなければ一年に及ぶ長丁場だった襲名披露にあそこまで付き合って全国を回ったりはしない。
宴樂の『分かっている』はそういう事だ。ただ表し方が違うだけで。
「でも……もうすぐ一年ですね」
「そうだね」
「ようやく俺も煙草を吸ってらっしゃらない唄丸師匠に慣れました」
「そうかい。あたしはまだ自分で慣れてませんけど」
「慣れてくださいよ」
苦笑いを浮かべて嗜めた宴樂が自分の身体をとても心配してくれているという事は、唄丸にだってよく分かっている。
それでもやっぱり煙草を恋しいと思う時間は一日の内にあって、どうしようもない。やめると誓ったからには、
貫き通すつもりだけれど。
話を向けてみたのは、吸えない苛立ちの八つ当たりではなくて、ただの悪戯心。
「どうだろうね。禁煙は一生続けてナンボだって言いますからねぇ……ねぇ、翔太さん」
「何で俺に振るんですか。俺が煙草に縁がないの、師匠だってご存知でしょ」
唄丸と宴樂の会話が盗み聞く気がなくても聞こえていたのであろう翔太は、いきなり向けられた水に戸惑った。
洒落たフレームの眼鏡の奥のつぶらな瞳を怪訝そうな色を浮かべている。
一見そうとは見えない人の悪そうな笑みを浮かべた唄丸は、平坦な口調を心がけた。
「あんたにはないかも知れないけれど、今、身近に禁煙を頑張っている人がいるって噂を小耳に挟んだんでね。
ちょいとご忠告。一生続けてナンボって事は、周りのサポートも一生ですよ」
「何で俺が士のさんの面倒を一生見なきゃいけないんですか」
「誰も士の輔さんだなんて言ってませんよ、ねぇ、樂さん?」
「言ってませんね。それじゃ駄目じゃん、翔太」
勿論宴樂は唄丸の味方で、最近活動を潜めているブラック団の絆はかくも脆いものかと露呈させる。
ああっと大げさに頭を抱えた翔太は恨みがましく唇を尖らせたけれど、五十を過ぎた男がしても可愛くないと
一刀両断に切り捨てられた。最も、それを可愛いと思うのであろう人間が、揶揄の種になっているのだけれど。
「思い浮かべちまったんだから、仕方が無いと思って助けてあげなさいよ」
「そうだよ。どうせ士の輔は今、一年で一番忙しい時なんだろ?」
「だからこの前も飲みに行きましたよ。息抜きさせてあげようって」
「あんた達、息抜きじゃなくてもしょっちゅう飲みに行ってるじゃない」
「ゴルフだって付き合う約束してますよ」
「あぁ、そりゃ親切だね」
翔太は自発的にゴルフをしない。最近は誘われればホールを回るらしいけれど、相手は主に士の輔だ。
翔太曰く『友達の少ない士の輔さんに付き合ってあげている』状態らしいけれど、全く持って素直ではない。
やらないゴルフをする様になる程度には、一緒にいて楽しいのだと、その行動が告げているのに。
何を張り合う気になったのか、急に宴樂が唄丸に向き直る。
「俺だって師匠の釣りにお付き合いする覚悟はありますよ」
「……翔太さんだったら覚悟とかなしに一緒に行ってくれそうだけど」
「あ、釣りなら全然オッケーですよ。今度一緒に行きま……なんでもないです」
隣に居る男がどんな視線を翔太に向けたのかは見なくても分かって、唄丸は大げさに溜息を落とす。
まったくいい歳をして悋気の強いのも困ったもんだね……とぼやくその胸中に、もう煙草の事はなかった。
***
【合点×焦点(灰)】
仄暗い夜の道のその先で、ヘンゼルとグレーテルの置いた小石みたく道標のように灯りを燈している自販機が
飲料水のものなのか、そうではないのか。
士のさんの視線はぼんやりとそれに吸い寄せられている。
最後の店でちょっと飲み過ぎたからお茶でも欲しいなぁ、などと思っていないのは明白で、どうせ「あー、
煙草吸いてぇなーっと考えてるんだろうというのは、手に取る様に予想が出来た。
何でも人生三回目の禁煙なんだそうで、その単語だけでもう「駄目じゃん」って気持ちになる。三度目って事は、
二回失敗してんだろあんた、なんだし。でもまぁその前にやってた時は年単位で止められていたのも知っているから、
今度も失敗しますよーっとは言い切れないし、この人の身体を考えれば止められるに越した事はない。ただ煙草の害と、
吸えないストレスのどっちが身体に悪いのかは知らないけれど。思い返せば師匠や兄弟子、弟弟子も吸ってる人達が
多いんだよねー、この一門は。
ふと思い出した言葉を舌のに乗せたのは、散々揶揄われた意趣返しを元凶に向けてみたかったからだ。
「あのさー、士のさん、知ってる?」
「んー、何を?」
「禁煙って、一生続けてナンボなんだってさ」
「……知ってる」
罰の悪そうな顔になった士のさんが可愛い。意外と顔に出る。というか、俺の前だから気ぃ抜けて出ちゃってる。
士のさんのこういう無防備さは愛おしい。
誤魔化す為になのか、自慢なのか、士のさんは威張って言った。
「一応言っとくけど、続いてるんだからな」
「知ってるよ。あんた、今日会ってからでも一本も吸ってないじゃん。それに大体士のさんの性格だと、一本吸ったが最後で、
『あああ吸っちまったぁ!』って自暴自棄になって前よりひどい本数になんのが目に見えてるじゃない」
「よくご存知で」
「長い付き合いだしね」
本当に長いよ。出会って二十七年だもん。それはそのまま、お互いの噺家人生に重なる。最もこんなに
仲良くなったのは出会って十年目くらいからだったけど。
その間の数年を除いて、ずっと士のさんからは煙草の匂いがした。何時も同じ銘柄の、キャビンの赤い箱。
飛行機の禁煙席でも隠れて吸おうとする様なヘビースモーカーの士のさんが吸っていると、
俺にとっちゃ美味しくない煙草も、妙に美味そうに見えて不思議だった。前にそんなに美味しいのって聞いたら、
お前にゃ解んないよって言われちゃったけど。間接的になら、その味を知っている。
「長い付き合いだから、煙草の匂いしない士のさんって、変な感じするよ」
「あー、俺も自分でそう思うわ」
「だよねぇ……くしゅんっ」
続けようとした言葉はくしゃみになって飛び出した。コートの前をしっかり締めていても寒いものは寒い。
少し笑った士のさんが冬の間は咽喉の保護にと絶対に手放さないマフラーを外して、俺の首にくるりと巻いてくれる。
頬に触れた柔らかい肌触りと同じ位にその手は優しい。
けれど簡単に甘えは出来なくて、慌てて返そうとした手はやんわりと止められてしまう。
「いいよ、俺、大丈夫だし。あんたも咽喉大事にしなきゃ。パルコの公演まだ半分あるんだし」
「今年は禁煙してるから、何時もの年より咽喉の調子いいんだよ。大人しく巻かれとけ」
囁く様に言いながら、顔を覗きこんできた士のさんの唇が掠める様に一瞬だけ触れる。道端で……と睨んだら、
レンタル代だと軽口でいなされる。
「気前いいね」
「翔ちゃんが高いのは分かってるからな。まだ払ってくれるっていうなら拒まないけど?」
「……馬鹿」
触れたい、触れられたい。往来じゃんって気持ちとの間でゆらゆら揺れる。寒いんだから暖かいものが
欲しくなるだろうってのは言い訳だろうか。
身長分の十数センチ。踵を上げれば埋めるには十分。
迷って迷って……暗がりの中コートの袖を引く。嬉しそうに笑った士のさんに胸の奥がきゅっとなって、
見ていられなくなって目を閉じる。さっきよりもほんの少しだけ長く、熱を分け合う。
マフラーに微かに残る煙草の匂い。煙草の味がした口づけを、何時か懐かしく思う日が来るのかなぁ、とぼんやりと考える。
離れた唇の間から落ちた二人分の吐息が白く濁って交じり合って、空気に溶けた。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
途中で連続投稿規制ひっかかったのと
バイさるさんにもひっかかったのでのでID変わりました。
手間取ってすみません。
- 紫緑めっちゃ萌えました… -- 2011-12-05 (月) 05:39:54
- めだか×らくだ最高でした!! -- 2012-01-26 (木) 19:01:22
- 大好きです -- 2012-01-29 (日) 22:44:27
- 志のさんと昇ちゃん。愛しい。 -- 2012-02-08 (水) 21:32:30
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