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南極料理人 ドクター×西村 「ないものねだりの罪 前編」

難局シェフ。半生注意です。
ドクタ.ー×仁志村で後編にぬるいエロがあります。新やん×仁志村は少しだけ。
前スレからの続きで、帰国後の話です。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

『仁志村君、ひさしぶり。フクダでございます。元気だった?』

電話越しに聞こえて来る声に、仁志村は懐かしさよりも違和感を覚えた。
夢だと思っていたことが現実だったような、なんとも言えない不思議な感覚だった。
「ドクタ.ー?うわぁ、ひさしぶり、どうしたの?」
『隊.長がさ、同窓会しようって』

難局から戻って1年が経っていた。
帰国後数週間で白銀世界の何もかもが遠のいて、あっという間に元の満ち足りた文明社会に馴染んでしまった。
仁志村の仕事場は、雪の中から再び慣れ親しんだ海の上になり、パワフルな家族に囲まれた賑やかで穏やかな日々を送っていた。
突然、難局の冷たく乾いた風の記憶を呼び起こしたドクタ.ーの声に、日常との間隙を埋められなくなった仁志村の思考は暫し停止した。
『仁志村君、聞いてる?』
「あ、ごめん、聞いてる聞いてる」
『海辺の温泉泊まってさ、美味いものでも食いながら難局時代の交遊を深めましょうって事なんだけど、おまけがついてるの』
「おまけ?」
『おまけというか、そっちが本題らしいんだわ。…ビーチバレーなんだけど』
「ビーチバレー?なんでまた?」
『うん、難局から持ち越してる隊.長の夢らしいよ。真夏になる前にビーチを独占するって鼻息荒いのなんの』
「へえ」
よくよく考えたら、ドーム藤基地で1年以上生活を共にした7人と、帰国後は公的な集まりでしか顔を合わせていなかった。
同窓会と言う名のビーチバレー大会が実現すれば、プライベートで全員が揃うのは初めてとなる。
雪原で野球をしたことや、マイナス70度の屋外で半裸写真を撮った時のことが次々と蘇って、心が弾んだ。
「いいね、楽しそうじゃない。みんなはどうなんだろう」
『関東開催だったら、みんなオッケーだって』

電話の向こう側でドクタ.ーが笑う。
『実は仁志村君が最後なの』
「え、そうなんだ」
『だって、断られたら嫌だからさ。そうなったら、みんなが来る事を盾に迫ろうと思ってたんだよね』
「なにそれ」
仁志村も笑った。
「ビーチバレーの時、バーベキューやろうか」
『お、いいねぇ』
「じゃあ、家で準備していくよ」
『いや、それはいいんじゃない?途中、みんなで材料買って行けば』
「…そう、だね」
仁志村はもう、彼らの料理人ではないのだ。少しだけその事が寂しく思えた。
『でさ、仁志村君。温泉宿ね、貸切露天風呂があるんだって』
「へぇ、そうなんだ」
軽く相槌をうってから、仁志村はどきりとした。
『貸切なんだって、仁志村君』
ドクタ.ーの低い声に鼓動が早くなる。
これは。明らかに誘われている。
『どう思う?』
「い、いいんじゃない?」
―いいわけがない。ここはもう、難局じゃない。
舞い上がった自分を諫める理性の声に、仁志村は耳を塞いだ。

◇◇◇

一年ぶりに会う7人は皆笑顔で、元気そうだった。
主.任は相変わらずもじゃもじゃで、モトさんは帰国時にさっぱり剃り落した髭がまた伸びていた。
山男のようだった比良さんは越冬前のようにつるりとしており、対照的に凡はむさ苦しいままだった。
隊.長と新やんは髪型すら全く変わっていない。北海道からやって来たドクタ.ーは、テレビ放映されたトライアスロンの時と同じく以前より若々しく見えた。
軽口を叩き合い、あっという間に一年の空白が埋まっていく。

“みんなで”やるはずだったバーベキューも、結局丸投げされた仁志村が全てを取り仕切る事になった。
万が一に備え、持参した自家製のタレは大いに役に立った。
「まさか、タレを忍ばせてくるなんて料理人の鑑だねぇ」
「さすが、仁志村君。健気だよね」
「うまいよ、仁志村君」
「うまいっすねぇ」
「いや、絶妙だよね」
「ホンマにうまいわぁ、仁志村さん」
「このタレでご飯食べたい」

「…どうも」
難局では一度も耳にしたことがない直接的な褒め言葉に、仁志村は改めてここが日本なのだと妙に得心した。

海開きにはまだ早かったが、照りつける太陽はすっかり夏の顔をしている。
重たい腹を抱えて始めたビーチバレーは、笑えるほどラリーが続かなかった。
砂浜に足を取られ思うように動けない。大半は転がって砂まみれになった。
大半の一人である仁志村は、球技があまり得意ではなかった事をすっかり忘れていた。
ボールに翻弄され、早々にコートから捌けた仁志村を追うように、新やんがモトさんチームに文句を言われながら離脱する。
ペットボトルを手に仁志村の隣に腰をおろした。
「疲れちゃいました?」
「ちょっとだけ」
びりびりしている腕の内側をさすりながら仁志村は顔を新やんへ向ける。
新やんがにやりとした。
「なんか、今日はテンション高めですもんね」
「そうかな」
「そうですよ。あの無謀な滑り込みレシーブ、感動しちゃったもん。しかも失敗してるしね」
「…」
新やんがふと真面目な顔になる。
「帰国してからドクタ.ーと会いました?」
「ううん、1年ぶり」
えっ、と新やんが大袈裟に声を上げた。

「ほんとに?一度も?」
「うん、みんなと一緒に会った以来かな」
「ふーん……ドクタ.ーと仁志村さんって、なんか不思議だよね」
「…」
新やんが言わんとしていることが察せられ、仁志村は曖昧に笑った。
ペットボトルを弄びながら、新やんが仁志村を見ている。
「仁志村さん、観測旅行覚えてます?」
今度は仁志村が驚く番だった。新やんからその話題が振られるとは思ってもいなかった。

◇◇◇

帰国が近づいた12月。ドーム藤基地から数百キロ地点で雪氷の観測を行う為、野外活動に出掛けることになった。
一次隊、ニ次隊ともに、雪上車二台に分乗しそれぞれ一、ニ週間程度の行程をこなす。
仁志村は、モトさんと新やん、雪上車に同乗する比良さんと共に一次隊となった。
設備の限られた雪上車で一から料理を作る大変さは、庄和基地からドーム藤基地へ移動した際に経験している。
今回は事前に調理したものを、冷凍パックにして持って行くことにした。二次隊の留守番組にも同じものを作り置いてきたので、餓死の心配もない。

モトさん主導で順調に観測が進んでいた旅行中盤の朝だった。
猛烈に不機嫌なモトさんは、電子レンジで温まった朝食が配られるや否や、決定事項を口にした。
「新やんお前さ、いびきがうるさくて本っ当に迷惑。いい加減うんざりなんだよ。今日から比良さんと替われ。いいよね、仁志村君」
「え?あ、はい」
「すいません…」
新やんが申し訳なさそうに項垂れた。比良さんの哀れみに満ちた視線が仁志村に向けられる。
仁志村が比良さんを見ると、すぐに目を逸らされてしまった。替わってくれる気はないらしい。
仁志村だって、狭い雪上車内でいびき掻きの人間と過ごすのは嬉しいはずがない。
「じゃ、そういうことでよろしくね」
「はあ」
反論する事もできず、仁志村はあっさり押し切られた。

夏に向かっている難局では、夜でも太陽は沈まない。
雪上車の窓に遮光器具を取り付けると、新やんは簡易ニ段ベッドの寝難い上段へ率先して上がって行った。
仁志村は自分の荷物を漁ってみたが、入れた覚えのない耳栓はやはり見つからなかった。
雪上車の運転や、観測作業諸々を兼任してクタクタだった為か、幸いにも新やんのいびきが聞こえてくる前に仁志村は眠りに落ちた。
それからどの位経ったのか分からなかったが、人の気配を感じて目が覚めた。目の前に迫る黒い影に仁志村は驚いて声を上げた。
「わっ」
「仁志村さん、俺です」
カチッと音がして備え付けの壁面ライトが点る。新やんが至近距離から覗き込んでいた。
「な、なにやってんの」
「何の為にこっちに来たと思います?」
「…モトさんに追い出されたんでしょ」
「わざとですよ」
「え?」
「演技したんです、いびきの。モトさん意外と我慢強くて3日も掛かっちゃったけど」
得意気な新やんに仁志村は言葉を失った。
「だって、こんなチャンスないよね。あの続き、あれで終わりとかないですよね?」
「ちょっと、新やん!」
寝袋のファスナーを開けようとする新やんの手を阻止する為、狭いベッドを身体を曲げて横に転がる。
新やんは寝袋の上から跨って仁志村の動きを封じてしまった。
「重いから…っ」
「じゃ、自分で出てきてください」
「寒くて死んじゃうよ!」
一晩中アイドリングしていては雪上車の燃料がもたないので、当然暖房は切れている。
その為車内とは言え、風が遮られているだけで気温はほぼ外気と変わらない。先程から新やんがこじ開けようとしている寝袋は二重仕様だ。
暫く揉み合った後、新やんは荒い息を吐きながら真上から仁志村を見据えた。
「なんでそんなに嫌がるんですかっ」
「と、とにかく、いったん降りてもらえないかな」
新やんの眉間にぐっと皺が寄った。
「ドクタ.ーは良くて、俺が駄目な理由はなんですか」
「え?」

「俺じゃ、子供過ぎるから?」
仁志村は答えられなかった。
「俺、仁志村さんが好きです。…仁志村さんは、俺のこと嫌いですか」
「好きだよ」
新やんがたじろぐ。
「あの、そういう意味じゃなく、俺が言っているのは恋愛感情として、」
「恋、愛?」
裏返った仁志村の声に、新やんは一層怯んだ。
「いや、あの、なんか言葉にするとおかしくなっちゃうけど、そんな感じの。特別、みたいな」
新やんが口にした恋愛と言う単語に、胸の内がざわざわする。
不可抗力もあったとは言え、これまでの言動を顧みた仁志村は自らの軽率さを悔やんだ。
「…新やん、それはきっと思い違いだよ」
「違います」
「ここは誰だって寂しいから、一時的に気迷う事も」
「だから違うって!」
新やんの目から涙が落ちる。落ちた涙は仁志村の頬に辿り着く前に冷たい結晶になった。
仁志村は歪んだ新やんの顔を、呆然と見上げることしかできなかった。
「確かに、失恋がきっかけかもしれないすよ。冷静じゃないかもですよ。でも、誰かを好きになるってそういうものだよね?」
「…新やん、ごめん、」
「ずるいよ、仁志村さん」
搾り出されたその言葉は、仁志村の胸をざっくりと抉った。
新やんが大きく息を吐く。
「キスぐらいさせてください」
避ける間もなく新やんの顔が近づく。
角度を変えて、何度も唇が押し付けられる。頬から顎に掛けて食い込む冷たい指が痛い。
「にいや…」
名を呼ぶために開いた唇の隙間から、新やんの生暖かい舌が侵入する。
口内を探るように這う舌に、避けようとした仁志村の舌が絡まりそうになった。そのわずかな動きを敏感に察知した新やんの口付けが深くなる。
「……っ」
今度は躊躇いなく、仁志村の舌を捕らえて吸い上げた。

圧し掛かられた胸も、奪われる呼吸も苦しい。
仁志村はやっとの思いで寝袋から出した片腕を、新やんと自分の体の間に捩じ込んで抵抗する。
流されてはいけない。その事だけを仁志村は考えていた。
いつまでたっても応えない仁志村の唇を、新やんは突然解放した。そのまま顔を仁志村の頬に押し付ける。
「…、……っ」
仁志村には、小さな声で呟いた新やんの声が聞き取れなかった。
「…新やん?」
「さ、」
「さ?」
「さむい…しぬ…」
そう言うと、新やんは震えながら仁志村の横に頽れた。
一瞬固まった仁志村は慌てて寝袋から這い出して、冷え切った新やんを抱え起こした。信じられないほど薄着だった。
急いで温まっている自分の寝袋に新やんを押し込むと、その上から体を摩る。
「大丈夫?」
「眠い……」
消え入りそうな声で呟くなり、新やんは本当に眠ってしまった。
3日間も寝る間を惜しんでいびきを掻いていたのだから、眠いはずだ。
一生懸命いびきを掻く振りをする新やんと、イライラしながらもそれに耐えているモトさんを想像する。
可笑しくて、愛おしかった。たった今こんなことがあったというのに、そんな風に思う自分に呆れた。
「…寒っ」
取り残された仁志村は急激に自分の体温が低下していることに気が付いて、仕方なく新やんの匂いがする寝袋に潜り込む。
あのまま新やんが眠ってくれた事にほっとしていた。

翌朝、まるで何事もなかったかのように以前の新やんに戻っていた。この夜以降、迫られる事もなくなった。
年が明けると、すぐ次の隊がやってきてドーム藤基地は慌しく賑やかになった。
庄和基地を経由して、砕氷船での合計約二ヶ月の道のりも、家族が待つ日本が近づいている嬉しさもあって、気分は軽く、楽しく過ぎていった。

◇◇◇

砂浜に歓声が上がる。
新やんが、盛大に砂上に転がる隊.長を見ている。
「あのときの仁志村さんの本気で困った顔、結構ショックだったなぁ」
仁志村は目を伏せて罪悪感をやり過ごす。
「ドクタ.ーってあんな感じだし、仁志村さんを斡旋するような発言もしてたじゃないですか。だったら、俺のほうが」
新やんの言葉が途切れた。
「いや、俺、仁志村さんにお礼を言おうと思ってたんです」
「お礼?」
「俺のこと、止めてくれたから」
真意が読めず、仁志村はまじまじと新やんを見つめた。
「一時の気の迷いだって、あの時仁志村さん言ってたでしょ。あれね、気の迷いじゃなかったみたいです」
「…」
「だから、もし仁志村さんとあれ以上の関係になってたら、きっと諦められなかったと思う」
新やんが顔を顰める。
「そしたら今頃愛人じゃないですか、俺。日陰の存在とか、マジで無理なんで」
思いも寄らなかった言葉に仁志村は噴出してしまった。
「ひどいな、仁志村さん…」
「ごめん」
慌てて謝る仁志村に、新やんは照れたように笑った。
「やっぱり子供でしたよね、いろいろ。押しに弱…優しい仁志村さんに付けこもうとしちゃってましたしね」
「…」
「だからもう、いいんです」
新やんは清々しい顔をしている。

「俺、ちゃんと大人の男になりますよ」
何かを吹っ切ったように宣言した新やんが眩しく感じられ、仁志村は少し俯いて微笑んだ。
「いつか、俺が一人前の雪氷学者として難局へ行く日がきたら、その時の調理担当は仁志村さんがいいです」
「うん」
仁志村の胸が熱くなる。
「そのころなら、きっとドクタ.ーみたいに上手くやっていけると思うんです」
うんうん、と頷いた後で何かが引っかかり、仁志村は数回瞬いた。
「…それ、何の話?」
「大人の関係っていうのかなぁ、そういうの。俺もどんとこいって言うか、むしろ楽しめちゃうって言うか、」
「いつまで休んでんだ、そこの二人!」
モトさんの怒声に仁志村と新やんは同時に立ち上がった。
新やんという戦力を欠いたモトさんチームは押され気味で、仁志村のいないドクタ.ーチームは優勢のようだった。
大人ってなんかエロいっすよねぇ、とさわやかな笑顔で囁くと、新やんはコートへ駆けて行った。
仁志村は、熱くなった胸をもてあましながら、遠い目で新やんを見送った。

[][] PAUSE ピッ ◇⊂(・∀・;)チョット チュウダーン!

後編へ続きます。


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