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My Lord

                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                    |  痛みを堪える顔に萌えてもらえるでしょうか。
                      ちなみに130です。

 ____________  \         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | __________  |    ̄ ̄ ̄V ̄ ̄|  拷問な描写あり、注意です。
 | |                | |            \
 | | |> PLAY.       | |              ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ドキドキ
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _)⊂UUO__||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)(_(__).      ||  |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

・長過ぎるために本スレに張るのをためらってしまいました。
 でも、あちらのスレで萌えをもらって書いたものなので、立ち去りがたくて。
 御礼もかねて、こちらに投下させて下さい。30k近くあります。

 剣と剣とがかちあう金属質の音が辺りに響く。軍馬の蹄が舞いたてる埃が視界を塞ぐ。
戦場は既に渾沌の渦となり、味方の兵士達は散り散りに分断されてしまっている。
俺は敵の血にぬめる剣を持ち直し舌打ちする。状況は、明らかにこちらの不利だ。

 辺境において突然掲げられた反乱の旗に、王は世継ぎの王子であるイースに辺境へと赴けと命を下した。
 戦の経験がない王子の初陣に似つかわしい、小さな反乱。それは王子に経験を積ませようとした王の親心と思われた。

 王直属の軍から手勢を分け、王子を旗頭に軍は一路辺境へと向った。
 いまだ19歳と年若く無鉄砲な行動をしがちな王子のお目付役としてつけられていた俺も、王子と共に剣と鎧とを取り、従軍するよう命じられた。
軍人上がりで元来無骨、三十路に間もなく手がかかる年齢の割は華やかな席が苦手ときている。
堅苦しい王宮に詰めているよりよっぽど性に合う。俺は喜んでその命に従った。

 けれど、辺境の地で幾度か敵と剣を交えその首級をあげながら、俺は疑問を持たずにいられなかった。
 その日の戦いが一段落した夜。俺は王子の仮の居所となっている大きな天幕を訪れた。
軽い胴丸を身につけ、愛用の剣はいつでも腰にある。
王宮にいる間は帯剣が許されておらず、剣が無い分軽い腰が酷く不用心に思えて落ちつかなかった。
剣士として鍛えて来た俺が王の目にとまり抜擢され、王子につけられてからというもの、その名誉な職にも関わらず、くさる日々が続いていた。
剣術から体術、兵法などを王子に教える役目を言い渡され、しぶしぶ教えたりもした。
王子はとても優秀な生徒で、教える事は楽しかったが、それでも馬で遠乗りに行くのでさえ許可が必要な王宮の暮らしは、うんざりするものがあったのだ。
王宮の中では俺が俺でいられぬようで息が詰まる。下ろすように言われてほどいていた背の中程まである黒髪も、王宮の外に出た今では、以前のようにきりりと飾り紐で後ろで一つに結んでいる。
今の方がずっと自分らしく、楽に息がつけた。
 唯一の灯りであるランプの炎が揺らめいて、戦場らしく簡素だけれど豪華な調度が置かれた室内を照らし出している。
 俺は絨毯が敷かれた上に腰の剣を鞘ごと抜いて手許に置くと、胡座をかいた。
従者によって運ばれて来た酒には手をつけず、王子へと向き直る。
「この戦、何かがおかしいと思います」
単刀直入に用件を告げる。
「根拠は?」
「……勘、としか」
 俺の言葉に、王子は片頬を上げ皮肉な笑みを浮かべた。

 まだ成長途上の細身の身体に豪華な軍服をまとい、レイピアを飾りのついた腰紐で吊るし、玲瓏な細面を彩る金髪が炎の光が揺らめくその王子の様は、まるで絵姿のようにきらきらしい。
けれど、侮ってかかると恐ろしい目に合う。その形の良い唇を開けば、出て来るのは目眩がするほどの皮肉と罵詈雑言の嵐だ。
 俺の不確かな言葉に、いつものように棘がある言葉が返るのだろうと俺は知らず身を固くしたけれど、イースは何故か何も言わず顎を軽くしゃくる事で、俺に話の続きを促した。
 これまでの戦闘の中で、王子は心配していた無鉄砲さもきれいに押さえ、鋭い洞察力を見せ軍を率い、まずまずの善戦していた。
 けれど、俺には密かに引っ掛かる事があった。何かがおかしい。
反乱軍は攻めて来ては小一時間ほどたつとサッと引き上げて行くのだ。
それは反乱軍が優勢であっても劣勢であっても同じ事で、それによりどちらも決定的な勝ち負けを決することができず、ずるずると日付けが過ぎて行くばかり。
まるで、時間稼ぎをしているような…。
 けれど思った事を伝えると、彼は笑って俺の懸念を否定した。
「決定的にぶつかれば負ける事があっちにはわかっているのさ。だから、全力でぶつかってこないだけだろう?」
「だが、それにしてはおかし過ぎます」
「お前の言う事はわかった。だけど、お前の考えすぎだと思う、ラッシュ」
王子が俺の名を呼び、結論を出した。そう言われてしまうと俺はもう何も言う事はできない。
「…そうだといいのですが」
気の晴れぬまま、酒にも手をつけずに俺は王子の前から辞した。

 けれど、俺の懸念は当たっていた。やはり罠だったのだ。

 夜明けと共に突然、多勢の兵士が我が軍へと襲い掛かって来た。
 自軍より少数で、決定的な戦をしかけてこない敵を、どこかで侮っていたのかもしれない。
まだ目が覚めやらぬ中で突然襲われた自軍の混乱は恐ろしいほどで、鎧を身につける間もなく切り捨てられる者さえいた。
なんとか体勢を整え反撃をしようにも、混乱の中で指示を伝達するのは難しい。結果、味方は個々に抗うよりなかった。
 血飛沫が跳ねる混乱の中、俺は王子の天幕を目指し駆けていた。
俺は晴れぬ疑念から軍装を解かず、剣を抱いて仮眠を取るに留めていた。それが皮肉な事に役にたっていた。
閧の声を高らかに上げるその声に目を覚まされて剣を握れば、それで戦う準備は整った。
 襲い掛かって来る兵士を切り捨て血路を開きながら自軍の陣の奥へ走ると、ようやくひときわ大きな天幕が見えた。
「王子!」
叫びながら入り口の布を跳ね上げると、既に軍装を整えた王子が立っていた。無事な姿に思わずホッと溜息を漏らす。
「遅い。戦況は?」
「詳しくは不明ですが、おそらくこちらの劣勢と思われます」
いや、俺が伝えるまで報告がなかったということは、状況は多分俺が思った以上に悪い。
「……伝令は?」
「そこで死んでいる」
見れば、入り口近くに味方の伝令が斬られ横たわっていた。さらにその隣には、伝令を手にかけたらしい敵軍の兵士の身体が転がっている。
急所を一突きにされたその傷は王子が切ったのだろう。教え子の手並みを誉めたくなったけれど、そんな暇はない。
「ここは危険です、移動しましょう」
立ち止まり考え込むイースに、俺は重ねて促した。
「ここは目立ち過ぎます。今すぐ移動を」
「……わかった」

俺が立ち上がると、遠くからラッパの音が響き渡った。敵の伝令が大声で叫ばわる声が聞こえて来る。
「王が、崩御された、王が崩御されたぞー!」
剣戟の音が一瞬途切れ、沸き上がるような悲鳴がこだまする。
 俺は弾かれたように顔をあげて王子を見た。彼は真っ青に青ざめ、唇をきつく噛んでいた。
「そんな…」
これだったのか。俺が感じていた違和感の正体は。
軍の約半分が辺境にいる今、王宮の警備はいつもよりも手薄になっている。
その隙を何処かの敵が襲ったのだ。王宮に攻め入られ、そうして、王が崩御された。
 にわかには信じられないが、事実なのだろう。その意味を、俺は重く受け止めた。
息を吐き、苦い唾を飲み下すと、俺は呆然と立ち竦む王子の前に膝をついた。背を伸ばしすらりと剣を抜き、切っ先を自分へと向けて王子へと柄を差し出す。
「ラッシュ、何を」
とまどったように尋ねる王子の言葉を遮り、俺は言う。
「王が亡くなった今、イース王子、貴方様がこの国の王」
先程切った敵の血にまだ赤みが残る切っ先が、俺のすぐ目の前で鈍く光る。
「我が君たるイース王子に、我が命を捧げます。誓いに疑いあれば、今この場で俺を切り捨てて下さい。我が命は貴方のものです。貴方に永久の忠誠を」
正式な剣の誓い。王にしか捧げられないこの誓いを、イースはその青い目に凍ったような光を浮かべて見つめていた。
 軍人の家に生まれ俺は忠誠を尽くす事しか知らない。誓いは俺の根幹であり、それを失えば俺は揺らぐ。
新たな主は目の前にいて捧げるべき剣も手許にある。略式だけれど、この誓いは俺の命に刻むものだ。
「許す」
剣を俺の手から取り柄に接吻をして、イースは剣の柄を向けて俺に差し出した。誓いは結ばれた。
今この時より、俺の忠誠は目の前にいるイースに捧げられる。
返された剣を押し頂き、思いをこめて俺も柄に唇を押し当て、鞘へと納めた。立ち上がる。
「行きましょう」
そっと彼の背中に促すように触れると、少しだけ震えているのが手に伝わって来た。
無理もない、この混乱の中、さらに突然の王の崩御の知らせだ。年若の身にはきっと辛いだろう。
主を守り抜く。この一命に変えても。

 天幕を出た途端に待ち伏せていた兵士に斬り付けられ、俺は反射的に剣を抜いてその刃を受けた。
いつの間にか天幕も囲まれていたらしい、幾人もの兵士がこちらを睨み隙をうかがっている。
後ろにいるイースに押し殺した声で告げた。
「この天幕の後ろに、貴方の馬がいる筈です。それに乗ってひとまず逃げて下さい」
「ふざけるな。自分の兵士が戦っているのに一人で逃げられるか」
スラリと音をたててレイピアを抜くイースを、俺は目で諌めた。こちらへ向って来た兵士を軽くいなし、キーンという高い音とともに幾度も切っ先が交わされる。
「けれど、このままここにいたら犬死にです。姉姫が嫁いだ隣国へ行き、時機を見るのです」
「だけど!」
聞き分けのないイースの腕を左手で掴み、俺は目の前の兵士に一太刀を浴びせて切り倒すと彼を引きずるように伴い、天幕の裏へと走った。
追い縋る幾人もの兵士達に剣を向けて牽制する。果たして王子の愛馬は枝が大きく張り出した樫の木の下に繋がれ、周囲の混乱を感じ取っているのかおちつかなそうに前足で地をかきながら立っていた。
「乗って下さい!」
「だが、お前はどうするんだ、ラッシュ!」
「俺の事など心配いりません。さあ!」
追い付いた兵士たちに両手でしっかりと握った剣を向ける。五、六人の兵士が辺りを厳しく囲む。
 軽装備の若い兵士が大声を上げながら切り掛かって来た。
その剣の切っ先を薙いで受け流し、地面に剣が突き刺さって体勢を崩した所を切り捨てる。
けれど後からまた新手が増えていく。イースと馬とを背中に守り、長く戦い続けるのは無理だ。
「お前も!」
馬にひらりと跨がり、こちらへと右手を差し伸べるイースに舌打ちする。
判断が甘い。二人乗りなどでこの包囲を突破できるものか。
 息を吸い込み腰を落とした。両手で愛用の剣をもう一度しっかりと握りなおし、十数名にまで増えた敵兵の中へと身を踊らせた。
「いいから行くんだ!」

それでも馬にたたらを踏ませ、イースは迷っていた。
それを好機と見たか、屈強な体つきをした敵兵がイースへと切り掛かる。
 考えるより身体が先に動いていた。身を翻し、彼と馬との前に出て肉の盾になる。
左腕に、痛みよりも先に熱さを感じた。
鎧の上からでも受け身すら取れなかった刀傷は上腕部の肉まで達し深く食い込む。
「ラッシュ!」
イースの叫びが聞こえた。
けれど、俺は斬り付けられた左腕を引いて庇い、イースの前に足を踏み締めて立ちはだかった。
 痛みに歯を噛み締め悲鳴を必死に押さえる。
剣を取り落とさなかった自分を誉めてやりたいが、未だにイースは俺の後ろにいる。気を散らすわけにはいかない。
 剣を右手だけに持ちかえ、剣の腹で馬の尻を叩いた。
棒立ちになる馬にイースは手綱を引き、数人を蹴倒しながら人垣の向こうへと思いきり馬を跳ねさせた。
悲痛な色を表情に浮かべこちらを一度振り返り、そうしてイースはやっと陣の裏手に広がる深い森へ向けて馬を走らせた。
「ラッシュ……無事でいろ!」
投げられた彼の言葉に声のない笑いで答える。できない約束だった。
 追い縋ろうとする兵士達の前に、俺は立ちはだかる。
「ここは通さない」
長い髪を括っていた紐を右手で引いて解き、口を使って柄を握る拳の上からきつく結んだ。
これで剣を落とす最悪の事態は避けられる。
 ほどいた黒髪が風に舞い視界の邪魔をするが、どうせ剣筋は気配で解る。
腰を落とし兵士共をきつく睨みつけた。
凄惨な顔をしているのだろう。
気押されたように一歩ニ歩と兵士達が下がるので前へと歩めば円はさらに広がった。
「きえぇぇ!」
寄声を上げて切り掛かる男の鎧の隙間を見極め、正確に腹の肉を剣で刺し、ドウ、と倒れ込むその身体から抜き去った刃で別の男の剣を受ける。
ギリギリと体重をかけられ、片手一本の俺は苦しくなる。
ならばと唐突に力を抜けば勢い余って男は前のめりになり、無防備になったその背中を貫いた。
これで二人。

「来い」
痛みと失血とが少しづつ感覚を狂わせていくのを、奥歯をぎりりと噛んで耐える。
すでに左腕の感覚は遠くなりつつある。
何が何でもこの者たちを通すわけにはいかない。ならば、早めに決するしかない。
 二人が同時に走って来るので体を躱し、振り向きざまに一人の首をなぎはらった。
噴き出す血潮がもう一人の兵士にまともに吹き付ける。
俺は軽く避けたが、男は目にでも入ったのか慌てて左手で目を擦るその足へと剣を突き刺した。
アキレス腱を切られ叫びを上げて地に転がる男から残る兵士達に目を移す。
使い慣れた筈の剣が重い。頬から流れたのか、口の中に血の味がする。
頭を振り顔にかかった髪を払う。
 鬼神にでも見えているものか。ジリジリと下がるばかりの兵士達に業をにやし、こちらから斬り込んだ。
一番に狙った男の脇から突き出た剣が、俺の剣を受け跳ね飛ばす。それを片足を踏ん張る事で耐え、にやりと片頬を引き上げ笑う。
隊長クラスの装備をまとった男が兵士達の間から出て来た。
きっとこの男を切れば散り散りになるだろう。
そいつと俺とが戦う場所をあけるように、他の者共は遠巻きにしているのだから。
「ラッシュだな。剣の使い手とは聞いていたが、ここまでとは……。こんな時でなくやり合いたかった」
目の前の男が言う。反乱軍とは言え、元は同じ国の兵士だ。
同国の者同士で切りあわなければならない今の状況に胸が痛むが、容赦などできない。
奥歯を噛み締め、もう一度紐で括った右の拳を握りなおす。
目の前の男の気配が変わる。俺は動きに備えひゅっと息を吐く。来る。

 ギン!とイヤな音をたてて剣がぶつかり合う。
そこそこできる、そう俺は目の前にいる男を値踏みする。打ち込まれる剣を受け流し、なぎ払った剣は跳ね上げられる。
大振りになりつつあるのは剣の重さが辛いからだ。
ニ撃、三撃とも受けるが腕に響くほどの重い剣だった。
これ以上受けると俺が不利だ。体を引き、距離を取り荒くなった息を整える。
 一瞬の静寂。地を蹴り駆け寄るのは同時だった。
剣を最後の力で振りかぶり、すれ違いざまに頭を下げ剣を力の限り振り下ろした。
手に重い手応えが伝わる。後頭部から首にかけて斬られた隊長はその場に崩れ落ちる。
彼の剣は俺が避けた空を斬り、俺の剣は彼の命を断った。
 剣を杖のように地面に刺して俺は立ち上がり、目の前を遮るようにかかる黒髪の向こうに周囲を遠巻きに囲む兵士達を見た。
これで、この先へと進むのを諦めるか。
 その時、突然左肩に激烈な痛みが走った。思わず呻き、地に膝をつき剣にすがる。
左に目をやると、視界に矢が刺さった己の肩と、弓を構えた兵士とが入る。後ろから矢を射られたのだ。
このままでは痛みで戦う事どころか動く事すらできない。
 舌打ちし、痛みに息を乱しながら、解けかけた飾り紐の端をくわえて右手を剣から自由にする。俺は唇をきつく噛み締め震える手で矢の根元を掴むと、一気に引き抜いた。
鮮血が噴き出し余りの痛みに一瞬意識が飛ぶ。
取り落とした矢の矢尻には、赤く肉片がまとわりついていた。
 気付けば、周りを兵士達の抜き身の切っ先がぐるりと取り囲んでいた。
こうでもしないと恐ろしい、とでもいうような状況に俺は思わず失笑する。
 後ろから殴られ、その場に昏倒した。どれくらい、時間を稼げたのだろう。
イースが無事に逃げ切れるようにと願い、そこで意識は闇へと呑まれた。

 何処からか水が滴る音が響いていた。
 酷く寒く反射的に身を震わせると、脳天まで貫くような痛みに襲われ、闇から覚醒した。
思わず低く呻き声を漏らす。
「ようやくお目覚めか」
その声に目を開ける。石造りの部屋に入れられているらしい。
王宮の地下にある忌わしい部屋の一つだろうか。
目の前には牢番とおぼしき男が二人立ち、俺を見下ろしていた。
 頭を振り意識をはっきりさせようとしてさらに襲った痛みに呻いた。
両腕が頭上でまとめられ天井から下げられた鎖に繋がり、釣り上げられているのだ。
冷たい石の上に両膝をつく形で俺は固定されていた。
左肩はなんの手当てもされておらず、鼓動を打つように痛みを訴えている。
血糊で粘つく髪が皮膚にまとわりつき気持ちが悪い。
軍装は半ば解かれ、下衣を身につけているだけだ。寒い筈だ。
 一人が重そうな扉を開き出て行く。俺が目覚めたと報告に行くのだろう。
「……今、何時だ」
俺の問いを無視し、牢番は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
意識を失ってから、どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
窓の無いこの部屋では昼か夜かすらわからない。
気にかかるのはイースが無事逃れたか、それに尽きた。
 何処からか複数の足音が近付いてきた。重々しい軋みと共に入って来た人物を見て、俺は酷く驚いて声を上げた。
「……王!?」

入って来たのは、紛れも無くこの国の主でイースの父、エスト王だった。
略装を身につけてはいるが、そのにじみ出る威厳は些かも揺るぎなく、ひれ伏さざるを得ないような圧倒される感があった。
けれど、俺は確かにあの混乱の中で、王は崩御されたと聞いた。疑問が渦を巻く。
「ラッシュ、久しいな。随分良い格好をしている」
場に不似合いな笑みを浮かべて王は言う。自然に頭が垂れるが、思い直して俺はまじまじと王を見つめた。
 偽者などではあり得ない、辺境へ旅立つ日に御挨拶の為お会いした時そのままの姿。
「とまどっておるな?」
笑いを何処かに含み、エスト王は言った。その通りなので俺は頷く。
「簡単な事よ。けれど、それを聞かせるならお前も言わねばならぬ」
王の目が細くなる。笑みを浮かべてはいるが、どこか酷薄な表情で俺を見下ろす。
「イースは何処におる?」
俺は胸の中で沸き上がった疑念を払い落とそうと首を振った。
左肩が軋むように痛むが疑念の方がよほど痛みを伴った。
 けれど、それが真実ならば全ての糸は繋がる。
「何故……です」
王の片眉が上がる。
「何故、王子を捕らえようとなさる。実のお子ではありませんか……!」
「死んで欲しいからよ」
何の躊躇いもなく告げられた言葉に、俺は息を飲んだ。
実の子、世継ぎの王子を、国王が殺そうと死地へと追いやったと言うのか?
「ラッシュ。お前は聡いが、どうもどこか抜けている。そこが愛い所でもあるのだがな。
世はあれが目障りなのだよ。解るか?あれはまもなく成人し、やがて王国を継ぐだろう。
あの絵姿のような美貌に、学者どもが口々に誉めよる才気ばしる英知。
またとない王になるだろうよ。そうして、国民は儂とあれを比べるのだ。
やがて言うだろう、前の王よりもあやつのほうが王に相応しいと」
まるで優しい寝物語を聞かせるような口調で、王は恐ろしい話を告げる。

「だから、殺してやろうとしたのだよ。そうすれば民は儂を良い王だと思い続ける。
世が死んでからも世の治世を懐かしみ崇め続けるだろう。なんて素晴らしい事よ」
「……そんな事の為に!」
思わず口を開き、目を伏せた。すると王が俺の髪を掴み無理矢理に顔を仰向かせた。
頭皮と肩のするどい痛みに顔を歪め、王を見つめる。
「貴方は……狂っている」
「そうよ、世は既に狂いの病に犯された病人よ。だからこそ、彼奴が邪魔じゃ。
次の王などあれ以外なら誰でも良い。だが、イースは許せぬ。
彼奴は、世を軽々と超えて行くであろうからの」
王の右手が俺の左肩へとかかる。
血が今もだらだらと垂れる、生々しい矢傷へとあてがい指を突き立て肉を抉った。
「ぐ、あぁぁぁ……!!」
既に感覚すら無かったはずの左腕と肩から激烈な痛みが走る。
痛みに全てが奪われ思考すら止まり、ただ呻く事しかできない。
「ラッシュよ。彼奴は儂が死んだと知った時、嬉しそうに笑ったか?
これで己が王だとでも言いおったか。それとも賢しげに涙のひとつでも零してみせたか。
ああ、考えるだけでも虫酸が走る。総べては計略よ。世の軍は忠誠心厚い兵士が揃っておる。
儂の崩御と嘘をつけば、衝撃に震え抵抗を止めてしまう程にの。あの朝に襲ったのは儂の軍よ。
今頃はあの囮となったちっぽけで有り難い反乱を楽々と蹴散らし、反逆者となった彼奴を、
森に分け入り草をかき分け探索している事だろう」
王の口調は変わらず優しげだ。けれどその指は傷を容赦なく抉り続ける。
俺は痛みに身を捩り震えながら王の言葉を慄然と聞いた。
「お主は良い臣下よ。武術に優れ、その上まっすぐで恐れる事を知らぬ。
この場で殺すのは惜しい。イースの行方を吐け。そうして再び世の為に仕えよ」
「ひぃ、くっ……!」
王の指輪が填められた指先がすっぽりと矢傷に入り込み、固い石が肉をひときわ深く抉った。
痛みに熱さすら感じ、俺は身悶えた。
「答えよ。ラッシュ」
「い、否、否っ!!」
ようやく悲鳴の中で答えを返し、王の指が止まった。俺は激しく息をつく。
全身が冷や汗で濡れている。

「言えぬ、と?儂に捧げた剣の誓いを忘れたか」
「……王、私は、戦場で貴方の崩御の知らせを耳にしました」
乾いた咽を唾を呑みこみ湿しながら、俺は荒い呼吸のなかで押し出すように言葉を続けた。
「私の王は、あの時に亡くなりました。ここにおわす方は幻、そう心得ております……っ!」
王は再び俺の肩に埋められた指を捻った。
身体が跳ね、さらに痛みが増すが止められなかった。
「面白い事を言う。ならば良いだろう、この場で死ぬがいい。だが、死ねるのはイースの居場所を吐いてからだ」
爪で内の肉を嬲るように引っ掻きながら囁く。
王の指がおもしろがるように矢傷を弄ぶのを、俺は唇を血の味が滲む程に噛み締め、呻きを抑え耐えた。
「姉姫が嫁いだ隣国にでも行ってるのかと思ったが、おらぬ。お前はあれの行く先を知っている、そうだな?」
俺は力なく首を振った。隣国にはついていないのか。
ならば、俺にも王子の行方は解らない。イースは今頃、何処へいるのだ?
 ……まさか。
 その時、王が爪を立てながら指を引き抜き、俺は痛みに思考を中断された。
「……ぐぁっ……ぁあ……」
ようやく肩から王の残酷な指が外れ、俺はぐったりと身体から力を抜いた。
体重をかけられた手首の鎖がじゃらりと鳴り、吊られた腕が痛むがそれすら王がもたらした痛みにくらべればマシに思える。

 王が血に汚れた右手を牢番へと差し出すと、心得たように柔らかい白布が差し出される。
それを受け取り両手を拭うと、王は手を打ち合わせた。
再び軋む音をたてて扉が開かれるのを俺はようやく目を上げて見た。
 扉の向こうには下衣だけを身につけ上半身の筋肉をむき出しにした男が待機していた。
あの顔は憶えている。胸糞が悪いと顔をあわせる度に眉を顰めた、拷問係の顔。
「話すまで容赦するな。だが、殺してはならぬぞ。聞き出さねばならぬ、彼奴の居場所を」
王の指示に拷問係は叩頭する。
「死んだ方がマシだと思わせてやれ。世を幻だなどと言う愚か者には似合いだ」
含むような笑いを漏らしながら王は扉を抜けて去った。
再び閉ざされた扉に俺は目を伏せる。今聞いた話が全て夢であればいいと願う。
けれど鎖で吊られた手首が、抉られ広げられた肩の矢傷が、酷く痛み疼き、これが現実だと告げていた。
「さあ、王もあのようにおっしゃられた事だし。楽しませてくれよ?ラッシュ」
嘲るように拷問係は告げる。この男の残忍さは良く知ってる。
俺は目を閉じ、身体を固くして痛みが訪れるのを待った。

 俺は口を開け息を吐き出し痛みに喘いだ。
息をする事でさえ、体中に刻まれた傷に痛みが走る。
身体を投げ出された姿勢のまま横たえ、俺は寝返りをうつ事すらできず、じめじめとした牢屋の中にぐったりと寝そべっていた。
拷問係の手際は素晴らしく、俺は痛みが堪え難く恐ろしいものである事を思い知らされた。
幾度、舌を噛み切ろうとしたか解らない。
けれど猿轡を填められ、そんな救いは与えられなかった。
 左腕は拷問係によって少しづつ切り刻まれ生爪も剥がされた。
右手は無傷で残され少し自由が効いたが、明日はこちらだ、と告げられている。
剣が持てなくなると思うと体が竦んだ。それは、殺されるのと同義だった。
 俺が吐ける情報など、もとから無かった。
姉姫のいる隣国へ行けと言ったが、そこに王子が向っていないのならば、俺には彼の行き先は皆目見当がつかない。
手傷でも負って何処かで倒れているのかも、と思考が掠めたがそれは必死で打ち消した。
賢い彼の事、何処かに潜伏しているに違い無い、そう願う。
 少しづつ身体を傾け、俺はなんとか俯せになって息をついた。
長い髪が冷たい石の床にざらりと広がる。あちこちから痛みが響いて呻くが、それでもこの方がほんの少しだが楽だった。
 肩の傷には申し訳程度の傷薬が塗られている。
何の情報も引き出せなかった拷問係が、牢番に軟膏を押し付け、それをおざなりに擦り付けられたのだ。
情報を引き出すまでは殺してしまう訳にはいかないから、治療をと言う事らしいが、俺には死がすぐ目の前に迫っているような気がしていた。

 ふと、耳をすませた。水の音だけが相変わらず聞こえる。幻聴か。
……否。ひそめられた足音がどこからか小さく聞こえて来る。
幻聴などではない。誰だ、牢番か。いや、牢番ならば足音を忍ばせる必要など無い筈。
 牢の扉は木製で小窓に鉄柵が入ったものだ。そこに、人の影がさした。
「……いた」
その声に俺は目を見開いた。聞き間違いだと思いたかった。
だが、金属のかち合う音が幾度か響き、扉が開く。
そこにあったのは、馬で隣国へと逃げたはずの、イースの姿だった。
「ああ……酷いな。ラッシュ、私が解るか?」
俺のすぐ脇に膝をつき、低い声で彼が尋ねる。
「イースさ…ま、な、ぜ、ここへ……?」
「いい、そのまま話すな。歩けるか?」
問いに首を縦に振る事で答える。支えてもらえるなら、短い距離であればなんとかなるかもしれない。
「どうして、ここ……が」
「伊達にこの城で生まれていない。この城は私の庭みたいなものだ。抜け道などいくらでも知っている」
差し出された手を、ゆっくりとしか動かない右手を上げて掴もうとすれば、焦れたように先に捕らえられた。
王子の熱い掌の温度が、胸に染みる。
「ラッシュ、逃げるぞ」
探しにきてくれた、こんな恐ろしい危険を犯して。
いろいろ言いたい事はあったが一つとして言葉にならず、俺は頷く事しかできなかった。

 腹に手を差し入れられなんとか身体を起こし、俺がようやく立ち上がるとイースは息をついた。
「行くぞ。出て右だ」
右肩を支えられ牢を出ると、幾つも同じような扉が続いた区画だった。細い石造りの廊下。
そこを支えられ痛みを堪えながら歩く俺の足取りは酷く鈍く、思うように身体が動かない歯痒さに唇を噛んだ。
「そこを左。次をまがって。……ここに入るぞ」
しばらく歩き、今までの牢より少し大きく見える扉の前で彼は足を止めた。
扉を開け、イースは俺の身体を先に入れ鍵を閉めた。
 彼の考えが掴めずとまどいながら見ると、彼は壁際へと俺が寄り掛かれるようにそっと下ろしてくれた。
そうして反対の壁際に膝をつき、嵌め込まれた石の幾つかを拳で軽く叩き何かを探している。
どれかに反応があったのか、ひとつの石にイースが両手を当て、力をこめて押す。
すると、低い音をたてて石は向こう側に抜け、ぽっかりと空洞が姿を現し、俺は酷く驚いた。
「行くぞ」
王子の声に頷き、右手を床について痛みに耐えながらなんとか立ち上がろうとするのを、彼は再び支えて助けてくれた。
なんとか抜け穴に身体を通し、少し動くだけで荒くなる息を整えながら、彼が石を元通りになおすのを見守った。
 空洞の奥に作られた抜け道も壁や床と同じ石で作られており、もともとこの城が出来た時に作られていたものだとわかる。
「王族が捕らえられた時の為に作られた抜け道だ。王宮の外へと通じているんだ。私はこの道を母から聞いていた」
俺に肩を貸しながら、イースが教えてくれた。

 どれくらいの距離を歩いたのか。
薄灯りが差し込む出口から外に出れば、そこは枯れた古井戸の底だった。
上から覗き込んだだけではわからない、井戸の壁面に空けられた横穴と牢とが通じているなど、誰も気がつかぬだろう。
だからこそ、王族の抜け道なのだ。
 丸く覗く空を見上げる。夜だった。新鮮な空気を肺に思いきり吸い込んで深呼吸をすると、肩の傷が酷く疼いた。
 周りに目をやると、傍にはイースが上からかけたらしい縄梯子が残されており、これを昇らねばならない事がわかる。
今の俺には、縄梯子を自力で上がるなど、とても無理だ。一気に力が抜け、座り込んで目を伏せ、心を決めた。
「イース様。俺はここに残ります。どうぞ、貴方お一人で行って下さい」
彼は俺の言葉を聞くと、うんざりしたように大仰な溜息をついた。
「またお前はそれを言うのか。戦場でも俺を逃がし、わざわざ迎えに来てみればまたお前は置いて行けなどと言う。それでは迎えに来た意味がない」
「意味ならあります……。俺が知った事を貴方にお伝えする事ができる。イース様、姉姫様のおられる隣国にはもはや手が回っています」
そう言うと、イースは薄く笑みを浮かべた。
「知っている。王だろう?私を狙ったのは」
彼の言葉に、俺は息を飲む。
「御存知で……」
「気がつかぬ方が馬鹿だ」
「……知らなかったのは、俺だけですか」
「お前だけだろう、お前はどこか抜けているから」
その言葉に思わず憮然となる。
「エスト王にも同じ事を言われました」
苦いものを吐き捨てるように言うと、イースはくつくつと笑い声を漏らした。
そうして、ふとその青い目に真剣な色を浮かべた。

「はじめから、分かっていたんだ。辺境に向わせるのは私の命を狙ってのものだと。
巻き込まれたのは、お前の方だ。私の不覚でお前に酷い傷を負わせてしまった。……すまない」
俺は頭を小さく横に振った。詫びてもらう必要などない。貴方が無事であったのだから。
 血と赤黒い傷に覆われた酷い有り様の左腕に王子の目が向けられる。
「痛むか。痛むだろうな」
「いいえ……それほどは」
かなり無理をしてそう告げると、イースは座り込んだままの俺の前に片膝をついた。
くしゃくしゃになって肩へとかかる俺の黒髪を撫で、幾筋かを手に取るとそっと口付ける。
俺は彼の意図が解らず戸惑いながら、頭上から薄く月の光の差し込む中で行なわれる美しい光景にただ魅入った。
「……お前が、無事でよかった」
そっと、王子が感に耐えぬように呟いた。
「この有り様ですがね」
眉をしかめる。俺が見つめているのに気付き、王子は少し笑って髪を離した。
「だか、今回の事で、一つだけ良かった事がある」
「…なんでしょう?」
「お前が、私に剣の誓いをしてくれた。私が、お前の主だ。そうだな」
イースはそういうと美しい目を細めて笑った。
 そう。私の剣の主は、この方だ。
 俺が頷くと王子は嬉しそうに笑い、そっと唇を寄せて来た。
俺は瞑目し、その意味のわからぬ私の王からの接吻を、どこか敬虔な気持で受けた。
 そっと離れ、そうしてイースは悪戯っぽく笑った。
「主の命だ。ここにお前を残して行くのは無しだ。無理矢理にでも連れて行く。」
俺は頷いた。それが、貴方の望みならば。
「この国にはもういられない。国外へと出るぞ。見知らぬ土地を旅し、共に行こう。
まあ、冒険はお前の身体を治してからだが。
さあ、やってやれないことはないだろう。この梯子を昇るぞ」
そう言い、彼は立ち上がると右手を俺の目の前に差し出した。
ああ、彼が言うなら、何処にだって行けるだろう。
狭苦しい王宮などではなく、自由な空の下を、どこまでも。
 俺はその手に右手を重ねる。
理由もわからぬ涙が零れ、頬を転がり落ちた。

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 | | □ STOP.       | |               
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途中、長過ぎエラーが出て蛇足が出ました。すみません。
こちらに投下させていただいても長いですね。
場所をとってしまってごめんなさい。
でも、投下できてスッキリしました。ありがとうございました。


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