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キスと嫉妬とラブレター

生 昇天 紫緑+灰(合点) 23日の3問目にやられました。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

収録のドサクサに紛れたのであろう、という事だけはよく分かっていたので、楽屋に戻って着物を
脱いだ唄丸は自分のジャケットのポケットに入れた覚えのない紙切れが入っていても
全く驚きはしなかった。
古風に結び文にされている紙には見覚えがある。6代目の手帳の中身と同じもの。
開けるまでもなく、筆跡にも見覚えがあるのだろうと苦笑いを浮かべた。いつの間に書いたのだろうと
疑問には思う。今日はラブレターの日であり、日本で初めて映画のキスシーンが上映された日だという、
収録にも使われた薀蓄を博識な6代目ならば知っていたのだろうか。
ちらりと視線を声のする楽屋の入り口に近い方へと向けると、着物姿のままで翔太相手に何やら
言い合っている6代目の姿が其処にある。唄丸はの視線に敏感に気付いたらしく、口元に微かな笑みが
浮かぶ。余裕のある事で、と唄丸は呆れて息を吐いた。
大体、二人が何を言い合っているのかなんて容易に想像がつくのだ。先刻の三問目を巡って、6代目が
翔太に絡んでいるのだ。何かに唇を寄せて……という問題で、歌丸の名前を出したは6代目と翔太。
黄色い河童に襲われたのは香樂一人。災難な香樂は兎も角としても、翔太に他意はなかったし、内容的にも
何も色っぽいものは訳で、だから絡むのはただの嫉妬。否、デモンストレーションなのだろう。
翔太に対してではなくて、唄丸に対して、の。
――翔太さんもいい迷惑だろうねぇ。
また浮かんだ苦笑いを、今度はこわいもので飲み下す。ここで笑っては6代目を付け上がらせるだけだ。
ジャケットに袖を通し終わると、唄丸は渋々といった体で歩き出した。行き先は勿論6代目の元だ。
最大九人+スタッフが寛ぐ事もある楽屋はそれなりに広い。最年長の唄丸は古株程奥に座るという
寄席の習いに従って、楽屋の奥が定位置でもある。近付いてくる歌丸に、最早6代目は気も漫ろなのだろう。
翔太があからさまな溜息を吐いた。
「ちょっと宴樂さん、うちの若い衆をいじめないで貰いたいね」
「若い衆って、どうなんですか。翔太なんてもう五十じゃないですか、ご・じゅ・う。独身の癖に五十ですよ」
「気にしてるんだから連呼しないで下さい」
「だったら早く結婚しちゃどうなの」
「やまかしですよっ。もう、宴樂師匠こそ、待ち人が来たんだからさっさと俺を解放してくれたら
どうなんですか」
「はいはい、いいよ。ご苦労さん」
ここぞとばかりに6代目を押し付けて、お役御免だとばかりに場を離れようとした翔太に歌丸が声をかける。
「翔太さん」
「はい」
「ああいう問題の時に、あなたは気軽にあたしの名前を出さないで下さいよ」
「何でですか?」
「ただでさえ大層なヤキモチ妬きが一人いるんだから、他の人にまで妬かれても、あたしは対処出来ません
からね。って理由で合点して頂けましたか?」
揶揄交じりに軽く、けれどしっかりとした意趣返しに、翔太は何とも言えず情けない表情になる。性格も
趣味も真逆な、年齢こそ違う同期の二人は、旅をした世界中でゲイだと思われている程仲が良い。
それが勘繰りなのか否なのかは確かめた事はないけれど。
「ししょお~」
同じ協会に所属しているから、入門当時から翔太を見ているけれど、こういう顔は前座の頃から
変わらないので唄丸はついつい笑ってしまいそうになる頬を引き締めた。
「言われるのが嫌だったら、さっさと身を固めりゃいいんですよ」
「そんな簡単に言わないで下さいよ。接着剤でもあるまいし」
「あなたか士の輔さんのどっちかが女だったら良かったのにねぇ」
「いやいや、今は外国じゃ男同士、女同士でも結婚出来る国がありますから」
「そういやそうだね、宴樂さん。あんた達、しょっちゅう二人で遊びに行ってるんだから、そういう国に
行ってくりゃいいじゃない」
「もぉそろそろ勘弁して下さいよっ」
「フラフラしてるから揶揄われるんですよ。あんたが還暦まで独り身だったら、士の輔さんに責任取らせます
からね」
大げさに溜息を吐きながら告げる唄丸にすみませんと頭を下げて翔太は逃げ出した。八つ当たりされた上に
説教までされるなんて、割に合わないと心の中で叫んでいるに違いない。
「まぁまぁ、翔太もあれはあれでいいんじゃないんですか?」
「本人がいいならいいのかも知れないけどね、端から見てたら心配ですよ」
「賭けてもいいですけど、十年後、唄丸師匠は士の輔んとこ乗り込んで膝詰めで説教してますよ」
「だろうねぇ。ほんっとに困ったもんですよ。あんたはあんたで子供っぽさが抜けないし。名前は変わっても、
器の容量は変わらないみたいだね」
「師匠が絡んだ時だけですよ。……恋は人を狭量にしますから」
気障に片目を閉じてみせた6代目に唄丸は肩を竦める。声音に混じった微かな本気のトーンにはあえて
気付いてはやらない。
やってられないという仕草で離れかけた唄丸を、6代目は引き止めなかった。どうせこの後収録メンバーで
近くの蕎麦屋に行くのが通常の流れだから、今あえて引っ張る必要はないのだろう。
それでも何となく背中を見送ろうとする目が寂しそうに見えて、唄丸はこういうのを魔が刺したと
いうのだろうかと考える。
近付けた指先の中で唇に触れたのは人差し指と中指。いい歳をして何をやっているんだという疑問は
浮かぶ前に打ち消した。後は勢いだけで、その指先を6代目の方へ軽く逸らす。
俗に言う投げキッスというものをしたのは初めてだった。
思いがけない唄丸の仕草に6代目は一瞬目を大きく見開いた後、へにゃっと相好を崩す。全くもって色男が
台無しなにやけ面だ。
デレデレなその表情に急に気恥ずかしさに襲われる。後悔先に立たずだけれど自業自得だと嘆きも出来ない。
翔太が時折みせる滑舌の悪さを生かした回答みたいに無理矢理こじつけると、『投げキッスで嘆きっす』に
なるのだろうかと唄丸は思ったけれど、あまり上手くはないなとさっさと座布団を取り上げるみたいに
頭の中から消去した。
選択した照れ隠しはつんとした態度でこう告げる事。
「あんたもさっさと着替えなさいよ」
「はい、師匠」
いい子なお返事を寄越した6代目を今度は振り返らずに、唄丸は自分の荷物をまとめようと楽屋の奥へと
足を向ける。ふとジャケットのポケットに、先刻唇に触れた指先を触れさせた。
其処に入っているのは、読まなくても分かる恋文だ。恋は人を狭量にもするが、浮かれた馬鹿にもするものだ。
わざわざ書いて忍ばせた6代目もそうだし、貰って喜んでいる自分もそうなのだから。
誰にも見咎められない様に俯きながら、唄丸は微かに微笑んだ。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
あの方々の可愛らしさは実にけしからん。

  • けしからん! 萌えまくった… -- 2010-05-27 (木) 12:01:13
  • たまらん…たまらん…! -- ぐりやき? 2010-05-27 (木) 23:33:57
  • どうかまた書いてくださいまし -- とっく? 2010-09-27 (月) 23:29:46

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