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髭.よさ.らば

向こうが500超えたようなのでこちらをお借りします
鳥九スピンオフ・毛い無補谷部毛ん増より帽子←ヲタクでギャグ
時系列的には、2話と3話の間くらいです
エロなしですが暴力描写があるのでご注意ください
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

秋歯が公.安課に戻った時、室内には一人の男をのぞいて誰もいなかった。窓の外はすでに夜の気配が濃い。
疲れきった秋歯は提げた紙袋を探り、薄いファイルを取り出しながら言った。
「つき返されちゃいましたよ失部さん。書類のあちこちに不備があるから、書き直してほしいそうです」
話しかけられた男、失部毛ん増はしかしこちらに背を向けて椅子に座ったまま何も応えない。
理不尽な怒声を覚悟していた秋歯は肩透かしを食らった思いで自分の上司をよく見つめた。訳はすぐにわかった。
腕を組み、あごを上げ、失部は眠っていたのである。片足などはご丁寧にも秋歯のデスクの上に土足で投げ出してあった。
そっと正面に周ると、右に傾いだ首元とぽかりと開いた大きな口がよく見える。秋歯はなんだか脱力した。
(失部さんが、居残って仕事なんて、するわけないもんなあ)
上司はサボりの天才なのだ。部下に雑務を押し付けて、うたた寝をするその姿はいかにも失部らしかった。
「あのー、すみません失部さん、ちょっと。起きてくださーい」
ともかく書類を書き直してもらわねばならない。明日に回すと書類が増えて面倒だ。面倒なのはいやだった。
「失部さーん。失部さんっ。失部、毛ん増さーん。毛ん増くん?…失部っ!やべー!」
あれこれ話しかけても揺すっても失部は目を覚まさない。口を開けたまま喉の奥から、ぐ、と短く呻いたきりだ。
苛立ちと悪ふざけに任せて、秋歯はそっと失部の鼻をつまんでみた。反応なし。頬をやさしく叩く。反応なし。
この人、よく公.安に来れたな。と、自らを棚にあげて呆れる一方で、秋歯は少し楽しくなってきた。

普段頑なに(その頭部のために)周囲を警戒する男が、無防備に眠りこけているのだ。床に下ろされている方の脚を
慎重に跨ぐと、秋歯はわくわくしながら身をかがめた。あごを下から手でそっと挟み、持ち上げてみる。
「…ウワーッ、すげー、口の中ってこうなってるのかあ、リアルだー…」
よくわからない感慨にふけりながら秋歯はぶつぶつと呟いた。依然失部は目覚めない。あごを持ち上げたせいで
失部の頭はますます大きく傾き、唾を飲み込むためか、喉仏が二度、上下した。それを見ると少し変な気分だった。
その気分の正体を秋歯がはっきりと捉える前に異変が起こった。失部の髪の毛が、という呼び方に問題があるなら
”黒くてフサフサしたかたまり”が、その正しい位置から大きく後ろへずり下がったのだ。
「あっ、あ!」
秋歯はとっさに右手を伸ばし、すんでのところでその自由落下を阻止した。掴んだ”かたまり”を素早く戻し、ほっと安堵する。
(危なかった!)
だがその時、秋歯のため息をあざ笑うように、”かたまり”から飛び出したものがあった。
飛び出した小さな金属片は失部の頬をかすめて落ち、開襟シャツの襟元にもぐりこんで姿を消していった。
「ええっ!今、の…、あ、ピン?ピンかあコレの!?…わあ、どうしようどうしようどうしよう!」
飛びのこうとした勢いでバランスを崩し、秋歯は床にしゃがみこむ。どうやら失部の頭部の留め具を外してしまったらしい。
「落ち着け、落ち着いて考えろ秋歯原ん土ー、えーともし今失部さんを起こして、バレたら、怒られる。うん。
 で、このまま帰ったらー、書類が出せないから、怒られる。ダメだっ!どっちもダメーっ!」
取り乱した秋歯はひとしきり独り言をいうと、意を決して立ち上がった。
(失部さんを起こさないようにピンを回収して、アレに取り付けてから起こして、書類を出す。これしかない!)
忍び足で椅子に近づくと、失部が突然みじろぎをした。ぐにゃぐにゃと不明瞭な寝言を言い、
どうやら眠りが浅くなっているらしい。それを見て秋歯は躊躇したが、やがて顔をそむけたまま、襟元に指を滑り込ませた。
妙に暖かい肌の感触に顔が歪む。むさくるしい髭面の中年男が意識のないヅラの中年男をまさぐっている図は、
爽やかなものではない。

(腕組みしてるから、ピンは胸の辺りで止まってるはず…ないぞ。どこだ。脇の方か?)
焦ってより深く手を突っ込むと、指先に薄い金属の感触があった。慎重に、落とさぬように、ピンをずらし上げる。
手の平でしっかりとピンを握ったその時、触れた胸板が大きく上下した。
「んんー…」
ため息まじりの声とともに、失部の手が硬直した秋歯の腕をつかんだ。飛び出しかけた悲鳴を何とか殺して失部の顔に目をやる。
失部は目を薄く開け、まだ眠りの中に留まっているらしい。何か子供でも諌めるように、あるいはいとおしむように、
うんうんと鷹揚にうなずき、掴んだその手で秋歯の腕を何度も撫でた。
「ん、きょうはな、…また、ええときにな」
そして視線をすっと秋歯の顔に向けた。
秋歯が汗の噴きだした手をシャツから引き抜くのと、失部が大きな目をはっきりと開くのとはほとんど同時だった。
うしろに飛びのき、握った拳をひとまず体の影に隠す。失部は眩しそうに目をしばたたかせて周りを見渡してから、
「お、なんや秋歯か。なんや誰かとまちごうた。はは」と少し照れくさそうに言った。
「あ、お、起こしてすみません、失部さん」秋歯はポケットにピンを移すタイミングを探りつつ応えた。
「はは、まちごうた、すまん。……ん?……秋歯」
「ハイッ」
「お前なにしとったんや」
「何…えー、と、ですね失部さん」
「なぁんで、手ェ入れとったんや!」
「…………………虫が」
勢いよく立ち上がった失部に対して、秋歯が背を向けて逃げ出したのは悪い手だったと言わざるを得なかった。
後ろからタックルをかけられ、転ばされ、いとも簡単にひっくり返されて、気付くと秋歯は完璧にマウントポジションを
とられていた。椅子がホワイトボードにぶつかってけたたましい音をたてるのが聞こえた。

「『虫が』やあるかいや、ボケ!」ばしーん、と平手が秋歯の頭に飛ぶ。
「いたいっ!ありがとーございます!」
「なにやっとった、お前ぇ、お前なにやっとったんじゃ」
「何でもないっす!…あれっ!?」秋歯が突然素っ頓狂な声をあげる。
「なんや」
(…ピン)いつの間にやら、手の中からピンの感触がない。
(…ピンがない…)
「あ、いや、何でもありません」
上の空で答えたのが失部の逆鱗に触れたらしかった。失部は身を乗り出し、秋歯のあごをガッチリと掴むと、もう片方の手で
だらしなく伸びた秋歯の顎髭に指をかけた。
「答えんかい、ちゅうとるん、じゃっ」あごからブツッ、と嫌な音がした。
「あああ!痛い!痛いです!ほんとに何でもないっすよっ!」
「お前アホか、お前、どこの世界に寝てる上司をまさぐるやつがおるんじゃ、理由も、ないの、にっ!」
「あ゙ーーーっ、ママ!もうちょっと優しく、優しくやってください」
「ママてなんじゃアホンダラ、おい秋歯ぁ、言うとくけどなあ、答えるまでお前のきったない髭、ぜんっぶ抜くからなぁ!」
「痛いいたいっ、それいいい痛いです、やめて!」
「優しくせえ言うたんお前やないか。どうせO村課長に内部調査でも頼まれたか。髭なくなったら眉毛も抜くぞ」
悲鳴をあげる以外の行動を一切封じ込められた秋歯は、自分の声で頭がくらくらしてきた。
どう対処するか考えることをやめてただされるがまま、痛みにひたすら耐え、
”へえ、ほんとに出るんだ、生理的な涙って。エロ漫画にしかないと思ってた”というような思考に逃げこみはじめた時、
ガチャッ、とドアの開く音が耳に飛び込んできた。
「………」

入ってきた男、庶務係の佐倉木はぽかんとした表情でドアノブを握りしめたまま動きを止めていた。もっとも佐倉木はいつも
ぽかんとした顔をしているから、何を思っているのか実際にはわからない。
「刑.事.く.ん、なんぞ用でもあんのか」失部が馬乗りになったまま凄んでみせる。
「いえ、大したことじゃ…伝票ファイルの棚の鍵、間違えて持って帰っちゃったんで、返しにきたんです」
佐倉木はそう言うと、二人を注視したまま鍵を定められた場所に戻し、また視線を外さずに扉へ取って返した。
「すいませんでした。じゃ」
ドアが閉まるまでの佐倉木の所作を、馬乗りになられた男と馬乗りになった男はただ見送っていた。
「なんやねんあいつ」
「あのー失部さん、もしかして今、ものすごい誤解されたんじゃないですかね」
「はぁ?」
その途端ドアが再び開いた。困惑顔の佐倉木は失部のところに駆け寄ってくると、中腰になって言った。
「まずいですよ、失部さん」
「ほらあ」
「せやからなんやねん!」
「いくら失部さんでも、部下と合意なしにっていうのは、ちょっと。それに場所が場所ですから」
抗議などめったに口にしない佐倉木は戸惑っているらしく、おろおろと視線の定まる先を探している。
「は…はあ!?お前冗談もたいがいにせえよ、刑.事.く.ん、それはちゃうぞ。違う!」
そう言ってから失部は自分の体勢に説得力がないことに気付き、あわてて立ち上がった。
「違うんですか?失部さんが襲ってて、秋歯さんが泣いてたんで、『関係を強要』してるのかと…」
「おそ、ムチャクチャいうな、ぎゃ、逆や逆!」
「逆?」
「いや、逆いうんは、秋歯がわしの指示と逆のことをしたっちゅう意味や。秋歯!しょうもないミスすんな!」
「すみませんっ!」と秋歯も正座で調子を合わせる。

「たしかにちょっと制裁がすぎたかもせんのお。刑.事.く.ん、まあそういう訳や。安心して帰ってええぞ」
「はあ」
まだ訝しそうにしている佐倉木を失部は蹴りのそぶりで追い出してしまうと、今度は秋歯に向かって拳を振り上げた。
秋歯はとっさに身をすくめた。が、拳は落ちてこない。
「もうええわい。刑.事.く.んのせいで気ぃ抜けた。それにわし、今日はO村課長と潜入捜査報告会に出なあかんのや」
「キャバクラですね」
失部は秋歯を強く睨みつけたが、その時に何かを見つけたらしい。サッと床から何かをつまみ上げたのを秋歯は見逃さなかった。
そのまま扉から出て行こうとして、失部はふと振り返り、にやっとしながら言った。
「秋歯。お前わしのこと好きなんか」
「ち、違います」
「おもろないのお」
失部が鼻でふふんと笑って出て行ったあと、ひとり取り残された秋歯はふらつきながら立ち上がった。
あれだけ騒ぎに騒いだせいか、今は部屋がいやに広く、静かに思える。外はもうすっかり夜だ。秋歯は机に尻をもたせかけた。
ささいなことでとんだ目にあった。あごを触ってみると、片側だけが異様にすべすべで、不思議な気持ちがする。
せっかくここまで伸ばしたのに、などとぼんやり考えていたら、急に血液が頭に上ってくるのを感じた。
それから、失部の顔に触れた時、反り返った喉が妙に隙だらけで、何かをかき立てられたことを思い出した。
むしられた髭のあとがじりじり痛む。顔が熱くなるにつれ、響く痛みが皮膚を侵す。
(剃刀買って帰らないと…ああ痛い、痛い、ん?)
あごを撫でた指にべたついたものを感じて、秋歯はもう一度注意深くあごを確認した。
「……これは、涙?泣いているのは、私?……血だ。髭血だ!あの人ひでー!」
疲れきった秋歯はひたすらハイテンションに呟いていたが、出し抜けに叫んだ。
「ていうか、誰かって、誰かって、誰と間違えたんだよおーっ!!」
ついに書類を出せなかった男の絶叫がひと気のない部屋に満ち、すぐに消えた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
4話の秋歯は驚きの萌えキャラぶりでした。6話は一代目も出る(?)みたいだし、楽しみだ!


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