Top/57-478

キスしてほしい

ナマ注意 邦楽バソド原始人ズの唄×六弦
こちらに投下するのはこれで最後だと思いますが、連作物なのでトリップ付けてみました。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

セックスを「小さな死」と表現するのは、どこの国だっただろうか。
上手いこと言ったもんだと、俺はこの頃つくづく思うのだ。

(あ~……死ぬかと思った………)

今夜もまた俺は「死を迎えて」ベッドの上。ライブを一本終えたような――、いや、それよりもひどい疲労感でぐったりと横たわっている。
隣には、共に死を迎えた相手のぬくもり。首だけをめぐらせて様子をうかがえば、いまだ荒い息をしながらも目を閉じて満足げな笑みを浮かべている。
無駄な肉の一切ついていない身体、長い手足をだらりと投げ出して、まるで腹のくちくなったチーターのようなその男は(なんと相手は男なのだ!びっくりだ!!)、俺の長年の相棒。
一緒にロックをやるのに誰よりも最高の相手。互いのことを誰よりも分かりあえる、俺にとって最高の男だ。

けれど、まさかその男とこうして同衾するような仲になるなんて―――、ふつう、思わないだろ?

『やっぱり俺さ、マーツーのこと好きだわ』

そう言った匕口卜は本当に嬉しそうに笑っていて、俺はああ、この笑顔が好きだなぁとつくづく思いながら「俺もだ」と返事をしようとした。
そうしたら、

『だからさ、俺とセックスしてみねぇ?』

その後に続いた言葉はそれこそ青天の霹靂というやつで。俺の世界はしばし時を止めた。
けれど、その間にもヒロトの時は動きづづけているのであって。

『―――マーツー? だいじょうぶ?』

俺をこんなにした張本人のお前が言うのか、という気遣わしげな声と、覗き込む顔。
そして頬にそっと触れてくる骨ばった手。
その感触にはっと我に返った俺は、とりあえずその手をやんわりとどかしながら、おそるおそる現状の把握を試みるのだった。
『……今さぁ、おまえさぁ…、「セックスしてみないか」って、言った……?』
『言ったねぇ』
『……。えっと……、ホントに俺とセックスしたい、の…?』

『うん。そうだよ』

――残念なことにさっきの言葉は俺の聞き間違えでもなく、恐ろしいことに、これは現実であるようだった。
そのうえこの男は、ニコニコと笑いながら
『できれば俺さ、マーツーのこと抱いてみたいんだけど』
なんていう要求まで突きつけてきて。
そんな匕口卜の顔を、俺は目をひん剥いて見つめていたに違いない。

信じられない、と思ったんだ。
だって、俺だぞ?
何年いっしょにいると思ってるんだよ。下手したら、というか確実に、家族よりも長い時間を過ごしている間柄だ。それこそ、昔は同じ屋根の下に暮らしてたこともあったのに、何をいまさら……いきなり……

本当に、本気で俺とセックスできるのか?
そもそもおまえ、俺にさぁ、俺でさぁ……、勃つ、わけ―――?

『うん、もちろん』

またしても返ってきたのは明快な肯定の答え。
さらに匕口卜はいま思い出した、とばかりに言うのだ。『そう言えばさ、前にも俺、おまえに欲情したことあったわ』だなんて。

『アメリカでツアーやったときにさ、俺、よくマーツーで抜いてたもんな』
――アメリカツアーって言うと、前の前のバンドでやったやつか? 長いドサ回りの女日照りで、俺たちが若い性欲を持て余してた、アレだよなぁ…。
あの時はたしか……、マネージャーの持っていた某人気AV女優のビデオテープにさんざんお世話になったんだった。おまえだって、ビデオの貸し出しローテーションに組み込まれてたはずだぞ?

なのに、なんでだ。なんで俺なんか使ってんだよ!?

そんな、とおい記憶を辿りながらの俺の詰問にも、匕口卜はしれっとしたもので。
『うん、でもさぁ、だんだん飽きてきちゃうじゃんか。だから、AV観ながら、イクときはおまえの顔思い浮かべたりしてさ』
『……………』

バンド仲間に、誰よりも気の合う友達だと思ってた相手に、自慰のときのおかずにされていた。

そんな衝撃の事実を、この歳になって知りたくはなかった……。
匕口卜、おまえ謝れ。何も知らずにのん気にAV貸し出しの順番待ちをしていた、あの当時の俺に謝罪しろ。

それに…、うっかり思い出しちゃっただろうが。
ヤローから言い寄られて苦労した、昔のことを。
若いころの俺は、悔しいことになよなよとした見てくれをしていたようで、そして俺が関わっていたのは、普通とはちょっと違う常識がまかり通っていた、「音楽業界」というやつで。
そのせいなのだろうか、同業者やら、いわゆる業界人とやらに、性的なアプローチをされることが時々あったのだ。
あれには閉口した。けちょんけちょんに撃退したり、角が立たないようになんとか逃げ回ったり、とにかくお断りするのがとても面倒だった……苦い思い出だ。

まあ、そんなことがあったのも鑑みてだな、わかった、百歩譲ってあの当時の俺には、いくばくかのセックスアピールが(自分で言ってて情けなくなったのは内緒だ)あったとしよう。
それでも、いまは。
もう20年以上経ったいまとなっては、俺だっていいオッサンだ。
おまえよりいいガタイしてるぞ。うっかりビール飲み過ぎたりすると、腹も出る。
シワも白髪だってあるんだ。

ちゃんと現実を見ろ、そして思い直せ。そんな願いを込めた俺の言葉に、けれど匕口卜はのほほんと笑うのだ。

『俺だって白髪あるよう。染めてるからわかんないだけでさ』
『――――…………』

俺はめまいがした。
駄目だ。話が通じない。
それはいまに始まったことじゃないけれど、この状況でその天然ボケはかんべんしてほしい。
頭を抱えた俺の身体を、おもむろに伸びてきた手がぐい、と引きよせた。

『……っ!?』
『もー、マーツーはむずかしく考えすぎなんだよ』

その見てくれにそぐわない力強さで長い腕の中に抱き込まれ、ひるむ間もなく腰を抱かれ下半身を密着させられて。

『ほら―――、これが何よりの証拠ってやつ』

ね、俺、ちゃんとおまえに欲情してるよ。
どこか誇らしげな言葉の響き。
そして、押し付けられた匕口卜の股間の熱さに―――、

『………あ……』

自分の中にもずくりと熱が生まれるのが分かって、とうとう俺は観念した。

本当は、少し前からこの男の様子がおかしいことには気づいていたのだ。
いつにも増して落ち着きがなくて、どこか思い悩んでいて。
俺を見る目が、日に日に熱を孕んでくるのにも―――、本当は気がついていた。
「キスしたい」と言われたときだって、拒否しようと思えばできたはずなのに、俺はそれをしなかった。
「舌を入れるな」と、ディープな接触を禁じてはみたものの、その約束が守られることはないだろうって、半分そう思っていた。
俺はきっと予感していた。俺たちは今のまんまじゃ居られないんだって。

そして――、匕口卜とするキスはとても気持ちがよかったのだ。
匕口卜が与えてくる愛撫に、俺はたしかに夢中になったのだ。

諦めと開き直りの境地で俺は、匕口卜の背中に腕をまわして抱擁に応えた。
どうあっても俺はこの先、匕口卜と共に有ると決めたのだから。セックスの一度や二度したところで、こいつとの関係の本質が変わるはずもない。

まあ、なるようになるさ―――。

自分の貞操の危機においてさえ、持ち前の楽観主義的思考が発揮されるのが、まるで人ごとのように面白くて。
再び降ってくる匕口卜の唇を受け止める俺の顔は、きっと笑っていたのだと思う。

とまあ、そんな経緯で俺は匕口卜を受け入れて、以来、俺たちの間には大っぴらには口に出せない関係が付け加えられた。
非常にインモラルな関係だ。男の俺が男に抱かれるという理不尽さにも、いまいち納得がいかない。
けれど俺は、匕口卜とこんな仲になったことを、ひとつも後悔していないのだった。
罪悪感はもちろんある。どこか嫌悪感も捨てきれない。
それでも、匕口卜と身体を繋げたときの、なんとも言えないあの感じ―――探し求めていたものを与えられた満足感、不完全な自分に足りないものが補われた充足感―――、あれは、どう考えたって「幸福」以外のなにものでもなくて。
だから、俺は匕口卜とセックスをするのは嫌いじゃない。いや、むしろ好きなんだ。
けれど、ものには限度と言うのがあるわけで。

「やりすぎだ………」

ぐったりと、泥のような身体をベッドに横たえて、俺は恨めしく匕口卜を見つめた。
確かにしばらくライブの予定がないからいいよ、とは言ったけれど、こんなふうに指一本動かしたくない程くたくたになるまで好きにされるとは思わなかった。
自分たちのライブはないけれど、明日は大事な予定があるんだぞ。来日してるス卜ーソズのライブを見に行くというビッグイベントが。少しは加減してくれよ。
それなのに匕口卜は半死半生の俺を目の前に「えー、そうかなぁ?」なんて能天気に頭をかいている。
この、全身恥部男め、と俺は心の中で毒づいた。

まさかこいつが―――、「ライブのあとの楽しみは、ホテルの部屋で数独を解くことです」なこの男が、こんなにもセックスに積極的だとは、思いもよらなかった。
下手すると若者並のがっつきっぷりなのだ。ベッドの中の匕口卜は、はっきり言って野獣だ。
それを身を持って実感している俺としては、もうお互い歳が歳なんだから少し落ち着いてほしいと思っているのだけれど、それとなく何度も匕口卜を諌めているのだけれど、
返ってくるのは「だってマーツーがエロいのがいけないんだよ」という訳の分からない責任転嫁と、「えっ、おまえ、もう枯れちゃったとか? その歳で!?」なんていう聞き捨てならない言葉だったりする。
そうすると、失礼な!とつい負けん気が出てしまうのだ。
おまえと違って俺はただ、がっついてないだけなんだよ、と。
俺は断じて枯れたわけじゃねーー!!と。

そうやって毎回、馬鹿を見ている俺だった。

「…………」
俺はとほほ、という気分で、寝返りをうった。 そうすると身体がぎしぎし悲鳴を上げて、いよいよもって情けなさが募る。
「……明日、ライブ行けなかったらどうしよ…」
ため息ついでに漏れてしまった俺の弱音。
それを聞いて、それまでのほほんとしていた匕口卜の顔色が変わった。
「えっ、うそっ、どうしよ……、マーツー、そんなに身体つらいの?」
勢いよく起き上がって匕口卜が、おろおろと俺の顔を覗き込んでくる。
「………………」

好きなバンドのライブに行けないと聞いたとたんにその態度か。どんなことに対しても、おまえの判断基準はロックなんだな……。

そんな嫌味を言ってやりたい気持ちもあったけれど、泣き出しそうなその表情を見ていると、これ以上ぼやく気もなくなって。
俺はだるい腕を持ち上げて、匕口卜の頭をポンポンと撫でた。
「身体、拭きたいから、タオル濡らして持ってきて」
頼みごとをするとぱっと顔を輝かせて、匕口卜は風呂場へすっ飛んで行く。
忠犬のようなその後ろ姿を苦笑しながら見送ることしばし、濡れタオルを手にとんぼ返りしてきた匕口卜が拭いてやろうと伸ばしてくる手を断って(なんだか子供扱いされているようで嫌なんだ)、俺はのそのそと自分の身体を拭った。
「シャワー浴びといでよ」
落ち着きなく傍に立ちつくしている匕口卜に言うと、「えー、めんどくさい」という子供のような返事。
そいつに、「汚れたまんまじゃ一緒に寝てやんないぞ」としかつめらしい顔をしてみせる。
自分が子供扱いされるのは嫌いだけれど、こいつを子供扱いするのは大好きな俺だ。

「ええーー…」
いよいよ困り顔になった匕口卜は、けれどどうあっても風呂には入りたくないらしい。
「じゃあ、それで身体拭くからさ」
もういいよね、ちょうだいね、と俺の手から取り上げたのは、使用済みの濡れタオルだ。
「―――おい、」
人の使ったタオルを使うんじゃないよ、汚いなぁ、と制止する間もあらばこそ、よくいえば手早く、悪く言えば適当に身体を拭いた匕口卜が、
これでいいよね、と言わんばかりの顔でタオルを後ろに放り投げ、ベッドに潜り込んでくる。
ぴったりと寄せられる身体、巻きついてくる腕。
「えへへ」
もぞもぞと身動きを繰り返して、俺を抱き込むような体勢に落ち着いた匕口卜が、いたずら坊主の顔で笑う。

――本当さぁ、おまえは……、子供か。

俺はもう、ため息しか出やしない。
おまえはいったい幾つになったら風呂嫌いが治るんだ。あきれ果てながら、それでも、「まあ明日の朝風呂に叩きこんでやればいいか」なんて、
「そしたら俺が、頭の先からつま先までしっかり洗ってやろう、そうしよう」だなんて、大甘な算段をしている俺がいて。

きっと俺は、こいつを甘やかしすぎているんだろう。
いろいろと振り回されている自覚もある。
このままでいいものか?という危機感も、ほんのちょっぴり。

それでも、悔しいことに、この腕の中に捕われてるのは、案外気持ちいいんだ。
抱きしめ返すと、細い身体は俺の腕にちょうどいい具合にすっぽりと収まって、そのサイズ感が小気味いいんだ。
そして、俺の腕の中で嬉しそうに笑う、この男の笑顔が、俺はなによりも好きなんだ。
本当に、まったくもう、こいつには敵やしない。

きっとこんな状態を「幸せだ」って言うんだろう。
だからまあ、仕方ない。このさい全面降伏して、素直になってしまおうか。
俺は白旗をあげるような気持ちで、匕口卜の額に自分のそれをこつん、とぶつけた。
ねえ匕口卜、と目を覗き込むと、きょとんとした顔が見返してくる。
そのまんまるの瞳を愛しく思いながら、俺はとりあえず思い付いた「素直な願い」を口にした。

「ね―――、キス、してほしい」

その直後、なにかに打ちのめされた風情の匕口卜が「まったくおまえには敵わねぇよ…」と白旗を上げるのを、腑に落ちない気持ちで眺めることになるのだけれど。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
最後規制にひっかかって、スレを占領してしまいまして本当にすみません!
読んでくださった方、どうもありがとうございました。


このページのURL:

ページ新規作成

新しいページはこちらから投稿できます。

TOP