Top/57-346

春の夢

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

俺屍
男主人公・菊人
日常のひとこま。
性描写はありません。
主人公の性格捏造してますので苦手な人は気を付けて下さい。

「今年でこの桜も見納めかァ」

中庭の桜を見上げながら、男がしみじみと口にした。そっと木の幹に触れて、撫でる。幹のざらりとした感触が皮膚の上を過ぎていった。
「なあ菊人、お前は来年も見られていいよなあ」
妬みや、不満でなく、本当に羨ましいといった風に男は言う。子供のような純粋さで。
「……何が羨ましいんだか」
彼はまだ生まれてから一年少ししか経っていない。
短命の呪い。彼の一族にかけられた呪いは、異様な成長速度と、あまりにも短い寿命をもたらした。四季を経てようやく次の年を迎えたあたり、来年を迎える前に彼らは死ぬ。
「人間様はキミみたいに桜をありがたがるけどさ、何がそんなに良いんだかねェ。
僕にはサッパリわかんないや、春にはぞろぞろ行列引き連れて宴会、酒飲んで酔っ払って、騒いで歌って……まっ、祭り好きな君たちの事だ、そういう乱痴気騒ぎが好きなのは分かるけどサ」
「菊人は桜が嫌いか?」
菊人はさぁね、と誤魔化すように笑ってみせた。
「考えたこともなかったなそんな事。ああ、花びらが地面に散らばって踏まれてンのはみすぼらしいと思うけど」
「そうかあ、俺は好きなんだけどなあ……」
はらはらと花弁が男の肩に舞い落ちる。男は肩に視線を移し、そっと拾いあげた。

「ほら、見てみろよ綺麗だろ?」
「ふぅん、綺麗だから好きなんだ」
「ああ。綺麗なものは好きだ、花も女も……お前もな」
菊人が馬鹿にしたような視線を男に向け、鼻で笑い飛ばした。
「はぁ?! なあに言ってんだか、とうとうモウロクしちゃった?」
「死期は近ェだろうけどよ、そこまでボケてねぇよ。この通りピンピンしてらあ」
死期が近い。冗談めかした台詞にある鋭さに、菊人は一瞬返事を躊躇った。
「それじゃあ春に毒されでもしたんだろ」
「ハハ、相変わらずきっついな」
菊人は桜に近づく。男の隣に並んで、空を仰ぐ。
「俺もさ、前はそんなに好きじゃなかったんだよ桜って。
すぐ散っちまうし、縁起悪いだろ。
でもさぁ、最初に咲いた桜が散ってよ、夏になって……葉桜になって秋になって……でさあ、冬になって待ってるうちに、待ち遠しくなってる自分がいて……あ、俺って桜好きなんだって気付いたわけさ」
「ふぅん。割とどうでもいいね」
「ひでぇなお前。人が真剣に話してんのに……」
「ハハハッ、悪い悪い」
菊人は桜を見た。男が「縁起悪い」と言った通りにすぐ散ってしまう儚い花。

男が不吉を感じたのは、おそらく花に人の生を重ねたからだろうと思った。
永劫を生きる神からしてみれば人間の生は米粒のようなもの。その刹那の生を、咲き誇ろうと藻掻きあらがい、消えていく。

人はあまりにも脆く弱い。

だからこそ、この男を見ていると思うのかもしれない。

「もし、君たちが、朱点を倒して君たちと僕の呪いが解けたらさ、花見に行こう」
人に秘められた可能性を。
神の力だけでは為しえない奇跡。
神と人が交じりて子を産した時、その子は神をも超えし力を持つという。

「僕、いい庭を知ってるんだ。紅い華が咲いてそりゃあ目も眩むほど美しいんだから……」

男は返事をしなかった。
菊人の言葉を聞いて、目尻を緩ませうっすらと微笑んだだけだった。
来年も桜は咲くだろう。
その頃、自分はいない、と。
聡いからこそ、彼は自分の行く末を知っていた。
菊人は歯噛みする。本当に憎たらしい。せめてもう少し愚鈍であったなら、甘い夢に酔わせ続けてやれたものを。

「……だからおいで。僕を殺しに」
自分以外には誰にも聞こえないように囁くと、「何か言ったか」と肩に声が降りてきた。

「ううん、何でもないサ、ちょっとね、他愛いない独り言だよ」
「そっか、それならいいんだかな。なあ菊人」
「ん?」
振り返る。御天道様みたいにカラッと晴れた顔がそこにあった。

「案内、楽しみにしてるな。お前と見る花は綺麗だろうから。ああ、そん為にも朱点を討たないとなあ」
「だっらしないなァ、面倒臭そうにしてさ、嫌なのかい?」
「いやあ、そんなことはねェけど。だってよ、朱点を倒したら、お前元の姿に戻れんだろ?」
まさかそれを言われるとは夢にも思っていなかったので、返答が遅れた。
「え?……ああ、ウン」
今一度向けられた視線は菊人をしっかと捉えて離さない。
「だったら張り切らねえとな」

菊人はそこで初めて知った。
この男は。
この風変わりな男は。
「死ぬ前によ、一度くらいは好きな奴の手に触りてぇじゃねえか」
己の為でも、一族の悲願の為でもなく。
「……我が儘」
「我が儘で悪かったな」

ただ自分が肉体を取り戻せるようにと戦おうとしていることを。

なんて……愚かな奴だ。
家族より血族より、恋した相手をとるなんて。

「ご先祖様が見たら鼻水垂らして泣いちゃうかもね」
「泣かしとけ泣かしとけ。男の人生は一度きり、誰の為に闘うも生きるも、そして死ぬのも全て俺が決めるさ。なあ菊人、今日は随分と暖かいな……なんだか眠くなっちまうぜ、ははっ」

男はゆっくりと瞼を伏せ寝息を立て始める。
声はぬくもりを宿してそこに留まり続ける。
「桜か……ま、悪くない、ね」

半透明の肉体――触れることができず、温かみの通わないはずの身体に、春が滲んだ。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


このページのURL:

ページ新規作成

新しいページはこちらから投稿できます。

TOP