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山雨来たらんとして風楼に満つ

ピンポン ドラチャイ
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57-119 57-149 の続き
原作で何にびっくりしたって、あの風間があのゲームを知ってたってことだよ

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「部屋で…リオカートなどっ!」
風間の怒号が廊下に響いて、下級生は首をすくめた。
真田が下級生に説教しているのを後にして、風間は息を吸い込んだ。
沈丁花の匂いがする。

    ◇

寮でそのテレビゲームが流行っているのを、風間はうっすらと認識していた。
卓球部員だけでなく、寮全体を巻き込んだ流行である。
前年度の卒業生が在学中に灰色の四角い家庭用カセット式テレビゲーム機を持ち込み、それが火をつけたのだ。
火は瞬く間に広がり、「部屋」と呼ばれる、ワンフロアに一部屋置かれているいわゆる談話室に誰かが持ち込んで、各階に一台置かれるようになった。
寮鑑は黙認している。寮の生徒の部屋にはテレビはない。
ややこしいことに、生徒の部屋は「自室」と呼ばれ、談話室が「部屋」と呼ばれる。
「テレビ部屋」が縮まったものだろうか。

風間はテレビゲームに興味はなかった。
卓球部員の中にも夢中になっている者がいて、真田や猫田もご他聞に漏れずコントローラーを握っていた。
『部屋』で夕食後スポーツ雑誌を読んでいた風間の耳に、かまびすしい寮生の声が飛び込んできた。
ふと気がつくと、テレビ前はゲーム画面に向う寮生とそれを取り巻くギャラリーでいっぱいになっていた。
記事に集中していた風間は気がつかなかったのだ。
真田と弓道部の沢岡がコントローラを握っていた。どうも真田が勝ったようだ。
「くっそー」
沢岡が大げさに悔しがっている。
かけていた眼鏡を外しながら振り向いた沢岡が風間に目を留めた。
「風間、お前もやってみろよ」
「何をだ」
「これこれ」
「いや、遠慮しておこう」
真田も口を出した。
「たまには下賤の遊びにも付きあうもんじゃ」
「そうや、風間、真田と勝負せぇ。こいつ、一人勝ちしとるんや」
猫田が風間の眉をひそめた顔を見て笑いを噛み殺しながら近づいて来、風間の手を引いた。
テレビの前に無理矢理に座らせられ、手にコントローラーが押し付けられる。
「ほい」
「ちょっと待て、私はやったことがないのだぞ」
「よっしゃ、俺が教えてやる」
立ち直ったらしい沢岡が、眼鏡をかけ直して真田からコントローラーを奪った。
あの風間がゲームする気になった、と周りの寮生が驚き、わけのわからない盛り上がりを見せた。
勢いに押され、手の中のコントローラーを握る。
キャラクターを選択し、見様見まねで操作をすると、よろけながらキャラクターが走り出した。

慣れた沢岡はあっという間に風間を置いて見えなくなった。
おいてきぼりを食った風間のキャラクターは操作感が掴めないままコースアウトした。
立て直したところをスリップして半回転し、ようやく前を向いて走り出したと思ったら上から降ってきた巨大な石にぺちゃんこにつぶされた。
茫然としている間に突然後から何かをぶつけられ、星を撒き散らしながらまたもやコースアウトした。
その脇をすごい勢いで沢岡が追い抜いて行く。
なすすべもなくこてんぱんにやられると、ふつふつと煮え滾るものである。
「まず練習させてくれ」と低い声で告げると、風間は集中して何度かコースを辿った。
アクセルのかけ方、ブレーキのかけ方を手に覚えさせる。
その後、沢岡と真田にそれぞれ走らせた。
「そのカーブのところでテンテンと飛ぶのはなんだ」
「ドリフトじゃ」
真田が答え、テクニックを教える。
ドリフトを覚え、ついでに相手への嫌がらせも覚え、「風間、勝負しようぜ」と沢岡が言うのを機に、「せっかくじゃけぇ4人で対戦じゃ」と真田が言って、
コントローラーが二つ増やされ、「どうせならトーナメントにするべ」と誰かが言いだし、フロアの寮生を巻き込んで大騒ぎになった。

    ◇

風間が孔を初めて自分のマンションに招き入れたのは、小雨が降る肌寒い夜のことだった。
外で夕飯を済ませ、コンビニでアルコールを購入した。
風間の部屋は、シンプルで余計なものがない。
こまごまとしたものが置いてある孔のアパートに比べると、がらんとしていると言ってもいい。
「うわ、なにもないねぇ」
半ば呆れたように孔が声をあげる。
「物は少ないほうがいい」
「そう?」
「私はな」
「ふぅん」

フローリングに落ち着いた色のラグ、テレビとビデオデッキの置いてある棚、それに本だけはたくさん詰まった本棚とローテーブル、ソファ。
ダイニングにキッチンがくっ付いているような部屋の奥に、もう一部屋あって、風間はそちらを寝室に当てていた。
寝室の床には筋トレ用品がいくつか転がっている。
風間には見慣れた風景が、孔には珍しいのだろう。
きょろきょろしている孔に座るよう促し、「何か飲むか?」と聞く。
「お茶、買った?」
「いや。茶がいいか。淹れるか」
「うん」
キッチンで湯を沸かし、急須を用意しかけ、思い直して手のひらに乗るほどの小さな鉄瓶を出す。
風間は茶が好きだ。コーヒーも飲むが、緑茶もよく飲む。
海王の寮にいて唯一不満だったのは、茶が不味いことだった。
一人暮らしをする段になって、家から母親の茶とその小さな鉄瓶を持ちだした。
茶葉を入れた小さな鉄瓶に湯を注ぐ。
器には頓着しない風間は、マグカップに湯気の立つ液体を注いだ。
とろりとした翡翠色の茶がいい香りを放つ。
「あ。いい匂い」
孔が嬉しそうにマグカップを手にする。
一口すすって、「オイシ」と微笑む。
「風間、これ、いいお茶」
「ああ」
「私、日本来て、お茶まずい、がかりしたよ。ペットボトルのお茶、みんなまずい」
「まあ、売っているのはな」
まだ珍しそうに部屋の中を見回していた孔が、なにかに目を留めた。
「なにそれ、風間、ゲーム?」
「ん?」
孔の目線を辿って、テレビの下の、グレーのカセット式ゲーム機に気がついて、苦笑した。
「ああ、海王を卒業する時に、後輩どもが卒業祝いだと言って一式くれたのだ」
世界で一番売れたと言うゲーム機である。
それにコントローラー4つとタップ、ゲームカセットをセットにして贈られたのだ。
風間は笑って受け取るしかなかった。

「風間、ゲームするぅ?」
孔がすっとんきょうな声を出す。
「一人ではやらんが」
と手を伸ばしてゲーム機を出す。しばらく存在を忘れられていたそれは、うっすらと埃をかぶっていた。
差し込まれたままのゲームカセットには、車に乗った赤い帽子のヒゲの配管工の絵が描かれている。
「ああ、これ知ってる」
「寮で流行ったんだよ、一時期」
「へぇえ」
よほど風間とゲームが結びつかないのだろう。孔の目が丸くなっている。
「流行っても、風間、やらない人かとおもた」
「寮の悪友に無理矢理やらされたんだ。そうしたら負けた。負けたら悔しくてな、徹夜したよ」
それを聞いた孔が楽しそうに笑った。
「風間、やりたい。勝負」
「ほう? 私は強いぞ」
「私も、負けない、よっ」
埃を払い、電源を差し込んで本体をテレビに繋ぐと、ゲーム機から伸びるコントローラーを持って、二人はテレビの前にあぐらをかいた。
軽快な電子音が響き、キャラクターの選択画面に進む。
「風間、なににする?」
「キノコだな」
「ええっ」
即答した風間に、孔が絶句する。
「ゴリラかとおもた」
「孔は」
「決まてるよー、私、いつだって主人公選ぶよ」
孔がいそいそとキャラクターを選ぶと、チェッカーフロッグが振られ、キャラクター達が走り出す。
何度か孔の妨害にあったが、立ち上がりの早いキノコは、その瞬発力にものを言わせ、ぐんぐんとコースを進む。風間の勝ちだった。
「…なんか、ずるい」
「ずるくはないだろう」
「もう一回、やる」

負けて熱くなった孔が、ローテーブルの缶ビールを開けて口を付けた。
上下する咽喉に一瞬目を奪われ、目を反らし、風間もビールを手にする。
冷たいアルコールが咽喉を滑り落ち、胃を冷やす。うまい、と思った。
コースを変えて再び勝負したが、やはり風間の勝利だった。
あっという間に缶は空になった。
「むー」
孔が二本目に口を付ける。
「最初にコースを頭に入れて、それからコース取りをするんだ」
「ん」
「ビールがなくなりそうだ。買ってくる。一緒に行くか?」
「んー」
「…練習しておくといい」
「ん」
靴を履いて鍵を取り上げる。
正直なところ、一人暮らしをするようになって、自分の住まいに誰かをあげたのは孔が初めてだ。
ドアに手をかけて、部屋の中を振り向くと、背中を向けた孔がテレビの前にいる。
孔が振り向いて、「いてらしゃーい」と手を振った。
「…行ってきます」
ドアを閉めると、吐く息が白い。雨は止んで、街灯に濡れた道路が光っている。
ぶるりと身を震わせて、上着のポケットに手を入れ、すぐ近くの店目指して風間は歩き出した。
酒屋が経営しているコンビニで缶ビールとつまみを買い、店を出ると、さっきは止んでいた雨が、また微かに降り始めた。
霧雨に近く、急ぐ必要も感じなかったが、気温がぐっと下がったようで風間は早足になった。
「ただいま」
ドアを開けて玄関に入ると、暖かい空気が風間を包んで、荷物を床に置くと早々に上着を脱いだ。
「おかえりなさーい」
暖かい部屋で孔が自分を待っていることが予想以上に嬉しい、と言うことに、風間は驚いた。
風間の胸がふと緩むような気持ちになる。

孔が振り向き、笑いだした。
「かざまー、鼻、赤い」
「外は寒いのだぞ」
風間は手の甲で鼻を擦った。
「風間、早く、続きやる。もう負けないよ、私」
ビニール袋をローテーブルに置くと、風間は孔の隣に腰を下ろした。
それからしばらく、風間と孔のレースが続いた。孔は確かにコツを掴んでいた。
程よくアルコールが回り、ささいなことがおかしい。
甲羅を投げられたと言っては笑い、押されて橋の上から落ちたと言っては笑い、二人ともげらげらと笑って盛り上がった。
ビールの最後の一口が風間の咽喉を落ちてゆき、孔の缶も空になった頃には、とっくの昔に終電はなくなっていた。
二人とも酔って、画面の中のキャラクターはよろよろとした動きをするようになった。
「あー、もう、おしまい」
孔がコントローラーを投げ出して、カーペットに転がった。
「うわー、私、酔てるよー。ぐるぐるまわるー」
「私もだ」
「風間も転がれ」
「わっ」
孔に腕を引かれ、転がった孔の隣に倒れ込む。
一緒に天井を見上げていると、ふと壁の時計を見た孔が、慌てた声をあげた。
「あー、もう、電車、ない」
「泊まっていけばいい」
「ん…」
孔が腕をあげて天井の灯から目を隠した。
「眠い…。泊まる」
「そうしろ。酔いざましに茶でも飲むか」
「うん…アリガト。風間のお茶、オイシイ」
起き上がって茶を淹れ、振り向くと孔は寝かかっていた。
「孔。茶が入ったぞ」
「ん…」
孔が身じろぎして、腕を下ろした。目を閉じた孔の顔が現れる。
その表情に、風間は見入った。

泊まれと言ったのには何の他意もない。しかし、すぐ近くに孔がいるということをあらためて意識すると、風間は落ち着かない気持ちになった。
「孔。寝たのか? 風邪を引くぞ」
いらえはなかった。
「孔?」
孔の側に腰を下ろし、顔を覗き込む。
微かな息遣いが聞こえ、風間の胸が締めつけられた。
好きだ、と言えたらばどんなにいいだろう。
近くにいれば触れたくなる。
不意に、鎌倉の薄暗がりの中で触れ合った指を思い出した。
「孔…?」
腕を伸ばし、孔の髪に触れる。真っ黒な、短めのさらさらと癖のない髪の毛が、風間の指の間を滑る。
幼い子供をあやすように、風間は孔の頭をゆっくりと撫でた。
手を付き、孔の顔の上に覆いかぶさる形で、風間は自分の顔を寄せた。
やめろ、と言う声が頭の中で響くが、体が止まらない。
風間はほとんど聞こえないような小さな声で、囁いた。
「好きだ」
孔の軽く引き結ばれた唇に、唇を寄せ、軽く押し当てる。
「…文革」
もう一度くちづけると、無理矢理に体を引き離した。
これ以上孔に触れていると、くちづけ以上の何かをしてしまう。
「すまない」
眠っている孔に向って謝ると、体を起こした。
立ち上がり、毛布を出して孔の上にかけると、ちいさなスタンドをつけて、部屋の明かりを消した。
オレンジ色の光がぼんやりと部屋の中を照らす。
風間は迷って、孔の顔が見える場所に腰を下ろした。
ローテーブルの上で湯気を立てているマグカップを手にし、また少し考えて置く。
戸棚から、時折口にするジンの瓶とショットグラスを手に取ると、孔の近くに座る場所を変えて、好きな男の髪をまたゆっくりと撫でた。
風間は、今夜は眠れないかもしれない、と思った。

胸が痛い。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

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