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はじまりのかたち

ピンポン ドラ×チャイ
原作最終巻のインハイ予選終了後から1年半経過した頃
チャイのビジュアルは映画版推奨

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

人垣の真ん中に、星野と月本が何か話をしているのが見える。
星野が渡欧するという今日、風間は空港に見送りに来ていた。
少し離れたところに、孔が柱にもたれて立っているのに気がついた。
風間は歩くスピードを緩めて、孔に近づいた。
「やあ」
「風間」
「久しぶりだな」
孔と肩を並べる。
星野は周りの人間に頭をぐしゃぐしゃ撫でられたり、肩を叩かれたりしていた。
月本がこちらに目を向けた。二人に気がついたのだろう、星野に顔を寄せて何か話しかけた。
星野が嬉しそうに人垣をかき分けてこちらに歩いてくる。
「ドラゴン! チャイナ! 来てくれたんか」
「壮行会には行けなくてすまなかった」
「んん、見送り来てくれただけで十分よ」
「星野、気をつけて、行け」
「ありがとチャイナ」
月本が二人に頭を下げた。
「お久しぶりです、風間さん。孔も」
「ああ」
「飛行機初めてだからさぁ、オイラぶるっちゃうぜ」
星野の向こうに、佐久間の顔が見えた。目礼をよこす佐久間に、頷く。
いったい佐久間と顔を合わせるのはいつぶりになるのか、インターハイ予選会場の便所で声を掛けられた、あの時以来かもしれない。
いや、あれは扉越しに話をしただけで、顔を合わせてはいない。
恒星の引力のように、星野の周りに一度はバラバラになった人間が集まっている。
彼がいなくなれば、重力を失ってまた散り散りになるのだ。

搭乗を告げるアナウンスが流れると、月本が星野を促した。
「…ペコ。行ってらっしゃい」
「ん」
佐久間と田村が星野に声を掛け、それに向って星野は笑うと、荷物を肩に、ゲートの中へ入った。
振り向いて大きく手を振り、
「ちいっと行ってくるかんねー!」
と叫び、後ろ向きに歩いてゆく。
星野は最後まで手を振りながら後ろ向きのまま歩いていたが、人の背中に紛れて消えた。

飛行機が豆粒よりも小さくなって、空に吸い込まれていく。
月本に目をやると、フェンスに寄りかかり、見えなくなった飛行機を探しているように空を凝視していた。
「行ったな」
風間の呟きに、ふと我に返ったように月本が振り向き、「そうですね」と小さく笑った。
風間は、いつも見送られる側だった。
見送る側と言うのはなかなかセンチメンタルなものだ。
佐久間が「ムー子、知らねえガキに構うな。オババ、…スマイル、そろそろ」と声をかけ、「風間さん、…ご無沙汰していました。今日は電車で?」と聞いてきた。
「いや、車だ」
「俺達も車です。こいつら乗せてきたんですが、初心者マークにはちょい試練でした。星野はぎゃあぎゃあうるせえし。ワンボックスなんで楽は楽でしたが、やっぱり成田は遠い」
「そうだな。まあたまには気分転換になっておもしろい。免許取り立てで首都高走ったのなら度胸がついただろう」
佐久間が星野と月本を乗せて、か。風間は海王での佐久間しか知らない。幼馴染みというのはそう言うものなのか。幼くから世代を共にする人間との密な関係と言うものに縁がない風間にとっては、想像の範疇外だ。
ふと思いついて、風間は孔に振った。
「孔は?」
「わたし、でんしゃで来たよ」
「乗っていくか」
「いいのか」
「帰りは誰かが一緒の方が退屈せんだろう。眠くなっても困る」
話がまとまりそうだと見たのか、佐久間が「それじゃ」と頭を下げた。

ハンドルを握ると、孔が顔をのぞき込んで、不思議そうな表情をした。
「なんだ?」
「さっきから、気になてた。風間、なにか、かお、ちがう?」
「顔? …ああ、これか、眉か?」
「ああ! そか。まゆげかぁ」
いかにも得心がいったという様子の孔に、つられて笑みが浮かぶ。
海王学園を卒業後、風間は大学へ進学した。
卒業と同時に寮を出、一人暮らしを始めたのだが、それをきっかけに眉を剃ることだけはやめた。
自分の中で、海王からの卒業が一区切りであったことは間違いない。
「風間、まゆげあるの、いい」
「そうか」
「かみのけは?」
「髪は、まだなんとなくな。伸ばせないままだ」
「まゆある、顔、ぜんぜんちがう」
「そうだな。時々うっかり剃ってしまいそうになる」
「あたま剃るとき?」
「そうだ」
孔が声をたてて笑った。
「かみのけ、のばすといい。見てみたい」
ギアをローに入れ、ゆっくりと発進する。
「途中でどこか寄りたいところはあるか?」
「ない。あ、でも、おなかすいたな」
「それでは適当なところで食事を取ろう。道中は長いぞ」
窓の外では、まるで突然地上から生えたかのように飛行機が上昇してゆく。
風間はしばらく無言で車を走らせた。
孔は助手席で窓の外を眺めていた。
「…おもしろい、ね。なにもないところに、おおきいたてもの、ある」
「そうだな」
「おなじ空港、でも、上海とずいぶん、ちがう」
「思い出すか?」
「んー」
孔は少し考えるそぶりを見せ、「なつかしい、ね」と言った。

車が首都高に入ると、孔はくねる道に沿って迫ってくる壁に、「哦!」と声をあげた。
首都高は、ビルの合間を縫って作られているので、高速道路にあるまじきカーブをそこら中に配置している。
スピードを故意に落とせば、後続車を巻き込んだ事故になりかねない。
運転に緊張を強いられるところであり、それを偏愛しているドライバーがいるのも確かだ。
それでも風間の走る湾岸線は、都内を走るよりも細かいカーブがないだけ楽だ。
「風間、かべ、ぶつかるっ」楽しそうな声が風間に向けられた。
「ぶつからん」
「ゴーカート、みたい」
「遊園地ではないぞ」
自然と風間の声にも笑いが混じる。
食事は成田から東京へ向う高速道路途中のサービスエリアで、軽くすませていた。
成田を出る頃は青かった空が、既に夕暮れに染まっていた。
薄い膜のような雲が、流れるように空を覆っていた。
孔の座る助手席側の窓には、星が光りはじめている。夜と夕方が混在している。美しい光景だ。
風間は黙り込んでしまった孔に視線を投げた。
孔は惚けるように空を見ていた。細い鼻梁と、頬がオレンジ色に染まっている。きれいな顔をしているな、と思う。
夕暮れの中のドライブは、まるでデートをしているようだ。
「くも、すごいね」
「美しいな」
「うん」
「…ートのようだな」
「え、なに?」
「いや、なんでもない」
無表情を装って、風間は運転に専念した。孔はそれ以上聞いてこなかった。

高速を降りて一般道に入ると、時刻は既に宵を回っていた。
赤信号で車を停め、無口になった孔をそっと目の端で見る。眠っているのだろうか。
孔が身じろぎして、顔をこちらに向けた。
「寝ていなかったのか」
「…おもいだしてた。いろいろ。ひこうき見て」
「ほう」
信号が青になる。
「私の国の、おとうさん、おかあさん…コーチ…それから、風間」
「私をか?」
「風間に、私、まけた」
前の車のストップランプが消えた。風間もギアをローに入れ、クラッチをゆっくり戻す。車が動き出す。
「あのとき、卓球、やめよう、おもた。ユースやめるときより、ショック、ショック、だたよ。コーチ、いったね。『文革、きみのじんせい、はじまたばかり』 …わからなかたよ。わたしのじんせい、もうおわた、おもたよ」
孔の言葉は独り言のように、ぽつりぽつりと続く。
「しばらく、かんがえた。わからない。わからない。でも、辻堂、残る、きめた。わたし、かえらない」
正面を向いてハンドルを握りながら、風間の耳と心は孔を向いていた。
「つぎのとし、わたし、星野にまけた。あなたと試合、できなかたね。でも、あなた、星野と、いい試合、した」
「ああ」
「私も、あなたと、いい試合、したい、おもたよ。だから」
信号が赤になった。車はゆっくりと停車する。
風間は助手席の孔を見た。
孔の目が、車の中に差し込む白い街灯の光で鈍く光っている。風間の目をひたと見つめてくる。
「わたし、やめなくてよかた、おもた。…それを、おもいだしてた」
「いつか、また手合わせ願おう」
「…うん」
孔が微笑んだ。
「うん」

その時風間の中に生まれたものに、風間はまだ気がつかない。
それは時を経て、風間の中で少しずつ育ってゆく。風間がその存在に気がつくまで、心の奥に封印されて、眠る。

車が孔のアパートの前に着いた。
「ありがと、遠かたね。つかれたね? あがて、おちゃ、のむ」
「いや、遠慮しておこう。路上駐車が出来る道ではなさそうだ」
「そう…またね。ありがとう」
「ああ、また」
孔がドアを閉め、身をかがめて窓をのぞき込み、手を振った。
風間は名残惜しい気持ちを抱えながら、アクセルを踏んだ。
「また」
孔がフロントミラーの中で小さくなってゆく。風間は言葉に出来ない思いを少しばかり持て余して、アクセルを踏んだ。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

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