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江戸御菓子噺

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
タイガードラマの武智と伊蔵。江戸修行時代のほのぼの。
本スレからまた色々とネタをお借りして、たまには明るいモノを目指してみた。

目の前に茶色く丸い物体があった。
皿の上に一つ置かれた、それに視線を落としながら口が開く。
「今川焼……」
「好きじゃろ?」
呟いた瞬間後ろから声を掛けられ、伊蔵は座したままハッと背後を振り返る。
するとそれには、湯呑みと急須の乗った盆を手に、部屋の戸口に立つ武智の姿があった。
慌てて立ち上がり、手のものを受け取ろうとする。
しかしそれに武智は、ええからと伊蔵と制すると、その前に回り込み自らも膝を折った。
置いた盆の上で茶の入り具合を確かめ、すべらかな手つきで湯呑みに注ぎ入れ出す。
その間、もう一度座り直した伊蔵は、なんとも所在なく目を周囲にさ迷わす事くらいしか
出来なかった。
稽古後に招かれた、そこは武智の百井道場での私室だった。
入門し早々に道場主に認められ、塾頭を任されるのと同時に与えられた。
自分達の居住する藩の中屋敷は、さして遠くにある訳では無かったが、それでも
通うよりは住み込んだ方が塾頭を務めるには何かと楽だろうと、熱心な薦めを受け
居を移したそこは、確かに藩邸の部屋よりは一回りほど大きく、作りも綺麗だった。
机の上に整然と積まれた本の山や棚の上を飾る活けられた花。
居心地が良さそうなその空間に、しかし伊蔵の胸には逆に複雑な想いがこみ上げる。
それはなんとも、まるでこちらに武智を取られてしまったような。
そしてそんな感情を後押しするように、黙る伊蔵の脳裏にはこの時、昨日の出来事が蘇っていた。
あれも稽古後の事だった。
裏の井戸で汗を拭っていた自分を、不意に取り囲んできた百井の門弟達。
江戸の三大道場の中で格の百井と謳われながらも、自分達が入門した時にはひどく素行が荒れ、
品行も悪かった門弟達は、当初規律厳しくそれらに叱責を飛ばした武智に反感を抱いたようだった。
土イ左の田舎の新入りのくせにと、あからさまに逆らい、言う事にも耳を傾けず。
しかしそうして彼らがその生活を乱れさせている間にも、武智は一人自らの身を律し続けた。
朝稽古には誰より早く入り、雑事にも率先して取り組み、終われば寄り道の一つもせず
まっすぐに藩屋敷へと戻ると、夜も時折行われる他藩有志との会合に顔を出す以外は、
遊びに出掛ける事も無い。
酒も女も賭博もやらぬ。
他人に厳しいが自分にも厳しい。それをここまで徹底されれば、人間何かしら自分の中の
後ろめたさが刺激されるのだろう。
気がつけば日が経つごとに徐々に徐々に、百井の門弟達の素行の悪さは治まっていった。
いや、治まっただけではない。それ以上に、
「おいっ。」
背の低い自分をわざと見下ろすように掛けてくる高圧的な声。
それにムッと伊蔵がその大きな瞳の眼差しをきつくすれば、数人いた彼らは一瞬ひるみかけた
ようだったが、それでもそれをなんとか取り繕うと、続けざまにこう言葉を発してきた。
「聞きたい事があるんだが、」
到底人に物を尋ねる態度とは思えぬ口調で、しかし彼らが次に口にした事は伊蔵を驚かせるに
十分足りるものだった。
「塾頭が下戸で甘党と言うのは本当か?」
「……はぁっ?」
いきなり何なのだと思った。しかしそうして伊蔵が返事を返せずにいると、彼らはやがて
焦れたように口々に問いを発してきた。
「甘党ならば何が好きだ?饅頭か?団子か?」
「それとも羊羹や心太の方がいいか?」
「今川焼などは食されるか?」
たぶん……全部食べると思う。
けれどそう答えてやるのはやはり何故か癪で、それゆえ尚も押し黙っていると、彼らはその問いを
更に過熱させていった。
「ならば花は好きか?先日、百井先生の部屋の花を活けられているのを見たが。」
「本がお好きなようだが、どのようなものを読まれる?気に入りの作者とかはおられるか?」
いったいなんなんだ、と思った。
だから一言、知らん!と言い捨て彼らに背を向ければ、途端背後に激しく罵声を浴びせられる。
それにも伊蔵はチッと思う。あやつら、つい先日まで武智先生の悪口ばかり言うておったくせに。
恥知らずな。
しかしそんな彼らの行動力は、苛立った自分の想像の更に上を行くもののようだった。

「今川焼…」
もう一度、なんだか昨日耳にしたような気がする物の名を呟いてみる。
するとそれに武智は煎れ終わった茶を伊蔵に差し出しながら、ん?と顔を上げてきた。
「あぁ、これならいただき物じゃ。百井先生が門弟の一人に買うてくるよう頼んだらしゅうての。
なんでも江戸で有名な店のもんらしい。が、なんちゃあ数を間違うて多めに買うてきてしまった
とかで、良ければっちゅう事でわしにも数個届けて下さった。」
「……はぁ。」
「もう少し数があれば藩の皆にも配ってやれたんじゃが、どうにも足らんかったでの。
せやきにこれは内緒じゃぞ。」
わずかに声を潜め、武智が伊蔵に悪戯めいた表情を見せてくる。
ひどく砕けたそんな珍しい武智の様子に、伊蔵はこの時しばし見惚れた。
そして今更ながらに、他の誰でもない、菓子を分け与えてくれる相手に武智が自分を選んでくれた
幸せを噛み締める。
例えそれが子供扱いだったとしてもだ。
「いただきます。」
行儀良く手を合わせた後、その手を伸ばす。
するとそれにならうように武智も菓子を手に取った。
2人ほぼ同時に口に運び、味わう。
「思ったより甘さ控えめな、上品な味じゃのう。」
食べながら武智がそんな批評を口にする。しかし伊蔵にすると、そんなものか?と言う感想しか
出てこなかった。
ただそんな繊細な味がわかるなんてやはり武智先生はすごいなぁとは思う。その上で、
「でもおいしいですき。」
感謝の想いも込めてそう告げれば、それに武智は少し驚いた様に伊蔵に向けて顔を上げ、
そして破顔した。
「そうか。」
穏やかに優しく笑まれる。
それに伊蔵は、あぁまただと思った。
江戸に着いてから、そして更に言えばここに移って以来、武智はよく笑うようになった。
素行の悪い門弟達を相手に檄を飛ばす事も多かったが、それでもその声の響きには、
土イ左にいた時のような張りつめた厳しさは無かった。
ただ力強く、ただ凛と。
だからやはり思ってしまう。
「武智先生…」
無意識に、手にしていた菓子を食べかけのまま皿の上に置いて。
「先生は、わしらと一緒におるより、ここにおった方がええろうか…」
小さくぽつりとそう呟けば、それに武智はえっ?とその動きを止めたようだった。
「伊蔵?」
うかがうように名を呼ばれる。その声がまた柔らかいものだったから、伊蔵の中のもやもやした
感情は更に頭をもたげてしまった。
だからつい言ってはならないはずだった事を口にしてしまう。
「収次郎さんには怒られたけんど、」
つい先日言葉を交わした、共に江戸まで来た同郷の年輩者の名を出す。
するとそれに武智は鸚鵡返しに尋ねてきた。
「収次郎が?何を?」
「藩屋敷におるより、ここにおった方が武智先生にとってはええがじゃと。理由は教えて
もらえんかったけんど、でも……」
事実ならば……それは自分にはひどく寂しい。
子供扱いをされている最中なのに、更に子供じみた事を考えてしまう。
それが情けない事だという事はわかっていても、どうしても顔を重く伏せてしまう。
そうして沈黙した伊蔵に、武智はしばしの間の後、静かに声を掛けてきた。
「伊蔵。」
教え、諭すように名を呼んでくる。そして、
「何を心配しちゅうかはようわからんが、これだけは確かな事を言うておく。わしにとって、
一番大事なもんは、土イ左じゃ。」
「…………」
「こん国の為、皆の為、土イ左をどこよりも強い藩にしたい。その為にわしは江戸に来た。
ここには便宜上おらせてもろうちょるが、それで藩の事を疎かにしたつもりはない。」
毅然と言い切られる。その響きの真摯さに、思わず伊蔵が顔を上げれば、そこにはこちらを
まっすぐに見つめてくる武智の瞳があった。
迷いなく、揺らぎ無い。
その信念の強さと対峙して、伊蔵はあらためて今しがた自分が口にした事の小ささを知る。
だから、
「すいません!」
慌ててもう一度頭を下げ、その心中に懐疑を抱いた事をわびる。
するとそれに武智は小さく息を吐いたようだったが、それでも次に発せられた声は
また先刻の優しげなものに戻っていた。
「誤解が解けたんならそれでええ。それより菓子がまだ半分残っちゅうぞ。」
手元に置かれた皿の上に促す視線を落とされて、それに伊蔵は慌てて手を伸ばす。
そして勢いのまま食べかけだった今川焼にかぶりつけば、それを見ていた武智の顔には
この時、はっきりとした笑みが浮かび上がった。
「そんなに急いで口に放り込まんでも。餡がはみ出しちゅう。」
言いながら、その指先で自らの口元を指し示してくる。
それにえっ?と思い、伊蔵が口の端を拭おうとするが、その所作にも武智の笑みは更に深まった。
そして、
「こっちじゃ。」
言いながら伸ばされた武智の手。
指先で拭った方と逆の口の端をなぞられ、ついていた餡の欠片を取られ、そしてそれを、
「――――っ!」
少しの逡巡の後、そのまま自分の口に運んだ武智を見た瞬間、伊蔵の背がビシリと固まる。
が、それとほぼ同時に、伊蔵は何かが落ちた音をその背後に聞いていた。
「誰じゃ!」
それゆえ反射的に振り返りながら、脇に置いていた刀の束に手を掛ければ、しかしそんな殺気立った
自分に対し、この時伊蔵の目に飛び込んできたのは部屋の戸口、呆けたように開いた腕から
その足元に何やら花のついた枝を取り落としている、一人の門弟の姿だった。
「あの…庭の剪定をして切った花があったので……塾頭にと…」
視線をこちらに固めたまま、呆然とした口調で告げてくる。
それに部屋の奥から武智の声が飛んだ。
「それはわざわざすまんかったのう。」
言いながら受け取る為に立ち上がろうとする。
しかしそんな武智を、この時伊蔵は止めた。
「待ってつかあさい、武智先生。」
「伊蔵?どういたがじゃ。」
理由は、廊下の方から感じた幾つかの気配にあった。
ドタドタと足音荒く近づいてくる、それらは戸口に立つ門弟の背後、群れをなして現れ、止まった。
「塾頭!たまたまうちで饅頭が余りまして!」
「たまたま実家から羊羹が!」
「貸本屋を通りがかったら、たまたま先生の探しておられた本を見つけて!」
「…………そんなたまたまがあるがかぁ!」
口々に叫ぶ門弟達相手に声を張り上げて、伊蔵がその場に仁王立ちになる。
するとそれに彼らも対抗して声を荒げてきた。
「なんだとぉ!!」
「おんしら下心が見え見えなんじゃ!そんな汚い性根で武智先生に近づくのは許さんぜよ!」
「おまえ、同じ国元だからって調子に乗るなよ!それでなくても一人部屋の中に入れてもらって。
俺らなんてなぁ、いつもいつもここで帰されるんだぞ!」
「そうながか?……やのうて、いつもいつもっておんしら何しちゅう!!」
「おまんら……」
喧々諤々と飛び交う怒号の中に、この時一言ひんやりとした声が混じる。
それにその場にいた全員がビクッと固まり、そして恐る恐ると視線を部屋の中へ向ければ、
そこには畳の上、静かに端坐し、手にした茶を飲み干すとそれをゆっくりと置く武智の姿があった。
思わず皆の息が止まる中、その唇が再び動く。
「そんなに元気が余っちゅうなら、道場で素振り百回。出来るな?」
否定を許さぬ肯定的疑問を投げ掛けながら顔を上げ、にこりと微笑んでくる。
それには伊蔵の口からはたまらず、泣き事めいた悲鳴が上がっていた。
「武智先生っ、それは無いですきにっ」
「行きや、伊蔵。」
「……はい…」
しかし武智にそう繰り返されれば、自分に逆らう術は無かった。だから、
「おらっ、おんしらも行くぞ!」
「えーっ!」
「えーっ、やない!いったい誰のせいでこんな事になったと思っちゅう!」
戸口に集まっている者達をほとんど蹴り倒すような勢いで元来た道に押し返し、伊蔵が部屋を
出ていく。
そしてそれらを見届け、声も完全に聞こえなくなった時、
「まっこと、仲が良すぎるのも考えもんじゃのう。」
皿や湯呑みを片付けながら、やれやれとばかりに零された武智の言葉。
それを聞かずにおれた事は、伊蔵達にとっておそらくは幸いだった。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
江戸修行時代の家族の肖像、出来ればもう少し長く見たかった。
土イ左弁がエセなのはあらためて許してつかあさい。

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