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バレンタインデイ・パニック

              ,-、
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.          // 生 ||             ∧(゚Д゚,,) < 半ナマ・ドラマ半町から邑鮫さんと桜衣くん中心でバレンタインの話
        //_.再   ||__           (´∀`⊂|  < 桜衣が邑鮫さんにドキドキするけどほぼオールキャラでカプ色は薄め
        i | |/      ||/ |           (⊃ ⊂ |ノ~
         | |      /  , |           (・∀・; )、< 若干他カプ・女性陣等の絡みもあるので苦手な方はご注意
       .ィ| |    ./]. / |         ◇と   ∪ )!
      //:| |  /彳/   ,!           (  (  _ノ..|
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 |_____レ"

冬もそろそろ終わりに近づき暖かな日差しが窓から差し込む、今日は2月の14日。
突如として陣楠署刑事課強行犯係を襲った前代未聞の事件はまさにその日の朝、始まりを告げた。
「…おはよう」
「あ、邑鮫さん!おはようございます」
背後から掛けられた聞き慣れた声に桜衣太市朗は振り返り、笑顔でいつも通りの挨拶をした。
…いつも通りの、はずだった。
直後、桜衣の顔がぎょっとした表情のまま固まったのに隣の席の瑞野がいち早く気づく。
「…どしたの?桜衣くん」
そう言いながら振り返った瑞野がこれまた彼女には珍しく明らかに一瞬怯んだ顔をした。
ようやく異様な雰囲気に気づいた残りのメンバーもいっせいに桜衣のデスク周辺へと視線を集める。
そこには。
「む…邑鮫、さん…?」
何とも形容しがたいどんよりとした雰囲気を纏った邑鮫が無言ですうっとつっ立っていた。
心なしか、邑鮫の周囲だけ空気の温度が数度は低いような気さえする。
普段ならその男ぶりをいっそう上げている180cm超の長身と端正な顔が今はやたらと不気味に思えるほどだ。
そもそも邑鮫のデスクには行こうと思えば何も自分の後ろを通らずとも行けるはずなのだが、
何故今自分の背後に立っているのだろうかと僅かに疑問を感じながらも桜衣は邑鮫に問おうとした。
「ど…、どうしたんで」
「桜衣」
「はいっ!」
直属の上司に低く名前を呼ばれ、条件反射的に背筋がぴんと伸びる。
これはひょっとしなくても原因は自分にあるのだろうか。自分は何かそんなにいけないことでもしたのだろうか。
今のところ思い当たらない。思い当たらないこと自体咎められることなのかもしれない。
とにかく厳しく指導されることはあってもここまで負の感情を露にしている邑鮫などついぞ見た覚えがなかった。
まずは原因を聞いて、反省して、改められるようなら改めて、ああその前に素直に謝って、それから、それから。
頭の中が軽いパニックに陥り、仕舞いにはどうしていいものやらだんだんわからなくなってくる。
「…これ」
「すっ…すみませんでした!」

「……………」
「…あっ」
頭上から降り注ぐ無言の圧力に、しまったいきなり大声で謝るのはやはり逆効果だったか早まったと
即座に我に返り視線を上げて、桜衣は邑鮫の表情を窺おうとした。
――――が、その瞬間。
邑鮫の顔が視界に入る前に、ガサッという音がして目の前に紙袋が突き出された。
どぎつくもなく淡すぎることもない可愛らしいピンク色を基調に、全面ハートを散りばめたファンシーなそれは
どう見ても邑鮫が持つには少々、いや大いに違和感のある代物だった。
「………へ?」
思わず間抜けな声が出た。
固まったままの桜衣に構わず、邑鮫はその袋を手の動きと視線だけで押し付けるようにもう一度突き出す。
「…えっと…」
これは果たしてすんなり受け取るべきだろうか、否か。冷や汗が一筋、つうっと首筋を伝って落ちた。
助けを求めるように、室内を見回す。固唾を飲んで見守っていたらしい班員たちが視界に入った。
尤も隣の瑞野は先程の邑鮫を間近で見た衝撃から完全には抜け切れていないようだったし、
背後の素田と黒樹を見れば、これまた揃って二人でぽかんと口を開け、邑鮫の方ばかりを物珍しげに見やっている。
最後の頼みの綱とばかりに奥に座る安曇へ目をやった。
安曇も目を丸くしてはいたものの、桜衣の視線と言わんとしているところには流石に気づいてくれたようだった。
「あー…まあその。とりあえず一旦座ったらどうだ、邑鮫」
そう安曇が呼びかけると邑鮫が初めて桜衣から視線を外してそちらを見やる。
「何があったか知らんが落ち着け、な」
「…はい。ですが」
言いよどむ邑鮫に安曇が首をかしげた。
「それを桜衣に渡したいのか?」
「……………―――はい」
えらく長い間があったのがどうにも気になるところだが。
とりあえずは安曇が空気を変えてくれたことに安堵して桜衣は再度邑鮫に話しかけようと試みる。
「あの、すみません邑鮫さん…それ…何ですか?」
邑鮫が桜衣に視線を戻して無言で数秒見つめた。その迫力に竦みそうになりながらも今度はしっかりと見つめ返す。
すると邑鮫は目を閉じて大きく息を吸い込み溜息混じりに吐き出して、簡潔に一言だけを口にした。
「クッキーだ」

「クッキー!?」
意外というか何というか。予想外の答えにどっと全身の力が抜けた。
クッキーひとつで、あんな、取調室でも滅多にないようなプレッシャーをかけられていたのだろうか。
そもそも何故邑鮫が自分にクッキーを渡そうとするような状況に陥ったのだろうか。
安心すると同時に新たな疑問が一気にあふれ出す。
「…とにかく受け取ってくれ」
「あ…はいっ」
桜衣が慌てて手を出し紙袋を受け取ると、邑鮫は自分の席へ戻っていった。
邑鮫が席につくのを確認して袋の口に貼ってあるシール――これまた可愛らしく赤いハート形のものだが――を
なるべく破らないように、そろそろと開封する。中からふわりといい匂いがした。
袋の中を覗き込んだ。そこには大きさも形もとりどりの、茶色い焼き菓子が所狭しと詰め込まれていた。
「これ、チョコレートクッキーですか?」
そう桜衣が訊くとひとつ置いた隣の席からワンテンポ遅れて「…ああ」と返事が返ってくる。
ひょいと後ろから誰かが手元を覗き込む気配がした。
「っていうかこれ、ひょっとして手作りじゃない?」
「素田さん!」
流石というか何というか、こういうことに関して素田の嗅覚は警察犬にも引けを取らない。
「え、素田さんそれマジっすか?」
向かいの席から、素田の相方の黒樹が驚いた顔をして尋ねた。
「ですよね?邑鮫さん」
素田の確認の問いに、邑鮫はあまり嬉しくなさそうな顔をしてもうひとつ「ああ」と呟いた。
クッキー。手作り。チョコレート味。ハートの袋とシール付き。
しかも邑鮫からの手渡しとなればさっぱり意味するところがわからない。一体全体何の謎かけだというのだろう。
本人に直接訊ける雰囲気でも到底なく、すわ事件は迷宮入りかと思えたその時。
「…あれ?」
焼き菓子の山の中に小さなカードが埋もれているのを見つけた。
指を伸ばしてその端を摘み、焼き菓子たちの圧迫から救出する。可愛らしくも上品な厚紙のカードだった。
表にはどうやら色鉛筆で書かれたと思しき「さくらいさんへ」の文字。
(…俺?)
茶色の粉を軽くはらってくるりと紙を裏返した。
そこには同じ色と筆跡でこう書かれていた。―――――「はなより」と。

「………あ…っ!」
予想もしなかった名前に桜衣が思わず言葉を失ったその瞬間「おはようございます」と甘い声が室内に響いた。
振り返ると、新聞記者の耶麻口由希子が強行犯係の入り口に立っていた。
「半町、皆さん、おはようございます。今お時間ありますか?」
にこやかに彼女は続けた。今よりもっと新米だった頃、この友好的な笑顔に騙されかけたことも少なくない。
「お時間って…朝から何の用?」
瑞野が苛立ちを隠さない声で応対する。
正反対のタイプな瑞野と由希子は普段から衝突が多いが傍から見ればそれでうまく回っているような気もする。
なんだかんだで相性はいいのだろうと思う。
「何って…いいもの持ってきたんですけど、どうかなって」
「いいもの?」
「これですよ。ほら、チョコレート」
「チョコレートぉ?」
安曇が怪訝そうに「何でまた」と続けた。由希子は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻って言った。
「やだなあ半町、今日はバレンタインじゃないですか」
「あ」
「あっ」
素田と黒樹が同時に反応を返した。瞬間、桜衣の脳内で全ての糸が繋がった。
「ああ―――!」

「つまりこういうことですか」
素田がわかりやすくしかつめらしい表情を作って言った。
「邑鮫さんの娘さんが、桜衣にチョコレートを作ってあげたいって言ったのが全ての始まりだと」
邑鮫が彼に似つかわしくない仏頂面で小さく頷く。
男前が台無しだ、と桜衣は心の隅で思ったがこれ以上彼の機嫌を損ねたくないので黙っていることにした。
確かに先日邑鮫の自宅に招いてもらって美味しい夕食をご馳走になった覚えはある。
そこで邑鮫の娘、葉奈と仲良くなったことも実に記憶に新しい。しかしそれらが全て事実だとしても。
それが不機嫌の原因だとはまさか夢にも思わなかった。そんな素振り、あの時は少しも見せなかったのに。
「…初めてなんだ」
深い溜息を吐いて邑鮫が重い口を開いた。
「誰かにチョコレートをあげたいなんて言ったのは」
「そう…でしょうね」
むしろ早熟なくらいだと思う。最近の幼稚園児はこっちが思う以上にませているのかもしれない。
とにもかくにも、火傷の危険もあるチョコレートの自主製作はまだ少し早いというか危ないということで、
妥協案としてクッキーが提案されたという経緯らしい。もちろん母親の監修付きだ。
しかし仕事の忙しさゆえに近頃バレンタインデーなどというものにはとんと縁がないのに加えて
そんな変化球でこられては咄嗟に気づくはずもないわけで。おまけに配達係は当の邑鮫ときている。
「まあその初めての相手が桜衣じゃ不安にもなりますよね、パパとしては」
「ちょっ…どういう意味ですか!」
ははは、と他人事の顔をして笑う素田と黒樹を尻目に安曇がうんうんと頷いている。
きっと娘を持つ父親として同じような経験をしたことがあるに違いない。
「だってさあ、未来の息子になるかもしれないわけでしょ?」
「息子…」
邑鮫の周りの温度がまたもやがくんと下がった気がして、桜衣は慌てて否定にかかった。
「そっ、そんなわけないでしょ素田さん!」
「そんなわけないってどうして言えるんだ桜衣」
「う…」
まさかの邑鮫からの横槍に怯む。まるで「うちの娘じゃ不満か」とでも言われているようで。
(どうしろって言うんですかー!)

そう思ったがこれも口には出さないでおく。正直、こんなに面倒な邑鮫にはお目にかかったことがない。
触らぬ神に祟りなしだ。代わりに軽く「すみません」と頭を下げた。
「まあまあ皆さん、これでも食べて落ち着いて下さい」
助け舟…のつもりは本人にはあまり無いだろうが、横から由希子がチョコレートの詰まった箱を指で示す。
「貴女まだいたの?」
すかさず瑞野が眉を吊り上げた。
「心配しなくても、女性だからって麻穂さんだけ仲間はずれにしたりしませんよ?はい」
にっこりと笑って由希子が上物のチョコレートをひとつ摘み、瑞野に差し出した。
「いっ…要らないわよ!何で貴女からチョコ貰わなきゃいけないの、バレンタインってそういう日じゃないでしょうが」
「あれ?案外麻穂さんてそういうこと気にするんですね。好きな男と一対一なんて、いまどきそんなの時代遅れですよ」
「…っ、はいはい貰うわよ!貰えばいいんでしょ!」
瑞野がチョコレートを受け取って豪快に口に放り込んだ。今日は由希子が一枚上手の日のようだ。
「皆さんもどうぞ」
「あ、いただきます」
「ありがとう」
安曇が礼を述べて手を伸ばそうとすると由希子がそれを制止した。
「あ、ダメです。半町はこっち」
そう言いながら洒落た包装紙にくるまれた別の小さな包みを差し出す。素田がそれを見て不満げな声を上げた。
「え、半町だけ特別?」
「ふふっ」
微笑んで小さくウィンクをする由希子と若干押され気味な安曇。結局いつものパターンなわけだ。
入り口の方からまた陽気な声がした。
「おー、何だか賑やかだねえ」
その声を聞いて安曇が「またか」といった顔をした。苦笑いのような、待ち望んでいたかのようなそんな微妙な表情だ。
安曇班の面々も、最早その声を聞き慣れすぎていて見なくとも誰が来たかはっきりわかる。
案の定、交通課の早見がそこに立っていた。
「お、安曇くんイイもの持ってるじゃないの。一口ちょうだい」
「あ、早見さんはこっちをどうぞ」
さり気なく全員用の方を勧める由希子の笑顔をものともせず、早見は電光石火の速さで安曇の手から包みを奪い取った。
「こら、早見」
口ではそう言うものの、本気で咎める気のない声だ。また早見の好きにさせる気だろうと桜衣は思った。

「安曇くんの本命チョコもーらい」
「もう、早見さんてば!」
目の前でどたばたが繰り広げられる中、由希子に貰ったチョコレートが舌の上で溶けるのを感じながら、
桜衣はふと気になって邑鮫のデスクに目をやった。
どんよりとした雰囲気は既に消え、その代わりに少しばかり寂しそうにしている上司の横顔が目に映った。
「…邑鮫さ」
何を言えばいいのかわからなかったが、とにかく何か声をかけようとしたその時。
「こらお前ら、うるさいぞ!静かにしろ!」
こちらは不本意ながら聞き慣れてしまった怒声が響く。先程の早見の台詞ではないが今日はやたらと賑やかだ。
千客万来とはこのことかもしれない。尤も自分の所属する刑事課の課長を客と呼ぶならば、だが。
「あ、課長もおひとついかがですか?」
早見を追いかけることに疲れたのか、由希子が兼子課長にもチョコレートを勧めようとした瞬間。
『陣楠署管内で障害事件発生。被疑者は○○地区を逃走中。該当署員は直ちに現場へ急行せよ。繰り返す――』
放送が入り、全員の動きがぴたりと止まった。
「よし、みんな行くぞ」
一拍置いて安曇が号令をかける。
急いで自分のコートを掴み部屋を飛び出ようとしたその時、目に入った邑鮫の顔はもう刑事の顔になっていた。

件の事件は何とか当日中に解決を見、定時を少々オーバーしたものの今日は早めに帰れることと相成った。
今夜の当直は素田と黒樹だ。関係のない桜衣は待機寮への帰り支度を始める。
「桜衣、一緒に出るか?」
背後からそんな声がかけられた。見ると邑鮫が入り口の近くに立ってこちらを見ていた。
「あ、はいっ」
慌てて支度を済ませ、駆け出そうとしてデスクの上に鎮座しているイレギュラーの存在を思い出す。
(あぶないあぶない)
その可愛らしい贈り物を手に、桜衣は入り口へと足を向けた。

少々歩きはするものの、寮は基本的に署から近いところにある。
それでも多少は邑鮫と話す時間が持てたことで心底ほっとしている自分がいることに桜衣は気づいていた。
道すがら、今日の事件の話を始めとして他にも他愛のない話が続いている。
(…よかった、すっかりいつもの邑鮫さんだ)
思い返してもつくづく今朝の邑鮫は強烈としか言いようがなかった。
葉奈の淡い好意は素直に嬉しいが、出来ればこの先ああいうことはないように願いたいものだ。
(葉奈ちゃんの彼氏や結婚相手は大変だよな…)
多分自分には直接関係のない話だろうけれどと会話の合間合間にちらりとそんなことを考える。
(でも、女の子は父親に似るっていうからきっとすごい美人に育つんだろうな)
ついでにそんなことも考えて、想像しながら一人でこっそり笑ってしまった。
そういえば葉奈から貰ったクッキーは結局一口も口に出来ていない。自室に戻ったらありがたくいただこう。
そろそろ寮への分かれ道だ。邑鮫に別れを告げようと隣を見た。
「…あれ?」
先程まで喋っていたはずの相手がそこにいない。振り返ると、邑鮫は数歩後ろでふいと足を止めていた。
「邑鮫さん、どうかしました?」
「…桜衣」
「はい」
「食べたか?」
「はい?」
邑鮫はうつむき加減で言いにくそうな表情を浮かべ、小さく「クッキー」と呟いた。
「あ、ああ…すみません、結局色々あって、まだ。でも必ずいただきますから」
「そう、か」
「じゃあ邑鮫さん、俺この辺で…葉奈ちゃんにありがとうございますって伝えておいて下さい」
「あ」
その一声にまだ何か言いたそうな響きがあった。気になって歩き出そうとしていた靴をまたその場にとどめた。
「…邑鮫さん…?」
「桜衣、悪いんだが」
「え?」
まさか今更娘の作ったものを返してくれとは言わないだろうが、今朝の今では何だろうと一瞬身構えてしまう。
そんな桜衣の耳に届いてきたのは意外な言葉だった。

「そのクッキー、今ここで食べてくれ」
「え…」
咄嗟に邑鮫の意図が掴めず困惑する。だけれど、その次の台詞にようやく全てが腑に落ちた。
「食べて、その…感想を言ってやってくれないか」
そうしたらきっととても喜ぶから、と。
「………」
口元に手をやってぼそぼそと遠慮がちにそう言う上司の姿はひどく新鮮で、それから何故だか妙に可愛らしくて。
ああ今日はいい日だ、と桜衣はぼんやり思った。
普段滅多に拝むことの出来ない邑鮫の知られざる表情を二つも見ることが出来たのだから。
自分よりもずっと大人で冷静で、いつだって一番敬愛してやまない素晴らしい上司の意外すぎる一面。
口元に自然と笑みが零れた。まっすぐ顔を上げて邑鮫を見つめた。
きっと自分しか知らないだろう邑鮫の今の表情をしっかり目に焼き付けておこう。…そう思った。
「わかりました、いただきます」
そう告げて手に持ったままだった紙袋の封を開ける。
時間が経っても食欲をそそる焼き菓子特有の甘い匂いがその口からふわりと優しくあふれた。
大きすぎもせず小さすぎもしない、その中の一枚を選んで手に取り口元へ運ぶ。
自分の手元、口元を黙ってじっと見つめている邑鮫に思わずくすりと笑ってしまいそうなのをぐっと堪えながら。
ゆっくりと噛み砕くと、あの甘い匂いが口の中いっぱいにそのままの味で広がった。
「……美味しいです」
嘘偽りのない言葉だった。
「本当か?」
邑鮫がこちらを見つめて真剣な眼差しで問うてくる。
「はい」
「本当に美味しいんだな?」
「ほんとです。こんなことで嘘言いませんよ、俺」
「…ああ」
それでもまだ不安げにしている邑鮫の顔を上目で見上げて桜衣はにこりと微笑んだ。
「嘘だと思うなら邑鮫さんも食べてあげて下さい、ほら」

可愛らしい袋からもう一枚手頃なサイズを取り出して邑鮫にすいと差し出す。
「…いやしかしだな、それはお前が貰ったものなわけで」
「葉奈ちゃんも大好きなパパなら文句なんか言わないですよ。それに貰った俺がいいって言ってるんですから」
躊躇いがちにぶつぶつと呟くその口元へ甘いクッキーをより近づけながら、そう告げた。
ふと、それまで色んなところを頼りなげに泳いでいた邑鮫の視線が急にこちらを向いた。
「…っ」
あまりの近さに一瞬息を飲む。同時にぐい、と。寄せた手首を掴まれ、引かれた。
「むっ、邑鮫さん!?」
予想だにしない行動に思わず驚いた心臓が大きく跳ねた。
――気づけば、先程まで自分の手の中にあった菓子は既に邑鮫の口元へ移動していた。
カリッ、と音を立てて邑鮫の歯がそれを食む。
「美味しい」
そんな言葉が小さく聞こえた。
「そ…」
そうでしょう、と言いたかったが残念ながら未だ激しい動悸は治まらないまま。
どくん、どくんと桜衣の心臓が大きく音を立てて脈打つ。
(…やっぱり今日の邑鮫さん、ちょっとおかしいわ)
言葉を返す代わりに心の中で、そう呟いた。
そしておそらくは、自分自身も。気づかないうちに少しばかり感化されていたのかもしれない。
掴まれた手首はまだ少し、熱を持ったまま痺れていた。
(でも)
こんなのも、たまには悪くない。そう思った。
「桜衣」
静かに名前を呼ばれた。桜衣が顔を上げると、そこにはいつも通りの冷静な顔があった。
ただその目はいつもよりも少々多めに細められ。
「…ありがとう」
その柔らかい声が嬉しくて。
つられてもう一度、いつもより少し多めに。ふわりと甘く、チョコレート味の焼き菓子のように。
心の底から、笑ってみせた。

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            //  .||               ∧∧
.          // 止 ||             ∧(゚Д゚,,) < 邑桜萌えが止まらずアウトプットしてみたけどカプぽくなくてすいません
        //, 停   ||__           (´∀`⊂|  < でも親バカな邑鮫さんは萌え、そんな邑鮫さん大好きな桜衣にも萌え
        i | |,!     ||/ |           (⊃ ⊂ |ノ~
         | |      /  , |           (・∀・; )、< お読み下さった方がいらしたら心からありがとうございました
       .ィ| |    ./]. / |         ◇と   ∪ )!
      //:| |  /彳/   ,!           (  (  _ノ..|
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  • 村桜が大好きなので凄く楽しかったです♪ありがとうございましたっ(^^*) -- ころ汰? 2010-04-02 (金) 19:29:14

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