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甘い飴

やまなしいみなしおちなし。ナマ注意。|
>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

珍しく。
自分にしては珍しく甘いものが欲しいと思った。
3時間半のステージを終え、休む間もなく次のイベントために振りを覚えている。
大人数、生中継、他人の歌、大先輩のバック・・・。緊張するネタには事欠かない。
「なあ、なんかない?」
ちょうど休憩に入ったのを見計らって隣で同じく振りを覚えていた別グループのメンバーに声をかける。
彼は若い後輩ばかりになってしまったイベントにおいて数少ない『同級生』だ。
「あ?なんかってなんだよ。飲みもんならケータリングのとこいきゃいくらでもあんだろ」
「食べ物もいっぱいあったけど、早く行かないとあいつらに全部食われちゃうよー」
『同級生』の後ろからひょいと顔を出した彼が言う。三十路を迎えても、相変わらず声が高い。
彼の言うようにケータリングのブースは成長期の野獣たちでごった返している。
自分が行けば場所を譲ってもらえるであろうが、なんだか権力を笠にきているようで気が進まない。
「取ってきてやろっか」
「おわっ!おっちゃん、びっくりするやん!」
「なんだよー人をお化けみたいに」
長身の親友が後ろからのっそり現れて俺は思わず声を荒げた。
気のいい親友はカラカラと笑っている。
「取ってきてやるよ。何が欲しいの?」
「別にええわ。それほど腹へっとるわけやない。水やったらあるし」
「えーんりょしないで。ほらほら何がいいの」
「やからええって。しつこいでおっちゃん」
「俺がおっさんならコウイチも、てゆーか俺らみんなそうっしょ!」
そういえば、なんとなくおっさんグループで固まっているな。
目をやると隣の二人も苦笑している。
若手グループがどんどんデビューし、この毎年恒例のイベントに参加するようになって、
俺達は年々居場所をなくしていくようだ。
かつて俺達の先輩もこんな気持ちで俺達を見ていたんだろうか・・・。
仕方ない事とはいえ、少し、虚しい。
何か、甘いものが欲しいと感じた。

「ん」
目の前に差し出された手のひらの上には青い包装紙。
「飴ちゃんやる」
俺の相方がそこにいた。
自分も飴をなめているのだろう、髭の下で口がもごもごと動いている。
こいつの口は小さいくせに物がこぼれやすい。
よくポロポロこぼしているし、口の端にお弁当をしょっちゅうつけている。
それをからかうと「そーいう構造やねんから仕方ないやろ」とむくれるのだ。
今だってほら、飴がこぼれそうだ。
口から赤い舌が覗く。

「薄荷キャンディーは嫌やなぁ」
ちらちら見えるツヨシの舌をぼんやり見ながら何の気なしにそういった。
や、でも薄荷って気分とちゃうし。
途端、くふっ!っとツヨシが吹いた。その後も笑いは止まらずんふふふふと口にグーを当てて笑っている。
「なぁんやねん、何がおかしいん。好みをゆうただけやろが」
「やってお前、『薄荷キャンディーは嫌』て。薄荷とか薄荷味とかハッカ飴とかやったらまだしも薄荷キャンディーて」
「おんなしやん!」
「いやいや、そこが大事でしょ。俺らの場合」
「どういう意味や」
「えーわからんへんのぉ?」
「わからんわ」

そうやって俺らがぎゃあぎゃあやっていると静観していた親友が口を開いた。
「お前らのシングルじゃん?『薄荷キャンディー』」
「うぇぁ?」
あかん変な声でた。ツヨシは相変わらず笑っている。
「なぁんでべイベの方が先に気づくかなぁ」
うっさいボケ!たいしたこっちゃないやろ!
「大事な大事な俺らのサクヒン、否定したあかんやろ」
「ふん、おれが嫌ゆうたのはその飴や。曲やないし」
それを聞いてニヤニヤしながら手を引っ込めた。
「ざぁんねんながら他の味はもうありませーん。最後の一個はぼくが食べてしまいましたー」
いる?とツヨシは親指と人差し指で口の中の飴をつまみ出して俺の前に差し出した。
宝石みたいに透き通った赤がツヨシの唾液でぬれている。ニヤニヤ笑いのツヨシの唇も同じようにテラテラと輝いている。

コイツ・・・俺の事なめとんな。
ツヨシの顔には『コイツは絶対食うはずない』と書かれているようで、それが俺の中の負けず嫌いの虫を叩き起こした。
パクリっ。
次の瞬間、俺は相方の指ごと飴を口の中に入れてやった。
おまけに指から飴を取り上げる時は二本の指の腹を丁寧に舐めあげてやった。
ふふん、どうや。得意げになって口の中で飴を転がすと、心なしか視線が痛い。
不思議に思い見渡すと、ケータリングに夢中だったはずの後輩達がぽかんと俺らの方を見ていた。
しかし俺が視線を向けるとみな一様に気まずげに視線を逸らす。なんなんやいったい。

「お前ら、かわんねぇな」
「なんか懐かしい気分になっちゃったよ」
「当時はうんざりしてたけどやっぱり今でもうんざりするわ」
そばにいたおっさん組みが口々にそう言い俺の肩を叩く。
お前らもなんなんやいったい。
わけがわからなくてツヨシの方を見ると、彼はやっぱり笑っていた。
「甘いもん、ほしかったんやろ?それもういらんからやるわ」
そろそろ休憩もおしまいやでと彼は自分の定位置に戻っていった。
よくわからないが俺は結局あいつの筋書き通りに動かされたという事だろうか。
釈然としないものを感じながらも、彼が笑っているならそれでいいかと思うことにした。
俺は相方の笑っている顔が一番好きなのだ。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
ナンバリングミススミマセン


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