□と×の話
更新日: 2011-04-25 (月) 07:55:13
1さん乙です!
某自動車CMのwebコンテンツ、「カ.クカ.クシ.カジ.カの部屋」より
×(バツ)×鹿
文中に限っては、基本的に×はバツと読んでください
すっごいぬるいよ!
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
「最近、絶好調ですね、カクカ.クシカ.ジカさん」
早押しクイズ番組の収録が終わって私が急ぎ足でスタジオから出て行こうとしたその時、
すぐそばで気弱そうな声がした。ふと見れば、扉の横には番組で使われていた
雑多な小道具の山があり、そのふもとに×の札がしゃがみこんでいる。
「ああ、久しぶりだね」と驚く私は言葉を返したが、×はむっとしたように
黙り込んだままだ。これは何かあると思い、私は腕を組んで×を見つめなおした。
×の札とはこのクイズ番組で知り合った仲だ。ある時私がひっかけ問題を見事に間違え、
席の横に×の札が一枚立つことになった。その回で私は準優勝賞品である
『熱海高級旅館一泊分宿泊券・豪華夕食付』を手に入れ、×を伴って出かけた。
この×とはそういう間柄だ。
×の札は×だけあって非常にネガティブな性格で、しかも45度傾けると
うっとうしいほどの+思考になるという厄介な性質を持っていた。
しかし結果的には楽しい旅行だったと言えたし、何よりあの豪華な夕食…。
私が思い返していると、とうとう×は口を開いた。
「優勝、おめでとうございます」
「ありがとう」
「今日はいちだんと、冴えてましたね。あなたの周りには○、○、○ばっかりで」
×は俯きながら言ったが、そんなこの世の終わりみたいな調子では
言われた方は嬉しくもなんともない。だが私には、×が本当に言おうとしていることが大体わかった。
「あのね、勘違いをしているようだけど…」
「いいんです、楽しんできてくださいね、ハワイ。楽しんできてくださいね、たくさんの、○たちと」
「○たちとハワイになんて行かないよ」
「嘘だ、だって優勝が決まった時、ぼくは他の出演者の隣に立ってたのに、あなたぼくのことなんて
見向きもしなかったじゃないですか。熱海の帰り道、今度優勝したらハワイに行こうなって言ってたのに、
カメラに向かっておどけたりして。あの時にはもう、○たちをはべらせることしか考えてなかったんでしょう?」
思ったとおりだった。×は完全に誤解していたのだ。
おどけたのはそれが仕事だからだし、×の方を見なかったのはハワイには行けないとわかっていたからだった。
本業の評論の仕事がいくつも立て込んでいて旅行どころではないのだ。私は×にそう説明した。
「それじゃあ、旅行券はどうなるんですか?」
「知り合いの編集者にあげることにしたよ。ちょうど結婚記念日だから」
「本当に、カクカ.クシ.カジカさんは、行かないんですね?」
×はほっとしたように言った。どうやら×は自分がハワイ旅行に行けないからではなく、
私がハワイ旅行に行ってしまうのがいやで落ち込んでいたらしい。
やっと陰鬱な雰囲気が晴れたところで、空腹だったことを思い出した。
一刻も早く夕食をとりたくて、私はスタジオを出ようとしていたのだ。私は×に言った。
「時間が時間だし、何か食べにいかないか。旅行にはつれていけないから、代わりにおごるよ」
小さいけれど気に入っている店で、ふたり向かい合って食事していると×もだんだん元気を取り戻し始めた。
×は小食な性質らしかったが、そのかわりよく飲む。私は愛車で来ているから酒は飲まなかったが、
気持ちよさそうに酔っ払っている×を見ながら食事を楽しんでいた。
そういえば熱海旅行以来まったくと言っていいほど話をしていない気がする。自然に会話が弾んだ。
ネガティブなりに×も饒舌になり、ばかばかしいこと、大事なこと、いろんなことで盛り上がった。
ところが×は何の前触れもなくしくしくと泣き始めた。少し飲みすぎたらしい。
「ぼくなんて、ぼくなんてぜんぜん、ダメなんです。ほんとはあなたにごちそうになっていいような
存在じゃないんです。ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」
「何を言ってるんだよ。こないだ言ってただろう。世の中にはバツが必要だ、縁の下の力持ちだって」
「ち、ち、違うんです。バツじゃないんです。ほんとはぼくはものすごく浅ましくて、欲深なんです。
自分でもそれに気付けないくらい卑しい存在なんです。あなたはぼくを+になれるって言ってくれたのに、…」
支離滅裂な×の話をまとめるこういうことだった。×が最近札仲間の→に聞かされたところによると、
×が兼任している『×(かける)』が今、世の中で変わった意味を持っているらしい。それは主に人の名前と名前の
間で使われていて、お互いがお互いの所有物であるとか、またはお互いがお互いに異常なほど固執しているとか、
お互いがお互いに性的な興奮を覚える関係であるとか、そういうことを意味するらしい。
自分はこれまでその手のことには奥手で、たとえ気持ちが昂ぶってもそれを見せないよう努力してきたのに、
そんなあけすけでいやらしい意味を持っているなんて思いもしなかった、恥ずかしくて消えてしまいたい、云々。
「そんなに落ち込むことじゃないだろう」
「落ち込むよっ、インターネットで調べたら、あっちでもこっちでも×、×って、それでそのページには
裸が載っていて、それで、それでその男たちがふたりで、ふ、ふたりで」
「今の話だと、かけるは愛という意味だろう」
「愛?」
正直なところ×の話はまったく理解できなかった。かけるとやらはどこでどんな使われ方をしているのか。
×の『男たち』という言い方も引っかかる。だが私はさっきまでの楽しい会話を取り戻したい一心で話し続けた。
「どんな形かは知らないが、お互いに固執したり、特別な感情を持ったり、それは愛といってもいいだろう。
かけるは人と人を愛で結ぶ記号として使われているということになる」
かけるは愛、かけるは愛…、と何度も口の中で転がして、やっと×は落ち着き…と思ったら、再び泣き始めた。
なんなんだ、今度は。面倒くさいやつだな。
「ぼくはなんて、馬鹿なんだろう、愛だなんて、考えつかなかった、馬鹿だ馬鹿だ、ぼくは馬鹿です」
いよいよ飲みすぎたらしい。私は酔っ払った×を抱え上げ、店を出ることにした。
「カクカ.クシカ.ジカさん、今日でぼくのこと嫌いになったでしょう。うっとうしいやつだって」
×を助手席に乗せてドアに手をかけた時、×は言った。そんなことはない、と私は答える。
だが運転席に乗り込んだ私に、×はなおも言った。
「そうですよね、今日だけじゃない、ぼくはずっといやなやつなんだ。人にも物にもバツばっかりつけて。
しょうがないんです、ぼくの仕事は、何かにバツをつけることなんだから」
「車を出すから、シートベルトを締めて」
「あなたが最近ぼくに会わないようにしてたの知ってます。番組でも自信のある問題にしか答えないし。
でも、き、でも、お願いだから、きらわないでください」
私は話を聞かずにシートベルトを締めてやろうとした。あわてているせいか手が×にひっかかる。
酩酊した×の体はあっさりと傾き、しまったとも思わぬ間に×は+思考に豹変した。
「いいですよ別に嫌ったって。むしろそれくらいの難問の方が、恋愛としては盛り上がりますもんね。
嫌よ嫌よも好きのうち。バツよバツよもかけるのうちってね。まあぼくはこの状況がバツだなんて思ってないけど。
かわいかったなあ、ぼくが泣き出したら困った顔しちゃって。
こんなに人を好きになるなんて幸せですよ。あ、鹿か…」
まくしたてる+をまっすぐに直すと、×はぴたりと口を閉じた。
私は混乱した頭を整理するために座りなおし、咳払いをひとつ。沈黙が気まずい。
なんだ今のは。×が私を何だって?いや落ち着こう。私は論理的な鹿、カクカ.クシカ.ジカだ。
たしかに最近、クイズ番組での正答率は上がっていた。CM出演以降多忙になったから出る回数自体は減っていたが、
近頃は一問も間違えていないくらいだ。最後に間違えたのはいつだろう。熱海旅行を勝ち取ったあの回に違いない。
そうだ、と私は思った。私は絶対に、絶対に間違えないように答えている。早押しで答えを間違えるくらいなら、
他の解答者に発言をゆずる。そういう姿勢で答えている。だから×は私の隣にやってこない。
最近の私は間違えないかわりに、今日のように賞品をもらうことはめったになくなっていた。
それはなぜか?
論理的な私は、しかし答えを出さないことにした。そして、間違いを恐れないでいようと思った。
×が大きないびきをかきはじめた。寝たふりを決め込むつもりらしい。+の自分が言ったことを悔やんでいるのだろう、
両目からびしょびしょと涙が滲んでいるものだから、狸寝入りにはなんの説得力もなかった。
「なあ、次に賞品がもらえたら、今度こそ一緒に行こうな。ハワイでも、熱海でも」
私の愛車、ム.ー.ヴ.コ.ン.テは×を家に送り届けるべく、夜の街を走り出した。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
ナンバリングを間違えてしまった…
カクシカの評論は中の人の演技もあって禿萌えるよね
無機物やケモノに萌えたのは初めてかもしれん
お粗末さまでした
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