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テッド

オリジナルです 居候の若者とテレビキャスター

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『こんばんは、テッド・コリンズです。今夜はまず、たった今入ってきたニュースから……』
水曜日の夜八時。『Ted Collins 7days』のアンカーマンは淡々とニュースを読み、政治家と意見を交わしてる。

「飽きもせず観るわねえ」
僕が身を乗り出してテレビを観ていると、帰り支度を済ませたマーサが呆れたように言った。
「ニュース番組に飽きるも何もないよ」
「私は飽きたわ。というか、観るならテッドが出ていない番組を選ぶけど」
だろうね。僕とマーサがいるこの家の主は、今テレビに顔が大写しになっているキャスター、テッド・コリンズ。
僕らは当たり前のように毎日彼と顔を合わせている。
ましてマーサはテッドが子供の頃からここで働いているから、うんざりもすると思う。
「ほら、今額に人差し指を当てた。あれは臨戦態勢に入った証拠なんだ。相手の発言にイラッとしてるのさ」
「よく分かるわね。あんな仕草、ここでは見せないけど」
マーサと戦おうなんて、そんな無茶なこと僕だって思わない。
ひょっとすると、ここの本当の主人は彼女かもしれない。テッドでさえ頭が上がらないんだ。

ここに住んでもう10年くらい経つ。
僕は親を知らない。若すぎた母親は僕を育てられず、施設に預けた。
自分の顔を見るに、母親か父親のどちらかが中東系の血が入ってたのだと思う。分かるのはそれだけ。
大抵は5~6歳までに親が引き取りにきたり、養子にもらわれていくのだけれど、僕はどうやら時期を逃してしまったらしい。
気がつくと施設では一番の年長者になっていた。
施設はボランティアと寄付でどうにか運営できる状態なのに僕ときたら、出て行くには子供過ぎ、引き取られるには歳をとり過ぎてる。
完全なるお荷物。
そんな時、テッドが取材でやってきた。テレビでよく観る人が来るなんて、と興奮したのを覚えてる。そして彼の後をついてまわってたな。
彼は最初、僕のことをボランティアで来ている少年だと思ったらしい。
「君は将来何になりたい?」
他の子供達にも同じことを聞いていた。ありがちな質問だし、予想できたはずなのに、答えにつまってしまった。
何年かしたら、ここのスタッフとして働くんだと思いますとか、そんなことを言ったと思う。
「そうじゃなくて、希望っていうか、あるだろう?」
「でもある程度はもう予想できるし。希望とか、意味ないから」
テッドは返答に困っていた。そりゃそうだ。
それはまぎれもない真実で、言った僕自身がその言葉に打ちのめされてしまったし。自分の現実は、まだ子供だった僕には辛すぎた。
涙が出そうになって慌てて下を向き、上を向くべきだったと後悔する。ぽろぽろと涙が床に落ちた。
テッドがその時何を考えていたかは分からない。僕の頭を撫でて顔を上げさせると、ほっぺたを軽くつねった。
「子供がそういうことを言うもんじゃない。世の中そんなにひどくもないよ」
そして、もう一度頭を撫でた。
それからしばらくして、施設の先生に呼ばれ、テッドが僕の後見人になると聞かされた。

番組が終わって帰ってくるのは大抵3時間後くらい。もしくは帰らない。
けれど今日はいつもより1時間も早い帰宅。ネクタイを緩めながらテッドがリビングに入ってきた。少し嬉しくなる。
「打ち合わせが早く終わったんでね。ここんとこ忙しかったし、素直に帰ることにした」
夕食は食べていないらしい。もちろんマーサは彼の分は作っていない。夕食が必要なときは事前に電話を入れるように言われているのに。
「早く終わるなんて分かるはずないだろ。ピザでもとるよ」
「すぐ寝るんでしょう? 胃がもたれます。パスタでなんか軽く作るから、ちょっと待ってて」
さすが、とテッドは笑うとソファに足を投げ出してテレビをつけた。
他のチャンネルのニュースに突っ込みを入れておもしろがっている。呑気なもんだよ。
前に本屋で、テッドが表紙になってる雑誌を見た女の子達が話してた。
「他のキャスターに比べて、彼ってスマートだよね。おしゃれだし。自己管理がしっかりしてるんだろうな」
吹き出しそうになった。
マーサがいないと平気でジャンクフードを食べるような人だ。だから、ジムに行くことを僕が薦めた。
服装だって、スーツをオーダーメイドにさせたのも僕だ。彼自身はあまりファッションに興味がない。
ほっておくと、スーパーで適当に何枚ものワイシャツを買ってしまう。
裕福な家に育った彼は我慢という言葉を知らないから、食べたきゃ食べるし、ない物はその場で買う。
興味があるか、ないか程度の選択肢がせいぜいだ。自己管理なんてできるわけない。
僕がいないと、と思いたいだけなんだけれど。
彼は独り立ちすることを望んでいる。なのに僕ときたら、恩を仇で返すようなひねくれぶり。
昨日、なかなか仕事に就けない僕に、テッドは知り合いの会社を紹介した。
「そんな顔するなって。お前がこういうコネとか嫌なのは分かってる。でも、心配なんだよ」
そうじゃない。コネがどうとかじゃない。
今まで、仕事を探しているふりをして全く探していなかったのに。彼の紹介なら行かなきゃならない。
どうしたものか。

食事ができたので呼びにいくと、リビングが妙に静かだった。
ソファでテレビのリモコンを持ったまま眠っていた。スーツが皺になってしまう。
僕がいなけりゃ多分、彼はこのまま寝てしまって、次の日くしゃくしゃのスーツのまま出勤するんだろう。風邪を引いてるかもしれない。
子供の頃はずっと一人で、誰かに甘えることもできずに成長して、これから先もずっと一人だと思っていた。
それはそれで楽な気もした。自分のことだけ心配してればいいんだから。でも今は、この人がいる。
彼は一人でも平気なんだろうか? 
「テッド」
起きない。耳元で怒鳴ってやろうか、と顔を寄せる。
無防備な寝顔に軽く口づけた。あまりに久しぶりで、顔が赤くなる。
最後にキスしたのはずいぶん前、14歳の頃だ。クリスマスにマウンテンバイクをプレゼントしてくれた。
僕が欲しがっていたのを知っていたのが嬉しくて、抱きついて頬にキスしたっけ。
そのとき、普段とは違う香りがした。甘ったるい、女性のつけるような香り。
香水、と呟くと、テッドは慌ててマーサには言うなと耳打ちした。
「女性を連れ込むと怒るから、外で会うようにしてるんだ。お前も彼女ができたら連れてこない方がいい。絶対文句言われる」
心配しなくてもちゃんと女性好みのゴージャスなホテル選んでるから、と余計な情報まで添えて。
それ以来なんとなくキスできなくなってしまった。
今でも、帰ってこない日は誰かと会っているのか仕事なのか、不安になる。

……ふいにテッドの目蓋が薄く開いたので思わず平手打ちをしてしまった。
ソファからゆっくり体を起こすと、わけが分からないまま頬を撫でている。
「今、君、僕を殴らなかったかい」
「呼んだのに起きないから。すっかり目が覚めたでしょう」
「え、それで殴るとか。できれば顔はやめてくれると嬉しいな。一応テレビに出る仕事なんで。顔が命なんで」
無視してキッチンに急かした。納得いかない表情をしている。良かった、何も気づいていない。
ずいぶん乱暴になったもんだよ、と嘆きながらテッドはパスタを口に運ぶ。僕は向かいに座って、そんな彼を眺めている。
唇の感触を思い出して、無意識に指をくわえていたらしい。お前も腹減ってるの? と聞かれてしまった。
「いえ、今日は久々に大好きなものを頂いたんで」
彼は肩をすくめる。
そして、今日会った政治家がいかにアホだったかということを話し始めた。

こんな夜がいつまでも続けばいい。
なんて、僕には贅沢な望みなんだろうか?

ありがとうございました!

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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