名前
更新日: 2011-04-25 (月) 09:16:41
バソユウキ。教主と殺し屋。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
佐治は人の名前を呼ばない。
己の名だけでなく、他の者の名を口にすることもない。
大概、君や彼、奴ら、貴方など、そういった風に処理をしてそして、戸惑わない。
初めて名を聞いたとき、怒りなのかと思えるような顔で振り向いたことを思い出す。
聞いてはいけなかったのか、そう、本当に思ったほどだった。
殺し屋に、暗殺者に、名は不要だとその後己は知った。
いつでも笑っている佐治の顔は、そのように出来ているだけであるとも。
深く暗く、そしてそれを苦ではないと感じているらしいという、宿業にも。
だから佐治は名を知らない。己のものも、他人のものも。
名など、ただの記号に過ぎぬと揶揄しているようでもある。確かに、それは否めぬが。
だが怒門は、鳳雷の言葉の、その言霊の存在を知っている。
名はそのものの魂のどこか一つ部分であり、名を呼ばぬというのは在り処がないということ。
佐治その人も、佐治に関わるすべての者も。
「君は、全くどうでもいいことを考えるねえ」
国へ帰り、蛮芯教の教主と成る前、佐治に告げるとそんな風にまた笑われた。
これから怒門はそう身をやつす。身を変える。
姿かたちだけでなく、別の者に成るのだ。別のものに。
ならばそう呼べば良いと、決して己の名を口にしなかった男に、そう告げた。すると笑われた。
「僕は佐治、君は君。それだけのことだろう」
「佐治」
「それが気に入らないなら、別の好きな名を付けてくれ。僕は、それで構わない」
黒髪をかきあげうっとりと、まるで囁くように言うその顔は、艶然というに相応しかった。
ああ。
心は折れそうになる。そううっとりと、撫ぜ繰られると。
名を付けられると、己の印を好きなだけ刻み込めるという、その一点に心は知らぬ間に踊る。
復讐の鬼が、その時は鮮やかな喜びさえ手掴む。
「それに」
佐治はするりと笑いを別の風に変えた。そういう男なのだ。
「僕が彼といえば君のこと、彼女といえばあのお姫様のこと…わかるだろ?」
「まあ、そうだが」
「そういうことだ。僕にはそれしかないんだ」
佐治の関わりになる、それも生の世界というごく狭い環の中に含まれ、許されることもそれ。
全てを犠牲にして復讐の鬼と化した、はずだった。
だがそれでも己の中にはまだ、喜びや希望や、そして生身の欲望がどこからか湧き出る。
名を呼ばせたい。名を呼びたい。
たったそれだけでも、その奥底に流れる欲の強さは、常使う剣の刃よりも鋭く強いのだ。
ただの殺し屋、ただの暗殺者、協力者、利用者、相棒、友人、親友。どこに成る。
答えるものはいないと知っていたが、怒門は一人、船の上月を眺めながら呟く。
「俺たちは、その時何に成るんだ。佐治。」
そして怒門は鳳雷へ帰った。
佐治も共に、その地に降り立った。
殺し屋が神の教えの一派だなんて、面白いねえとまた、違った風に笑っていたが。
教主であるはずの怒門をあがめるふり、奉るふりは奇妙に板についていて不思議だった。
それでも名はやはり呼ばず。佐治と呼べば振り返る、ただそれだけ。
君は、彼は、うちの彼は、と何度も何度も、佐治はそう言って笑っていた。いつもの通りだった。
それを怒門も、聞いては答えるでなく見つめながら目で返していた。いつもの通りだった。
「彼は、ああ彼は素晴らしいんだ。さあみんな、うちの彼の話を聞いてくれ……!」
佐治は軽やかに笑う。そして叫ぶ。
神はいずこにも、全てのものにあり。
その教えは貧しい民達の心に刺さるのも容易で、そして抜けず残る。
民は神を求め、教えを求めたのだ。
また佐治は、こうも言って笑っていた。
「彼のことを信じよう、僕みたいに」
「佐治」
「僕は、君を……うちの彼を信じ、ついて行く。心から、どこまでも同じくする者だ!」
そんな言葉が佐治の口から。
偽りでも驚いた。偽りでなければ、驚くことすら出来ないかもしれなかった。
だがそれを、怒門は否定しなかった。
ただまた、見つめ微笑むようなふりをしていただけだった。
そして一人になったときに怒門はまた、誰にも聞こえないように呟いたものだ。
「俺たちは、本当に何なんだ。佐治。」
そして。
やがて蛮芯教は鳳雷の国を、すさまじい速度で飲み込んでゆく。
「蛮芯教はホモもOKらしい」という噂が、ある特定の層の支持をやたら集めまくり、信者は爆発的に増えまくっ
た。
だが怒門はそれを聞いた時、復讐の事もちょっと忘れ
「だからうちの彼とか、彼とか、彼とか呼ぶと誤解を招くだろうが…!」
と、あと俺にもちょっと責任はあったかもしれないと色々悩んで転がって凹んで、本気で泣いた。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
最後はオチです。
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