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サマーウォーズ 佳主馬×健二 「ウィンター・トゥルース」

お借りしまーす。
現在上映中のやや未来の虹につき、バレ注意です。

夏戦争(要英訳)
スタープレイヤー中学生×天然天才高校生
映画の数ヶ月後、年末のお話です(時期外れですみません)

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

 はじまりの夏の日、あの場所には、綺麗で元気なあこがれの先輩が佇んでいた。
 クリスマスを間近に控えた休日、混み合う東京駅八重洲口、ふとよみがえった光景が、小磯健二の
記憶の隅を駆けていく。
 今、同じ場所で健二を待っているのは、カーキ色のコートの中で泳いでいるような細身、
それから相変わらずの仏頂面。周囲には目もくれず、俯いてゲーム端末をいじっている少年。
 なにもかも拒んでいるような肩先に、少しだけひるみそうになったけれど、健二は心の中で
よしっと気合いを入れ、それを声にこめた。
「佳主馬くん!」
 瞬間、弾かれたようにあがった顔に、確かにあの、暑すぎた夏の余韻はあって。
 ふいに胸の中になにか温かいものがぱっと広がる。思わず早足に、やがては小走りになりながら、
健二は心からの笑顔で手をふった。

「別に案内なんていいって云ったのに」
「ボクが来たかったからいいんだよ」
 池沢佳主馬は、健二の学校の先輩である篠原夏希の従兄弟にあたる中学生だ。
 健二と共に、今やネット上の伝説になりつつあるラブマシーン事件の中心で事態にかかわり、
それを機に交友関係が始まった。といっても、東京在住の健二と、名古屋で暮らす佳主馬が
会えるのは、世界最大の仮想空間OZの中だけだったので、こうして直接顔を合わせるのは
長野で別れた日以来だ。
 佳主馬の家では、母、聖美が九月末に女の子を出産したが、高齢出産だったこともあって
産後はかなり大変だったらしく、一時は姉の直美が手伝いに名古屋まで出向いたそうだ。
慌ただしく赤ん坊中心に回る家の中で、佳主馬は一人黙って我慢していたようだが、
気遣った祖父の万助が、冬休みが始まったらすぐ新潟に遊びに来るよう誘ったらしい。
 ついでに、篠原家で二泊ほどして東京観光をすると聞いて、ガイド役を買って出たのが、健二だった。
 なにしろ夏希は現在、受験勉強の最後の追い込み中だ。

「どこか行きたいって云ってたよね。……てか、ボクもよくこの辺は知らないんだけど」
「アキバ」
「あ、もしかして、OZステーション?あの、グッズとか扱ってるオフィシャルショップだよね」
「うん、他にも行きたいとこはあるけど、まずそこ」
 ヴァーチャルの世界では毎日のように会って話しているが、やはり少々勝手が違う。
 健二は不器用に距離感をはかりながら、少し前を歩く佳主馬の横顔を、こっそり眺める。
 OZの中で、佳主馬は相変わらずスーパースターだ。
 ラブマ事件で離れたスポンサー達は、その後再びチャンプの座に返り咲き、以前よりさらに
冴え渡るテクニックを駆使して他者の追随を許さないキング・カズマの元に、再び争うように群がった。
 一方ケンジといえば、事件当初にアバターを利用されたことや、ラブマシーンの捕獲やGPS介入で
やりたい放題やったことから厳しいペナルティを覚悟していたが、騒動でログの一部が消失していたことと、
警察やOZの運営サイドにあらいざらい説明して協力したおかげでか、さほどきついおとがめは受けずにすんだ。
 ただし、当事者ということで管理棟への出入りが制限されてしまい、登録は残してあるものの、
現在バイトは休業状態だ。
 おかげでOZでやることといえば、せいぜい買い物やチャット、ゲーム程度。ログインしなくなった
わけではないものの、少々自分の居場所を見失いつつある。
 そんな彼を支えてくれているのが、事件で知り合った陣内家の面々で、中でも佳主馬は、イベントや
デモで多忙な合間を縫うようにして、こまめにチャットやゲームにつきあってくれていた。

 黄色いラインの電車で、アジア有数の電気街に降り立つ。駅から数分の立地に、管理棟を模した
入り口の立体看板が目立っていた。日本のOZステーション一号店だ。
 グッズ類はOZの中でも購入できるが、実際に手に取って眺められるというのは大きいらしく、
冬休みに入っていることもあって、店内は客でごったがえしていた。

 健二も、実のところここに来るのはひさしぶりで、にぎやかなディスプレイに目をとられ、ついつい
立ち止まりがちになる。
「えーと、ここが携帯とか携帯ゲーム用の小物で、文具とかTシャツとかは上のフロアだね、なに買うの?」
「師匠に土産」
 もう何を買うか目星はつけているようで、フロアを軽く見回した佳主馬は、さほど迷うこともなく
どんどん先に進んでいってしまった。まるで店内を知っているような足取りで、さっぱり案内役として
役に立てていない健二は、少し落ち込みそうになる。
 やがて佳主馬は、ストラップのコーナーで足をとめた。ポケットから携帯をだし、なにやら操作している。
肩越しに覗き込むと、ネットで品番を確認しているようだ。
 手持ち無沙汰になってしまい、健二はびっしりと並んだストラップを、見るともなしに眺めはじめた。
 OZのアバターはそれこそ無数のパターンが存在し、いまも増え続けている。そのため、キャラクター
ストラップは人気のあるアバターのデザインしか作られないが、それでも数百種類はあり、壁面を
埋め尽くす様は圧巻だ。他にも、おなじみのジョンとヨーコが透明プレートに彫刻されたものや、
ラブマ事件がきっかけになって、OZの中で一大ブームを巻き起こしている花札のデザインなどがある。
 花札の隣に、長い耳に和風の女学生姿のアバターを見つけ、健二は目をしばたたいた。
 夏希のアバターだ。たぶん、あの花札対戦の勇姿で、ストラップにされるほど人気がでたのだろう。
 なんだか懐かしく、そして嬉しくもあって、健二がそれを手にした時だった。
「……っつ」
 色の洪水に飲み込まれかけていた意識が、小さな声で、一瞬にして引き戻された。
 隣を見れば、少し離れた位置で佳主馬が手を伸ばしている。どうやら、目当てのものを見つけたようだ。
 だが、声がもれるほど力一杯背伸びしても腕をのばしても届かないようで、健二は急いで歩み寄る。
 むなしく宙をさまよう指の先にあったのは、和風アバターの装備品として人気のある、刀を組み合わせた
デザインのストラップだ。そういえば、万助のアバターはイカ型の侍だったことを思い出す。

「これでいい?」
 ひょいとフックから外して差し出すと、佳主馬の目元が、なにかに傷ついたようにくしゃりと歪んだ。
予想外の反応に健二が言葉を探しているうちに、表情を隠すように、そのまま俯いてしまう。
「あ……あれ?違った?」
 健二は膝を折り、目線をあわせた。その時、前髪に隠れがちな佳主馬のまなざしが、何を見つけたのか、
さっと険しさを増す。
「ご…ごめん、これじゃなかったかな」
「……いや、いい」
 差し出したストラップを奪いようにつかみ、佳主馬はレジの方に去っていく。
 何が原因であんなに暗い顔になったのか、さっぱり見当がつかない。自分の対人スキルの低さに
途方に暮れながら、健二はふと、先ほどの佳主馬の目線の行方を辿る。
 追った先には、夏希アバターのストラップをつかんだままの、自分の左手があるだけだった。

 長蛇の列のレジの先で待っていると、小さな袋をリュックのポケットにしまいながら、
佳主馬が近づいてきた。
 戸惑いを押し隠して軽く手をふると、佳主馬は意外そうに小さく首をかしげる。
「上のフロアにもいく?」
「健二さんは、買い物いいの?」
 同時に口を開き、一瞬の間が二人の間を流れた。
「ボクは別に買うものないよ」
「でも、さっき持ってたの……」
 不遜で強気な中学生にしては珍しく、歯切れ悪く口ごもる。
 怪訝に思いながらも、さっきほど不機嫌そうではないことは感じ取れたので、健二は仕切り直しの
つもりで、駅周囲の店の位置関係を頭の中でおさらいしながら口を開いた。
「で、どうしよ、上いく?他のお店いく?それとも、ちょっとお腹すいたとか」
「……ちょっと、喉かわいた」

「じゃ、マックでも行こうか」
 ようやくガイド役をつとめられそうで、少しほっとして、健二は笑顔を返す。
 今度は少し前に立ち、店頭の方向に人ごみを縫って進んでいくと、先ほどは混み合っていて
よく見えなかったディスプレイが、少しひいた人波の隙間からちらっと見えた。 
 平台の中央に、見覚えのあるキャラクター。
「ちょ、見て見て!」
「な…なに!?」
 思わず、前を歩く佳主馬の腕をひくと、なにかに気を取られていたのか、予想外の勢いで振り向いてくる。
心なしか顔が赤い。
「ケースの中、キング・カズマだよ!」
 アクリルの円筒の中には、OZ最強のディフェンディング・チャンピオンの姿。それも、ラブマ戦後半の
ダメージ姿で、炎と煙の中でファイティングポーズを決めている。レジンでなくポリストーン製の大型の
スタチューで、リアルな陰影のある塗装を施されていた。
 健二は佳主馬の手を引いたまま、ディスプレイに向かう。
「ああ、知ってる。てか持ってる」
「うわー…にまんさんぜんえん……」
 台の上には、キング・カズマ関連のグッズが並んでいるが、どれもシルバーや黒を基調にした、クールな
印象のデザインだ。フラットで明るい色合いのアバター関連グッズの中で、このスペースはかなり人目を引く。
「あ、これいいな」
 並んだグッズの中から、黒いレザーのベースにつや消しシルバーのプレートがついたストラップを見つけ、
健二はいそいそと手にとった。プレートには、ジャンプしている途中のようなポーズのウサギのシルエットと、
ストリート系のフォントでOZ-Martial Artsの文字が刻まれている。
「ごめん、ちょっとここで待ってて」
「え?」
「買ってくる」
「ま……待ってって!」

 呼び止める声を背に、急いでレジの列最後尾に並ぶ。幸い、大量購入者がいなかったのか、列はすいすいと
進み、十分もかからずに店先に戻れた。
 佳主馬は、入り口側のカプセルトイ販売機の側に、どことなく居心地が悪そうに佇んでいた。
「お待たせ!」
「うちに」
「え?」
「うちに同じの届いてるんだよ、見本で。欲しけりゃ、持ってきたのに」
 さすがに周囲をはばかってか、小声で口を尖らせる佳主馬は、また不機嫌そうだ。
 なんだか今日は失敗してばかりのようで、健二は軽くへこみつつも、「ちゃんと買いたかったんだよ」と返し
手にしたパッケージに目を落とした。白いビニール地に印刷されているのは、OZのロゴと、ログイン画面で
おなじみの鍵穴のマーク。
「ケータイ替えたばっかりだから、ストラップも新しいのにしようと思ってて、まだつけてなかったんだ。っと、」
 立ち止まっていた背中に誰かがぶつかった。軽くよろけた健二を、すぐさまのびてきた細い手が引き寄せる。
 立て看板の後ろで影になる場所に、ちょうど一人分の空間があり、そこに押し込まれたようだ。
「あ、ありがと」
「とろいね」
 事実だけに、笑顔も固まった。
 チャットでは、佳主馬は紳士的だ。中学生に『紳士』というのも妙な感じだが、強者としての揺るがない自信が
そうさせるのか、同じようにぶっきらぼうではあるものの、言動はかなり男っぽく大人びた印象がある。
 ただ、外見こそギャップがあるけれど、リアルの佳主馬も本質的には同じなんだと、今更のように気付く。
 無遠慮な人の流れと自分の間を、しっかりと遮るように立っている小柄な姿。
「で、マック行くの」
「あ、うん、駅の方戻ろう」
 自分の中の思考に入り込んでいたのに気付いた健二は、慌ててポケットに袋をしまおうとして、手元が狂った。
 白いビニール袋が、白いタイルの床に落ちる。

 急いでかがみ込んで拾い、中腰のまま顔を上げると、予想外の近さに、佳主馬の顔があった。
「な、なに?」
「健二さんて、背高い方?」
「やーまー……そこそこ、かなあ」
 長めの前髪からのぞく、整ったきつめの目元。間近すぎるそれに狼狽をのみこみきれないまま、本当はクラスでも
小柄な方だが、健二は、ささやかなプライドに押されて見栄をはる。
「うち、父親の家系が結構高い。篠原も、おじさんたちは高身長多い」
「うん、見たけど、知ってるけど……」
 理一、侘助、頼彦邦彦克彦……と身長順に名前と顔を順番に記憶を探っていたら、出し抜けに。
 本当に瞬きひとつぶんの一瞬に、健二の乾いた唇を、濡れた感触と温かい息が掠めていった。
「三年後、ってところか」
「ええ?」
「今のは予約で」
「ええ?ええ?」
 佳主馬は、果物でも食べ終わった後のように、薄い舌でぺろりと自分の唇をなめてから、きびすを返してさっさと
駅の方向へ歩き出す。
 痩せた背中を呆然と見送りながら、無意識に素数を数えていた健二は、3623のところでやっと我に返った。
「ええーーーーーーー!?」
 
 混乱したまま雑踏の隙間をかきわけ、どうにか健二が佳主馬の背中に追いついたのは、それから43秒後。
 何事もなかったように歩く佳主馬の耳が、傍目でも気付くくらい赤らんでいることに健二が気付いたのは、
おそるおそる隣に並んで歩き始めてから、16秒後のことだった。
 
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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