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CREATIVE OFFICE CUE 鈴井貴之×安田顕 「枕営業」

・ナマモノ注意
・試される大地の芸能事務所 赤平室蘭
・文中の S:赤平 Y:室蘭 O:江別 T:手稲 で伏字にしてあります
・ジャンルスレ480姐さんに感謝

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「どうもありがとうございました。ごちそうさまでした」
「Sさんにも宜しくお伝えください」
「はい」
Yは店の前で挨拶を交わし、丁寧に頭を下げる。会食の相手は車を呼ぼうとしてくれたが、
遠慮した。さほど酔ってはいないし、事務所で借り上げている部屋までは歩いても15分
ほどの距離だ。一昨年から続いていた東京生活で土地鑑もついてきている。数分歩くと、
信号に引っかかり立ち止まる。手持ち無沙汰になり空を見上げれば、情報誌で写真を見た
ことがある高いタワー。外資系のホテルのはずだが、その名前までは思い出せない。

タワーの根元のエントランスが見通せた。ドアマンの礼で見送られた人影に目を留める。
長身痩躯だがやや猫背。Yの記憶にある歩き方だ。信号が青に変わり、周囲の者が横断歩
道を渡り始めても、Yはその場に立ち尽くす。目を凝らして、その人物の行方を追う。東京
出張中なのは知っていた。しかし決して狭くはない街で会えるとは。人影がSだと確信
したYは交差点を渡って思わず駆け寄る。やや俯いているSは近づいてくるYに気付かない
らしい。声をかけた。

「社長」
相手はびくりと身体を震わせる。
「ああ、Yか」
「近くで食事してたんです。社長はどうしたんですか?」
問いかけられたSはYの顔から目を逸らした。

春の柔らかな風がYの頬を撫でる。しかしその鼻をくすぐったのは微かな石鹸の香り。Sが
愛用しているコロンの香りではない。Sはこの数時間以内にシャワーを浴びている。事務
所が押さえることはない高級ホテルのエントランスから姿を現した。

Yが最初に思いついたのは異性との逢瀬。多彩な女性関係を誇るSなら、東京で交際してい
る相手がいても不思議はない。それを尋ねるのも野暮な話だ。
「僕、この後部屋に帰るだけなんですよ。社長はこれからどうするんですか?」
「俺も帰るだけだから…」
そのままYを振り切り、歩き去ろうとする。何かがおかしい。遠ざかりつつある背中に声
をぶつける。

「部屋で飲み直しませんか?」
靴音が止まり、Sが少しだけ振り返る。
「色々あって、社長に話聞いてもらいたくて」
部下からの相談を無視する事はしないだろうというひとつの賭けだった。Yは車道に身を乗り
出すと手を上げる。空車のランプをつけたタクシーがタイミング良く停まった。
「社長、乗って下さい」
開いたドアの横に立つ。車を待たせているというのに、Sはゆっくりとした足取りで近づ
いてきた。身体のどこかを庇うようなギクシャクとした動作で車に乗り込む。何らかのト
ラブルがあったのではないかという疑念は確信に変わった。

部屋まではワンメーターの距離。運転手は渋い顔をしていたが、Sのためには良かったの
かもしれない。Yは部屋の鍵を開けると急いで靴を脱ぐ。
「すいません、最近忙しくて掃除してなくて」
Sの来訪が分かっていれば半日を費やしての大掃除をするはずだ。Sが靴を脱いでいる間に、
あふれかけていたゴミ箱を部屋の隅に片付けた。冷蔵庫からウーロン茶のペットボトル
を取り出し、かろうじて一つだけ残っていた清潔なグラスに注ぐ。居間に戻ると、Sはジ
ャケットを脱ぐこともせずに、ベッドを背にして床に座り込んでいた。

「どうぞ」
「悪いな」
形だけ口をつけると、グラスを置いてしまう。何も喋ろうとはしないSの代わりに沈黙を
埋める。話題は今日の会食相手について。この秋に、元バレリーナの女優と舞台に立つ。
今晩は舞台監督とプロデューサー、当の女優との顔合わせを行った。舞台監督はかつての
Sの舞台を観ていたらしい。食事を摂りながら思い出話に花が咲いた。
「今度一緒に飲みたいって言ってましたよ」
「そうか」

話を聞き、相槌を打ちながらも、Sはしきりにシャツの袖を引っ張る。その動きが気にな
りYの視線は自然と吸い寄せられる。左手首にあるはずの腕時計がない。入浴と情事の時
以外は常に身につけているのに。その代わりに両手首を取り巻いているのは真新しい傷痕。
何か硬い物で擦られたように見える。幅は2センチほどで薄く血が滲んでいた。袖口が
汚れるのにも構わずに隠そうとしていたらしい。色白の肌に浮かぶ傷はひどく目立つ。
「手首、どうしたんですか?」
「なんでもないから」
どうやら女性と逢っていたのではなかったらしい。もう一つの可能性に心当たりがあったが、
口には出さない。その代わりに立ち上がるとクローゼットを開けて、何かを探し始める。棚
の上から探し当てたのはプラスチックケース。蓋を開けると消毒液や包帯といった救急セット
が出てきた。
「化膿するといけないから、消毒だけでもしましょう」
「いいから」
「包帯してる方が怪しまれませんよ」
翌日以降の予定と手首の包帯、心の中で素早く秤にかけたSは手を差し出した。

「ちょっと沁みますよ」
Yが消毒液を傷口にふりかけるとSは顔をしかめた。痛みから気を逸らせるようにぽつりと呟く。
「前よりはいいホテル使ってるんだよなあ」
やはりそうだったか。口に出すのも憚られる単語に思い当たる。

枕営業。

仕事の為に身体を差し出す。女ならば異性の有力者とベッドを共にする。これならば分か
りやすい。では男なら?それなりの地位にある女性に奉仕することは稀だ。大抵は同性愛
の嗜好を持つ者と寝ることになる。

Sは袖口をまくりながら、都心の高級ホテルの名をいくつか挙げる。
「10年前はあんなとこ使えなかったんだから」
Sのふっくらとした唇が自嘲の笑みを刻む。10年前…Sが初めての映画を撮影しようとして
いた時期だ。Sの歴史はそのままY自身の歴史にも重なる。Yが初の主演を果たした映画。
資金繰りやキャスティングが難航したことは記憶に残っている。映画監督としての実績な
ど何ひとつ無かったローカルタレント。そのハンディを跳ね返すための人脈やコネを身体
で購ったということか。

今夜は謝罪の為にその身を犠牲にしたのだろう。

Oの入籍、人気グラビアアイドルとの交際が発覚したT。各方面への影響は大きかった。
全国的な知名度が上がってきたOはともかく、Tについては提携している中央の事務所と共に
売り込みの態勢に入っていた。そんな折に浮上してきたスキャンダルだった。

グラビアアイドルの自宅マンションに出入りする姿をすっぱ抜かれた。Tについてもモザ
イク無しで写真週刊誌でトップ記事の扱いになるはずだったのを、同系列の出版社の女性
週刊誌での扱いに留めるように手を回した。

相手の女性アイドルの事務所、客演が決まっていた舞台関係者、夏以降に出演を予定して
いた連続ドラマの関係者。

彼ら彼女らに頭を下げるのはSにしかできない仕事だ。詫びる方法についてもSに選択権は
無い。

「こんなおっさん犯ったって面白くないだろうにな」
悔しさからだろう。声が湿り気を帯びてきた。Yには返す言葉もない。ただただ師の涙を
見ないように、顔を上げずに手当てに集中する。

Yには分かっている。性的な快楽を求めてのことではないのだと。蒙った不利益に対する
意趣返しをしているだけ。性行為を媒介にして、Sの矜持を叩き折る。苦痛に歪む表情を
見て、嗜虐心を満足させる。両手首の擦過傷を見れば、どのような行為を強いられたのか
は想像がつく。タクシーに乗り込む際の不自然な動きを思い出す。身体へのダメージも大
きいはずだ。

「僕じゃダメなんですか?」
Sにそんな汚れ仕事はさせられない、させたくない。Y自身、かつてはSに仕込まれた身だ。
同性との性交の手順もベッドでの振舞いも。Sは吐き捨てるように答えた。
「…お前にそんなことさせられるか」
命じてくれればいいのに、と思う。Sの身を案じる心の痛みのほうが耐えがたい。仕事の
ために肉体を売り、それがSの利益に繋がる…ひどく心惹かれる。

会話を続けながらもYは傷口に軟膏を塗り、ガーゼを当てる。包帯を巻こうとしたが、何
回やっても上手くいかない。見かねたSが声をかける。
「自分でやるから」
Yの手から包帯を取り上げると、自分で巻き付け始めた。片手で紙テープをちぎり取ると
端を止める。
「包帯の上から時計をすれば、そんなに目立ちませんから」
「かもな」
Sが腕時計を身につけたのを見届けるとYは台所へ。冷蔵庫から取り出してきたのは二本の
缶ビール。
「社長、飲みましょうよ」
「お前が買ったんだろ。悪いからいいよ」
「シゲが置いてったんですよ」

今年の初頭に上京してきたYが冷蔵庫を開けると、
"オレの気持ちだ、みんなで飲んでくれ!"
というメモ書きと共に、大量の缶ビールが詰められていた。Tの置き土産だった。

かつてはSも含めたタレント陣が代わる代わるこの部屋を使っていた。一度などはラジオ
の生放送中にYがこの部屋を訪れたこともある。しかし、一人は東京滞在が長くなるため
事務所に遠慮して独自に部屋を借りた。一人は結婚と同時に妻と共に生活するようになっ
た。一人はより広い部屋を求めて引っ越した。上京する機会が少ない者もいる。以前は宿
の都合がつかなかった複数人が転がり込んで、修学旅行気分を味わったものだが。

最近ではこの小さな部屋で寝起きをするのはYだけになってしまった。だからTが残して
いったビールはYひとりで消費していた。

プルトップを引き上げると、二人は視線を合わせる。缶の縁をぶつけた。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
Sが口をつけたのを見てから、Yは缶を口元に引き寄せる。喉を鳴らして、一息に呷った。
ツマミとして常備してある乾きものを出す。

「あいついいよなあ。あんな巨乳と付き合ってるんだぞ」
アルコールで気が緩んだのだろう。Sは下卑たコメントを述べる。いずれはTの妻になる可
能性のある女性だというのに。Yにしても実感が湧かない。男性向け週刊誌の袋とじを賑
わせていた印象の方がよほど強いのはSも同じらしい。

数本の缶ビールを空けた後、Sはゆっくりと腰を上げる。
「そろそろ帰る」
「一人で大丈夫ですか?」
心身ともに傷を負っているSをホテルの部屋に帰すのは不安だった。ベッドを明け渡して、
自分は床に転がって眠ればいい。そう考えていたのだが。
「…に泊まるから」
そこでSの動きが止まった。決まり文句のように口から出てしまったのは都内の地名。数
週間前までOの部屋があった場所だ。今は妻と暮らす新居に引っ越している。Sは小さくた
め息をこぼす。一つだけ。玄関で靴を履くために身を屈める。その姿勢のまま、背後に立
つ男に問う。
「なあ、お前はずっと傍にいてくれるよな?」
「もちろんです」
能う限りのうやうやしい口調で答える。見つめているのはSの背中。18の歳からずっと、
その背中に従って歩き続けてきた。

"あなたが死ぬその日まで、ついていきます"

心の中でだけ付け加えた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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