星新一「生活維持省」
更新日: 2012-05-08 (火) 17:34:08
早朝に投下させて頂いたばかりですが、今日新しく読んだ話が激しく切なく萌えてしまったので再び投下致します。
星.新.一.のショート作品「生.活.維.持.省」から。
「イ.キ.ガ.ミ.」と一悶着あったそうなので、ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが…。
こちらも一度お読み下さい。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
「なにも急がなくたっていいじゃないか。いちばんあとにしたって、いいだろう」
しかし、私は平和にみちた明るい景色を目にやきつけながら答えた。
「いいよ、自分できめた順番なんだから。ああ、生存競争と戦争の恐怖のない時代に、これだけ生きることができて楽しかったな」
彼は私が渡したカードと小型光線銃を両手の平に乗せたまま私をじっと見つめていた。
私は窓の外を眺めていたが、彼の視線をずっと後頭部に感じていた。
きっと、その口は何か言おうとしては噤みを繰り返しているのだろう。
そして、その表情は私のそれよりも余程絶望的なのだろう。
私は、こんなにも穏やかな心持ちでいるのに。
「い、嫌だ」
彼の震えた声に、私はゆっくりと振り返った。
彼は泣いてこそいなかったが、瞳が潤み、揺らいでいた。
「君」
「嫌だ、僕は…、僕は、君を」
彼はそこまで言うと、両手に乗せたままのカードと銃を慌てたようにクラッチ後ろの小物スペースに置いた。
そしてエンジンを切り、車を完全に停車させた。
道路上だが、広い道だし、ここは余り車が通らない。
果たして彼がそこまで考慮していたかは疑わしいが。
一連の動作は五秒もかからず、次は乱暴に私の肩を掴んだ。
「痛いよ…」
「僕が君を殺すなんて、無理だ。できない」
彼は私の言葉に構わず震えた声でそう言うと、強い力で私を思い切り抱き締めた。
「嫌だ…」
「嫌と言っても仕方がないじゃないか。仕事だよ」
彼はとうとう声を詰まらせてしまった。
時折鼻を啜る音が聞こえる。
私は彼の背中に優しく腕を回した。
彼は私より体温が高くて、背中から手の平に伝わる温かさが酷く心地良かった。
私は彼の首元に顔を埋めて一つ思い切り呼吸した。
午後から暑くなるかも知れないと今朝のニュースで言っていた。
今はまだ正午前だが、少しずつそのような気配を見せている。
そのせいで彼は少し汗ばんでいたようで、首筋が少ししっとりとしていた。
汗臭いというほどではなく、いつもの彼の匂いがした。
清潔ながら、男らしさを感じさせる、私の大好きな匂い。
それをはっきりと記憶した私は、彼の肩に顎を乗せて窓の向こうに続くどこまでも平和な景色を眺めた。
先程通り過ぎた、あのきらきらした小川のほとりが良いと思ったが、ここでも別に構わなかった。
水色の空に、遠くの山々からもくもくとした入道雲が既に立ち上がっている。
午後からの暑さは、夕立が洗い流してくれるだろう。
車を停めている道は広い野原を一筋舗装したもので、私の視界に広がるのはひたすら緑色の芝生であった。
所々、林のように少し背の高い木が群生している所や、小さな花畑のようになっている所もあった。
平和に満ちた明るい景色、私達の仕事が維持している、素晴らしい景色だった。
その煌く世界がふいにぼやけた。
鼻の奥がつんと痛み、私の目からも涙が溢れ出していた。
悲しいとか悔しいとか、そういう負の感情のせいで流れたものでは決してなかった。
こんなにも美しい世界で、好きな人に殺してもらえることが酷く幸福に感じたのだ。
私が死ねば、この美しい世界が維持されていく。
皆の生活が維持されていくのだ。
生存競争と戦争の恐怖のない、幸せな世界を、彼は生きていけるのだ。
「ああ…、幸せだなぁ…」
私のその言葉を聞いて彼は体を離した。
再び私の肩を、但し今度はとても優しく、包み込むように掴み、じっと私を見つめた。
ああ、こここそ私が最も幸せな場所だ。
彼は拳で乱暴に自分の涙を拭うと、優しく私の頬に口付け、涙を舐めた。
くすぐったくて少し笑うと、彼も少し笑った。
そして今度は唇でキスをした。
彼が泣いている間に口の中に入ったのだろう、彼の唇は少ししょっぱかった。
それほど長い口付けでもなかったが、私にとってそれは今から永遠の幸せになる。
彼にとっては、一つの儚い想い出くらいで終わらせた方が幸せになれるだろうが、彼は優しいから、暫くは忘れないでいてくれるのだろう。
彼には悪いが、私はそれが少しだけ嬉しかった。
唇を離すと、彼は車のエンジンをかけ、ハンドルを握った。
「さっきの、小川のほとりだっけ」
彼は真っ直ぐ前を見てアクセルを踏んだ。
「うん、そう」
「…直ぐ着いちゃうな」
「うん、…直ぐだよ」
その日も、生活維持省の仕事は何一つの滞りなく終了した。
午後からの暑さを夕立が洗い流した、いつもと変わらない平和な一日であった。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
星.新.一やめられないとまらない。
- まさかこの二人のCPがあるとわ……! -- 2012-05-08 (火) 17:34:08
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