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法律擬人化 会社法×商法

法律擬人化で会社法×商法です。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

商法の実家は江戸時代から続く呉服問屋で、その古めかしく厳つい門構えを目の前にすると、会社法は未だに中に入るのを躊躇ってしまう。
結局、商法が見慣れた麻の単姿で敷石を走って出迎えに来てくれるまで馬鹿のように突っ立って待つことになった。
幼い頃も、いつもこうして商法のことを待っていた気がする。彼は昔から優しく、会社法は今よりずいぶん気弱だった。
「ごめんなあ。ちょっとごたごたしてたもんやから、遅くなってしもた」
目に掛かった髪を手で避けながら、商法は本当に申し訳なさそうに言った。
「いや、おれが突然押し掛けたんだから、都合悪かったら出直そうか」
「そんなん……僕が空港まで迎えに行くのがほんまやったのに」
「帰国の予定日、もっと早く教えれば良かったな」
小さく首を振った商法は、背ぇ伸びたなあ、と眩しげに目を細めて言った。

「数年見いひんだけでこんなに変わるもんやろか。いややな、僕が見下ろされる側か」
「まあ、育ち盛りだったから。向こうは飯の量も多いし。それより、ちょっと痩せたんじゃないか?」
幅が余ってる、と袷に指を引っ掛けると、彼は眉を引き上げた。
「君のせいやろ? 君が僕の第二編ごっそり持っていったんやんか。500条も一気に減ったらそら痩せもするわ」
「勝手して悪かったよ。でも、仕事楽になっただろ?」
「まあ、確かに一番大変なところやったけど……。あ、と、ごめん。疲れてるのにいつまでも立ち話してしもて、お茶菓子出すしとりあえず中入って」
「ああ、うん。ありがとう。お邪魔します」
手を引かれて、ようやく敷地に足を踏み入れた。一瞬、子供のころに戻ったような錯覚をする。

無力だった。優しい手にすがることしかできなかった。
今は違う。彼を守れるだけの力をつけたから日本に帰ってきた。
肩胛骨のかたちが見えるような単の背を見つめる。
こんな薄い身体で、あの厄介な株主たちの相手をするのは、元々無理があったのだ。
日本に大会社が誕生し始めた頃からもう疾うに限界は見えていた。
ドイツ人の血の混じった白い肌は株主には手触りが良いらしい。
世間知らずの商法が憔悴していくのを見るに耐えず、18の頃家を出てアメリカに渡った。株主を御す方法を学ぶためだ。
「ねえ、おれがいない間、何か変わったことはあった?」
「そうやなあ、こないだ刑法さんが変わらはったよ。交通犯罪がほんまにお嫌いみたいで」
「それは新聞で見た。そうじゃなくて、あなたの身の回りの話。元気にしてた? 病気したりとか……」
商法は不意に立ち止まった。真夏だというのにひんやりとした薄暗い廊下で、二人は向き合った。

「……そんなこと今さら訊くならなんで手紙くれへんかったん?」
「え?」
「電話番号やって教えてくれへんかった。いつでも話したいこといっぱいあったのに」
いつになく責め立てるような口調だった。彼なりの精一杯の糾弾なのだろう。まなじりに涙が浮かんでいた。
「どこで何してるか判らへんし、心配で死にそうやった。僕はずっとずっと君のことばっかり考えてたのに、君の帰国の話を聞いたのは人伝やった」
「ごめん」
「なんで? 僕のことそんなにどうでも良かった?」
「違うよ、そうじゃない」
「うそばっかりっ……」
振り上げられた腕を掴んで抱き寄せた。
「なに? 離してっ」
「落ち着いて。そういうことじゃないんだ」
商法ははじめ会社法の身体を突き放そうとしたが、その抵抗を押さえ込んで強く抱くと、諦めたように腕を弛緩させ、額を肩に押し付けてきた。
寂しかったとでも言うようなその子供っぽい仕草がかわいくてゆっくりと背を撫で続けていると、やがて呼吸が落ち着いてきた。

「……ごまかそうとしてる?」
「そんなつもりは無いよ」
苦笑すると、
「じゃあ情報開示を求めます」
彼は会社法の口癖を真似た。
「そんな言い方しなくてもちゃんと説明するよ。
その、……あなたのことを思い出すと日本に帰りたくなって何も手につかなくなるから、手紙も電話も連絡手段を全部断ったんだ。
それだけ。まさかそんなに寂しがってくれてるなんて思わなかったな。おれのことなんか忘れてると思ってた」
くすっと笑うと、商法は真っ赤になった顔を上げた。
「寂しかったとかじゃ……」
「だめ。さっきの熱烈な告白は一生忘れない」
細い髪を数本掬って口付けると、商法は何か言いたげな顔をしてから、結局何も言わずにうつむいた。

「なに?どうしたの?」
「向こうじゃ皆そんなこと言って、キ、キスとかすぐにするんやろうなあと思って。なんか外国の人みたい……」
「しないよ。おれは一途な日本男児だからキスは好きな人としかしない」
「ふうん……」
「だから向こうじゃキスできなかった」
商法は黙り込んだ。アメリカへ発つ前の日のことを思い出しているのかも知れない。
あのときの会社法は、長い不在の間、彼の記憶に残るために必死だった。
商法と身体を離した。
彼の見上げてくる視線が濡れていて、どうにもキスがしたくなった。
「好きな人は日本にいるん?」
柔らかそうな唇が動いた。
「日本にいるよ。今おれの目の前にいるんだ」
商法が何かどうでも良いことを言う前に、その呼吸を奪った。

商法がお茶を煎れてくるから待ってて、と会社法を通した和室には異常に冷房が効いていた。そういえば昔から暑いのには弱い人だった。
真夏の間は、日陰になる縁側に腰掛けてしきりに団扇を使いながら庭で遊んでいる会社法を見て微笑んでいた。
そういう日が幾日か続くと、決まって具合が悪くなるのがうれしかったな、と思い出す。辛そうな顔を見ると胸が痛んだが、それが唯一彼に世話を焼ける機会だった。
汗を拭って横たえさせて帯を弛める。商法は途切れ途切れに礼を言う。その声を聞くのが好きだった。
彼の生けたらしい上品な夏菊の花瓶を見ながら懐かしい記憶をいくつか反芻していたせいで、会社法は廊下を擦る足音に全く気付かなかった。
だから突然開いた襖にはかなり驚いた。重ねて驚いたのは現れた相手のせいだ。
「あれ?おまえ帰ってきてたんだ。久しぶり」
へらっと笑って言ったのは、思い出したくもない苦い経験の提供者だった。拳が震えそうになるのをなんとか抑える。

「……お久しぶりです、民法さん」
「おう。どうだった?自由の国アメリカは」
「別に……下宿と大学の往復でしたから、大した話もないですよ」
「なんだよそれ、つまんねえ男だな。アメリカくんだりまでおまえ何しに行ってんだよ」
「勉強です」
「あっそ。まあでも、なんか良い顔にはなったな。女の方の筆下ろしでもしましたか?おめでとさん」
下品な笑みを浮かべた民法が、しゃがみこんで会社法と目線を合わせた。
「よーし、じゃ、お兄さんが帰国アンドドーテー卒業祝いをあげよう」
「なに言って……」
急に距離を縮めてきた民法に危機感を覚え、顔の前に手を翳した。
「なんだよー」
手のひらにキスすることになった民法が不満そうに唇を尖らせた。
「こっちの台詞ですよ。何するんですか」
「ちゅーくらい良いじゃん。おれとおまえの仲だろー?」
「アンタとの間に何の仲もありませんよ。それより、まだこんなことやってるんですか?いい加減に……」
民法は眉を寄せ鬱陶しげに手を振って遮った。
「そういううぜえこと言うのやめろよ。変わんねえな」

笑っているときには判らないが、こうして不機嫌そうな顔は本当に綺麗な人だと思う。
父親がフランスとドイツのダブルなのだそうだ。そのことで昔随分辛い目に遭ったらしく、彼は自分の血を嫌悪している。
が、会社法はその西洋の彫刻のような整った目鼻立ちや、色の薄い柔らかな髪を好きだった。おれだけじゃない、と心の中で言い訳をする。
私法なら、誰だって彼を抱きたくてたまらなくなる時期があるはずだ。自由で男にだらしなくて自己責任を標榜する癖に面倒なことはすぐに特別法に押し付けて――でもひどく魅力的だった。
本当は好きな人がいるのにそれを必死で隠そうとしているところを可愛いと思うことさえあった。
歳上の幼なじみのことで悶々としていた会社法を誘ったのは、確かに彼の方だった。それに乗ったのは民法と商法の顔立ちがどことなく似ていたからだ。少なくとも、これまではずっとそう思っていた。
けれど、今こうして見る民法は少しも商法に似ていない。眼差しはきついし、薄い唇は冷酷そうで、優しい印象を人に与えない。
そもそも、派手なパーカーにクラッシュジーンズを好んで穿く男を見て商法と似ていると思えたことが不思議だ。同じ外国の血が入っているとは言え、似ているところなんて肌の白さくらいだった。
やはり、少しは惚れていたのだろう。

「おーい、起きてる?」
民法が呆れたような顔で言った。
「……起きてますよ。で、何しに来たんですか」
「なに?妬いちゃった?やだなー、おまえの大切なお姫様には手ぇ出してないから安心して下さいよ。人のもんは盗らない。っていうか、盗れない。これ所有権絶対の法則ね」
質問には答えないでべらべらと聞いてもいないことを話しながら、民法は畳に腰を下ろした。
「ははっ、そんな怖い顔すんなって。だからさ、商法が要らないエアコンくれるっていうから、来たんだけど。もしかしてお邪魔だったりする?」
「邪魔に決まってんでしょ。できるだけ早く帰って下さいね」
民法は、冷たいなあ、と笑った。首筋がわずかに覗いて、そこにある赤い痕が肌に痛々しかった。
「……まだあのアパートに住んでるんですか?」
「悪いかよ」
「もうそろそろあの人の官舎に押し掛けてるんじゃないかと思ってましたよ」
「そんなわけないだろ。あいつにも大切な大切なお姫様がいるんだから」
傲慢でわがままで、会社法から見れば民法も十分「お姫様」の一人だ。それが、好きな人のことになると途端に遠慮がちになって一歩引くのだから、本当には憎めない人だよなあ、と思う。
会社法の視線をどう受け止めたのか、民法はほのかに頬を染めて目を逸らした。
「なんだよ、本命に慎重になるのは当たり前でしょ。これ以上嫌われたくないもん、おれ」

昔は、この話題を振ると、怒ったり泣きそうになったり、滅多に見られない反応をしてくれた。変わったな、と思う。世間話として言葉を交わしている。
ただ少し、声が震えていた。
「判りますよ、それは」
会社法の呟きに、民法は目線を上げた。大きな瞳が瞬いて、ふしぎな色をしている。自分の顔をそこに覗き込んでいたときのことを思い出す。
こんな綺麗な人に何年も思われ続けて、気付かないあの人は少しおかしいんじゃないだろうか。公法は堅物が多いが、それにしても異常だ。
民法は何も言わない会社法に焦れてか、庭の造作に目を移した。
敢えて掛ける言葉もなく、その横顔をぼんやりと眺める。
部屋に沈黙が落ちた。
蝉時雨がやけに大きく聞こえ出した頃、二つの湯呑みと茶菓子を丸盆に乗せた商法が戻ってきた。着物が変わっている。
「ごめんごめん、お茶溢してしもて……あ、民法さん……あっ、どうしょ、忘れ……、あっ」
「落ち着けよ」
民法は笑いを堪えながら言った。

「そんなことだろうと思ってた。後で良いからまた連絡くれ」
「すみません、民法さん、その、すぐ伺いますから……」
「良いよ、おれがもらう側なんだし。それより会社法が犬みたいにおまえのこと待ってたからちゃんと相手してやれよ」
「あっ、民法さん」
片手を上げ、民法は部屋を出ていった。
その背を呆然と見つめていた商法が独り言のように呟いた。
「あり得へん……民法さんとの約束忘れるなんて」
「おれの帰国のニュース、そんなに衝撃的だった?」
商法はその質問には答えず、無言で盆を会社法に押し付けた。
「えっ、なに?」

「やっぱり今から届けてくる。明日、真夏日らしいし、あの人身体弱いから倒れるかも知れん」
「え、おれは……」
「ごめんやけどまた明日来てくれる?」
そう言って返事も聞かずに去っていった商法の後ろ姿を会社法は呆然として見つめた。
そういえば、商法のお姫様は民法だった。
昔から、商行為に興味のない民法の杜撰な仕事をフォローするのが商法の役目で、数多くの特別法の中で一番近くにいるのが自分だと、何度も何度もうれしそうに話していたのを覚えている。
民法の台詞を思い返してみた。
彼は確かに「手を出していない」とは言ったが、「手を出されていない」とは言わなかったのだと気付いて、さっと血の気が引いた。
真っ青な顔で、会社法は慌てて商法の後を追った。
好きな人と兄弟なんて冗談じゃない。
人のものは盗らないとうそぶいたその口で契約自由と言って憚らない。
責任を取れと迫られれば、誰とでもすぐに寝る。
あの節操なしのいる世界に商法を置いていったのはもしかして人生最大の過ちだったかも知れない。
久々に本気で走りながら、会社法は頭の隅でそう考えていた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
途中連投規制で中断してしまい申し訳ありませんでした。


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