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刃鳴散らす 赤音→伊烏 前編

ガチ剣劇エロゲ「刃鳴散らす」赤音→伊烏の過去話。
・若干ネタバレ気味
・聖都と枝篇は未プレイ未読につき御免
・エロ要素皆無
・全二回予定

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「どうだ、夕餉の後に一局」
 たっぷり汗を吸った道着一式をまとめ、住込みの門下生が寝泊まりする離れへ
帰ろうとした武田赤音を、聞き慣れた落ち着きのある声が呼び止めた。
 こんな魅惑の誘いを断るはずがあろうか。
「ええ、もちろん! 二局でも三局でも、何十局でも!」
 満面の笑みで振り返り即答する。後ろで一つに束ねた髪が少し遅れて背を打った。
 相手の目には勢い良く尻尾を振る柴犬めいて見えたかもしれない。
「あまり長丁場だと明日の稽古が辛いぞ」
 窘める相手のわずかに下がった眦を見れば、彼が本気で困っているわけでは
ないことは知れる。
 鹿野道場にあまねく厳しい指導と根暗な性格で知られる青年に、こんな表情を
させる人物はさほど多くない。
(自惚れてもいいのかな、おれ。ちょっとだけなら、いいよな?)
 自分との勝負を重ねることが、彼にとっても喜びなのだと。
 靴先をとんとんと三和土に打ちつけながら、赤音の心は浮き立つ。
「予定はないのか?」
「師範代、普通は誘う前に訊くものですよ、それ」
「む……、すまん」
 弟弟子の自分にまで律儀に頭を下げる長身を見上げ、赤音はくすりと笑った。
 彼が赤音との対局に割く貴重な時間の前に、どんな瑣事が意味を持つだろう。
「あるわけないじゃないですか。なんなら夜通し打ったって平気です」
 心の手帳に記された予定表を赤音はまっさらの白紙に戻し、黒々とした文字で
“伊烏 義阿”と大書した。

 夕食後に師範代の部屋を訪ねると、縁側に面した座敷には既に灯りと古びた
将棋盤が置かれていた。
 少し待て、と言い置いて何やらごそごそやっている彼の言葉に従い、一足先に
盤の片側、赤音の定位置に膝を揃えておとなしく待つ。
 根太が腐りかけているらしく、ぎしり、と足元が不穏に軋んだが意に介さず、
いつものように赤音は二人分の駒を並べ始めた。
 この老朽化した建物で行う対局も、そう長いことではあるまい。
 国内の治安悪化に伴い、かつてのような文化的流行からだけでなく、護身術と
して武道を嗜む者は増加の一途を辿る。古流兵法である綾瀬刈流を教えるこの
鹿野道場も、一時の没落が嘘のような活況だ。
 加えて、ここ数年で他流派も刮目するほどの頭角を現した若き俊才が師範代を
務めるとなれば、復興した刈流鹿野道場の前途は安泰。いまや赤音のみならず
門弟衆全員の共通認識である。
 新しい檜香る道場で彼と木刀を打ち合わせる自分を夢想する赤音の耳に、
りん、と涼やかな音色が届いた。見上げれば、露草の絵をあしらった気の早い
ガラス風鈴が月の光に照らされ、軒先にゆらゆらと揺れている。
(朴念仁の野郎揃いの道場に、こんな風流な小道具を吊る人といえば――)

「今朝、三十鈴殿がわざわざ足を運ばれてな」
「ああ、やっぱり――って、茶ならおれが用意したのに、すみません」
 茶器一式と果物の載った盆を携えて現れた彼に、赤音は慌てて弁解しながら
立ち上がった。普段はどうせ対戦に没頭して二人とも茶など飲まぬため、一勝負
ついた後に赤音が淹れるのが習慣である。要は彼の気まぐれだが、言われるまま
ぼんやり座っていたのはいかにも失態だった。
 盆を受け持とうとした赤音を、いい、と制して彼は対面に座った。
「たまには水菓子でも摘みながら気軽に打つのも一興だ。――食べるだろう?」
「あ、はい。頂きます。わあ、どうしたんですかこれ」
 半分に割られ、差し出された夏橙をありがたく受け取る。
 瑞々しい初夏の芳香がふわりと漂った。
「初物ですね。っていうか、ずいぶん食べてないなあ」
 聞けば新参の門下生の実家から送られてきたものだという。
「ああ、俺も久方ぶりだ。食べきれないからといってな、三十鈴殿がお裾分けに
置いてゆかれた。俺とお前で仲良く分けろ、と」
「三十鈴様らしいですね」
 物資の輸送ひとつにもテロの危険を伴う時世、遠方からの青果は稀少で貴重だ。
心身を鍛えるべく子息を託された名門道場主に送られるような高級品は、本来
気前良く門人に分け与える類のものではない。
 彼女は嘘が下手だ。だがその嘘は限りなく優しい。
 鹿野家の愛娘の名を口にするとき、峻厳さを湛えた彼の目元は穏やかに緩み、
赤音の声には淡い憧憬が滲む。清楚にして可憐。彼女はまさしく花であり、
赤音の見るそれは遥かな高嶺に咲いていた。

 いいから師範代は座っててください、と有無を言わさぬ口調で言い残し、彼の
持ってきた電気保温ポットには目もくれず赤音は流し台へと立った。
 赤音が茶の給仕を担当するのは、単に弟弟子の務めという理由だけではない。
 彼がぬるめに設定したポットの湯で淹れる茶はすこぶる不味いのだ。
 道場御用達の安い番茶はぐらぐらの熱湯で出すのが基本である。
 本人も自分の淹れ方に問題があるのは重々承知だがどうにもならぬらしく、
ちょっと赤音が目を離すと、ぬるくて薄い茶を実に侘しそうに飲んでいる。
 一言命じてくれればいいものを、そういう先輩風を吹かすのは嫌いな性分らしい。
どうかすると赤音にまで気を利かせて番茶風味の白湯を振舞ってくれたりする。
 皮肉や嫌がらせならまだしも素の親切心だから悪質である。彼なりに努力して
淹れてくれたのだろう一杯を無碍にするわけにもいかない。
 そんなわけで赤音は、彼が茶を欲する気配には自ずと敏感になった。
 最近ではおおよそのパターンや嗜好も掴めているが、先刻のように後れを取る
こともあるから油断できない。ほとんど先読み合戦の相を呈している。
(大体、夏橙に番茶って取り合わせはないよな)
 赤音は明日から煮出した釜炒り麦茶を冷蔵庫に常備しておくことに決めた。
約束がなかろうが押し掛けてでも準備するとしよう。
 間違っても彼に委ねる気はない。水出しパックなど邪道である。
 自分のいない間にも、憧れの兄弟子に不味い茶など飲ませてはならないのだ。
 まあ、あわよくばついでに一局ぐらい指せたらな、という下心もないではないが。

「どうぞ」
「ああ、いつもすまんな」
 一口啜って旨そうに息をつく彼を見届けて、赤音も腰を下ろした。
 なし崩しにお茶の時間に突入しそうな雰囲気だが、こんなのんびりした夜も
たまにはあっていいだろう。飲食と勝負を同時に行うのは難しい。
 夏橙の爽やかな酸味と温かい番茶のミスマッチを堪能する。平和だ。
「良かったですね、うちが茶の湯重視の流派でなくて」
「そうだな」
 つと縁側のほうに目を逸らした彼を見た赤音の脳裏に、ふと閃いたひとつの
仮説があった。――まさか、とは思うのだが。
「師範代」
「なんだ」
「……なんでもありません」
「そうか」
 月光降り注ぐ夜の庭に目をやったままそれだけ言うと、ずずと番茶を啜る。
 やたらに年寄り臭いその様を見ながら、じわじわと赤音の疑念は募る。
 まさか。
(まさかこの人、それが理由で刈流を選んだんじゃないだろうな)

 ――今度は熱いお茶(の釜)が一杯怖い。

 何やら落語的一節まで浮かんできて、赤音は思わずこめかみを押さえた。
(いや、落ち着けおれ。この人の剣は凄いんだ。入門経緯は関係ない。うん)
 聞いてしまったが最後、自分の修練の動機までもが腰砕けになる予感がして、
赤音はこの件についてそれ以上深く追究するのをやめた。

「あっと、大事なことを忘れてた。師範代」
「どうした、赤音」
「笑ってください」
 ――先の先。
「…………何?」
「初物ですよ、初物」
 フリーズから立ち直った彼に夏橙の皮をぺらぺらと振ってみせる。
 刀礼など剣に関する作法を除けば、赤音は元来あまり縁起を担ぐ性質ではない。
ちょっとした思いつきからなる悪戯である。
 南向きの縁側沿いに将棋盤を挟み、東に赤音、西に彼が座していた。
「朝日の昇る方角を向いて、ほら、にっこり」
 真後ろを振り返って赤音はぺろりと舌を出し、ことさら無邪気な笑顔で向き直る。
相手が婦人ならずとも保護欲をくすぐらずにおかぬ必殺の笑みだ。
「はい、どうぞ。師範代も」
「……」
 今度の彼は明らかに困っていた。
 いつぞや赤音が彼の前でうっかりやかんの湯を零したときの狼狽ぶりには遠いが、
手中の駒を落ち着きなく裏返しては弄ぶ様に当惑が見て取れる。「と金」さながらの
画期的な逆転手段はないものかと必死に模索しているのかもしれない。
 あいにくと剣技や将棋とは逆に、対人能力にかけては赤音が数段上手である――
彼相手では自慢にもならないが。
「……俺はいい」
「駄目ですよ、剣とか駒とかルービックキューブなんかとばかり会話してたら
すぐに表情筋が退化します。万年仏頂面じゃ三十鈴様も愛想尽かしちゃいますよ」
「話し相手なら先生や、お前や道場の皆がいるだろう」
 これだもんな、と赤音は思わず天を仰ぐ。根暗の自覚ゼロだ。
 赤音の入門時の齢よりずっと幼少の頃から住込みの門下生であった彼は、
いささか人心の機微に疎いきらいがあった。いわば朴念仁の中の朴念仁である。
 師や同門の徒と剣ばかり語っていればいいというものではない。

「だから、おれで練習しとけば後々困らないじゃないですか。ね?」
「しかし」
「……そう、ですよね」すかさず赤音は泣きに転じる。「おれなんかじゃ、
師範代の話相手には不足だって、本当はわかってます」
 ここで肯定されたら実際かなり本気で傷付くのだが、彼は絶対にそうした
反撃をしてこないという確信がある。冷淡そうな外見とその内面は逆だ。
 しょんぼりと赤音が消沈してみせると、彼は深く静かに動揺した。
「あ、いや……そうだな。季節の恵みに感謝する、という姿勢は確かに大事だ」
 ――勝負あり。
 防戦一方だった彼は、絆される形でとうとう陥落した。
 常に厳しく引き結んだ彼の端整な顔が、翌朝には顔面筋肉痛を発するだろう
恐るべき不器用さで、ぎぎ、と引きつった。よく観察すれば笑顔らしきものに
見えないこともない。下手糞すぎてどこか福笑いに似ている。
 たまらず赤音は吹き出した。
(ああもう、真面目なんだからこの人は)
 そこが彼の彼たる所以なのだが。
 込み上げる可笑しさに腹を抱えて笑う。いつかこの人を爆笑させてやろう、と
心に決めつつ。
 まんまと乗せられたことに気付いた彼は普段にも増して渋面になった。
 心なしか頬に朱が上っているようにも見える。
「あまりひとをからかうな」
 目上を、とも、兄弟子を、とも言わない。
 対等に扱って貰えていることが嬉しくて、すみません、と謝りながらも赤音は
ますます笑いの発作が止められない。
 憮然とした表情の彼は、やがて自分でも可笑しくなったのか、
「仕方のない奴だな、お前は」
作り物ではない本物の微笑をこちらに向け、赤音は内心で快哉を叫んだ。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イガラスはいじり甲斐があり過ぎるね

茶菓子の組み合わせ云々は個人的な趣味です。
一般的には別にNGでもない……と思う。
次で終わります。

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