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芸人 浅草キッド 玉袋筋太郎×水道橋博士 「博士の微妙な純情」

生 麻草子供 玉×水

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楽屋に無造作に置かれているパイプ椅子に深く腰を下ろして、博士は背もたれに凭れながらぼんやりと
すぐ隣を眺めていた。
しゅるっと小気味のいい音を立てて帯が回される。二三の手順を踏んで後ろ手に結ばれる帯。
何時見ても流れる様な手際だと感心をするけれど、褒めてみた所で相手は噺家。当然だと笑われるだけだろう。
それなりに広い楽屋の中には、様々なジャンルの芸人がいた。
落語、コント、一人芝居。今回はいないけれど講談師や音楽グループもいる。それに、漫才師。
その全員がとある放送作家の肝入りで集められた人間だった。
年に数度のこのイベントは、博士とその相方が『本場所』と呼んでいるものだ。毎回任されるトリに
感じるのは喜びと重圧。イベントの為に用意するネタは、時事の事件を取り入れたもので、一回こっきりの
掛け捨てすると決めている。彼らを選んだ放送作家は効率が悪いと苦笑いをしたけれど、
板の上での真剣勝負に掛ける熱意と気合を汲んでくれていた。
それ位する価値がある。特に主催者の放送作家は、彼らの敬愛する唯一神である殿のブレーンを
長年務めてきた男だ。彼らだってお世話になっている。
激しいリアクションには必須の袴を身に付け眼鏡の位置を直した噺家が、不意に博士に向かって
問いかけてきた。
「そういや、あんたの相方何処行ったの? 随分長い事見てないけど」
「何処ですかねぇ。便所にしては長いし」
「倒れてんじゃない?」
相方が極度のアガリ症であるのはよく知られていて、似た小心者さを抱える噺家が
揶揄い半分心配半分なのは見てとれた。コンビだからといって常に一緒にいる訳でもないけれど、
そう言われては放置も出来ない。重い腰を上げるべきか迷う。
「緊張のあまり腹下すとか、貧血起こすとか、あいつやりそうだなぁ」
「見て来てやったら? どの道出番まで時間あるでしょ」
「もし倒れてて使い物にならなかったら、師匠、俺と組んで漫才やってくれる?」

付き合いの長さ故の慣れた口調で、博士は噺家に笑いかけた。捜しに行くのは構わないが、
今すぐ立ち上がると心配を見抜かれそうで嫌だった。どっちにしろ、この噺家は人の気持ちを読むのに
長けているから、かなりの線でバレているのだろうが。
相方のメンタルの弱さに溜息が出る。慣れろよと思う気持ちがあるのも確かで、でもこのイベントは
特別だからと擁護する気持ちもある。気合が空回りするタイプというのは何処にでもいるのだ。
「つべこべ言ってないで捜しに行きなさいよ。アドリブで漫才出来る程、俺は芸達者じゃねぇよ」
「またまたぁ。落語家なんて一人で全部やってんだから、出来るでしょ」
「無理。小心者だからな」
「それじゃ駄目じゃん」
噺家の使うフレーズを口真似しながら言うと、「性格なんだからしょうがないってもんだよ。
って事でガッテンして頂けましたか?」と彼の仲間が司会をしているどこぞの健康番組の決め台詞を
引用しながら返された。そして早く行って来いとばかりに蹴りが一発。博士程ではないが小柄な噺家は、
可愛らしさを装っている外見を裏切るバイオレンスな一面も持つ。草履で蹴られた所で大したダメージは
ないけれど、相方に対しての気持ちを見透かされるのは気恥ずかしい。
 博士は仕方ない風を装って立ち上がる。意地悪く行き先を尋ねられたら誤魔化すつもりだったけれど、
噺家はただ笑って手を振るだけだった。

行き先の見当はついてはいなかったけれど、逃げ込める場所なんて数が知れている。二つ目に足を運んだ
人の来ない非常階段の踊り場で、博士は壁を睨んでいる相方を見つけた。
声をかけようと息を吸い込んだ瞬間、相方が気配に気付いて振り返る。
「また緊張してんのかよ」
「だって駄目なもんは駄目なんだよ」
大きな背を丸めて、相方は博士の顔を覗きこんで来た。でかい犬みたいだとよく思う。
これで昔は不良だったというのだから笑える。
「いいけどさ、別に」
「心配してくれたの?」
「帰って来ないと、最後のネタ合わせが出来ないだろ」
噺家に促されたのは秘密にしておく。心配で来たとは口が裂けても言いたくはないからだ。

大体舞台の上に立ってしまえば、逃げも隠れも出来ない訳で、ウケると天国スベると地獄。
緊張している暇なんてない。だからとっとと腹を括ればいいのに、相方は本番直前までそれが出来ない。
厄介な奴だなぁとは思うけれど、博士はこの相方が好きだった。同じ人に憧れて、この世界に飛び込んだ。
地獄の様に過酷だった麻草・仏蘭西座での修行を共に生き抜く為にコンビを組んで、それが今の自分達に
繋がった。芸暦が二十年を越えてもまだ若手扱いで、必要があれば身体を張らされる。
殿の名前を頂いている軍団の中でも一番下。それでもしゃんと立っていられるのは、相方がいるからだ。
「どうする、ここでネタ合わせしちゃう?」
「ネタ合わせの前にさぁ……」
ふと相方が言い澱んだ。どうしようかな、言おうかな。やめとこうかな。そんな逡巡が目の前で
もじもじしながら繰り広げられている。可愛い女の子なら言い出すのを待ってあげてもいいけれど、
相手は相方。博士はあっさりと尋ねた。
「何だよ、言えよ」
「じゃあ言うけど、キスして?」
「……はぁ?」
「ほんっとに緊張してんの。駄目なの。だから、ね?」
ちょこんと小首を傾げられても、大男を可愛いと思う趣味は博士にはない。しかも恐ろしい事に、
緊張を解す為に唇をねだられるのは初めてではない。ある時は人のいない楽屋で、ある時は幕間で。
昔からの悪癖はこのイベントに限り復活をする。最終的には押し切られてしまうと分かっていても、
博士は聞かずにはいられなかった。
「お前なぁ、毎回毎回毎回毎回、どうしてキスを求めるんだよ」
「緊張が和らぐ気がするんだよっ」
「気がするだけだろ」
「和らぐのっ」
「だったら他の誰かにしてもらえよ。お前の濃いから嫌だ」
「優しくするから。……博士じゃなきゃ駄目なんだって」
最初の勢いを削いだ口調でぽつりと言葉が落とされる。声音に混じるのは隠し切れない真剣さで、
博士は舌打ちしたくなった。芸人なら洒落で押し切れと思うけれど、それが出来ない相方を可愛いと
思わなくも……なくもない。
 だから結局は受け入れてしまうのだ。
「……さっさとしろよ」
「いいの?」
「いいから言ってんの。しないんだったら、楽屋帰るぞ」

睨みあげると相方は嬉しそうに笑った。なんだよ、緊張なんてもう解れてんじゃねぇの。
と言いたかったけれど、さらに背を屈めて顔を近付けてきた相方の真面目な顔を見ると、
文句すらもう口からは出てこなかった。
身長の高い相方は、小柄な博士に負担にならない様に、必ず自分の背中を屈める。
吐息がかかる。唇が重なる。腰に回される腕は逃がさない様にと縋る常と違い、言葉の通り優しかった。
やれば出来るじゃんと間違った感想を抱きかけた時、触れるだけだった唇が僅かに離れる。
数ミリの隙間で問いかけられた。
「舌、入れていい?」
「好きにすりゃいいだろ」
キスして良いつった時点で覚悟してるよ、博士は半場自棄の様に言い返す。僅かに唇を開いて、
相方を受け入れる。進入してきた舌に口内を掻き回され、零れそうになる吐息を飲み込んだ。
体温が一気に上がった気がする。着込んでいるパーカーを脱ぎたい位に熱い。
毎回の事ながら、相方にされるキスは長く濃厚だった。巧みに誘導され、絡めた舌を吸い上げられると
眩暈に似た陶然とした感覚が湧き上がる。
人生の半分近く連れ添ってきた相方は、大切過ぎて理由でもなけりゃうかつに触れも出来ない。
多分相手も同じ事を思っている。だからこれ以上の事はない。
コンビを組んでいる相方であるという一線からギリギリ落ちない、この儀式にどれ程の言い訳が
含まれているのか。
馬鹿野郎。博士は心の中で呟いた。俺もこいつも、大馬鹿野郎だと。
数分間触れ続けていた唇が離れるのは、なんとなく寂しかった。小さな声で名前を呼びかけて、
博士は口を噤む。甘さを引き摺るつもりはない。
何となくお互いに顔が見られない。だから視線を下に逸らしつつ。ぼそぼそとネタ合わせを始めた。
全体的な流れの再確認と、ポイントのおさらい。しばらくすれば元通りになれるのが長年コンビを
組んでいる強みだ。ふらふら酔った状態で戦える程板の上は甘くない。
出演者は強敵揃い。異種格闘技の場とはいえ、麻草キッドが負ける訳にはいかないのだ。
気を引き締めながら博士はちらりと相方を見上げながら、頭を切り替える寸前にふと思った。
どうせこの先もコンビでいるんだから、死ぬまでには一度位自分からキスしてみるのもいいかなぁ、と。

口に出せる日がくるのかは、博士も知らない。

長年の萌えがたぎって書いた。自分スレの人ありがとう。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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