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警官の血 番外編 前編

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
ドラマ+原作+史実 × 純度100%妄想

 気がつくと、俺は無機質な小部屋のベッドに横たわっていた。
 室内は暗く、人の気配もない。なぜこんなところにいるのだろうと、身を起こそうとして、
 俺は異常に気づいた――腕が動かない。布製のベルトのようなもので、ベッドに繋がれている。
 俺は、一体、どうなってしまったのだろう?
 分からなかった。何も、分からない。だが、これだけは分かる。
 ――逃げなければ。

「安城。おい、安城!」
 突然意識の中に飛び込んできた声に、俺は動きを止めた。
 それはほとんど条件反射だった。この声には従わねばならぬ、と身体が覚えている。
 混乱も恐怖も忘れて見上げると、目の前に見覚えのある男の顔があった。
「笠井だ、分かるか?」
「笠井……参事官?」
 まだ心臓が早鐘のように脈打ち、身体の震えは止まらなかったが、俺は、ようやく目の前に
見知った顔がいくつも並んでいるのに気づいた。いつの間にか、室内は、蛍光灯の光が灯っていた。

「ここは警察病院だ。分かるな?逃げる必要はない」
 警察、という言葉に、ようやく思い出した。俺は、過激派の一斉摘発の現場のひとつにいたはずだ。
 それなのに、なぜ今、病院にいるのだろう?
 とりあえず、危険がない、ということだけは理解できたので、俺は頷いた。
 笠井が、ほっとしたように息をついて、傍にいた医師に声をかける。
「もう大丈夫なようだ。外してやってほしい」
 医師は頷いて、俺の両手に巻きついていた拘束具を外す。
 暴れたせいで、赤く痕の残った手首を顔をしかめて見やりながら、笠井が詫びた。
「すまなかったな。お前が発作的に自殺を図ったという報告があったから」
 俺は目を見開いた。
「そんなことをしたんですか?」
「……覚えてないのか?」
「はい」
 思い出せなかった。突入までのことは、覚えている。けれども、その先は。
 考え込む俺の肩を、笠井が労わるように叩く。
「精神安定剤が入ってる。今は無理に思い出さなくていい――本当に良くやった。間違いなく、お前には
 総監賞が付与される。後は俺に任せてしばらく休め、と言いたいとこだが――」

 見上げると、笠井は笑った。 
「西藤が自殺した以上、"牙"についてはお前の情報が頼りだ。他にも確認したい事が沢山ある。
 今日はこのまま休むとして、明日10時、本庁に報告に来れるか?」
 負傷したわけでもないのに、断る理由は無かった。俺は頷く。
「分かりました」
「よし、それでは明日な」 

 機嫌の良さそうな笠井の後姿を、敬礼で見送った後、俺は、ぼんやりと思い出していた。
 今朝、連続爆破事件の実行グループの一斉検挙が行われた。
 そして、そのうち"牙"のリーダーだった西藤は自殺した。
 俺と、そして、俺を信じた自分自身を呪う言葉を吐きながら、俺の目の前で。青酸カリを飲んで。 

『……まんまと、お前に、騙されたわけだ』

 西藤の最期の言葉を思い出す。
 そう、俺が、欺いた。任務の名のもとに、彼を騙して信頼させ、そして、裏切った。
 俺が、彼から、生きて逮捕されるという選択肢を、奪った……  

 ――1974年、9月。

 昼食のため、会社に程近い喫茶店に入った俺は、空席を探して店内を見回した。
 元々、昼時でも慌ただしいところのない落ち着いた店である。空席は難なく見つかったが、
良く座る奥まったテーブル席に見覚えのある顔を見つけて、俺はどきりとした。
 空になったコーヒーカップを前に、煙草片手に本を読んでいる、その男。
 ――彼だ、とすぐに分かった。
 4年前、北大で一度を話しただけの男だが、忘れようもない。
 不用心な行動だと分かっていたが、俺は声を掛けずにはいられなかった。
 
「安城、だろ。覚えてないか?」
 俺を見上げる茶色の瞳が、困惑を湛えて揺れる。
 手にした煙草の動きを止め、全身で俺の正体を窺っているらしい彼に、俺は名乗った。
「俺だ。西藤だ。――ほら、一斉逮捕の抗議集会の時の」  
「――ああ、あの時の」
 ホッとしたように動きを再開した彼の指が、長く伸びた煙草の灰を灰皿に落とす。
 照れくさそうな笑みが口元に浮かんだ。

「すみません。髭が無いし、スーツなんて着てるから・・・・・・就職したんですね」
「君は変わらないね。今何してるんだ?」
「俺も働いてますよ。客商売じゃないから、こんなですけど」
「この辺りか?」
「いや。勝島です。今日は午後出なので、そこの古本屋に本を買いに」

 言って、彼はロシア文学と思しき本を軽く掲げてみせる。原著らしく、俺にはタイトルは読めない。
 探るように彼の表情を窺うと、彼も俺の反応を興味深そうに見つめていた。彼は苦笑した。
「生憎、ただの実用書です」
 そうして、軽く会釈すると、立ち上がろうとする。
「待てよ。もう行っちまうのか?」
「つい長居してしまったけど、これから仕事なんです」
 ふと、気づいた。彼は、もしかして、4年前に俺が語った話を思い出したのではなかろうか?
 覚えているとすれば、味方か敵か、それだけでも見極めておくべきだった。俺は言った。
「夜、時間あるか?4年ぶりの再会を祝して飲みたい」
 ふっと、笑みを浮かべて、彼は振り返った。
「……じゃあ、8時に品川駅の東口で」
「よし。8時な。来いよ?会えて嬉しい」
「俺もです」  
 曖昧な笑みを一つ残して、彼は店を出ていった。 

 俺は、笠井への報告のため、勝島の表向きの職場の倉庫から、警視庁に電話を掛けていた。
 この倉庫が、俺と警視庁を結ぶ唯一の常設ラインになっている

「――西藤との接触に成功しました。来週"友達"を紹介してくれるそうです」
「上出来だ」
 電話でのごく短い報告に、返ってきた笠井の声は満足そうだった。
 公安は容疑者の相次ぐ空振りに焦っている。"狼"と名乗る無差別爆弾テロの実行犯は野放しのまま、
未だ犯人の目星すらついていない。
 そんな状況では、少しでも有力そうな候補が見つかれば、それに賭けてみたくなる気持ちは
分からないでもないのだが、だからこそ、俺の情報に賭けるという笠井の決断を肯定できずにいた。 
 俺は、迷いながらも言ってみた。
「でも、今のところ西藤が"狼"の一員だという証拠はありません。
 紹介するという"友達"も、会社の同僚だと言っていました。彼に絞るのは危険では?」
「これまで全く公安がマークできていなかった連中だ。簡単に尻尾は掴ませないだろう。
 じっくり探ればいい」
「それはそうですが……」
「奴がM重工爆破を考えていたというのはお前の情報だろ?」

「昔の話です。今も考えてるとは限らないし、彼がやったという根拠もない」
「自分の嗅覚を信じろ。これで"狼"に繋がれば総監賞は間違いないぞ」
 またそれか、と俺は冷めた思いに駆られる。
 そうやって、いつまで、俺をこんな任務に縛り続けるつもりなのか。
「……総監賞も2つあれば、谷中の駐在警官になれますか?」
 ささやかな皮肉のつもりだった。受話器の向こうから苦笑が返ってきた。
「そう怒るな。――この件が片付いたら月島署に戻すし、駐在警官への配置も推薦する。
 お前の意思に関わらず、刻限だってことは、俺だって分かっている」
 だから、何としてでも"狼"を見つけ出せ。そうすれば、今度こそ、お前の希望も叶う。
 ――そう言って、電話は切れた。

 この任務が終われば、今度こそ、普通の警察官になれる・・・・・・
 それは、唯一の心の支えであると同時に、俺を引き裂く小さな刃だった。
 自分の幸福のために、信頼や友情をまた、俺は、裏切るのだ。
 俺は、首を振って、潜入捜査官には不要な感傷を、仮面の下に沈めた。   

 最初のM重工の事件の後、すでに3件の爆破事件が新たに発生していた。
 最初の爆破グループの"狼"、2回目の"牙"。2つのグループの詳細は、未だ、全く把握できていない。
 西藤が、"狼"ないし"牙"に関わっているという確信はあったが、西藤は慎重だった。
 俺を仲間に加えようという様子を見せたこともなく、組織の情報を漏らすこともなかった。
 捜査は行き詰まっていた。

 1974年12月11日の夜。
 俺は、独断で、西藤のアパートを訪れていた。
 笠井に報告する必要は感じなかった。報告したところで、彼がやれと言えることではないのだ。
 それに、俺が言わなくても、俺や西藤を監視している公安の誰かが報告するだろう――もし、俺が失敗したなら。

 俺は、チャイムを押した。

 突然の来客を告げるチャイムに、俺は警戒しながらアパートのドアを開けた。

 見慣れぬ風貌の男が1人、立っていた。
 一瞬、本当に誰だか分らなかった。俺を見上げる茶色の瞳に、ようやく、その正体に気づく。
「安城……どうしたんだ?」
 長めだった髪を切り、不精髭を剃った彼は、童顔が際立って、若々しいを通り越して幼く見えた。
 彼は居心地悪げな笑みを浮かべる。
「変ですか?」
「いや、でも、なんか、全然印象が違うから・・・・・・」 
「髭を剃った方が良い、って言ったのは、西藤さんですよ」 
 ――確かに、言った。このご時世に、いかにも活動家風の風貌は、やめた方がよいと。
 だが、そう言ったのは再会してまもなくのこと。3か月近く前の話だ。
 意図を測りかねて沈黙する俺を見上げて、彼は言った。
「今日は、話があって来たんです」
 決意を滲ませた声に、嫌な予感がした。何にしても、玄関口でする話ではなさそうだった。
「……入れよ」
 俺は無意識に、室内にあるものの幾つかを、脳裏に思い浮かべていた。

「で、話って?」
 促すと、彼は感情を感じさせない声で、単刀直入に言った
「――8人死亡、重軽傷者385人」
 凍りついた俺を無視して、彼はさらに続ける。
「……やったの、西藤さんなんでしょ?――それに、昨日の、爆破事件も」  

 ほとんど反射だった。
 自分でも抑えられない衝動のままに、俺は、彼を床にねじ伏せていた。
 痛みに呻く彼に構わず、俺は低く問うた。
「……何しに来た?」
 覗きこんだ瞳には、何の表情もなかった。
「本当の事を、確かめに。……やっぱり、西藤さんだったんだ」
「だったら、どうする?」
 訊くと、茶色の瞳が、俺を真っ直ぐに見上げてきた。 
「俺を、メンバーに入れてください」
 それは、懇願だった。切迫した、だが理性による懇願。
「"狼"も"牙"も孤立している――そうでしょう?だから、爆破を続けざるをえない。
 だけど、それじゃ、駄目です。共鳴する人間がいなければ、どんな活動も無意味です。
 このままでは、ただの殺戮者になる……俺は、西藤さんが、そうなるのを見たくないんです」
 それは、嘘偽りのない、真実の言葉に聞こえた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
エロまで到達できず。需要なくても後編に続きますorz


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