オリジナル 仮想戦争モノ
更新日: 2011-01-12 (水) 00:21:00
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
オリジナルの仮想戦争モノ。敵国同士の組み合わせ。
多分死ぬなら死ぬで数日前に運命は決まっていただろうし、今更じたばた足掻くつもりも無いが、
生きている限りは頭を動かし考え抜く。それが自分の矜持だが。
それにしても何日経ったか、果てさて。随分と腹も減った。
ごつごつした壁、幾重にもはりそこかしこを走るパイプ、もう何度も何度も追ったそれを見ながら目を
閉じる。
小窓の一つも無く薄暗いのは、ここが船倉の奥の奥だからだとはわかっていた。冷たい鉄壁に耳を
当てれば、聞きなれぬ重機の蠢く音が常に聞こえる。
これを聞きにきたのが目的だった。だが、伝えには帰れぬだろうと思う。運がよければ生きて彼の
国へ俘虜として送られるのがせいぜいであろうし、運が悪ければ甲板から凍結する冬海へ突き落と
されるだけ(その前にこの身には弾丸のいくつかが食い込むことだろうが)、と、降伏した数日前は
思っていた。
あまりにも巨大な軍艦に、潜入前息を呑んだ、それが最後の生々しい記憶だった。下っ端曹長の
仕事としては、あまりにも巨大で手に余ると心の中では嘯いた。
そのとき河口から海へ渡る北風の、まさに耳を切るような冷たさも覚えている。
黒々とした海に海面との境界のない夜空は、また吸い込まれるように黒かった。そしてさらにずんと
それは、まるで切り立った崖のように眼前にそびえて、小船の上の自分を圧倒していた。
追い詰められたとき、己の口笛と引き換えに逃がした副官のあいつだけでも、うまく戻れていれば
いいのだが。
「そうでなければ、僕が浮かばれぬ」
ジュノは声に出して笑った。独り言を言うのも久しぶりだった。
壁から耳を離せば珍しく、人の声らしきものが聞こえる。どこからか。ずりずりと這いずって、べたりと
閉じきったままの固い扉に耳を寄せる。
「…サン、…ぎる」
「いや…、…だ」
公用国語なら少しはわかるが、彼の国の言葉には詳しくない。士官学校も出てはいない、たたき
上げの自分だ。
だが二人以上の声だということと、その会話が少しずつどうも近づいてくるというのはわかった。
がたがたと足音。こつこつと足音。軍靴のかかとの音か、ならばこれは、身分のあるやつ、それも
二人。
「僕の運命も…決まったか?」
一人で言う最後の冗談、とジュノがふっと片頬をゆがめた時、身を寄せていた扉ががちゃんと重い
音を立てた。身を離せばゆっくりそれが開く。廊下側はまぶしい。
「…俺は、こいつを開放する」
その影の一つがぽつりと言った。公用国語だった。
「城山サン。あんたは…」
「誰が何と言おうと、この艦内の指揮官は俺だ」
もう一つの影が割ってはいる。だが先に言った方の、その声には聞き覚えがあってジュノは息を
呑んだ。
あの中尉殿じゃあないか。
このふねは、それ以外にもいくつもの小艦を引きつれ、艦隊の具合を取っていた。だが意外だった、
拘束された自分の生け捕りを命じたあの中尉殿が、まさか指揮官とは。
声も見た目も若かった。
割って入ったほうは目つきが鋭いが、これまた若い。いや中尉よりもいくつか年下か。だがこちらへ
流す目つきの、あふれる敵意は既に軍人のそれで、彼の上官よりもよほどジュノの肝を冷やす。
「たった一人、乗り込んできたような奴だ。大した身分じゃない」
「だから城山サン、甘い。敵の間諜なんだぜ、何を見られたか…」
「井藤」
制され、呼ばれた男は軍帽を脱いで、悔しげに会釈する。
光にやっと目が慣れれば井藤という男は、これはなかなかの男前だとジュノはのんびり思った。
端正な顔にとってつけたような口ひげが、だが意外と似合う。
城山は、中尉のほうは童顔だった。ああ押さえつけられ、ちらり見上げたあの夜から、そう思って
いた。
何だか、僕を殺しそうに無い人だとも。
「ジュノ、きみを返す」
柔らかい声、その中尉が呼んだ。細い目を精一杯丸くした。
いつこの人は、僕の名前を知ったんだ?
上官のこと、大地のこと、川の水や北風の冷たさまでもが、淀んだ意識のそこから一気に蘇った。
戦争のことも、生々しさも。ついぞ忘れていた感覚だった。
「…」
まさかと思った。
開放すると、この中尉は言った。意外すぎて膝ががくがくした、数日間寝転がっていてなまっただけ
ではなく。井藤に引きずり上げられたのは、ちょっとだけ癪だった。
そのまま引きずられるように穴倉のそこから這い出、甲板に放り出された。
一瞬で頬を冷たい外気が叩く。
見上げれば、夕焼け空だった。
「立てるか」
ここも鉄の甲板の、船室の影からリールの影から、いくつもの視線が突き刺さっている。
敵の手の中だと思い知る。
「お手は無用」
「…そうか。きみを開放する…ええと、俺の言葉はわかるかな」
「公国語なら、多少は」
さえぎるものの無い甲板に吹く風は相変わらずの厳しさで、ジュノは少し頬をゆがめた。自分より少
し背の低い中尉は、見るからに仕立てのよい外套の肩をそびやかす。
その肩も、軍帽の頭も、どっぷり燃えるような夕日に照り映えていた。
言葉にも鉛が無く、発音が美しい。戦場でとびかう怒号の気配が無い。
「ジュノ」
多分、生きてきた道が違うんだ。それはわかる。
だが今までこんなに柔らかな声で、僕の名前を呼んだ人はいない。僕の国にもだ。
まるで安らいでしまう、と柄にもなく思う。
「…泣かないで下さいよ、城山サン。権威が地に落ちる」
「わかってるよ、井藤」
「泣き虫中尉、って俺まで揶揄されるのはごめんです」
「泣かない」
傍らから、この寒さを苦にもしない様子で井藤が言った。泣き虫だと、とジュノは一瞬噴出しそうに
なった。
戦場だということを忘れそうになる。
まるで、親しい友人の会話を聞いているような。
「俺には、こんなことしか出来ないけれど」
井藤が静かに、己のそばを通り過ぎる。背後で船室の扉のしまる重い音がする。
運命とかそういうものがあるならば、それが途絶える音のように聞こえる。耳たぶが、川風と海風に
痛い。
中尉がまた名を呼んで、こつんこつんと硬い軍靴の音を響かせながら夕日のほうへ歩いた。
一人だとどうにも頼りない印象を受ける、とジュノは思った。井藤が怖いのは、この人のこの印象を
補うためだなとも思った。やせっぽちでよく喋る自分の副官に、ごつく無口なユファンがいるようなもの。
「俺は、これからきみの国を蹂躙しにゆく」
城山が言った。
「だから、俺にはこんなことしか出来ない」
「…。」
彼は突風に首をすくめる。ジュノは慣れているから平気だ。
この国の寒さは、ああこの人にはつらいだろう。ぼんやり思った。
「きみの大地を踏みにじり、きみの水を汚し、きみの花を散らしにゆくんだ」
柔らかい声だったり、泣きそうな声だったり。
夕日を受ける横顔が、ゆがんでいるように見えたり。
「…中尉殿、老婆心ながら一つ申し上げれば」
「うん?」
「お心をお決めになったのなら、敵の下士官にそのような迷いをお見せになるべきではない」
「…。」
「僕には存外、そのお言葉は堪えます」
「ジュノ」
「さりとて、はてさて偽善…とでも、申し上げれば?僕は斬首となりましょうか?」
戦場に来る人じゃないとつくづく思った。
出会ったのがむしろ、不思議な気がしていた。
「…きみは、よくわかっているな」
ああしかし、この男は、言われなくても知っている、という顔をしている。
そしてさらにふっと微笑んで、子供のように、夕日が美しい、と言う。本当に、戦場に来る人じゃないな。
夕日が綺麗だとか、そんなこと、僕は思ったことも無かった。
「きみの…なんと言ったかな、彼がほら、あそこに」
彼の指差す先の黒々とした小さな影が、赤い水面をぐらぐらと漂う。
それが徐々に人影を成し、また見覚えのある姿にまで近づくのを、二人の男は黙って眺めていた。
「ムグンファ」
「…はい?」
「無窮花も、美しいのかな」
ぼつり呟く声はまるで、どっぷり浸かる夕日の音のほうが大きく聞こえるほどで、ジュノは思わず顔を
上げた。
今度は夕日を背にしている、その男のかおは黒々と、どっと押し寄せる光の逆でその影に濃く彩られ
てはいたが、眼は潤んでいた。泣き虫の中尉殿、と彼の副官が、失礼を承知で言っていたのを咄嗟に
思い出す。
確かに涙腺のゆるい男らしい。
だがそこに嘘はない、直感で感じるのは、そう莫迦にできたことではない。
「この国は、春になれば、一面の景色です」
「…見てみたいが、それは叶わないだろうな」
「中尉殿のお国には?」
「桜という、美しい華はあるけれど…すぐに散る」
「無窮花は、ふた月は咲きます。きっとお気に召すでしょう」
うン、と頷き、ぐしゃぐしゃと顔をゆがめて城山は笑った。天然の愛嬌を備えている、とジュノの心の
どこかがぞくぞく総毛立つ。
最も彼の副官のほうは、そう舐めたものでも無い様だが。
ゆうらり、艦下の水面が鉄を叩くあたりから、遠い叫びが聞こえる。見下ろせばざっと、あの男が敬礼の
姿勢をとり、真っ直ぐ自分を見上げている。
小船にはほか、漕ぎ手と公用旗(このいくさばにおいてそれは中立の意味を成す)を掲げる旗手、それ
だけだ。二人とも見覚えのある顔ではない。
「ここに皇室陸軍、東方第三師団中尉、城山隆介の名において、王軍、慶常道第二陸兵団曹長を
解放する」
ばっと、似つかわしくないその敬礼で、彼は怒涛のように一気に言ってのけた。
夕日が美しい、だと。無窮花が見たいだと。
ああ、あんたは。
あんた、何でこんなところにいるんだ。
「ジュノ」
いや、意識を飛ばしすぎた。
気付けば泣きそうなその男の顔が思ったよりずっと近く、そしてそれゆえ避ける間もなかった。
童顔の、泣き虫の中尉殿。
まるでくちづけも女みたいな、そう言えば流石に怒っただろうか。皮手袋の指が不器用に、それは生来
のものなのか緊張かはたまた寒さによるものか、見ようによってはいとおしげにジュノの頬を伝った。
ああ、だがこの寒風の中でも、この唇は思ったより柔らかいな、それに温い、などと不遜な言い回しが
浮かんでは消える。
やれやれ、僕は冷静冷酷なのか?それとも思い切り混乱しているのか?
あんたは敵国の中尉殿だろう。何がそうさせたのかは知らないが。
何をどうしたいのかは知らないが。
「…元気で」
ぐしゃぐしゃの顔を上げず、騒がず、しばらくしてぐっと身を離したその男は、およそ軍人らしからぬ声と
台詞を残した。
「きみの、武運と、成功を祈る」
彼が軍靴の音も高らかに甲板を離れた後、まっすぐに夕日の眩しさと、それに包まれる不器用な副官
の姿が嫌でも網膜を焼いた。
「…ジュノさん?」
「ユファン」
「はい」
「僕、今どんな顔してる」
「…心持ち、笑っているとでも?」
「そうか」
落ち着け、焦ると指が震える。
甲板から降りるのは案外一苦労だった。眩しさからか、畜生、縄梯子というのがこんなにも頼りないとは。
よたよたと足が縄を、その締め付ける感触を手掴むのにも一苦労だ。
川と海の面を光が渡る。傍から見れば夕日の圧倒する紅色の中であろうが、当人にとっては輝く命の残り
火に過ぎぬ。
小船が離れ見上げれば、ふねは黒々とそしてじりじりと照り映えながら、無言で川の水を受けていた。
まるで沈黙だね。
もう手が届かぬ。
「…僕、もうひと月は風呂に入ってないんだがな」
本当にもう、離れるだけ。
そして今はまた泣いているであろう、あの男のことを思った。僕の国を滅ぼすと、泣いていた中尉殿。
僕は。
僕のほうも?僕は、あんたの何かを?
「中尉殿ともあろう人が」
「…ジュノさん?」
「全く。そのうち、その涙も凍傷となろうに」
泣き虫の中尉殿、と呟いてみた。
切り裂く北風に、特にそれはきりもまれて消えた気がした。
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