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笑う犬の冒険 てるとたいぞう 「夜空のムコウ」

488 ありが㌧。投下しようと思ったらレス着てて顔赤くなった。
これで通算6話目で、長くなり過ぎなのでいっそ自サイト作ろうと意気込んだのですが、
HTMLって何?とか思うど素人な上、年末進行で絶対年内に出来そうにないです。
なのであと3回くらいここに投下させて下さい。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「退史郎」
明るい声で呼びかけられて、退蔵は署の廊下の真ん中で振り返った。
照が両手にネクタイを持って、ちょっと笑った顔で立っていた。
「首貸して」
言いながら、退蔵のワイシャツの襟を、ネクタイを持ったままの手で上へ捲った。
「ん?どうしてですか?」
退蔵は少し屈んで、自分の首にネクタイを巻いている照の顔を見下ろしながら言った。
仔鹿みたいな目で上を向いて、照はネクタイを結ぶのに集中していた。その顔をしばらくじっと眺める。
「総監が来るってさ。こんな時ぐらいネクタイしとかないと」
きゅっと締める。そのままの距離で、照は目を上げた。
間近でごくわずかな時間、2人で見つめあった。
多分自分も同じ目をしていると思いながら、退蔵は照の目を見ていた。何か言いたげな目。少し熱を帯びたような目。
照はネクタイから手を離すと、スッと一歩退蔵から離れた。
先に立って歩き出しながら、スーツのポケットに手を突っ込んで退蔵に話す。
「総監帰るまで、それ外すなよ。今日はピアスも着けんなよ」
そのまま首だけ向けて歩きながら、きゅっと笑って言った。
「そのままでいろよ」
退蔵は半歩遅れて歩きながら、つられて同じように笑った。

昨日の夕方、涙が零れたのを見た瞬間、照を思わず抱き締めていた。それから自分も少し泣いた。
すぐに涙は止めたつもりだったが、照に泣いていたのがバレてしまった。
照は同じ辛さを共有出来たように思ったのかもしれない、と後で退蔵は想像した。
大事な人を亡くした人同士、心の痛みを分け合えたような、そんな気持ちでいるんだと思った。
『退史郎』の涙を、兄を亡くした悲しみから来るものだと思っているんだ。
泣いた後の少し赤い目をして、照は退蔵に言った。
「これからはもう、名前呼び間違えたりしない」
何かをふっ切ったような透明な視線。
「絶対間違えないから」
違うんです、先輩。冷たい風に吹かれて、退蔵は手を固く握りしめていた。
オレは退蔵なんです。なんで言っちゃいけないんだろう。いつまでこんな事続けるんだろう。
退蔵のことは忘れてくれていいと思っていた。退史郎に心変わりしてくれればいいと思っていた。
だけど『退史郎』として接する度に、照の心の中にどれだけ『退蔵』が残っているのかを確認しようとしていたのに気付いた。
退史郎に心が傾きかけているのを感じるたびに、胸のどこかが軽く痛んだ。
まるで『弟』に自分の恋人を略奪されるのを、黙って見てるしかない『兄』の気持ち。
それから同時に、死んだ『兄』の恋人をうまく誘惑してかどわかそうとしている『弟』のような気持ち。
自分の心が2つに分かれていた。
オレは一体何をやってるんだろう?千夏や田所にだけでなく、自分自身にまで嫉妬している。
めんどくさい男だな。退蔵は自分にあきれながら、静かに目を閉じた。

2日後、キャバクラの呼び込みの男がやっと、周が現金強奪に絡んでいるのを吐いた。
それを取調室で直に聞いた退蔵は、すぐに朱龍に連絡を取った。
事務的に全て報告した。今の時点でクスリは既に持ち運ばれて、5千万だけが残されている筈だった。
この電話の後は誰も、あのアパートには近寄りもしないだろう。
実際に照と『退史郎』でアパートに踏み込んだのは、それより5時間も後の事だった。

翌日、退蔵が段ボール箱を抱えて田所のもとへ訪れると、田所はどこかおどけたように目を丸くして退蔵を見た。
「どうしたよ?そのケガ」
退蔵は切れた口の端に手をやって答えた。
「殴られましたよ、先輩に」
「照に?」
「犯人に『金を置いて行けば逃がしてやる』って言ったって、そうあの人に言ったらコレですよ」
田所は喉を鳴らして笑った。
「そりゃ殴るわ。なんでおまえそういう事言うの?」
「いいんです、オレはこういう役なんです。でなきゃ2千万なんて持ち帰れないでしょ」
退蔵は金の入った段ボール箱を田所の机の下に置いた。声を潜める。
「…これ、どうしたらいいんですか?」
「そのまま自分ちに持ち帰りゃいいんだよ、こんなとこ持ってくんなよ」
田所はなんでもないように答えた。退蔵は更に声を潜めた。
「オレ無理です。こんなのもう…完全にアウトじゃないですか、度を越してますよ。持ち帰りたくないです」
「もらっとけ。こういう部分もあるんだよ」
田所は半笑いを浮かべながらも、きつい目をして言った。
「オレもおまえもだいぶ危ない橋渡ってるんだ。これはもらっていい金だ」
「……」
退蔵は田所から目をそらして机の下の箱を見た。一つ息を吐くとその箱を持ち上げた。
立ち去ろうとする退蔵に、田所はついでのように問いかけた。
「おまえさ、捜査課の千夏ちゃんとデキてんの?」
「は!?」
不意を突かれて大声を出し、自分でも焦った。田所は口を尖らせて、ちょっとふざけたような顔で見ている。
「…なんでですか?」
「デキてねーの?まあ、なんだ、社内恋愛はほどほどにな」
なんかニヤニヤしている。千夏さん。あの女。まさか社内で喋ってんのか?
くすぶった思いで箱を抱えて、退蔵はその場を離れた。

昨日、千夏と体の関係を持ってしまった。思い入れは何ひとつ無かった。
持ち帰ろうとした現金を見られたから、口止めとしてのその場の勢い。自分でも無茶苦茶だったと思う。
すぐそばに照の気配があるのに、そんな事をした。
罪悪感は不思議な程無かった。むしろ、本当に愛したい人の気配を感じながら女を抱いたりしてる自分自身に、どこかひんやりした興奮を覚えていた。
ひとでなしだ。
照も千夏も『退史郎』を不埒でいい加減で適当な男だと思っているだろう。
誰にも信じてもらえないだろうけど、いつも精一杯の行動で動いていた。咄嗟に最善の方法を選ぼうとして、結局は最悪の行動をとっているだけだった。
一番最初に潜入捜査を引き受けた時点から、それは始まっていたのかもしれなかった。
今日はまだ一度も照と口をきいていない。
近寄ろうとすると何も言わずに離れて行く。事務処理が実際に滞っているらしく、集中して書類を書いたり資料室に行ったりしてるので、声をかけられない。
退蔵も仕方なく、昨日の報告書をまとめていた。
照は怒ってる。怒ってるのに、なんか泣きそうな目をしている。
はっきりと嫉妬してる空気を読み取って、退蔵は却って嬉しくて笑い出しそうにさえなっていた。
この一日で千夏は照に寄りつかなくなっている。邪魔な虫を追い払えて、自分の心の平安の為にはこうして正解だったとさえ思えた。晴々していた。
今の自分は何もかもでたらめだった。なんだかバカバカしい。もうどうだっていい。したいようにすればいい。
だけど、浮かれた気分は時間が経つにつれ、少しずつ沈んでいった。
照は午後もずっと自分を無視している。徹底的だ。
最近いい感じだったのにな。全部自分で招いた。自分の心がバラバラになっていて、やってる事がめちゃくちゃだ。
あーあ。
退蔵は天井を見上げた。本当にオレは一体何がしたいんだ?
「やりすぎたな…」
声に出してぼやいた。今更どうにもならない。
ひとつ気付いた。千夏には本当の意味で口止めしておかなくてはいけなかった。

千夏を屋上へ呼び出すと、退蔵は風に炎が煽られるのを左手で覆って、タバコに火を点けながら聞いた。
「千夏さん、署内で誰かに話した?」
俯いてもじもじしながら付いて来た千夏は、その言葉に顔を上げると心外そうになじった。
「なんにも言わないよ私、誰にも言うわけないじゃない!」
「本当に?」
「こんな事、言えるわけないでしょ?なんでそんな事聞くの?」
上目で軽く睨みつけて、後ろで手を組んだ姿勢で退蔵をじっと見返してきた。
言ってないらしい。
だとしたら、照が田所に話したという事なのか。
初めてその事に思い当って、退蔵はなんだか暗い気持ちになった。
「退史郎くん、何か理由があるんでしょ?」
千夏に一歩近付かれて、退蔵は顔を上げた。
「本当のあなたはこんな事する人じゃないんでしょ?…お兄さんの事とか、何かいろいろ理由があるんじゃないの?」
そんな事が透けて見えてるんだろうか。退蔵は屋上の手摺にもたれて煙を吐いた。
誰の目にもそんな風に見えてしまうのなら、田所が言うように自分は本当に甘いんだろう。
退蔵は千夏と目を合わせずに、抜けるように高い青空を眺めていた。

照のデスクワークはまだ続いていた。時計は23時をまわっていた。
田所は先に帰った。退蔵ももう帰っても良かったのだが、今帰るわけにいかないと思って、自分も事務処理をしていた。
2人きりの室内に、いつもは聞こえない時計の秒針の音がカチカチと響いていた。
「コーヒーでも飲みますか?オレ持ってきますよ」
静けさに耐えきれずに退蔵は声をかけた。そうしてから、今のは『退蔵』ぽかっただろうかと思い直した。
最初に決めた『退史郎』の人格が崩れているんじゃないか?あやふやな事をしていたら、全てが破綻する。

照がどんな風に思ったのかはわからない。
「いらない」
一言だけ短く返ってきた。
「…怒ってるんですか?」
ペンをグルグル回しながら聞いてみる。
「何を」
冷たくて素っ気ない。取りつく島もない。と思っていたら急に照は立ち上がった。分厚いファイルを抱えて部屋を出て行く。
退蔵も後ろから付いて行った。
「…なんでついてくんだよ」
退蔵の方を見ずに、機嫌悪そうに呟く。
「資料室に直しに行くんでしょ?ちょうどオレも取りに行く物があったから」
照が少し振り向いたので、ここぞとばかりに満面の笑顔を見せた。照はすぐに前を向く。
真っ暗な資料室の照明を点けると、蛍光灯が切れかけてチカチカと点滅を繰り返していた。
誰かが閉め切ったまま吸ったのか、うっすらタバコのにおいが籠っていた。
ファイルを棚に戻して、照が部屋の奥の窓を細く開けた。そこから冬の風が吹きこんでくる。
退蔵は特に必要でもない前科リストを2年分取り出しながら、照の後ろ姿を見ていた。
冷たい空気に身を当てている。窓の向こうには、雲ひとつない星空が続いている。
ひとつひとつの光が冷たく冴えていた。月明かりで、照の肩から腕にかけて白く照らされている。
照がゆっくり窓を閉めた。窓に照の吐いた息が少しだけ、白く残ってすぐ消えた。
「…千夏さんの事、気にしてんですか?」
軽い口調で切り出してみた。照は答えずに窓の向こうを見ている。
はっきりさせたかった。誰に対して、どう嫉妬しているのか。
「千夏さんの事、気に入ってたとか?」
照は体半分振り向いて退蔵を見た。退蔵は何も考えていないように笑顔を見せた。
「ねえ。なんで怒ってるんですか」

「…怒ってない」
点灯してはジジッと音を立てて消える蛍光灯に、照の姿が一瞬暗く、見えなくなった。
「怒ってるでしょ?」
「怒ってない」
物凄く怒ってる目をして、照は蛍光灯に目を上げた。チカチカする灯りに目を細めて、照は言った。
「…もう、おまえの事考えたくないだけだ。…おまえが何考えてんのか、もうわからない…」
「先輩」
「…もういいよ」
退蔵がじっと見つめても目を合わせようとせずに、照は蛍光灯を見上げたまま急にさめた口調で、
「この蛍光灯、もう寿命だな。総務で替えてもらわないと…」
と呟いた。この人は不器用だ、と退蔵は思った。そしてそれ以上に自分も不器用だった。
退蔵は照を見つめたまま後ずさって入口まで行くと、
「そうですね。目が疲れるんで消しますか」
と言って、あっさり壁のスイッチを押した。
暗闇になる。窓からの月明かりで、窓際の照の姿がぼんやりと浮かび上がっていた。
「…何してんだよ。電気点けろよ」
暗くてここからじゃ照の表情はよく見えない。手探りで歩くとだんだん目が慣れてくる。近くまで来ると、照の顔が影になって見えた。少し睨んでるのもわかる。
「…これじゃ見えないだろ」
「見えますよ、結構」
退蔵は最後の数歩をゆっくり近づくと、照の肩に手をまわした。
「オレからはよく見えてます」
「…電気点けろよ」
肩にかかった腕を振り払おうとするのを腕で押さえつけた。
「点けなくていいじゃないですか」
照は腕の中でもがいた。
「離せよっ」
苛立ちを含んだ声。腕を振りほどこうとする。オレより一回りも小さいくせに。退蔵は抑え込んだまま離さなかった。
照の目に月の光が反射して、怒りでチラッと光った。
強くて弱い、目の中の光。照の頬に手のひらを滑らせる。
「千夏さんと同じこと、してほしいんですよね?」

それを聞いた途端、照は力まかせに腕を振りほどいて、苛立って叫んだ。
「いいかげんにしろよっ」
怒ってる表情をもっと見ていたくて、両手を押えこんで自分の真正面に向き直らせた。
照は逃れようと力を入れながら、退蔵を睨みつけている。
「してやるよ」
退蔵は薄く笑って、照の腕を窓枠に押し付けた。
「しなくていい!」
目の中の強くて弱い光。見ていると、何かが心の底から湧きあがってきた。
「したいんだよ」
退蔵はギュッと握った照の両手を、包むように掴み直した。
「オレがしたいのはあんたなんだよ」
怒り過ぎて苦痛すら感じているように、照は激しく睨みつけた。
「おまえなんかっ…」
照は一旦、左手を振りほどいた。退蔵はすぐにその手を掴み直してぎゅっと押さえつけた。
「………」
照の腕の力が少しずつ緩んでいった。退蔵はゆっくり顔を近づけた。
どこか不思議そうに、視線が揺らいでいた。唇を近付ける。
勢いでしてしまうつもりだったのに、これが初めてのキスだと思うと、どうしても真摯な気持ちになってしまう。
そっと触れた瞬間、かすかに唇から震えが伝わった。
照の指が強張った。その指を覆うように上から撫でて、同じように照の唇を自分の唇で覆った。
甘くて優しい感触。
時間の流れが急速に遅くなってゆく。
そっと舌を差し込むと、照の指がほどけた。手の中から逃げようとする指をギュッと握り締めて、少しずつ口の中に入っていった。
揃った歯の感触が愛しかった。舌を重ねるとビロードみたいになめらかで温かい。柔らかでせつなかった。
おずおずと照の舌が押し返してくると、愛しさで泣きたくなった。
頭の中がゆっくりと、とろとろと溶けだした。
思考がとろけてぼやけていく中で、同じ言葉だけが狂ったように浮かび続けている。
すきだ、すきだ、すきだ、すきだ、……

ピリリリリリリリ
いきなり全て引き裂くように、退蔵の携帯が鳴り響いた。
かまわず無視して、噛みつくように舌を絡めた。2人きりでいられる時間がわずかなのなら、今ここで心を全部吸い取ってしまいたかった。
携帯はしつこく鳴り響く。離れようとする照の唇を追って捕えて、退蔵は力まかせにくちづけを繰り返した。
呼出音は急に止んだ。踵を返して去って行くような切り方だった。
「…………」
静かに2人は顔を離した。
軽く息を弾ませる。照の唇が、月の光を反射して光っていた。
潤んだ瞳の色が、葡萄の実のような色に見えた。
また呼出音が鳴った。1回だけ短く。メールの知らせだった。
退蔵はのろのろと携帯の表示を見た。
『Re:人のいない場所で連絡してくれ』
田所からだった。退蔵はぶっきらぼうに言い放った。
「…呼ばれちゃいました」
そのまま掴んでいた左手を離そうとすると、照が縋るように手を握り締めてきた。
ハッとして動きを止める。
照自身が自分の行動に少し驚いているような目をして、見つめ返していた。
その手をぎゅっと握り返した。反対の手で髪を撫でる。それから頬に唇を押しあてた。
「………」
反対側の頬にも、もう一度唇をあてて、それから全部離れた。
「…すいません。行ってきます」
俯いて扉に向かい、明かりを消したままでドアのノブに手を掛けて振り返ると、照はぽつんと窓の前に立ち尽くしていた。
月に照らされて、その姿がいつもより小さくて、淋しそうに見えた。
あんたを今ここに残して行きたくない。
そう思ったが、口には出さずに、そのまま静かに扉を開けて外へ出た。
早足で廊下を歩きながら、スーツのポケットの中の携帯に触れると、チリチリした苛立ちが生まれた。
少しずつ膨れ上がって行く苛立ちを抑え、歯を喰いしばった。
照だけが大事だった。
他の全てがどうでもよかった。ただ、照だけを大事に思った。

つづく。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
6話目にしてやっとチュー。2人とも奥手でスマン。
ここからなんです。

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