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体操 引退もの

                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                     |  !ナマモノ注意! 大層・弓|退モノ
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 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|  03・史上初を含む二冠者&05・31年ぶり王者
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 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ドキドキ
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
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ぼけっとベッドに掛けていたら、彼が俺の名を呼ぶ。いつもの優しい声に、顔を上げる。
すると予想した通りの、柔らかい、いつまでも見ていたいような笑顔が俺を待っている。
実際、ずっと見てきたのだ。子供の頃からにこにこと、本当によく笑うやつだった。
「・・・こないだの本、読んだ?」
「ああ、読んだ。えらいええ話やったな。」
悲劇に見舞われた人が、周りの人との関わりの中でまた自分も世界も愛せるようになる話。
「せやろ、ええやろ。にしてもお前、読むのはやなったなあ。」
空港などで彼が選ぶ本を読むうちに。俺の部屋にあるのはそうやって来た本ばかり。
お陰で訪ねてきた人に見つかると、意外な趣味だと言われる。
「まあな。いつまでも昔の俺やない。」
「ふっ!何やその自慢。」
「ええことやん。お前も他のスポ-ツ、ちょっとは分かるようになったやろ。」
今日のようなホテルの部屋でも選手木寸でも、何となくテレビをつけている時など、俺が解説している。
「せやな、お前のお陰。ほんま詳しいからな。」
「そら好きやから。でもなあ、俺が詳しい言うより・・・お前が知らなさすぎ。」
「ほな引き続き、もっと教えてや。」
とりとめのない話をして、笑い合う。自慢、してもいいことだと俺は思う。
我は強い方なのに、誰よりも長い時間をともに過ごすうち、いつの間にやら互いに影響を受けている。
「茶、いれてくるわ。」
向かいのベッドから滑るように立ち上がってテーブルに向かう彼。その後ろ姿を眺める。
薄暗いホテルの部屋の白熱灯の下で、彼がカチャカチャと音を立てる。
すべてが見慣れた光景。変わったところは何一つない。ずっと、彼の存在に慣れてきた。
互いが8歳の時、見込まれてクラブの本部に移った俺は、既に小学生の域を越えていた彼に出会った。
愛くるしい顔立ちに加えて八頭身の彼は、素直にひたすらに、くるくると回り続けた。
俺は羨望すら抱かない位置にいて、しかしずっと彼を見ながら、自分の練習に打ち込んだ。
淡い、憧れのような、後から考えれば、初恋にも似ていたかもしれない思い。

「まだ熱いな。」
彼の言葉にはっとする。湯呑みを両手で包んでふうふうと冷ましながら、俺を見上げている。
振り返ることは、俺も彼もあまりしない質だ。この競技をする者の性。浸ったり引きずったりはしない。
切り替えて明日の、目の前のことを考える。理想と、具体的な課題を。今日はさすがに、いつもと違う。
「どないした?」
「いや・・・。」
振り向いた彼の怪訝な顔を凝視してしまう。言葉に詰まる。今さらに、歩いてきた道の長さを思う。
毎日顔を合わす生活は終わるかもしれない。彼と離れた時期を思い出してみる。15歳の春の事。
多くの仲間と離れて、どんな練習をしているのか気になった。とりわけ、彼が。
俺は3年間、ただの1日も休まなかった。そうして個人の言式合ではついに、彼に「勝った」。
彼は相変わらずのすらりとした、筋肉のつきにくい肢体に悩まされていた。
それでも、彼の得意禾重目だけは別。15にして彼を弐本の第一人者にした千回はますます磨かれていた。
「・・・平気?」
すっと、彼の手が上から差しのべられて、おずおずと俺の顔に近づいて来る。
風邪気味の時こんな風に、熱を測ろうと額に置かれた手はひんやりとしていて、気持ちよかった。
思い返しつつ、俺はただ見守る。前髪に触れるか触れないかというところ。そこで、思わず掴んだ。
ぎゅっと、その4本の指を握りしめた。才巴手を握る長くすんなりとのびた指。熱い、と思う。
「・・・って!ごめ・・・!」
「っ!・・・悪い。」
慌てて手を離す。何をしようとしたのか、自分でもよく分からない。

「考え事?」
「まあ。」
「そっ・・・かぁ。邪魔して悪かったな。」
「聞かんの?・・・何考えてたんやって。」
「あ、え、ああ。ええの?聞いても。」
彼も変だ、と妙に客観的に見る。普段とは違う。歯切れが悪くて、まとう空気も自然ではない気がする。
「・・・うん。思い出してた。」
「へええ。いつの事?」
それでも頬に戻ってくる穏やかな笑みから、俺は覚えのある安らぎを受け取る。
「お前との、付き合い、やな。」
「あ・・・うん。俺らほんま、長い付き合いやんなあ。」
少し冗談めかした調子で彼は言ってくる。戸惑いはわずかな間、彼の表情に浮かんでいただけだった。
「せやな。」
別離の後に待っていたのは、再会。学生になって関東へやってきて、再び彼とともに歩みはじめて。
自分自身戸惑ったほどの喜びを、日ごとに感じた。なかなか這い上がれなかった彼も、道を逸れなかった。
彼にもこの道はすべてだったのだ。タイプは違えど同じ基本で育てられた彼と、切磋琢磨しあった。
才支を教え合い、多くの人にも支えられて、世界を目指す。意図せず、俺は彼の隣を勝ち取っていた。
優しく人付き合いのいい彼といると心が凪いで、いつまでも一緒にいたいと思う。
卒業後のことも彼と話し合って、同じ環境で続けさせてもらった。隣に住んで、離れる時もなかった。
「おいっ。」
「ん?」
「何で。」
「・・・え?」
「何で、泣くんや!」
ぽかんと開いた口に感じる、塩辛さ。気がつくと彼が真剣な目をしていた。俺の肩に両手を置いていた。
「タ・・・」
「落ち着いた方がええな。俺ら。」

彼が俺の分の湯呑みをテーブルから運んできて、俺の手に持たせる。俺の隣にやってくる。
片袖で目の周りを拭う。それから、2人並んで緑茶をすする。
こうしていると、日だまりの猫みたいに心が和む。それなのに、何を感極まっていたのだろう。
「いつまでお前と・・・おられるんやろ。」
ぼそっと、勝手につぶやきがこぼれる。そうだ、不安、なのだ。失いたくないと思う。この笑顔を。
当然のように隣にいて、俺の話にどこまでも付き合ってくれて、俺を包んでくれる彼を。
2人それぞれ、そして一緒に、世界の一番上まで登った。
チイムで、みんなで、彼とともに勝ち取った頂点は格別に嬉しくて、その夏は金色に輝いて見えた。
それからもさらに、俺と彼は進み続けた。栄光もつかんだし、挫折も苦悩も味わった。
「俺はな、お前がおったから、ここまで来られたんや。」
先に言われてしまった。言い聞かせるような、確かな口調。頬の辺りにも、迷いのない視線を感じる。
「・・・俺も。」
俺のシ寅技にも彼のシ寅技にも、それぞれの世界がある。俺にも彼にもこの競技は、自分そのもの。
だから決して一つにはならないけれど、ずっと見てきた。隣で戦ってきた。それゆえの、得がたい絆。
「いつも励まされて。お前抜きの自分なんて想像もつかん。」
「そら、俺の方こそ。」
彼との出会いは、自分を形作る日々の積み重ねの、その本当に最初の方に積まれているのだから。
「せやから、離れんのは無理や。それに、俺らずっとこの世界におるやろ?これからも。」
「・・・うん。」
確かにそうだろう。そう言われると楽な気持ちになれる。毎日は会わなくなっても、平気。
そう自分に言い聞かせる。大人になって、彼はマンションの俺の隣の部屋から巣立って行った。
それでも俺たちは、相変わらずだったではないか。
毎日ともに励み、よく話し合って、飽くことなく美しいものを追求し続けたではないか、と。

「それに、それに俺、これからもお前と一緒におるわ。」
「え・・・?」
彼の方へ向き直る。屈託のない笑みが俺を迎える。
「とにかく俺は、日炉雪が好きやから。」
照れたような頬の色。なぜなんだろう。俺も、彼とどこまでも、と積極的に願った事がある。
そうだその、彼が隣人でなくなった辺りだ。祝いながらも、なぜか胸がちくりと痛んだ。
みんなに向けられる笑顔も、傍にあって当然だと思っていた。独り占めしている気にさえなっていた。
だから慌てて、彼を求めている自分に気がついた。そして感じてはならない、自分の欲を見た。
「あかん?」
俯き加減になる俺の顔を、下から覗き込むようにして尋ねてくる。忘れていたのに、と唇を噛む。
「あ、何や、悪かった。変な聞き方して・・・」
「ちゃう!俺は。」
彼を遮って、がばっと顔を上げる。
「ずっとずっと、俺はお前と一緒に・・・。練習せんようになっても、ずっといたいんや。」
自分の口から出て初めて思い出す、率直な望み。こんな時になってからなんて、前とまったく同じだ。
練習に追われて、はっきり感じることなくやり過ごした気持ちまでよみがえってきてしまう。
「うん、これからもな。」
満足そうに答える彼。危うい、と思う。何かが、洪水のように流れ込んできてしまいそうだ。
今までそんなことで迷う余裕がなかった。俺も彼も、度重なる怪我に見舞われたのが大きい。
そのせいで変な話だが、かえって困った夢想にとらわれることもなく、彼の横で安らいでいられた。
彼は肩を手術して1年近く休み、翌年また世界の一線へ帰って来た、その言式合の直前にまた故障。
俺は、彼の分もと気負い過ぎてしまった。帰国して、うつろな目で謝る彼に慰めの言葉をかけた。
彼はまた再起、笑顔の下に鬼の形相を隠して、大舞台に帰ってきた。それを俺のお陰だと言ってくれた。
2人でまた、みんなと挑んだ。俺も、俺の隣の彼も、とにかく必死にやり切った。

これからは、迷わずにいられるかどうか。でも、俺たちは離れはしない。
再び黙りこくった俺から、彼が湯呑みを取り上げる。テーブルに戻して、また俺の隣へ帰ってくる。
一連の動作をただ眺めている俺に、笑いかけてくる。俺はついに万感を込めて、彼を抱きしめた。
「ああ・・・。」
感慨が、ため息のような声となって溢れる。俺より細い身体をこの腕に抱いて、その感触に酔う。
「ありがとう。・・・まだ、終わりやないけどな。」
彼の言葉が俺の胸に響く。長い腕で抱き返してくる。迷いも何もかも吹き飛ぶほど、心が温かくなる。
「うん、まだ終わりやない。」
「お前は言式合もあるしな。」
「せやな。」
たぶん最後は、彼の得意禾重目。技なしにただ回っているだけでも人を惹きつける、美しい千回。
幼い頃から長い手足の先にまで神経を行き届かせ、鍛錬を積み重ねてきたからこそのもの。
それを俺は、ずっと見続けてきた。彼もまた、口下手な俺の表現を見てきた。
「応援する。」
「うん、しっかりやってくるわ。」
この気持ちは何なんだろう。兄弟のように育って、同じ道を進んで、こうしてすべてに惹かれている。
彼は感謝を示してくれた。俺は何と彼に声を掛けたらいいのか、よく分からない。
でもひとつだけ、やっと振り返る時が来て、自覚せずにはいられない。口にせずにはいられない。
「・・・竹。」
身体を引き離して、彼の目を見て言う。
「好き。」
にっこりと笑って、彼は頷く。まるで初恋が叶ったみたいに、幸せそうに瞳を輝かせて。
かえって俺の方が、きょとんとしてしまう。なぜ、と声にはせず尋ねる。
「何度も言うた。今日も。」
「あ・・・。」
驚きを隠せない俺の頬に、彼の熱い指が添えられた。

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 | |                | |
 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ 本当ニ長イ間、アリガトウゴザイマシタ
 | |                | |     ピッ   (T∀T )
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