オリジナル えせ時代劇風 遊郭の番頭×化粧師
更新日: 2014-07-20 (日) 02:10:38
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
藍染の下、ここにこういう傷があるのではないかとは、何となくわかっていた。
いやわかっていたというのは正確ではないが、そんな気がしていた、目の当たりにした今確信と
変わった、と化粧師の裸の背を見ながら思う。じよじよと灯は勝手に身悶えして、その微かな
息使い以外身じろぎもしない背の、まるで刺青の鯉のような傷跡を揺らす。
だがその灯の具合は、肉の僅かな軋みをも見せつけた。
翳りが一つ一つ息の根とともに煽る。
痩せっぽちではないが筋骨隆々とはとても言えぬその背には、利き腕のほう、左肩から右腰に
かけて、無遠慮に引き裂かれかけたあとがある。
傷それ自体はもはや、わずかに紅みがあるかというくらいで生々しさは無いが、さむらい嫌い
という言葉の裏にある自負は、むしろ強烈な劣等感のあらわれでもあるのやもしれぬ。
ただ、ひどいものだ。
下手くその刀傷だ。癒えるまでいく月かかったことかと頭の中で舌打ちをした。
するとそれを見透かしたかのように、腕の下から声が聞こえる。
「こんなもん背負ってりゃ、卑屈にもなる」
向かい傷のあんたとは違うぜ、と化粧師はうつ伏せてつぶやいた。
袈裟懸けに背をやられているというのが、この男の負けん気をむごく損ない、挙句引きつらせた
のろう。
しかし次の言には絶句した。
「これ見て驚かなかったのは、あんたと女房だけだな」
女房だと。まさに言葉を失う。
「何だ。いちゃおかしいか」
「いや」
「離縁した」
いいや俺が離縁されたのか、と化粧師はいつもの声で笑った。もう随分になると。
「痛むか」
何がだ。それがか。馬鹿な。
何時だ、誰にだ、聞くならそっちのほうだろう。けれど己の頭は混乱していた。問うべきことが
混じりあう。
そして、いつぞやこんな言葉を交わしたことがあると、ぼんやり思い出していた。それに対する
答えも似ている、ただ言う口が違うだけだ。昔は痛んだがな、だが。化粧師は少しそこで息を
継いだ。
「だから俺ぁ、さむらいは嫌いなんだが」
掌を滑らせると、その背のややざらついた部分と滑らかな部分の境目に、強烈なひっかかりを感じ
た。喉の奥から遠吠えにも似たものがほとばしる。躊躇わず唸り震える口をつけ、舌で舐めつける。
ずずっと肩まで舐めあげると、耳に化粧師の息の音が聞こえた。
頭の芯が固くなりつつも、だが、その後の言を待つ。
ああ俺であったら。
俺ならこんな傷はつけぬ自信がある。刃さえあればすいと水を舐めるように、一太刀で痛みすら
無いかの如く、あんたを。
「落ちて来い」
両の手首を締め、腰に乗り上げる。この手この指に、もう何も掴ませないことも出来る。さあここ
までその、矜持という糸の上から、こぼれて来い。
宿酔い寸前の、これはそれに似ている。俺ならこんな無様な傷はつけぬ。
「花は花」
化粧師は言った。
「鳥は鳥」
続く。そのこまかい産毛のついた耳を食らう。
「月は月」
そして、あんたはあんたと、そう割り切るまでどれだけかかったか、と言った。あいも変わらず呟く
ように。
「いとしい、はわからねえが」
狂おしいってのはわかる、答えるでなく呟けば、あんた悪趣味だ、野暮だと返された。抱きながら
口説くってのは、野暮なんだそうだ。
花鳥風月、それぞれはそれぞれに。己は己、そう化粧師は言った。くすみ薄ぼんやりとした行灯だけ
の灯りの中、かっと黄金色の何かが迸ったのが見えたような気がした。
あんた、最初ッから苦しかったのか。
口に、己の指を食ませるときつく噛んだ。加減しろと言ったら、何か呻くように言ってまたきつく
噛んだ。
ああそりゃ、真っ当な男にはむごいことを強いているなと頭のどこかでは思ったが、それ以上に湧き
立つ何かに狂っては、荒い息で名を呼んだ。繰り返した。
匂いや色香ではない。もっと別の、攻め立てるほどの何かだ。
手のやりかたを変えるとひゅうっと息を呑むので、低い声で聞く。
「これが好いのか」
すると、あんた普段は無口なくせにと、ひゅうひゅうの息の下から返された。初めて勝った気分だっ
た。
あとで身ごと胡坐の上に座り込ませると、くぐもって呻くように旦那、それは勘弁とも言った(いや、
勘弁はしなかったのだが)。
ことの最中に化粧師はその二言しか発せなんだが、それで充分だと思った。
睦言を聞くというのは好い。あんたの声なら尚更だ。
狂おしいは狂しいとも言える。普段のなりからして(足袋を履かぬ、藍染めばかり)どこか冷いやり
と感じていた体も、思ったより熱かった。
あんただけじゃねえ、俺も狂しい。
初めは全てに夢中であって、喰らいたくて喰らいたくてたまらぬ。
だが存分に肌を食み、身をえぐり、息を呑むようなその荒いときが過ぎると、やがてひとつひとつが
くすぐったく思えた。
髪を掴むきつさも肩を押しやる力もだ。
頭の中がこそばゆく、どこかうっとりとしびれる。
直接そこへ、脳天から極上の酒をそそがれたようで、また妙に気が高揚した。
いとおしいとはこう、言うのか。そう言うなら、思えば、こんなものたったひとりだ。
ことの後冷たい夜具の端っこに指を遊ばせ、次ぎ何時逢えると聞けば、化粧師はつくづく呆れたとばか
りに言った。
「あんた、物好きにも程がある。手に負えねえ」
まだ組み敷かれながら上がったままの息で、それでも口ぶりが変わらずどこかほっとした。そして減ら
ず口に笑みがこぼれた。
「続ける気かい」
「終わる気はねえぜ」
これで終いなど誰が言った、と返して化粧師が悔しがるのが面白い。ちょっとこれはなかなか無い。
それに、と再び体をのし上げると、化粧師はまたその薄い目を、あのつめたい様にして見上げてくる。
肌を合わせておいて寒さを感じるほど野暮ではないが、ぞぞと背筋を走るものをこれだ、と思う。
あんたにはこれがある。これを俺は、どうしても欲しい。
「あんまりそそらせるな。たがが軋む」
その周りに口をつけると、待てよ明けだと声がする。
「未だ宵だ」
「酉は鳴いたぜ」
「空耳だろう」
内股を忙しなく撫ぜつつ喉の真ん中に食らいつくと、化粧師はふっとそれこそ鳥のような声を漏らした。
廓の仕事をしている同士だ。東の空の具合を見ずとも、夜明けのそれは気配でわかる。
「旦那ッ」
「綺麗な花魁はごまんといるが」
悠然と見下ろし、あの口説き文句を言った。
「俺はあんたが好い。あんたが好いな」
「ごまんとはいねぇよ!」
言ったら、拍子抜けのする反論にあった。
「高尾、瀬川、雛鶴」
「わかったわかった」
「それに、お天道様が顔出してんのに睦み合うってェのは、つくづく無粋だぜ」
その、粋に拘る言い癖を止せと言っても、そう簡単に寝返れるかよ、と返される。ため息交じりにもなる
が、まあいい。徐々に染めていくというのも、好みだ。それも好い。
染められていくのもだ、この口ぶりも、無くなると思えば惜しい。舌なめずりをする癖もあるが、密かに
好いと思っている。
「なァ」
化粧師が不意にぽつり言うので、まじまじと顔を見た。油火の揺らめきと作る影が、ふと生真面目そうに
も見える。
「あんたに惚れたわけじゃねえ」
突然でも、ああそれは真実だろうと直感で理解した。
ちりんちりんと月明かりが降るように、その下でただどうすることも出来ぬように、全く揺らぎ無いもの
を感じる。
そのつめたさのことで、これはしン、としてるんだ。嘘じゃねえなとわかった。
「俺が折れたンだ」
「充分だ」
「そうか」
滅多のことでは折れぬ柳をみずから身折らせた。それで充分ではないか。
いつか惚れさせてやるし、愉悦の声もあげさせてやろう。
まァそれに、と不意ににいやりと化粧師が笑う。静から動へあっさりと身を返し、餓鬼の悪巧みのような
笑みを浮かべる。この男と知り合ってからこういうとき、不味い予感がするのが常だったが、それはやはり
当たった。
「男を知ってるてえのも、化粧の腕には効くかもな」
この言い草だ。甘い色など何処にもない。
しかしため息をつく己に、化粧師はさっとその手を肩に掛けてきた。あんた、存外喋るなと言われて逆に
口を噤んでしまう。考えてみれば、そういうものかもしれない。
狂しく思いながら黙っていた。だがいとおしいは糸引くように残る。糸しい、か、くだらねえ。そんな
言葉遊びもいつもなら、口には出さない。
けれど今はそのせいか、そのためか、己が饒舌になっているのがよくわかる。
虫食いの穴が、うまく埋まったのかもしれぬ。染まり染められ、変えて変えられるのだろう。
「ああ、未だ宵だな」
また化粧師は言って、自分の唇を押し付けてきた。吐息を食らうかのようにかぶりついてくる。こちらも
その刺青の傷を思う。
薄い唇は変わらずうまく、舌が遊びそして裸の背を、あの指が雪崩れる。
「未だ」
つうと糸を引き、掠り、爪を食ませる。狂しく糸しく、その爪が食む。
あんた、ああ存分に喰らってくれ喰らうがいい。染まり染められ、食み交じり、綾のように織り成してゆく
のも好い。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
本編終了。ありがとうございました!
- 色っぽいな〜。ディテールが細かくて情景がくっきり見えました。すごい筆力!お話も面白かったです! -- 2014-07-20 (日) 02:10:38
このページのURL: