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Crying babies

世界で3番目になった四人の、三人ともパパ大好き!という話
パパ引退の超陸上後、関係者での打ち上げが終わってその後という前提です
語り手は次男。エロい要素は無し、途中からしんみりな感じ

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 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ ヒトリデコソーリミルヨ
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )
 | |                | |       ◇⊂    ) __
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 帰りのバスが出発するのを待っていると、束原が携帯片手に近寄ってきた。
 体をかがめ、ことさらに、声をひそめる。
「末次さんからメールっス。三人で反省会するから集合!って」
 三人。
 ――あの人がいないことが、今更ながらに思い知らされる。

 ホテルの末次さんの部屋は、小さな丸テーブルに120度の角度で椅子と一人がけソファが
セッティングされていた。
「末次さんはどこ座るんスか?」
「俺がこの部屋の主なんだから、一番広いベッドに決まってる」
「そうやってあぐらかいてると、牢名主に見えるんですけど」
「座長って呼べよ!さぁ反省会始めっぞ!」
 合図代わりに缶ビールのプルトップがプシュッと音を立てる。

「まずは束ポンから」
 指名された束原は肩を一つすくめて切り出した。
「勝つ気でいったんスけどー……浅原さんの最後のレースに、こう花を添えたいっつーか、
そういうのを考えてたら頭と体が上手く連動しなかった感じ?で、足つっちゃうし」
 花を添えたいというのは、盛り上げたいということだろうか? この後輩の日本語感覚が
いまいち把握出来ない。だいたい、盛り上げるというのなら例の三冠王が来たし、リレーの
四人が揃った時点で相当盛り上げに貢献したと思うんだけど。
「花を添えるとか余計なこと考えっから攣るんだよ、阿呆ポン」
 この上なく直球なツッコミは、末次さん。
「普段使わないところを使ったからじゃないの?」
「ちゃんと使ってるっスよ! だいたい鷹平サンこそ何なんですか、7位て!」
「詩的なコメント出してたよな?『目に焼き付けておきたいという時点で負けだった』って。
目に焼き付けるのは観客の皆さんだろうが」
「三走的には、後ろ姿を追って走るのが自然なんで」
「追い付けてねーじゃん。駄目じゃん」
「……追い付けてなかったのは末次さんも一緒じゃないですか。ていうか俺ら全員、
あの人に負けたし」
「はぁ、負けたっスねー……」
「……最後まで、勝ち逃げされたな俺ら」
 情けねェの、と末次さんが呟き、カッコ悪ーと束原が天を仰ぐ。

 自分はといえば、持ちタイムがこの四人の中で一番悪いせいもあってか(そもそも自分は
このレース、最後に巻き込まれたクチだ)、負けて悔しいというのはそれほど無かった。
束原か末次さんが勝って、短距離界の次のエースがお披露目できて、あの人が安心すればいい、
と思ったけど。でも、最後に地力の差を見せつけるところがあの人らしくて凄いな、とも思う。
 それにしても、この言いようの無い喪失感。ビールなんかで到底収まるもんじゃない。
 皆、それを語り埋めたくて集まったんじゃないのか?
「――もう、挽回する機会も与えてくれないんですよね」
 がくりとうなだれた束原の口から、小さく「浅原さん」と呟く声がこぼれ落ちた。
 その声が、涙声だとわかるまで多少時間がかかった。
「……まだ泣き足りねーのかよ」
 しょうがねェな、と末次さんが2本目の缶を開けてやった。束原は確か、明日小学校を訪問しに
行く予定だったはすだけど、大丈夫なんだろうか。差し出されるままに、束原は2本目を
ヤケ気味にあおる。
「……だって、いなくなっちゃうんスよ。俺がガキの頃からずーっと走ってて、ずーっと二本の
アンカーで。それが、明日からもう走りませんよって、そんな、」
 たった2年しか、一緒にいられなかったのに。
 束原は、そう言うとまたしゃくり上げた。
「……2年だろうが、4年、8年だろうが一緒だよ」
 悲しいのは。
 末次さんに目線でふられて、自分もうなずいた。

 4年前、初めてリレーメンバーに選出されてから、ほとんどの大会であの人にバトンを渡した。
 最後のバトンパスになるとわかっていた1ヶ月前のあの時が、一番泣きたかった。
 これが最後と思うと、もう、
「――悲しかねェ」
 末次さんが2本目を自分の前に置いた。黙って開ける。
 口にしたビールは、初めて飲んだ時のようにほろ苦くて、
 じんわりと、こみ上げる思いに染みていく。
 ――あの人が、物理的にいなくなってしまうわけじゃないのに、
 どうしてこんなにも、いなくなることが辛いんだろう。
「――いつかこの日が来るってわかってたけど、いざ直面すると脆いもんだ。
泣いたらみっともなかろうに、あの人を前にしたら、今までのことがぐわーっとあふれて、
止まらんくて、ただ涙だけが、」
 あの時の末次さんは、ほとばしる思いが全て涙になったみたいだった。
 それから、声を振り絞って。……その時、二人の間には二人にしかわからない感慨が
満ちているようで、
 羨ましかった。
 思いは人それぞれ、比べられるものではないとわかっていても、二人の時間の濃密さが、
羨ましかった。それでも、心のどこかで、
 あの人に最後の最後で、最高のバトンパスと、最高のアンカーとしての仕事をさせてあげられた
という自負が、自分をどうにか支えている。
 ――自分には、それしかない。末次さんのように長く濃密な付き合いも、束原のように、
専門種目が同じという後継者の関係も、自分には無いから、
 あの後ろ姿を目にすることが、幸せだった。
 そう、幸せだったのに、どうして、

「……泣きたいんなら、今のうちに泣いた方がいいっスよ、鷹平さん」
 鼻をすんすん鳴らしながら、やけに冷静な声で束原に言われて、知らずきつい声が出た。
「指図すんなよ、後輩のくせに」
 手荒に叩きつけた缶の中で、揺れる水音。
「だって、後輩から見てもバレバレなくらい、我慢してるから。……本当に、スタート前チラ見する
だけでよかったんスか?そりゃ鷹平さん的には伍輪の方が感動したでしょうけど、最後っスよ?
あの人と走るの。あの人が、競技者として向き合ってくれるのは最後だったんだから」
「――わかってるッて!最後最後ってうるさいんだよ!じゃあ、」
 どうしたらよかった?ぶざまだと笑われても泣き崩れるべきだったか?
 束原のように素直に抱きつくことも出来ない、末次さんのように見つめ合うだけで以心伝心な
わけでもない、自分はただ、
「……ッ」
 あの人が迷い無くスタートを切って、バトンをもらって走ってくれれば、
 それでよかった。
 あの時、最高に幸せだったから、
 今はもう、
 ……泣くしかない。
「今のうちに泣けるだけ泣いとけ。涙に、理由なんかないんだから」
 泣けば気が済む、と末次さんのさとす声が聞こえた。
「……浅原さんを惜しんで泣くのは今日限りだ。明日からは、浅原さんのいない競技生活が
否応なしに始まるんだから。……俺たちは、新しい戦いを始めなきゃいけない」
 2本目のビールを空にした。全部涙になれと思いながら。

「――そういや、終わった後、帰り際、セミの鳴く声聞きました」
「マジっスか?」
「うん。……聞き間違いかと思って耳を澄ませたけど、それっきり聞こえなかった。空耳だった
のかな」
「けど今日は日中暑かったから、鳴いたとしてもおかしくないな」
「ね。名残かも知れないですね」
 あの夏の。

 あの夏は、終わろうとしている。

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                 ピッ ∧_∧
                ◇,,(∀・  ) Don't cry,babies...
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