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想いの苦さ

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
ナマモノ注意。
走って世界で三番目になった四人組より、犬父犬。

 宿泊しているホテルの部屋に、お言葉に甘えて押しかけた。
 ベッドの真ん中に、片膝を抱えて腰を下ろした。浅原さんもベッドの上で胡座を掻いて、二人で向かい合う。

 他愛もない話ばかり振ったけれど、変にあれこれ考えている自分を自覚していた。
 いつしか、昨日のレースの話に。俺にとっては、きっちり引導を渡せなかった、心残りがある。
「俺の抜けた穴を埋めるんやろ?」
 北京の後から、俺が繰り返し口にしていたことを言われた。少し、きまりが悪い。
「頑張れよ、楽しみにしてるわ」
 カッと熱が顔に、目鼻に集まる。
「『頑張れ』なんてっ」
 真っ直ぐ目に入れた顔――なんてサッパリした笑顔だろう。
「……聞きた、く、ない」
 駄目だ。途切れ途切れになってしまう鼻声。涙腺がイカれたみたいに、この一か月、泣きっぱなしだ。

「そんな、他人事みたいに……っ」

 貴方が一線を退いても、そこで俺や他の仲間との絆が切れる訳じゃないけれど。一緒の空間を「走る」ことは、二度と、無い。
 それが堪らなく寂しい。
 みんなそうだった。俺らは普通じゃない、「走る」生き物だから。

「お前、北京から自分でも言うてたやろ。最後だから」
「わァってますよっ」
 遮った声は、駄々をこねる子供のようになってしまった。
 十三歳の差は埋められない。貴方は先を行く。わかっていたことだ。
「俺はぁ……俺らはいつだって、アンタの背中を、追うしか、なくて」

 貴方の歳までとか、貴方の記録を越えたいとか、そういうこととは別で。
 憧れていた、ずっと。初めて貴方と走った日から、その背中に焦がれて。

「ずっと、追っかけて……追っかけて……」

 ぶちまけた想いを、貴方は拒まないでくれた。
 嬉しかったけれど、その器の大きさに空恐ろしさも感じたことを、貴方は知らないでしょう?

「背中、なぁ……」
 俺の言葉を反芻してから、口を噤む。

 俺は俯いて、視界を歪ませる涙を拭った。
「そんなら、背中に抱き付いてきたんかなぁ、お前は」
 顔を上げる。
「周りみんな蹴散らしてガシイッ」
 飛び付くように抱き付きながら、悪戯っぽく言われる。
「って感じやったな」
 俺はたたらを踏むように後ろに片手をついて、二人分の体重を支えた。
「……離さんかったらええよ」
 耳元に、穏やかな声。
「俺は、お前を置いてこう、なんて思ってへん。なんも変わらんよ」
 宥めるように背中を優しく叩かれて。
「お前が好きやから、な」
 何度味わっても、その大きな手の感触は嬉しかったけれど。

 ……あぁ、やっぱり、わかっちゃいない。

 仕方ない、こういう人だから。
 そのマイペースっぷりが、愛しくて、少し憎たらしかった。
 置いていくとかじゃなくて、俺を求めてほしいのに。俺だけを見てほしいのに。貴方のペースなんて、その大きな器なんて……崩してしまいたいのに。

 脳裏にちらつく四人家族の笑顔に、横目で見るこの人の笑顔に、肥大した醜い願いは出口を失う。

 両思いのはずなのに、ヘタな片思いよりも苦しい。なんて相手に惚れてしまったんだろう。

 この苦しみは、これから強くなるのか、何か変わるのか。考えそうになって、やめる。
 貴方の方こそ離さないでよ、もっと強く抱き締めてよ、息が詰まるくらいにさ。せめて今は、この苦しみを麻痺させてほしいから。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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