夜話
更新日: 2018-08-23 (木) 19:56:57
ひっそりと ショ-ギ界 生物注意報 フカ, ハ/ヴ, ウ/ティです
すんません、長いっす
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
酩人、杜家。最強の挑戦者、八部。
今期の酩人戦は宿命のライバルと言われるふたりの対/局となり、ショウギ界は空前の盛り上がりを見せていた。
そんな周囲の空気をよそに、じっくりとした序盤戦から駒もぶつかり合わないまま30手にも満たない手数で酩人戦第一局一日目は圭寸じ手となった。
しかしそれは逆に明日の戦いの激しさを予感させ、圭寸じ手が決まった瞬間控え室に集まった関係者一同は大きく息をついたのだった。
数時間後、和服をスーツに着替え緊張に強ばった頬をほぐしながら両対/局者は関係者会食の席に並んでいた。食事が終わってもしばらくの間軽い会話や挨拶に付き合って大広間を漂う。
頭脳の格闘技にも例えられるショウギの対/局では、異常なまでの集中と緊張から適度に頭を切り替えなくては戦い抜けない。
しかも酩人戦は二日制18時間の七番勝負、タイトル戦の中でも最も過酷な戦いである。
そんな時にはこういう気楽な会話が何よりの良薬であることを経験豊富なふたりはよく知っていた。
(あ、今日は早いな…)
杜家は、視界の端にあちこちに会釈をしながら会場を後にする八部の姿を捉えた。
小学生のころから友人として、またライバルとしてしのぎを削ってきたふたりだが、タイトル戦を争うようになってからプライベートでの付き合いはほとんどなくなっていた。
しかし対/局中の関係はむしろ果てしなく濃密になっていく気がしている。
指し手の一手一手、かすかな身じろぎや表情から心を読み合い、数ヶ月に渡ってお互いのことだけを考え続けるのだ。
広い会場のどこに八部がいても杜家は分かるし、八部もそうだと疑いもせずに信じている。
関係者に気を使う彼にしては早めの退出だが、恐らく見た目以上に疲れているのだろう。どこかフワフワとした足取りが、彼の消耗度を物語っていた。
何しろあの華奢な身体で別のタイトル戦も同時進行で戦っているのだ。そのことを考えると杜家はいつも自分の大きな身体が申し訳ないような気持ちになってくる。
自分ももう少ししたら切り上げようと、手にしたグラスを干した。
杜家は気づかなかったが、その時八部の姿を追って移動した影がある。
ニコニコと言い訳を口にしながら、そのがっしりとした小柄な人物は会場を抜け出していた。
しばらくしてから杜家はシャンパンの泡のような会話にケリをつけてエレベーターに乗り込んだ。しかし歩く廊下に違和感がある。
どうやら階を間違えたかとルームキーに刻まれた数字を確認して苦笑した。
その瞬間。
目の前のドアが弾けるような勢いで開き、彼は立ちすくんだ。
血の気の引いた顔で飛び出してきたのは早めに引き上げたはずの八部だった。
「え」
杜家の眼が、ほんの少しだけ見開かれた。
肩からずり落ちそうに乱れた仕立てのいいグレーのジャケット。
首に引っかかっているだけのネクタイ。
なぜかシャツのボタンが外されて、いや、いくつかは失われ、いくつかは引きちぎられたように切れかけた糸の先にかろうじてぶら下がっている。
はだけられた胸の、日に当たらない白い肌に散った赤い痣のような…。
八部は、杜家の姿を見てぎょっとしたように一瞬動きを止めた。
顔を隠そうとするかのように右腕を上げる動きが、妙にのろのろとして見えた。
ぬっと部屋の奥から何者かの腕が伸びてきてノブにかかったままの八部の左腕を素早く絡めとる。
杜家は金縛りにあったように動けない。部屋に引きずり込もうとする腕にバランスを崩されながら、八部のかすれた声が押し出された。
「杜家…くん!」
その知的で繊細な風貌からは想像もできないほど攻撃的で独創的な棋/風で史上最強の棋/士とまで言われ、20年に渡ってその細い身体でトップ戦線を戦い抜いてきた孤独な男。
誰にも弱みを見せない彼が、助けを求めるように自分を呼んでいる。
しかも、他人行儀な『杜家さん』ではく、まだ若く屈託なく笑い合っていた頃の呼び方で。
杜家は猛然と閉じかけたドアに飛びつき片足を突っ込んでこじ開けた。
部屋に入れまいと杜家を挟んでドアがギリギリと閉じられる。無我夢中でその腕を払って、大きな身体を強引に部屋にねじ込むと、杜家は後ろ手にドアを閉じた。
杜家の部屋より少し小さめの間取り。落ち着いた色調は同じだが調度類は乱れて争いの跡を示している。
ソファに突き飛ばされた格好でぐったりと身体を埋めている八部。手足が力無くばらりと投げ出され、まるで人形のようだ。
そして八部と杜家の間で腕を組んでいる、がっしりした骨組みの小柄な男。
ひとつ年下の棋/士、鱶裏だった。
「おやおや」
鱶裏は薄く笑いながら大柄な杜家を見上げた。
「こんなところで、酩人が何を?」
杜家はとっさに言葉が出ない。ふと、いくつかのパーティ会場で八部を眺めていた鱶裏の粘りつく視線を思い出していた。
昔から対八部戦に相性がいいと言われ、八部に対して挑発的な言動をしてきた男だ。
実力は折り紙付きながらなぜかタイトルに縁がなかったが、去年ついに八部からタイトルのひとつを奪い話題をさらった。
その男が、なぜ八部を部屋に引きずり込んで-----。
う、と軽いうめき声を発してもがくように八部が上体を起こした。
わずか数時間前まで対/局室で向かい合っていた挑戦者に杜家は思わず鱶裏を押しのけて駆け寄る。
八部の細い肩を支えるように杜家の大きな手が包み込む。
「何なんです、これは」
小憎らしいほど悠然と構えた鱶裏と眉根を寄せた八部に交互に視線をやりながら、杜家はうなるように声を絞り出した。
「さあ、何でしょうね」
鱶裏も唇を笑いの形に歪めたまま、開き直ったように睨み返す。
あまりにも直接的に連想されるイメージを杜家は必死に脳裏から追い払った。
しかし考えまいとすればするほど、八部の乱れた服や薄く滑らかな胸の筋肉に見せつけるように散らされた赤い印がフラッシュバックしてくる。
まるでひどい悪手を指した時のように背中に嫌な汗が伝った。
何なのだ、これは。考えたくない。こんなことによりによって八部が巻き込まれるなんて、あってはならない…。
不意に八部がふらふらと立ち上がった。それを庇うように慌てて杜家も立ち上がる。
いつも八部が対/局を終えた後限界まで消耗してしまうのを彼はよく知っていた。
ましてや明日も対/局は続くのだ。それを思うと経験したことのないほどの怒りが突き上げてきた。
頭が沸騰して鼻血が出そうだ。この一年の集大成としてふたりが作り上げるはずの最高位の対/局、神聖な舞台は誰にも邪魔させない。
「行こう」
杜家の低い声に八部はうなずいた。
「置いていきなさいよ、その人を。用事はまだすんでないんです」
鱶裏の声が飛んだ。
「用事? 何の用事です」
「私たちの事情は杜家さんには関係ないでしょう」
「私は八部君と対/局中だ。関係ないのはあなたの方だ」
「それはどうでしょうね、八部さんに聞いてみたらどうです」
含みのある言葉を発しながら八部に粘着質な視線を注ぐ鱶裏。つられて杜家もちらりと八部を見た。八部は毅然と頭を上げ、表情を殺したままゆっくりとネクタイを首から外してポケットに突っ込んだ。細く長い指でジャケットのボタンをきっちりとかける。
そして、きっぱりと言った。
「事情も、用事も関係もない。ありがとう杜家君、行こう」
強い声だった。その眼には対/局の場以外では決して見せない、人を睨み殺せそうな激しい色があった。杜家は、肩にかけた手にそっと力を込めた。
「そういうことだ」
「無粋なことですね…まあ今日ここで騒ぎにしたいわけじゃない…しかし、ねえ、杜家さん」
髭剃り跡の濃い顎を撫でながら思わせぶりに言葉を切った。
「いっそ、あなたもやってみたらどうです?」
「何だと?」
嘲るような声に、杜家の顔に一気に血が昇る。その手の中で八部の身体が強ばるのを感じていた。
「この人も生身の人間だと分かったらもっと勝てるかもしれませんよ?
どうもね、あなたたちは皆でこの人を大事に大事にして、だから肝心なところで勝てな…」
最後までは言わせなかった。床に殴り倒された鱶裏は唇の端に血をにじませたまま、おかしくてたまらないとでもいうように身体を震わせて小刻みに笑い続けていた。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
すんませんすんません我慢できずに拙いものを…
- excellent -- 2018-08-23 (木) 19:56:57
このページのURL: