Top/40-96

鋼鉄都市 イライジャとダニール

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                     |   アシモフ御大の鋼鐵都市シリーズから、イライジャ.と
                   |  ダニ一ルのお話です。保管庫の素晴らしい話に敬意を表して。
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 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|  自分のサイトにも後でUPさせてもらいます。
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 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ 自分とこじゃ誰にも読んでもらえなさそうなので。
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )   ピコ手上等!
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「パートナー・イライジャ。ありがとうございます」
 唐突な礼だった。脈絡のない感謝だった。高速走路網に乗り移ろうと身構えていたベイリ.は、背後にぴった
りとつき従うパートナーを振り返った。
 今事件の相棒はそんな彼を重々しい落ち着いた表情で見つめ返す。そうしながら二人は、より流れの早い移
動帯に危なげなく乗り移った。それは鋼鉄都市で生きて四十年以上になるベイリ.にとってなんの支障もない動
作だった。だが、この都市に足を踏み入れてまだほんの数日である相棒――――ダニ一ルもまた、同じくらい
に躊躇いのない素早い動きだった。
 くそったれめ。心中でそうごちて、しかしベイリ.は仕方がないと思い直す。
 相手はロボットだ。どこどこまでも人間そっくりに作られているとはいえ、その中身は鉄製の骨格にオーロ
ラご自慢の最新鋭の陽電子頭脳ときている。腕力も体力も敏捷力もなにもかも、ただの人間とは比較にならな
い。言うだけ無駄の事実にいちいち腹を立ててどうする。
 そうは思っても、不愉快な気分を受け流すにはやはり、多少の時間がかかった。わざとらしくないふうを装
ってごほんと咳払いし、ややつっけんどんに「なにがだ?」と問う。
 自分はこのロボットに「ありがとう」と言われるようなことは何一つしていない。
 しかしロボットはこの世で唯一、絶対に気まぐれを起こさない存在だ。人間のように、ふと何かを思いつい
たり、必要もないのにその場凌ぎの出任せを口にしたりはしない。行動のすべてに徹底した三原則の縛りがあ
り、それゆえにその裏には明確な理由がある。今回もベイリ.には窺い知れないことながら、ダニ一ルには「あ
りがとう」と言うべきなにかの理由があるのだろう。

 追跡者はもう完全に振り切っていた。高速帯に乗り合わせた一般人にしても、挙動のおかしな者は一人もい
ない。話しこむうちに予想外の場所まで運ばれてしまわないよう、ベイリ.はいったん減速帯へと避けた。
 そのうえで、そつなく後ろをついてきたダニ一ルに、催促の顎をしゃくる。ロボットは落ち着いていた。
「一言お礼が言いたかったのです。多少なりともあなたが私を受け入れて下さったように思われましたので」
「なんだって?」
「はい。ですから、パートナー・イライジャ、私はあなたに一言お礼が言いたく……」
「それは聞いた! ちゃんと聞こえてる! 意味が分からなかっただけだ」
 唖然としたベイリ.の表情になにを勘違いしたのか、心持ち声を大きく復唱し直すダニ一ルに、ベイリ.は手荒
く手を振って黙らせた。そうしながらじろじろと無遠慮に、従順に口を閉ざした相手を眺めまわす。つつまし
く直立不動で立つロボットは、一見するとどこにも異常はないように思われた。
 異常がない? だったらなぜこいつは、よもやぼくがおまえを受け入れただなんて思うんだ。
 不審な表情にベイリ.の疑問を察したのか、ダニ一ルが「説明させていただいてもよろしいでしょうか」と水
を向ける。黙れと言葉にして命じられたわけではないにせよ、自分が喋ることで悪感情という危害を人に与え
ぬよう、ひっそり抑えられた声だった。
「良いだろう。君はいったいなぜ、ぼくが君を受け入れただなんてそんな馬鹿なことを考えたんだ? 君もよ
く知ってのとおり、ぼくは大方の地球人と同じでロボットが嫌いだ。人間の仕事を奪うし、理性的ではあって
も分別がない。加えてこちらの指示がなければなにもできない愚鈍ぶりときた。君はたしかに、地球産のロボ
ットとは比べようもないぐらい優秀だ。それは認める。しかしそれでも君はロボットだ。ロボットでしかない
んだ。だったらなぜ、ぼくが君を受け入れただなんて思う?」

 ベイリ.がそう捲くし立てている間、ダニ一ルは感情の表れない重々しい無表情でじっと耳を傾けていた。
 宇宙人とはかくあれかし、というイメージそのままの秀逸な面差しが、愚直に自分を見つめている。
 その目に非難の色などあろうはずもないのに、ベイリ.は心の片隅に滑りこんできた後ろめたさに内心どぎま
ぎした。ロボットに対する憤懣を当のロボットに言い立てる絶好の機会だというのに、どうしてかそんな気持
ちが失せていく。焦りに話を切りあげて、ベイリ.は再度なぜだと問うた。
「私はロボットです、パートナー・イライジャ。地球におけるロボットの特殊な立場や環境については、ファ
ストルフ博士とサートン博士の監督のもと、私の陽電子頭脳に細大漏らさず入力されております。したがって
パートナー・イライジャがいま言われましたことについても、私はそれを事実として受け入れるのみです」
 ですが、とロボットは続ける。
「あなたが多少なりとも私のことを受け入れてくださった、と私が考える理由、その論拠につきましては、こ
れは単純にあなたが私の手を振り払われなかった、その一点に尽きます。わずかそれだけのこととお思いにな
られるかもしれませんが、初めてお会いしたときから今までのあなたの態度や言動を考えますと、それでも十
分過ぎるほどにあなたの心の変化を私は感じたのです、パートナー・イライジャ」
「おまえの手を振り払わなかったと言ったな、それはいつのことだ?」
「追跡者から逃れるために移動帯を飛び移っていた最後のときのことです」
 羞恥心や気恥ずかしさという心の機微とは無縁のロボットは、落ち着き払った態度でそう言い終えると、ふ
たたび口を閉ざした。生身の人間であればありえない直立不動の姿勢は目立つ。だがさいわい、その人間そっ
くりの姿が彼をロボットだと周囲の人間に悟らせなかった。

 ベイリ.はどう答えるべきか、考えあぐねた。
 ロボットのいう「移動帯を飛び移っていた最後のとき」がいつかは理解した。
 それは時間にして一時間かそこいら前の出来事だった。セクションキッチンから始まった監視と尾行を撒く
ために、高速帯とそれを繋ぐ支走路を駆け巡ったあのときのことだ。
 二人が次々に移動帯を乗り移るたびに、追手は一人二人と振り切られた。しかし最後の最後でベイリ.は他の
無辜なる乗客に足をとられ、あわや高速帯に転倒――――という事態をダニ一ルに救われたのだ。ロボットで
ある彼は、その万力のような腕でベイリ.を後ろから抱え、そのままひょいと移動帯を渡り終えた。
 あのとき。確かにベイリ.はダニ一ルの手を振り払わなかった。
 どころか、周囲も巻きこんだ悲惨な事故を未然に防ぎ、息を切らした自分をがっちりと抱えて立つ彼にベイ
リは確かな安心感さえ感じていた。彼がいてくれた、彼がいるから大丈夫だ。追手はもういないと告げる彼の
言葉にほっと息をつき、ベイリ.はダニ一ルがロボットであることに感謝したのだ。
 それを彼は、ベイリ.がダニ一ルを受け入れたからだと言う。心をわずかに許したからだという。
 だから礼を――――、「ありがとうございます」と言ったのだ、このロボットは。
 …………ありがとうございます、だって?
「なんてこった!」
 ベイリ.はまるで喉首を締められたような掠れ声でうめいた。
 ありがとう。ありがとう! 私を受け入れてくださって、とそれは礼を言われるようなことだろうか。

 ベイリ.には彼を受け入れたつもりはまるでなかった。ダニ一ルはロボットで、ロボットは人間に奉仕し服従
するために造られた非生物で、どれだけ見かけが人間そっくりだろうがそれは少しも変わらない。
 ベイリ.にとってもそれは同じことだ。ダニ一ルはロボットで、宇宙人殺しという特殊な事件の解決のためだ
けに今回引き合わされた相棒で、ただ…………ただパートナーというだけだ。
「ダニ一ル」
「はい」
「ダニ一ル、君はぼくを、その、……なんだと思っている?」
「と、言いますと?」
 質問の意図が判断つかなかったのか、ロボットの無表情な面にわずかに戸惑いの影が浮かんだ。
 じっと見つめてくる青い目を(ベイリ.はちらりと「無垢な子供の目」と思い、即座にその考えを否定した)
見返しながら、ベイリ.はどう言葉を継ぐべきか頭を悩ませた。
 風防プラスチックのない支走路で強い風にさらされて冷えているはずの頬が、熱をもっているのが感じられ
る。手のひらに汗をかいているのは、これはそう、自分は緊張しているのだ。
 ベイリ.は自分がなにをしようとしているのか、正確に把握していた。莫迦なことを! とベイリ.の地球人と
しての部分が叫び、刑事としての部分がそれをこう否定する。――ダニ一ルは信頼のおけるパートナーだ。
「えぇと、だからぼくたちは現在、ある事件を解決するためにチームを組んでいる仲なわけだ。君は君の所有
者からそう命じられてぼくと行動を共にしているわけだが、それについて不満はないのかね」

「さきほどパートナー・イライジャ自身も指摘されましたが、私はロボットです。ですから与えられた命令が
なんであれ、私はそれに従うのみであり、不満を抱くことはありません。どのような命令にも従います。今回
の協力者がたとえあなたでなくとも、私は私のできうる最善を尽くし、この事件の解決に努めるものです」
「なら、君にとってパートナーはぼくじゃなくても別に問題はないんだな」
「はい、……ですが」
 そこでダニ一ルはふと口を噤み、――それはロボットとしては非常に珍しいことだった。頭脳の陽電子ポテ
ンシャルの理解しがたい揺らめきがそうさせたというように――ダニ一ルはしばしの間、ベイリ.をじっと見つ
めていた。そしておもむろに口を開いてこう言った。
「ですが私は今回のこの、難局極まる事件の解明において、私のパートナーがあなたであることは非常に喜ば
しいことだと思っています。確かに私たちは双方の所属する組織により巡りあわされた仲でありますが、パー
トナー・イライジャ、私はあなたがパートナーで良かった。あなたならこの事件をきっと解明できるだろうか
らというだけでなく、あなたは私のこれまで知らなかった知識や考え方を教えてくれるものと思うからです」
 それがなぜなのかは、私にもよくは分からないのですけれど。
 ロボットはよどみない口調とは裏腹の、戸惑いをかすかに滲ませた声で語り終えた。
 ベイリ.はさて自分はどうするべきか迷い、天をちらと仰いだ。ポケットにしのばせたパイプが無性に恋しい。
それを求めて腰の近くをさまよった手を、ベイリ.は思いきってダニ一ルへと突きだした。
「パートナー・イライジャ、これは?」

「握手だよ、ダニ一ル、握手だ」
 恥ずかしさを堪えるために声が苦々しいものにならないよう、ベイリ.はかなりの努力を払って言った。
 ダニ一ルはさしのべた手をちらと見、握手だという言葉に背を押されたようにそれをとった。彼の手はあた
たかく、適度な柔らかさと力強さでベイリ.の手を握り返してきた。
 これがどういう意図でもって差し出されたものか、このロボットは本当に理解できているのだろうか?
 ベイリ.は疑念に駆られながらも、ダニ一ルの手を自分から強く握り返した。
「ダニ一ル、君がそう言ってくれて本当に嬉しいよ。君は確かにロボットだ、だがロボットだからといって君
が信用のおける奴かそうでない奴かは、誰にいわれずともぼくにも分かっている。君以外の誰でも、今回の事
件解明にふさわしいロボットはいないだろう。ぼくにとっても、君以外のロボットと組まされていたら、こん
な気持ちになんてならなかったに違いないんだ。ぼくはその、……君がパートナーで良かったと思うよ」
 だからこの握手は、改めてこれからよろしくというぼくの気持ちなんだ。本来なら宇宙市のゲートで初めて
会ったときにこうするべきだったのに、君がロボットというだけで意地を張ったぼくを許してくれ。
 ベイリ.は照れくささを隠すように、握った手を大仰に振って離した。
 ダニ一ルは「ありがとうございます」とそつなく礼を言い、しかし改めてベイリ.を見返したその面には、確
かに微笑といえるものが浮かんでいた。多分にまだぎこちなさが勝っているけれど、その微笑みはベイリ.の口
元もまた優しくほころばせるものだった。

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 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ 終わりです。長々失礼しました。 規制に危うく引っかかるとこだったorz
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )
 | |                | |       ◇⊂    ) __
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