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祈る

祈る…
祈る…
祈る…

 俺とお前の差は何だったのか今更ながら考えている。もっとも考えなくてもはっき
り判るが。
 そもそも生れ落ちたその瞬間から差は付いていた。裕福で名誉も地位もある家庭の
末っ子に生まれたお前と、戦争真っ最中の国でよくある子沢山しか自慢するものがな
い表通りから外れた貧民街に生まれた長男の俺。血統が違う、お前がよく言ってた
な。「国民は皆平等」をモットーとする国の方針だか偶然だか知らないが軍附属の予
備学校に入学してから出会った筈なのに、小さな頃から一緒だったような馴れ馴れし
さで俺の側にお前はいていつも俺を見下していた。
『君もいい加減諦めなよ、君は僕には勝てないんだよ』
『僕と君とは超えられない壁があるんだ。それを判ろうとしないのはやはり一般人の
限界なのかな?』
 いつもいつも高そうな服を身に付け、聞いてるだけで虫唾の走る声で自分の高い教
養と特権階級をひけらかしていた。白い手袋のまま俺を指差して憐れんでいた。しか
も他の連中がいないときに限って。他の連中がいるときは偽善の仮面を被って俺たち
のことを心配する。内心で俺たちを嘲笑っているのは俺以外誰も気付かないだろう。
 俺たち貧民街で生まれた奴を憐れみ見下していながらもずっと俺の側にいたのはお
前が自分の自己顕示欲を満たしたかったにすぎない。
 実際お前は俺なんかより遥かに頭も良くて運動神経も良くて同じ身分でもお前の方
が目立っただろう。容貌もこれも血統なのか細身で整った顔立ち、余計な肉体労働な
んかせず計算されて作られた筋肉を纏った肉体も何もかも、お前は俺なんかより遥か
高みにいた。
 だが俺はお前が自己顕示欲を満足させるためだけに側にいるのだとしても俺は劣等
感等持たなかった。当然だ、俺も俺自身を満足させるためにお前の側にいてやるのだ
から。俺はお前の綺麗な仮面の下にあるその嘲笑を俺は知っている、お前は最低な奴
だ。どんなに上辺や能力があってもお前は人間として最低だ、可哀想なのはお前の方
だ、と

 お互いを上辺だけで取り繕ったお互いを満足させるためだけの友人関係は仲間から
は不思議がられた。同じ貧民街の連中から「ご機嫌取り」等と指を指されてもどうで
も良かった。俺のこの満足感はあいつでしか得られないからだ。
 予備学校の机上の勉強も実践訓練でもお前は常に上位にいた。そしてお前は俺との
差に気付くと必ずこちらを見て口の端だけを上げていた。
『そろそろ君が僕より遥かに劣っていることに気付いたかと思ってね。その様子だと
無理っぽいけど』
 一度何故いちいち俺を見るのかと聞いた時の答えがこれだ。大袈裟なジェスチャー
付きで嘆いてたが俺は鼻で笑い飛ばした。
『名門のお坊ちゃんって言うのは下らない事ぐちぐち考えてんだな。人生つまんなさ
そうだ』
『失敬だね、君みたいな人種に下らない等と言われる覚えは無いよ。君の方こそ平々
凡々で退屈な長いだけの人生を歩みそうだね』
『へぇへぇ、どうせ俺はあんたとは違う生き物ですからね』
『何だ、ちゃんと自分は僕と違う人種だと認識はしてるんだね、良かった良かった』
『違う生きモンだからあんたの優越感なんて理解出来ないんだよ』
 そんなところにまで優越感を持とうとするお前に俺は辟易して手をヒラヒラと振り
ながらその場から動いたことも全部覚えている。必死でお前を見返してやろうと机に
齧り付いたり特訓をしたことも。
そして…誰もいなくなったトレーニングルームでひたすら基礎訓練を続けていたお前
の姿も。

 あれから、いや結局予備学校の入学から卒業まで紙面でも実践でもお前には敵わな
かった。腹立たしいことに神様とやらは特権階級の連中には惜しみなく恵みを与えて
いるらしい。
 確かにお前は努力していたと思う、だが俺もお前以上に努力していたはずだ。だが
それでも生まれてしまったこの差には歯噛みするほどで、最終的に首席で卒業式の壇
上に立つお前の背中が無性に腹が立って仕方なかった。
 俺を含む卒業生の横には現役の将校様がずらりと並んでいる。年取ったのから意外
なほど若いのまでいるが皆口をへの字に結んで滑稽なまでに厳粛な雰囲気で突っ立っ
ている。きっとお前の兄やら父親もこの中にいるんだろうよ。そして首席で卒業した
お前を自分達同様出世街道の道に迎えに来たんだろう。だがそこまで考えて腹立たし
い自分がふと何もかも馬鹿らしくなった。
 結局お前は実力で首席を勝ち取ったんだし、出世街道に乗るのは血縁関係が無くて
も時期の早い遅いは有るかもしれないが当然と言えば当然かもしれなかった。

『遂に君は僕には勝てなかったね』
 卒業式の後お前は俺に近付くなり誇らしげに笑った。昨日まで、いや式典の途中ま
でなら憎ったらしい笑みだったろうお前の笑みはやけに澄んで綺麗に見えた。
『僕の完全勝利で君は自分と僕との差がはっきりと判っただろう?』
 澄んだ笑みで今までと何ら変わらない言葉を吐き出す。だがその口調がいつもとは
違う静けさを持っていたのに気付いた俺はお前が何を考えているのか判らず戸惑った
まま黙り込んでいた。
『やれやれ、君は相変わらず強情だね。ここまで来て自分が僕より劣っていることに
気付かないなんて』
 大袈裟な溜息をついてお前は空を仰いだ。恐らくいつものように俺がお前を馬鹿に
しているのだと思っているのだろうか。俺が答えないことを大して気にする様子も無
くお前は続けた。
『まぁこれからもっと差が開くから、はっきり覚えておくことだね。君は退屈で…長
い人生を歩むんだろうから』
 何かを躊躇ったような口調を微かに認めて思わず声を出しかけた。だがそれより先
にお前はいつも絶対外さない白の手袋を外して俺に差し出した。
『光栄に思い給え。僕が君と握手してあげるんだからね、しかも直接だ』
 益々強くなる違和感に俺は差し出された手とお前の顔を何度も何度も見返した。何
時まで経っても手を握り返してこない俺にお前は無理強いすることなくその手を引い
て、
『君は本当に礼儀もまともに弁えることが出来ないんだね。まあいいよ。明日から僕
も君も軍に所属する身になる。そこでどちらが劣っているかはっきりさせよう』
 あくまでも優劣に拘る台詞に漸く違和感が消えて、俺も上等だと、受けて立つと正
面を見たその時。お前は指先を綺麗に揃えて伸ばした片手を帽子の鍔に添えて静かに
俺に敬礼をしてみせた。
『は?』
 お前の行動もその意図も予想出来ないまま唖然としている俺に、
『健闘を祈る…』
 見たことの無い真っ直ぐな視線と声音でそう一言告げるとお前は踵を返してさっさ
と立ち去っていった。『ああ?』 お前の姿が見えなくなっても俺は馬鹿面を晒していた。今までの行動パターンとは
全く違う、新しい見下し方か?と納得しようとしたがどうしても何かが喉に引っか
かっていた。

 そしてその引っ掛かりの正体を知ったのは翌日、卒業の感慨も休暇も与えられずそ
のまま軍に入隊となった。何だか知らないがそう言うご時世なのは知っていたがもう
少し明日を担う若人を労われよ、等と口先を尖らせていた矢先、各人に部隊配属の命
令が下る。
 部隊名を呼ばれてそれに所属する名前が挙がる。最初の方は守備隊やら攻撃部隊の
どこどことか細かい名前で覚えきれない。そんな中で俺の名前が国境警備隊○○方面
部隊で呼ばれ、次いで任務完了期間まで教えてくれた。
 随分辺鄙なとこに飛ばされたなと内心思う。俺が飛ばされたのは戦争で大忙しの中
平穏無事で知られる数少ない部隊だ。辺境すぎて戦争を起こそうにも国自体隣接して
いない平和な土地。恐らく戦闘など考えられないそこで任務終了期間さえ終れば俺た
ちは兵役から解放される。何だか知らないがそういうものらしい。
 俺はそこでは戦功を立てられずまた差が開くと不満だったが配属命令はまだ続いて
いて、他の連中も様々な場所とそれぞれ違った任務完了期間を言い渡されていた。
 ぼんやりと聞きながらそう言えばまだ名前が呼ばれてないことに気付いた。どうせ
出世街道の花形部隊にでも呼ばれるんだろう、とうんざりしていたその瞬間、お前の
名前が非情な場所で呼ばれた。「特殊遊撃部隊」それだけの簡単な上官の命令にお前
は表情一つ変えず敬礼して見せた。

 生きて帰る者がないその部隊の名をさすがの俺も知っていた。そしてその部隊には
任務完了期間など存在しないことも。死ぬ以外その部隊から脱隊することは出来な
かった。今どんな表情をしているのか俺自身は判らなかったがきっと口を開けた間抜
け面だっただろう。その表情のまま俺の脳裏には昨日のお前の言葉が過ぎっていた。
もしかしてお前は知っていたのだろうか?
『君は退屈で…長い人生を歩むんだね』
 果たしてお前はお前自身の運命を最初から、予備学校に入る時から知っていた。長
男は家を、次男は他の家を継ぐ義務があるから比較的生存の可能性が高い部隊に配属
し、それ以外は全て最前線に送る。
 身分の貴賎を問わずそれだけは平等に行われて…もしかしたらそれが俺とお前の差
なのかも知れない。そして全て知っていたお前と何も知らなかった俺との差。お前が
俺を見下し嘲笑していたのは、全てを知っていたお前が俺に対して優越感などではな
く劣等感を抱いていたからあのかも知れない。お前はどんな思いで俺と競い、俺に勝
とうと努力し、俺を見ていたのだろう。
 だがもうお前にそれを聞くことは出来ないまま、お前は戦場に逝くんだな。俺は戦
場とは程遠い場所でこのまま数年を過ごし、後はお前が言っていた通り「退屈で長い
人生」を過ごすんだろう…。
 ろくに戦況さえ伝わってこない辺境の地にいる俺にはお前の風の噂さえ届いてこな
い。
 ただお前の最後の言葉だけが時々風に乗って何処からか聞こえてくる気がする。

『健闘を祈る…』

 お前が本当は何を祈りたかったのか俺にはもう判らないが、せめて同じ言葉でお前
の為に祈ろう。

「健闘を祈る…」

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 | | □ STOP.       | | こんな下らないネタでスレの質を落とすな
                        書き込んだ後でなんだがスマンかった…
 | |                | |           ∧_∧ 
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )
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