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RD潜脳調査室 久島×波留 「オフタイム」

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「先生、そろそろ会議の時間に間に合わなくなります」
「……そんな時間だったか」

最近、久島はよく波留の家を訪れるようになった。特に用事がないときでもやってきては何ということもない会話を波留と楽しんでいる。
波留は何度か心配して仕事は大丈夫なのかというようなことを尋ねたのだが、久島は俺の部下は優秀だからな、
などと言っては漂々としているので、波留も心配するのを諦めた。
その日も午後のお茶の時間の前に電通で、波留の元を訪れる旨が告げられたので、波留は義体用の飲み物も用意して久島の訪れを待った。
このところ、波留の家には義体用の用具や飲食物が増え続けている。全てこの家を訪れるようになった親友の為だが、
それらを購入するたびに、波留は親友が捨ててきたものの大きさを思い知り、それらに自分という存在が見合っていたのかと胸苦しい想いにとらわれる。
久島は何も言わないが、彼の辿って来た五十年を知りたいと思う。いつか、話してくれるのだろうか?

やって来た久島は最近流行っているという洋菓子屋のロールケーキを持参してきた。
「……君が列に並んで買ったのか?」
「女性スタッフに聞いて頼んだんだ。こんなものを手にしたのは何十年ぶりか自分でも分からんよ。
あのお嬢さんは喜ぶんじゃないかと思ってね。君も嫌いではないだろう?」
 波留が恐る恐る問うと久島は苦笑しながら首をすくめた。
「目が覚めてよかったと思うよ。まさかケーキをぶら下げてやってくる君を見られるとは思いもしなかった。君、甘味は苦手だったのに」
「スタッフに私が尋ねたとき、周囲の物音が止んでね。皆私を幽霊でも見るような目で見てたよ。そんなにおかしなことを私は聞いたのかな」
おかしいどころか、ひと月はこの話題が途切れることはないだろうとお茶を断って傍で仕事を続けていたソウタは思った。
あの後、久島が去った後のスタッフ達のパニックを波留に教えてやりたいと心底思う。波留が目覚めてからこっち、久島は激変した。
見た目には変わらないが久島の一番身近にいる人間たちは入れ代り立ち代り、こっそりソウタに聞いてくるのだ。
最近の部長はどうしたんだ、何があったのかと。

言えない。古い友達にもう夢中なんですなんて言えない。こんなにくだけて笑っている久島のことも言えないし、
冗談を言って笑っている久島のことも言えない。というより、浮かれてないか? 何だあの顔。溶けそうな笑顔。本当に義体か。
あの久島永一朗が。あの人工島の神とも称される男が!
いや、いやいやいや。もしかしたらこれが本来の久島永一朗だったのかも知れない。
だってほら、波留真理はそんな部長を前にしても平然としているではないか。これが部長の地なんじゃないか? 
だったら二人は五十年前、どんな生活を送ってきたのだろう。ああ波留さんに聞いてみたい。怖いけど聞いてみたい!
ソウタが一人で悶々としている間、二人はのんびりお茶を楽しんでいた。
「ああ美味いなこのケーキ。評判なことはあるね」
「そうか、じゃあ今度は別の有名店のものも持ってこよう」
「君は一度凝ると徹底的にやるからなあ。人工島全店制覇とかしないでくれよ?」
「それはいいな。君が各店の点数をつけるといい。何だったら街の広報ページに載せてみるか」
「勘弁してくれ。大体君の名前が出ると全部大事になっていけない」
「好きで顔が広まったわけではないんだがなあ」
人工島の洋菓子屋を訪ね歩いている久島栄一朗。……想像しちゃだめだオレ!! オレのバカ!
ぶんぶんとソウタが首を振っていると、音を最小にした時計のアラームが鳴った。咳払いをしながら背後の二人に控えめに声をかけた。

「先生、そろそろ会議の時間に間に合わなくなります」
「……そんな時間だったか」
意外そうに久島が言うと、波留が首をすくめた。
「行ってこい。仕事は大事だ。まして他の人に迷惑をかけるもんじゃない」
「……今度から少しずつ私がしなくてもいい裁量は他の人間に任せよう。
いつまでも私が全ての権限を握っているのは組織として不健康だと前から思っていたんだ」
嘘だ。今思ったんだとソウタは思ったが、賢明にも口には出さなかった。大体今日のは定例会議だ。
何ヶ月も前から決まっていたのに裁量もへったくれもあるか。
久島がやっと重い腰を上げると、波留が久島の胸元に目を留めた。
「久島」
久島を屈ませるとネクタイに手を伸ばした。
「少し曲がっているよ。君らしくないな」
「……義体にしてからネクタイを結ぶのはすっかり苦手になってね。生身のようには指が動かない。やはり少しもどかしいね」
「私にネクタイの結び方を教えたのは君だったのに、すっかり逆になってしまったな」
「ああ、君は何度教えても結び方を覚えなくて。わざわざ鏡の前に座らせて背後から結んでやっても駄目だったな」
「そうそう、終いにはそういうときは君は黙って私のまで結ぶようになって」
「何度ため息をついたか」
「ふふ、おかげで今は君の身だしなみに目がいくようになった」
「今度からは君に結んでもらおうか」
「会議のたびにここに来るつもりかい?」

「ただいまー! ……ソウタ?」
ホロンと一緒に買い物に出かけていたミナモと、中から飛び出してきたソウタが鉢合わせしたのは玄関だった。
「どうしたの?」
「もう駄目だ。いたたまれない、あの二人いたたまれない!!」
「な、なに?」
「何か出てる。変なものが出てる! オレは駄目だもう駄目だ修行が足りない!!」
ミナモはホロンと二人で、駆けていったソウタをぼうっと見送ってから中に入った。
「波留さんただいま! 頼まれたものホロンさんと買ってきました!」
「おかえりなさい、ミナモさん。久島がロールケーキを買ってきてくれましたよ」
「わーい!! あ、ここのなかなか買えないんですよ! 久島さんありがとうございます!!」
「どういたしまして。じゃあ私は行くよ」
「久島さん行っちゃうんですか? さっき外でソウタと会ったけど、一足先に戻ったのかな」
「そういえばあいつさっきおかしかったな。いきなり赤い顔をして飛び出していった。何があったのか向こうに行ってから聞いてみよう」
歩きかけて、ふと久島は足を止めた。
「そうだ、今夜メタルに潜れよ、波留。……思い出話の続きをしよう。俺も潜る」
「いいのか、私用で使って」
「何、俺が作ったんだ。……多少は自由にさせてもらうさ」
「しょうがない奴だな」
「では、メタルでな」

波留が苦笑すると久島は手をひらひらと振って去って行った。ミナモがふえーと声を出した。
「波留さんと久島さんってほんとに仲がいいんですねえ。久島さんもいつも優しいし、波留さんといるとにこにこしてるもん」
「あれで昔は色々やらかしたんですよ。五十年経って評判が仏様みたいになってるんで一番びっくりしましたね」
「いろいろって?」
「気に入らない顧客が僕たちの仕事場にやって来て仕事の邪魔を散々したんですよ。それでしまいに久島がキレましてね。
後ろから飛び蹴りかまして船から海に蹴り落としたりとか、まあ色々やりました」
「……大丈夫だったんですか、それ」
「蹴り落としたときは皆でムンクの叫びみたいになっていたんですけどね、しょうがないから皆で必死で海の高波のせいにしました。
おかげで環境整備のための予算が少し増えて結果オーライでした」
あっはっはと波留はのんきに笑ったが、ミナモは少し顔を引きつらせた。
波留の思い出話を聞きたいと思っていたソウタが今の話を聞いたら何を思うだろう。
「手、手を洗ってきまーす……」
「ああ、洗っていらっしゃい。このケーキはなかなか美味しいですよ」

ミナモが立ち去った後に、波留の表情が少し変わった。どうやら電通が入ったようだった。
「……ネクタイ?」
「ああ、……何考えてるんだお前は!! 昔のそんなことまで思い出さなくていい!!」
「嫌だ、絶対嫌だ。メタルに潜らないからな俺は! 何されるか分からないのに潜るバカがいるか」
「待ってても行かない!」
ミナモが戻ったときには波留の顔は珍しくうっすらと紅潮していた。
「どうかしましたか、波留さん」
「いや、何でもありません」
さっと目をそらした波留にミナモは首を傾げたが、ホロンが持ってきたケーキとお茶に目を輝かせて話はそれきりになった。

ケーキを頬張って幸せそうに笑っている少女と、それを微笑みながら見守っているも若干憂鬱そうな老人。
美しいアンドロイドはお代わりのお茶を淹れ始めた。

いつもの午後は、おおむね平穏に過ぎてゆくのである。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

前スレで書記長が出てくる話を書いた者です。コメントありがとうございました。
まだネタがあるのでぼちぼち投下していきます。いいですよね、シルバーラブ…。

  • 波留への愛が全部な久島と、互いに起きた時間の流れに切なさを感じつつ愛を受け止める波留さんにめちゃくちゃ萌えさせていただきました! 久島信者なソウタも戸惑うほどのシルバー同士のいちゃいちゃに頬が緩みます。 作者様がこのコメントを読まれるかはわかりませんが素敵なシルバーラブを読ませていただいてありがとうございました。 -- 名無し? 2012-05-12 (土) 00:09:36

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